仏教議論スレッド92
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[前50を表示]
200:神も仏も名無しさん
14/03/10 23:41:58.70 qtN6PPbv
>>199
その割には「無」が多過ぎないか?w
君の言い分とだいぶ異なってるようだが・・?www
201:神も仏も名無しさん
14/03/10 23:43:26.27 v3bxFFd5
我田引水といふ
202:神も仏も名無しさん
14/03/10 23:44:22.83 h04vVpfu
>>197
釈迦も釈迦カルトも、只管「無我」「無」に拘っている。中論の空を無我、無に
合致させようとするから、あらゆる無理とひずみが生じている。
203:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:02:34.87 KfP4hcRv
>>195
実際にある現象に言葉を当て嵌めているだけだから別に凄いことはない。
釈迦はその現象を知っていたと思う。
欲望や執着を所持するほどに縁起は悪循環する。
釈迦は執拗にその放棄を説いている。
だから本当はこんなことを考えるのも駄目だし
ここに書き込むことも駄目なことなんだよ。
204:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:02:45.85 xfpcOuzt
>>57
また曖昧なレスしてるなぁ。
こうなると、一つ一つ解明するために、質問するしかないよ。
こっちでいろいろ検討つけて考えるより、本人に聞いたほうが早い。
>地獄に堕ちないように正しく生きなさいと。それが仏であり悟りです
最初は、 「輪廻しないように正しく生きる=悟り」 だったよね?
それが、 「仏になるために正しく生きる=悟り」 になって、
最後に、 「地獄に堕ちないように正しく生きる=悟り」。
では聞きますが、「地獄に堕ちないように」とは、どういうことでしょうか?
説明してください。
>仏になれば永遠の生命を手に入れます。
永遠の生命とは=死なないということですが、何が死なないのですか?
永遠の生命の具体的な説明をお願いします。
205:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:02:56.94 4gcLult3
釈迦の「無我」「無」は、論理的にも、人類史的にも、完全な誤り。人類は、対象を
「有」「無」に一義的に区別することによってのみ、我(生命)を生きてきたのである。
それに、我(生命)が「無明」とは何事か。人類は、生命から発する叡智により、
この巨大な文明を作り上げたのである。
釈迦個人の明らかな誤りに対する執着(煩悩)から、いい加減で離脱しよう。
大乗仏教は、釈迦個人を、「より高位な存在の象徴化」「飾り物」の地位に
押しやることにより、すでに離脱を果たしている。
206:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:16:02.25 4gcLult3
煩悩を「排除すべき異物」としたのも、釈迦の誤り。煩悩とは、現実の状況に応じて
我(生命)を維持するための不可欠な心的作用。生きていることの証(あかし)。煩悩
や分別がなければ、人類はとっくに消滅していたことは自明である。「煩悩を去る」と
いう欲望こそ、「不必要な煩悩」である。
207:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:22:28.10 npxp4CH2
>>206
煩悩の立場からすれば、そう考えるのが自然だね
208:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:25:13.05 4gcLult3
「一切皆苦」は、釈迦の鬱病の症状に過ぎない。「苦楽」の相対性に思い至って
いない。
苦も楽もない涅槃のどこが良いのか。不気味な静寂と闇の世界。地獄そのもの
ではないか。
209:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:28:40.42 npxp4CH2
>>208
涅槃は不気味でもないし闇でもないよ
210:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:31:54.09 xfpcOuzt
>>191
そうだ、もう一つ矛盾があったわ。
前スレ>257
>俺、前世の記憶あるぜ! マグロやブリだったんだよ。
258
>どっちなんだよ、ハッキリしろよ
367
>ごめん、ブリだよ。その前世がマグロだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
381 >だから前世がブリでもマグロでも蛆虫でもなんでも言い訳ですよ。
> 別に前世じゃなくても、今現在生きている全生命が「俺」だと。
>まさに名称と形態が消滅した境地
486 >俺とあなたの区別なんて無いのが無我です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
全生命が「俺」で、すべての区別が無くなって、すべてが自分であったのなら、
前世にブリとかマグロの区別がないってことだよね・・・?
マグロもブリも、両方とも自分のはずだよね?
全生命が俺だと言いながら、なぜ前世はブリで、マグロじゃないと言い張るの?
またなぜ、前々世はマグロであってブリじゃないと言い張るの・・・?
回答お願いします。
211:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:32:31.38 4gcLult3
>>209
苦も楽もない世界の、どこが面白い?w1日で退屈して死にたくなるw。
212:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:45:02.59 npxp4CH2
>>211
どこが面白いかは分かんないけど
とにかく楽だよ
213:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:46:30.58 4gcLult3
涅槃でPC使えるの?使えなければ、2chも出来ず地獄。
214:神も仏も名無しさん
14/03/11 00:50:01.65 4gcLult3
>>212
苦がないから、楽もない。「相対的であらざるものはない」(中論)。
215:神も仏も名無しさん
14/03/11 01:12:41.57 npxp4CH2
>>214
苦と楽は別に相対的なものじゃないよ
対立するものでもないしね
216:ポータ
14/03/11 01:37:37.51 4fC4+jzU
>>215
その通り。ついに出ました、その通りです。☆彡
217:神も仏も名無しさん
14/03/11 01:43:35.79 npxp4CH2
>>216
でも、「相対的であらざるものはない」(中論)は間違ってるけどね
218:神も仏も名無しさん
14/03/11 01:59:43.48 KfP4hcRv
>>206
いや煩悩を起こさせてはならない。
これは意識上の問題だから可能。
あとは理法に従い普通に生活してたらいいよ。
219:ポータ
14/03/11 02:02:38.96 4fC4+jzU
>>217
「でも」はおかしいよ。
220:神も仏も名無しさん
14/03/11 02:05:22.37 npxp4CH2
>>219
じゃ、「であるからして」に変えといて
221:ポータ
14/03/11 02:06:58.39 4fC4+jzU
「相対的であらざるものはない」
↓
「相対的なありようをしていないものはない」
を間違っているとするならば、「でも」はおかしい。
書き間違いかな?
222:ポータ
14/03/11 02:14:44.55 4fC4+jzU
>>220
あっ、うん。
「であるからして」だね。
223:おじゃる
14/03/11 03:05:20.41 icTW5kc+
>>123 ID:4kMnFGBs さんへ
> 阿頼耶識には煩悩によって汚染された部分と清浄な部分があります
末那識(まなしき)が「汚れた意(マナス)、我愛」と呼ばれる
URLリンク(www.plinst.jp)
無覆無記(むふくむき)
全く混じりもののない純粋無垢な無記をいうのである
唯識では、阿頼耶識を無覆無記だという
善・悪どっちでもないといい
性善説・性悪説、どちらの立場もとらないのである
Wikipedia項目リンク
第一能変
阿頼耶識
(善でもなく悪でもなく)中性である
第二能変
末那識(まなしき)
障害のある中性的な四個の煩悩がつねに随伴する
我見(個人我についての妄信)、我痴(個人我についての迷い)
我慢(個人我についての慢心)、我愛(個人我への愛着)と呼ばれる
当人が生まれているその同じ世界や地位に属するものを随伴する
末那識は
つねに煩悩が随伴するので「汚れた意(マナス)」とも呼ばれる
この末那識と意識によって、思量があり
その意業の残滓はやはり種子として阿頼耶識に薫習される
224:神も仏も名無しさん
14/03/11 03:10:10.33 mRGWhjGj
>>177
天部の例での誘因は大法螺にはならない
夢見の表現力は無限大で、それも三界で起きた現実に含んで捉えるのが仏教
正否は見たから考察されるのであり、起きたのは事実であると捉え、
事実なれど心象なので妄想となる
しかし話せば十分、人は物語と捉え誘因方便となし得る
仏教は科学に内包されない、寧ろ上位概念として科学をも包摂する
科学は心が見て、感じて、試して、考察され、心が結論を出し、心同士が賛否して同意に至る
徹頭徹尾、心ありきで論議になる
仏教では心の処遇も考えるが、諸悪の根源とも見る
人の活動源が心なので処遇が必要なだけで、そこから出る結論は排除される
答えは如実知見を取る故もこれ、如理作為も然り
そして既成概念で住してきた教団関係も存続出来なくなるのは事実
だから反発も出て当然、仏法は会社経営ではないので
従来の教団存続方法の方が矛盾していたのだ
225:神も仏も名無しさん
14/03/11 03:13:51.75 iyHmtPdU
>>217
>でも、「相対的であらざるものはない」(中論)は間違ってるけどね
相対的でなければ常住。釈迦は常見論者か。
226:神も仏も名無しさん
14/03/11 03:16:14.35 iyHmtPdU
釈迦の「一切皆苦」も、明らかに常住。「諸行無常」ではないなw。
227:○
14/03/11 03:16:47.55 w9by9AXJ
>>197
>釈迦は空にはそんなに拘ってなかろーもん
『一切皆苦』、『諸行無常』、『諸法無我』は対告衆が常見者の場合の対治悉壇(対処療法的定説、処方箋)だそうです。
対告衆が断見者の場合は別のことを説かれたそうですので、釈尊は空にはそんなに拘ってなかったとの貴方の見解に賛同します。
228:神も仏も名無しさん
14/03/11 03:26:04.34 iyHmtPdU
>>227
空でなければ常住。常見は仏教では邪見。
229:おじゃる
14/03/11 03:29:35.88 icTW5kc+
>>223 の続き
Wikipedia項目リンク
世親は
「唯識二十論」で「世界は個人の表象、認識にすぎない」と強く主張する一方
言い表すことのできない 『 実体がある 』 とした
Wikipedia項目リンク
第七識・末那識と相応するものは、我癡・我見・我慢・我愛の四煩悩
睡眠中でも深層において働き続け
根源的な心である阿頼耶識を対象として、それを自分であると考えて執着し続ける
この深層的な自我心(末那識・我愛)を滅することによって、我々は初めて真の無我行を実践することができる
Wikipedia項目リンク
煩悩障(自己に対する執着)
所知障(外界のものに対する執着)の
二種の障害を根絶することによって、阿頼耶識が変化を起こす(転識得智=てんじきとくち)
これがすなわち、汚れを離れた領域であり、思考を超越し
それを得たものは解脱身であり、仏陀の法と呼ばれるものである(大円鏡智=だいえんきょうち)
URLリンク(repository.meijigakuin.ac.jp)
チベットに伝わる心の訓練法(ロジョン)と現代
2
諸法は夢の如しと訓練しなさい
道の本体は阿頼耶の自性に置くことです
坐(瞑想のセッション) の間は, 幻術師としてありなさい
3
迷いの現われを〔仏陀の〕四身と瞑想する, 空性は防御の最上のもの
230:神も仏も名無しさん
14/03/11 03:48:44.05 mRGWhjGj
>>229
>根源的な心である阿頼耶識
だから唯識じゃダメなんだよ
心が我執の本拠地で我執が心の原動力なんだから、阿頼耶識?プッw に為る訳
231:○
14/03/11 04:04:40.55 w9by9AXJ
>>193
>何でインド人(インド神)ばっかりなのかの答えは?
日本人の場合は前世は江戸時代で、前々世は鎌倉時代で、前々々世は平城京時代ということもよくあります。
インドで数回輪廻するのは別に普通だと思います。
またとらわれの想い(執着)が輪廻の原因であれば、なおさら異国には輪廻しないように考えますが。
と変わりゆく私は仏教的にも思料しました。
232:○
14/03/11 04:13:03.91 w9by9AXJ
>>224
>天部の例での誘因は大法螺にはならない
>夢見の表現力は無限大で、それも三界で起きた現実に含んで捉えるのが仏教
他の住人(仏法者)の賛同もあれば、そうだと思いますが。。
>仏教は科学に内包されない、寧ろ上位概念として科学をも包摂する
「如来=宇宙の物理現象」と定義すると科学の範疇に入ると思いますが、如何でしょうか。
と異教の私は無記なので、貴方の見解の是非を住人(仏法者)各位に問うことに致しましょう、議論板らしく。
また寝板に入ります。 zzz(U_U)
233:おじゃる
14/03/11 04:18:29.10 icTW5kc+
仏教議論スレッド91
URLリンク(mimizun.com)
コレ悟りかよ!? さんへ
URLリンク(mimizun.com)
> 輪廻とは縁起であり空である、という理解でよろしいでしょうか
なぜ? 空の観察をするのか? について
チベットに伝わる心の訓練法(ロジョン)と現代
URLリンク(repository.meijigakuin.ac.jp)
「外に対しても, また内に対しても〔これは〕
「我がものである」 「我れである」 という
〔観念〕が滅したときに執着(取)は滅せられる
それの滅によって, 生は滅する」『中論』18章4偈
「業と煩悩とが滅すれば, 解脱が〔ある〕
業と煩悩とは, 分別から〔起こる〕
それらは, 戯論から〔起こる〕
しかし, 戯論は空性において滅せられる」『中論』18章5偈
234:神も仏も名無しさん
14/03/11 04:25:48.86 mRGWhjGj
>>232
賛同が自灯明に即してるのか?法灯明に適ってるのか?
心こそが諸悪の源を捉えるんだから、その心の集団の同意が何故必要になるのか
宇宙は実在の現象であり無常である
これを学問するのは確かに科学ではあるが、学問は心で分別する
仏法は如実だけが対象である、そこに思考の根源たる心は介在しない
そして、同門は煩く言うか無視するかしか出来ない
外道のお前は黙るしかなくなる
これも如実
235:ポータ
14/03/11 04:27:21.63 4fC4+jzU
>>226
>釈迦の「一切皆苦」も、明らかに常住。「諸行無常」ではないなw。
いや、「一切皆苦」が、なぜ常住なのか。
仏教は社会と切り離されていると思い込んでいる人がいるが、
現代の私たちが陥りがちな観念分離ではなく、個人と社会が分離せずに生活が、営みがあった。
わかるかな。
そして、社会構造からもっとも苦を感じている人々、そうでない人々からしても、
「生病老死」の生まれてから死ぬまでの苦はわかるし、ほとんど苦の連続を強いられている人々に見て、
そこに正直であれば「一切皆苦」であるなあと、悲しく思い及ばない事などあろうか。
どうしてこんなにも「一切皆苦」を生きてるのだろう。
違う、これは別の何かが君たちを覆っているのだよ。
君たちはよく分らないで、当然のように受け入れ、苦を受け入れ続けているが、
それは妄想で、社会構造が変化すれば脱落する様な常ならぬものを
まず、見抜こうではないか。
そのように「諸行無常」とは、虚無ではなく私たちへの励ましと智慧を静かに語っているのだ。
欲望のままに好き放題に生きて、それが滞ったところで、坊主になるような
(日本歴史を見よ)あさましい己かわいいばかりの「諸行無常」ではないのだよ。
236:おじゃる
14/03/11 04:30:44.80 icTW5kc+
>>233 の続き
コレ悟りかよ!? さんへ
> 輪廻とは縁起であり空である、という理解でよろしいでしょうか
なぜ? 空の観察をするのか? について
URLリンク(www.geocities.jp)
中論觀涅槃品第二十五
諸の因縁を、受けるが故に、生死の中に輪転する
如実に、顛倒を知らないが故に、五受陰に因って、生死を往来する
(これに対して)
諸の因縁を、受けなければ、是を、涅槃と名づける
如実に、顛倒を知るが故に、則ち、復た、五受陰に因っては、生死を往来しない
無性の、五陰は、復た、相続しないが故に、説いて、涅槃と名づける
URLリンク(www.geocities.jp)
中論觀法品第十八
八聖道分を修習して、我・我所を滅する因縁の故に、無我・無我所を得て、智慧を決定する
諸の禅定の中で、(想受を滅させる為の)滅尽定を以って、第一と為し、終に、無余涅槃に帰する
URLリンク(www.geocities.jp)
中論觀四諦品第二十四
衆因縁より、生ずる法を、わたしは、即ち、是れは空だ!と説いた
何故ならば、衆縁が、具足、和合して、而も、物が生ずる
是の、物は、衆因縁に属するが故に、自性が無い
自性が無いが故に、空である
但だ、衆生を引導するが故に、仮名の空を以って説いた
237:神も仏も名無しさん
14/03/11 04:33:06.16 mRGWhjGj
>>235
常住ではなく無常と見做すお主に異論は無い
では一切とは何を指してる?
これは個人だ社会だの以前の問題だ
238:おじゃる
14/03/11 04:48:27.18 icTW5kc+
>>230 ID:mRGWhjGj
>> 根源的な心である阿頼耶識
> だから唯識じゃダメなんだよ
> 心が我執の本拠地で我執が心の原動力なんだから、阿頼耶識?プッw に為る訳
>>223 >>229 >>233 >>236 の続き
私(おじゃる)の場合は
有相唯識・中観自立の段階なので
(「仮設としての」と言う意味で仮に現れている)
渇愛を実有なるものとして
掴み捉えようとしている心の働きが現れて(滅して)いる
URLリンク(d.hatena.ne.jp)
有相唯識派
阿頼耶識は
(「仮設としての」と言う意味で仮に)実有なるものとする
URLリンク(rdor-sems.jp)
チベット・ゲルク派
自立派は
「火を火たらしめている本質的な要素は、熱さや燃焼作用である。それは、火自体の側にある固有の要素だ」
という自相を、世俗の次元では承認します
熱さや燃焼作用が火の自相として認められる・・・ということです
これは、私たちの常識的な考え方に近い立場でしょう
239:神も仏も名無しさん
14/03/11 04:55:57.68 mRGWhjGj
>>238
>熱さや燃焼作用が火の自相として認められる・・・ということです
認める時点で心の作用を出でていない
阿頼耶識も例え仮設だろうが心に住しているので断滅対象だ
渇愛も然りである、全ての心の作用に実有は無い、心こそが断滅対象なのだから
仏法は「私たちの常識的な考え方」のどこに落ち度が有り
何が正しいのかを知る如実の手段だ
240:神も仏も名無しさん
14/03/11 05:05:17.96 mRGWhjGj
如来(現象)の如実(真実)に一切の仮設(迷妄)は通用しないのである
241:おじゃる
14/03/11 05:07:09.98 icTW5kc+
> 阿頼耶識も例え仮設だろうが心に住しているので断滅対象だ
>>223 >>229 >>233 >>236 >>238 の続き
実践した事はないけど教学としては↓こんな感じであるらしい
煩悩障(自己に対する執着)
所知障(外界のものに対する執着)の
二種の障害を根絶することによって、阿頼耶識が変化を起こす(転識得智=てんじきとくち)
これがすなわち、汚れを離れた領域であり、思考を超越し
それを得たものは解脱身であり、仏陀の法と呼ばれるものである(大円鏡智=だいえんきょうち)
URLリンク(www.tibethouse.jp)
チベット・ニンマ派
3)仏法の本質
煩悩障と所知障を取り除くための方便を示すのが、仏法です
障害のなかでも基本となるのは
煩悩の障害(煩悩障)と智慧の障害(所知障)です
証悟とは
四つの聖なる真理のなかの
滅諦(苦の滅した状態、涅槃にまつわる真理)と
道諦(涅槃にいたる修行の道にまつわる真理)とかかわる教えです
特に戒律・禅定・智慧の三学は道諦と深くかかわっています
戒律・禅定・智慧の三学を修して
様々な障害を浄化したところで、滅諦へと到るのです
242:神も仏も名無しさん
14/03/11 05:18:33.71 mRGWhjGj
>>241
阿頼耶識は人にしか設定され得ない、何故なら心が本拠地だからだ
仮設の阿頼耶識は説によっては常住であると説く
仏法は一切を縁起によって無常と説くのですでに反する
そして、仏陀に法は無いのである、仏陀は既にお亡くなりになっているからだ
解脱の暁に知見出来る法は如来の法である
仏陀は如来を如実知見出来た目覚めた人であり、仏陀と如来は尊称を除いて同一ではない
> 3)仏法の本質
これに異論は無い
習い事的な導入法としては何も問題にならんからね
243:神も仏も名無しさん
14/03/11 05:32:07.70 yYn84hd4
法華経見宝塔品の二仏並座を観じれば解りやすい
多宝塔に住す多宝如来は地から塔と一緒に湧き出て来た如来である
その塔の扉を開き、人である筈の尊称仏陀釈尊が並んで坐るのである
これはこの世界の如来を釈尊が知見した事実を文学的に表現したものである
244:神も仏も名無しさん
14/03/11 06:02:27.45 mRGWhjGj
如来とはこの世界全ての縁起によって成り立つ永遠無常の現象の事である
釈尊は修行によってこの如来を如実知見したのである
しかし、釈尊も人である以上、一現象なのであり、我々の存在も同様に一現象の集合である
全ては個別であり、個別であっても一まとめなのである
これが一にして一に非ず数多にして数多に非ず=不一不異の意味する所である
245:神も仏も名無しさん
14/03/11 07:26:19.73 mRGWhjGj
如来=現象は
生じるに非ず滅するに非ず(不生不滅)
常住に非ず断滅に非ず(不常不断)
一に非ず数多に非ず(不一不異)
去るに非ず来るに非ず(不出不来)
なのである
釈尊の説に誤りが無かったからこそ、龍樹もこれに到達出来たのである
物事の輪廻は絶対であり永遠なのである
心象の断滅も絶対であり迷妄に過ぎなかったのである
これを知らなかった愚者は今こそ改める時なのである
246:神も仏も名無しさん
14/03/11 07:29:28.83 OiITJAJ4
鑑覚の病
247:神も仏も名無しさん
14/03/11 08:05:08.69 s6dUAcQQ
>>221
「相対的であらざるものはない」は二重否定だから
「全て相対的である」って強い肯定表現だよ
248:ノスタルジア
14/03/11 08:11:27.53 qzCzziJS
若い衆の1人、おれは、船出を宣言します。おまえら、若い奴ら、おれへの
仁義をわすれて、蟲になりおって・・・。独立かい?笑わせるぜ・・・。
おれは、おまえら、蟲の悲しみを知っている・・・。だがな、息を与えた
おれの息を愚弄して、堕落する仁義のなさには呆れるぜ・・・。そろそろ、
船出だ・・・。おまえら、船員のおれに迷惑掛けんなよ・・・。おれは、
人員を確保するために、きたんじゃない。でっかい成し遂げたいことがあるために、この始まりの町ローグタウン【金沢】にいたんだ。
249:神も仏も名無しさん
14/03/11 08:13:46.17 ZpCxnBKL
/ \ / \
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\ | ▽ ▽ | / _― ̄
/ \| /VVVV\ |/ _― ̄
ノ | | \ /
ノ VVVVVVV \ /
ノ /\
ノ /
ノ ダダダダッ /\
☆♀ _― ̄\ \
_∧― ̄ \||\ 「やらせはせん!
_― ̄ \ \ やらせはせんぞぉ!
_― ̄ \||\ ノス慈恩の栄光
_― ̄ 「おはよう♪」 \ \ おまえら如きに(ry」
_― ̄ \
250:ノスタルジア
14/03/11 08:22:49.27 qzCzziJS
おまえら、どうしようもない子達を、おれは、受け入れた・・・。
親父はおれだよ・・。おまえらの父や母がお前等を見棄てようとも、
おれはお前等を見棄てない・・・でっかいやりたいことがあるんだ・・・。
おまえら、毒蟲には用はない。どうか、どうか、おまえら、そういう、
異能力を求めて、旅立たないように・・・。船出の朝だ・・・。
お前等、やれることはやったか? おれは、お前等に、仁義ってもんを教えたはずだ・・・。いざ逝かん、さらば来たれん!!!
251:鴨そば ◆AxK1lCqg04yr
14/03/11 08:37:15.63 dwE8z5hw
> いや、「一切皆苦」が、なぜ常住なのか。
> 仏教は社会と切り離されていると思い込んでいる人がいるが、
> 現代の私たちが陥りがちな観念分離ではなく、個人と社会が分離せずに生活が、営みがあった。
釈迦は人間の実態を見て、悩んだのが出発点で、むしろ生活が根本にある。
> そして、社会構造からもっとも苦を感じている人々、そうでない人々からしても、
> 「生病老死」の生まれてから死ぬまでの苦はわかるし、ほとんど苦の連続を強いられている人々に見て、
> そこに正直であれば「一切皆苦」であるなあと、悲しく思い及ばない事などあろうか。
そのとおり。常見でも断見でもない、ありのままに見た内容だ。
一切皆苦が常見だなんて、観念過剰による心身の分離を起こしている(笑)
.
252:神も仏も名無しさん
14/03/11 08:38:28.23 ZpCxnBKL
犬タローは自分の病的性格に悩んだ事はなさそうだなw
253:太郎/鴨そば ◆AxK1lCqg04yr
14/03/11 08:45:43.26 dwE8z5hw
>>おバカは禅スレに書けよ
>>252
> 犬タローは自分の病的性格に悩んだ事はなさそうだなw
意趣返しですか(笑)?
その後、ダメージは回復されましたか?
犬らしく存分に吠えて下さい。
254:神も仏も名無しさん
14/03/11 08:51:49.17 s6dUAcQQ
>>228
常住、無常に偏らないで、正も邪も超えていきなさい
255:ノスタルジア
14/03/11 08:54:03.74 qzCzziJS
獅子身中の蟲をつくったのは、お前等だ・・・。お前等が、俺の中に蟲をいれた。
おれは、それを後悔している・・・。お前等は、おれに蟲をいれて、おれを愚弄ペットにしてしまった。
そして、蟲になった。仁義をわすれて、愚弄ペットにしたお前等を許さない・・・。
おれは、来るべくしてこの世に来たのだ・・・。お前等に、指図されてきたのではないかもしれない。
ぼこうは、獅子身中におまえら蟲を入れる気は無いし、おれが、本質ならば、いいということをしらない。
おれは、おまえらの人体まではどうにもならない・・・。この世は、お前等が汚して良いものではない。
256:ノスタルジア
14/03/11 08:59:48.78 qzCzziJS
おまえらが、威勢のいい、言葉を言ったところで、おれを愚弄ペットにしたところで、
おれは、お前等の通りに動きはしない・・・。人を愚弄ペットにする、おれの
父にしても母にしても、おれのことを、まだ、かわいがってくれているつもりなのだろう。
最後の最後まで・・・。親孝行・・・。おれはしたことがない・・・。では何をしてやれるのか?
おまえらは、親孝行するのかよ? 父母に迷惑をかけて、夢ばかり追いかけて、頭おかしくなって、廃人になってもしらないぞ?
おれは、お前等が、威勢がよくなるのを見て後悔しているよ・・・。若気の至り・・・。恥さらしだ・・・。時代は繰り返すもの・・・。
257:神も仏も名無しさん
14/03/11 09:24:57.39 NTWtpXJc
ノスは今度はこっちのスレをつぶす気か?
258:○
14/03/11 09:35:11.57 w9by9AXJ
>>228
>空でなければ常住。常見は仏教では邪見。
空として無常はない。どうして常住があろうか。
空として断見はない。どうして常見があろうか。
と私も龍樹菩薩を少し真似て言ってみます。 zzz(U_O)
259:ノスタルジア
14/03/11 09:35:24.04 qzCzziJS
>>257 だから君の中の2ちゃんねるの話しでしょう? それをこの
世界一般の2ちゃんねると同一視しなくてもいいのではないでしょうか?
ぼくは、世界一般の2ちゃんねるで書き込んでいる、日本人であり、
みなさんに、つぶされる気はありません。だから、あなたがどんだけ
偉くても、なんでもいいが、ぼくに、つぶすとか、いう悪口をいうのは
やめてもらえませんか? この流れは、世間でははぶるというのです。以上。
260:神も仏も名無しさん
14/03/11 09:41:09.51 NTWtpXJc
>>259
天空寺つぶしといて つぶされる気がないとかとかw
261:パーピマン ◆hVgvvzQ7pw
14/03/11 09:41:43.95 4sgxuxKX
>>259 なんでもいいから、消えろ
262:ノスタルジア
14/03/11 09:49:48.45 qzCzziJS
>>261 どうしたやくざ・・・。おまえらの魂胆は知っているよ? おれは
お前等やくざに用はない・・・消えろ・・・。
どうした? >>261 やくざ、極道みたいだね〜・・・お前・・・。やっていること
人を脅して、陣地確保する、悪魔のすることだよ・・・。楽しい?
嫌い? じゃあ嫌いで逃げている女をかくまっているだけの束縛なのかもね・・・。
>>260 ぼくは、天空寺をつぶしているように見えますか? なら、そういう見えるような世界にいくのではないでしょうか?
263:○○
14/03/11 09:51:02.89 w9by9AXJ
>>244
>如来とはこの世界全ての縁起によって成り立つ永遠無常の現象の事である
>釈尊は修行によってこの如来を如実知見したのである
応身の如来が法身の如来を如実知見したというご意見には異論はありません。
ただ法身の如来は宇宙法則そのものではなく、法則の設定者だと考えております。
根拠はかのアインシュタインも畏怖した「宇宙法則の美しさが偶然だ」とは思えないからです。
と今朝はトラブル対応で遅く出勤するリーマンは自燈明にて頷きました。
264:神も仏も名無しさん
14/03/11 09:59:48.07 NTWtpXJc
>>262
又 まともな書き手が消えるか ふ〜
265:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1.
14/03/11 10:09:36.84 4YWkcsUM
>>93コレサト氏
>精神科医に聞いたんですが、俺は自己愛性人格障害ではなく只の統合失調症であると再確認できました。
そうですか、それは良かったですね。
> 俺は仏なんですけど、って聞いたらそれは病的な妄想だそうです。
病的妄想している人は、このスレなら沢山いますよ。
で昨日、菩薩の話をしましたけど、遊び人風の菩薩が何故に衆生を救うのか?ってとこを説明しようかと思います。
それは菩薩と接っすると、それは自己を投影して、自己の醜さ汚さを改めて自覚するのです。
このようにして市井の人は、菩薩に救われた。と、このように感想をもつのです。
(つづく)
266:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1.
14/03/11 10:10:25.27 4YWkcsUM
(つづき)
菩薩自身は、人を救うなどと微塵も思ってません。分別を離れてますからね。
で貴殿は、衆生を救いたい、とか強い志をもっておるようですけど、
貴殿が何ら作為・策略はなくとも、もしかしたら衆生を救っておるのかと思います。
つまり私が言いたいのは、
菩薩というのは、自分自身が菩薩ではないのです。
菩薩はその存在自体が菩薩なのであります。
菩薩に救われた人は、こう言うかもしれません。
「あなたは聖人です」。と
聖人とか仏とは、どこに居る訳ではなくて、心におります。
きっと誰かが、貴殿を仏と思っておる方もおりましょう。
では、これにて。
267:神も仏も名無しさん
14/03/11 10:28:43.64 NTWtpXJc
静禅経 全巻 朗読
//www.youtube.com/watch?v=Ruzln5iWVec
268:パーピマン ◆hVgvvzQ7pw
14/03/11 10:36:12.63 4sgxuxKX
>>262 こちらは、荒らし行為をやめろという正当な要求をしているつもりなんだがね。
それを拒否して、やくざよばわりですか?
それが、お宅の寺の宗旨なわけかい?
そのような行為を継続することが、リアルでお前の寺や家族にとって
マイナスになることも考慮できないほど病気が進行しているのかな?
そうであるならば、こちらは直接、お前の家族にこのような行為を
やめさせてもらうように頼むしかないわけだけど。
よろしいか?
269:神も仏も名無しさん
14/03/11 11:13:30.87 ZpCxnBKL
バービーもノスも変わらぬ空虚丸出しだろうw
餌やっているんだからな。
ひっこし、ひっこし、サッサッとーーひっこーし、しばくぞw
270:神も仏も名無しさん
14/03/11 11:14:47.52 mRGWhjGj
>>258
寝言は寝てる時に言うもんだよ
無常は厳格なる事実なので空でなければ成り立たない、故に常住ではその事実に反するので空になり得ない
断見と常見は共にこれらの見解を思う心の問題の事である、故に両者とも虚妄となり心自体が空なのである
>>263
如来に意思など無い、故に設定などしない
全て悉く一つの漏れもなく各々の縁起に基づいて其々が決まっているに過ぎない
それが法を身とする如来の真実だ
>>268
おはよう
271:パーピマン ◆hVgvvzQ7pw
14/03/11 11:17:07.14 4sgxuxKX
>>270 おはようさんw
272:神も仏も名無しさん
14/03/11 11:21:14.13 mRGWhjGj
>>271
時に頼みが一つ
隠居とdaio-と閻魔の区別が出来ん時がある
暇になったら区別の仕方を手解き願えんか(三法印)
273:パーピマン ◆hVgvvzQ7pw
14/03/11 11:44:53.74 4sgxuxKX
隠居→ とにかくイエスと釈迦が嫌いw 「開祖盲信」「大乗仏教は、釈迦の妄想
とは違う」「竜樹は釈迦と違って賢い」「釈迦は精神病」 「とにかく『生命』が重要」
反論に行き詰ると必ず、「そのような書き込みができるのも生命のおかげ」という決まり文句が
でるwww
・・・・・
まあ、他にもキーワードはいっぱいあるが、釈迦個人に対する攻撃は、この
スレでは少ないから見つけやすいw
閻魔→「直接現実」「間接現実」 だったか?w とにかく、「二項相対思考」を嫌うw
自己の見解の根拠は、仏典に求めてその提示を行うこと多し
自分を「仏法」フリーターと称する
ベースは禅
ただし、難解な語彙の使用が多いので、慣れるまではその見解の趣旨を理解するのは困難かも?w
daio- → 短文しか書けない。 他者を罵倒することしかできない。 自己の見解を論理的に
整合性のとれた文章によって表現できない。 つまり言語障害を患っておりますw
よって、しばしば他者を揶揄するのにAAの貼り付けなどを行います。
特に禅系のものに噛みつきます。これは自分が一番で禅マスターであると思い込んでいるためw
「机は、ライヤー禅」「閻魔は、はったり禅」 という書き込みがよく見られますw
まあ、根拠を提示することなくヤジ、罵倒が書いてあったら、まず間違いなく こいつだと思って間違いなしw
274:神も仏も名無しさん
14/03/11 12:06:51.56 jhyjryAv
>>273
ありがとう
助かったよ
275:神も仏も名無しさん
14/03/11 13:04:02.21 nl0ZEhIs
しらじらしい、バービー本体の演出かw
程度が低いバービーらしいw
276:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1.
14/03/11 13:34:42.95 +UGj8ul7
>命って何かね?
横レスではない。書き込み切り取って独り言です。
命がそこにあることに、何の理由もないのです。
ですから理由ないものは刹那であって、また永遠なのです。
原因も結果もないのですからね。
禅は、あらゆる全てを受け入れてます。
それは理由のない歓喜そのものなのです。
実に素晴らしいことですね。
277:神も仏も名無しさん
14/03/11 14:05:44.17 RmZtEDTr
>>145
1.上記に「ブッダの沈黙」についてふれられていたけど、キリスト教の方たちは維摩経という経をご存知でしょうか?
その中に「維摩の沈黙(一默)」というのが、あるのですが、
>基本、ブッダのそれと同じだと思われます。
「ブッダの“それ”」が、何を指すか(どの逸話・場面のことか)に依るんじゃない?
維摩の場合は、(一代が度々言うような意味でのw)言語化できない、言語化は分節化差別化であり、
言語表現した時点で外れてしまうから、それを避けるという手段なわけだが、
阿含時代に於いて、その形での沈黙は、まず見受けられない。
無門関にも出てくる「外道問仏」の元である○○を、(禅の公案として採用されたことを証とする如く)
「(真理或いはお悟りの)言詮不及」と見ても良いが、あれは寧ろ
以前言及した田上論文のような方向性で見るべききかと思われる。
※まあ、もともとが「ニならざること」(分別相なきこと)を主題としているから、維摩経の沈黙は
以下の通りと思う。
>>146
2.これに対する解説として、元来、多く語られてきたことは、
@「自らの見解が「言葉によって説くことが不可能であること」による沈黙」
(すなわち言語表現を超越した高次のもの)
A言語表現の不完全さの表明
と説明され
278:神も仏も名無しさん
14/03/11 14:10:03.30 RmZtEDTr
スレリンク(psy板:146番)
>もうそれは「対象を立てた」ことになります。 >それは所詮、「二項の思考」
これは、以下スレリンク(psy板:148番)
にも触れられているように、(いつも一代が言っているようにw)、
本来的空思想・般若思想(一代は“思想、見解”じゃない、と苦い顔するだろうがw)・中観とは、
そのようなものなのでしょう。
ただ、維摩経の沈黙・不二がそのベクトルで述べられているかどうかは、私には判・解りかねます。
ただ、そのように考えれば、
148 >すなわち出来うることは、「拈華微笑」以外にはない
と言えますし、数多語録を残しながら不立文字を立てる禅の直系なることを担保することにはなります。
そして、スレリンク(psy板:148番)
>「仏陀の沈黙」も同様であると、私は考えるのですが。
>「Aであるのか? Aでないのか?」に対して「どちらでもない」と答えるのが「無記」ではないのです。
> ⇒「そのような問いを立てる時点でもうダメなんです。」
>そのような、問いに対して回答を立てることは、もう言語によって対象を切り取ってしまってるわけです。
>その「言語による規定化、定形化、対象化」を止めることが、すなわち、「戯論寂滅」となるわけです。
↑これは、まるっきり一代だよねw
スレリンク(psy板:149番)
>上記の「維摩の一黙」に対する理解は仏教的に見て
一代がその立場を(スレリンク(psy板:151番)のように)採っている如く、
アリだし、空観、中観の本来的姿かもしれん。
ただ、維摩経及そこから派生の禅の沈黙の系譜が、148の如きことかどうかは、
少し疑問符付けたいかな・・。
「切り取り」と「主体」の話は、私個人はそのように考えるし、
(勿論、「切り取り」限定によるということではないが、考え方の構図としては近い)、
分別相なければ、衆生(の無明)と一なる(ニならず・別ならず)というところへ帰結もするだろうけど。
279:神も仏も名無しさん
14/03/11 14:17:29.90 RmZtEDTr
>>277は、前スレスレリンク(psy板:145番)宛
新スレになってたの忘れてたw
ざっくりまとめると、「沈黙」の扱い(―“無記”とはまた別問題―)としては
1、言詮不及(・・・言語に依らず、別手段でなら示し得る)
2、分別相の捨置(・・・必ずしも言語化を排しない)
3、一切の対象化を斥ける(=言語化を離れる)(・・・如何なる手段をもってしても示し得ない)
というものがあり、
維摩経は行っても2までかな?と。 中観は勿論、3だろう。
280:ポータ
14/03/11 15:21:42.81 oLxOoP/x
>>247
>>>221
>「相対的であらざるものはない」は二重否定だから
>「全て相対的である」って強い肯定表現だよ
そうだね、そしてそれをさらに間違っていると否定しているのだから、
「でも」ではなく「であるからして」
で、あっているでしょ。
言い回しがややこしいね。
281:神も仏も名無しさん
14/03/11 15:24:04.08 oJj9AMUm
お釈迦さんが悟りを得た姿を如来と言って、お釈迦さんが悟りを得る前の姿を菩薩って言うんじゃないの?
282:ポータ
14/03/11 15:34:46.59 oLxOoP/x
>>237
>>>235
>では一切とは何を指してる?
>これは個人だ社会だの以前の問題だ
はい、肉体からもたらされる本能をコントロールできない事を指します。
283:ポータ
14/03/11 15:56:22.34 oLxOoP/x
「一切皆苦」
本能がいけないというのではなく、本能にのみ込まれてしまう、
それが苦です。
表現を変えれば、豚に真珠(自由)のようなありさまになっているということです。
例えば、無明のなかにいるのなら、王子と乞食が入れ替わったとしても、
乞食は昨日、自分を苦しめた王子と同じ事をするのです。
でありますから、
形態上は変化しても、実質上は同じ事を繰り返し、
同じところに固着化した、グルグルです。
(それを輪廻と言う方もいらっしゃるかと思います)
284:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:15:34.31 YC8eq04C
法身・報身・応身は如来の事だがこれらは結局現象の事である
それに対して三徳とは、法身・般若・解脱がある
法身は法体の事で要は縁起する現象全て、故に如来の総体
報身とはそれを悟れる智慧の事、故に般若
応身とは縁起現象の一つである肉体、故に解脱
となる
パーピマン、維摩が而二不二の法門で最後、黙って応えたのは如来には言語が無いからだよ
現象に意思も意図も思惟も虚飾も作為も解説も迷いも悟りも無い、だから無言しか無かったのさ
285:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:29:14.00 eJNnaksv
>>284
>現象に意思も意図も思惟も虚飾も作為も解説も迷いも悟りも無い、だから無言しか無かったのさ
うん、面白い
286:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:35:13.60 YC8eq04C
>>282
>はい、肉体からもたらされる本能をコントロールできない事を指します。
経典にちゃんと載ってる
読んでない・知らないで言ってるのが丸判りでちょっと拙いかも
287:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:39:59.99 nckq7YDJ
>>283
>本能がいけないというのではなく、本能にのみ込まれてしまう
本能による欲求は、生命の維持に必要な程度に充足されれば止む。これも本能の
一部である。本能は、このような自動調節機能を有する。「本能に飲み込まれる」
のは、本能ではない。
>豚に真珠
他人を豚呼ばわりした者こそ、豚である。思い上がった人間差別を証明している。
288:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:43:42.95 YC8eq04C
>>287
生命って、何?
289:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:47:46.03 nckq7YDJ
>>285
>うん、面白い
最も当たり前のこと。生活者はすべて知ってること。それをことさら「面白い」
と思うのは、宗教者の倒錯と迷妄と観念の遊戯の結果である。それこそ滑稽。
290:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:49:50.92 YC8eq04C
>>289
それって、命令?
291:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:51:28.98 nckq7YDJ
>>288
生命とは、生命現象を現す肉体。
292:神も仏も名無しさん
14/03/11 16:54:49.26 fw4+k/DQ
>>291
なんで?
293:神も仏も名無しさん
14/03/11 17:00:05.05 YC8eq04C
>>291
現象って、なに?
294:神も仏も名無しさん
14/03/11 17:05:12.54 eJNnaksv
>>289
>最も当たり前のこと
そういう当たり前も無くていいよね
295:神も仏も名無しさん
14/03/11 17:06:34.96 WEpDmOae
アリストテレスは、世界には生命の基となる「生命の胚種」(=一種の種子)が
広がっており、この生命の胚種が物質を組織して生命を形作る、と考えた。
これは「胚種説」と呼ばれる。wiki
296:神も仏も名無しさん
14/03/11 17:24:34.95 PVNDe1kW
(・3・)アルェー? それで納得出来んのー?
何か思考停止っぽーいw
297:神も仏も名無しさん
14/03/11 17:38:58.19 PVNDe1kW
生命教よえーw
矛盾で矛盾を説くから矛盾して感じないのは
説いてる本人だけって気付いてないんだねー
(*≧∀≦*)キャハハw
298:ポータ
14/03/11 17:51:59.00 oLxOoP/x
>>286
何をおっしゃているのか分かりません。
>>287
>>>283
>>本能がいけないというのではなく、本能にのみ込まれてしまう
>本能による欲求は、生命の維持に必要な程度に充足されれば止む。これも本能の
>一部である。本能は、このような自動調節機能を有する。「本能に飲み込まれる」
>のは、本能ではない。
君は食べる、これは本能だ。
食べ続けるのは本能がコントロールされていないと言う意味の
のみ込まれるだ。
>>豚に真珠
>他人を豚呼ばわりした者こそ、豚である。思い上がった人間差別を証明している。
君が人間差別しているのではないかな。
肉体の本能をコントロールが できるできないは、自主管理という自由が
人間にはあるのだが、食べ続けるために、何をしてもよいといった自由の
使い方をするのが、具体の差別意識だ。
豚に真珠というのは、キチガイに刃ものと同じで
差別ではなく、言葉尻を拾うという事は、君は言葉の印象を用いる
ずる賢い、差別者だということです。
そうでないなら、もう少し考えてから、返答してください。
299:コレ悟りかよ!?w
14/03/11 18:17:27.25 pZZ1yzot
>>204
>>では聞きますが、「地獄に堕ちないように」とは、どういうことでしょうか?
文字通りの意味です。
悪行をすれば来世は地獄に堕ちます。
地獄じゃなくても不幸な境遇に生まれるかもしれませんね。
>>永遠の生命とは=死なないということですが、何が死なないのですか?
>> 永遠の生命の具体的な説明をお願いします。
生命はすべて一つとしてお考えください。
我々にも自我があって他人と自分を区別するように、生命も多種多様ですね。
生命の「進化」というのは科学が生み出した妄想であり虚妄です。
最初の生命・・・単細胞生物といいましょうか。アメーバみたいな。
その最初の生命体こそが完全であり生命の頂点なのです。
なんでも単細胞生命は不老不死なんですよ。分裂するだけですから。
進化というのは、あたかも人間が生命の頂点であるかと錯覚することです。
その錯覚の最たるものが「死」です。
細胞の分裂にすぎない現象を勝手に死だと妄想している。
自分が死んでも他人は生きている。あらゆる生命は生き続けている。たとえアメーバでも。
これを不死の境地と言わずになんと言う!・・・ちょっとシャウトしすぎですね。
俺の叫びは生命の叫びです。シャオ!
300:神も仏も名無しさん
14/03/11 18:20:57.84 ugep95Ly
>>298
>何をおっしゃているのか分かりません
じゃ、知ったかぶって出しゃばって喋んな
301:鴨そば ◆AxK1lCqg04yr
14/03/11 18:27:56.75 /VYB+v5s
>>287
> >>283
> >本能がいけないというのではなく、本能にのみ込まれてしまう
>
> 本能による欲求は、生命の維持に必要な程度に充足されれば止む。これも本能の
> 一部である。本能は、このような自動調節機能を有する。「本能に飲み込まれる」
> のは、本能ではない。
例えば知足とは非本能的なものだろう。主体が自動調整機能と同じとか別だとかいう話はしていない。
主体に本能と完全に同調しない意識がある限り、本能との関係性が問題になる。
>>豚に真珠
>
> 他人を豚呼ばわりした者こそ、豚である。思い上がった人間差別を証明している。
コトワザだろ(笑)
バカバカしいヤツだな、そんな子供みたいなまねしてなんになるんだ?
302:鴨そば ◆AxK1lCqg04yr
14/03/11 18:31:34.52 /VYB+v5s
>>300
> >>298
> >何をおっしゃているのか分かりません
>
> じゃ、知ったかぶって出しゃばって喋んな
『一切』を書いてみな!
303:神も仏も名無しさん
14/03/11 18:35:19.98 ugep95Ly
>>302
六根と六境を合わせた十二処だよ
304:おじゃる
14/03/11 18:36:12.09 pD4Xc3ge
Wikipedia項目リンク
般若(はんにゃ、サンスクリット語:プラジュニャー; パーリ語:パンニャー)
一般には智慧といい
仏教におけるいろいろの修行の結果として得られた「さとり」の智慧をいう
般若は大乗仏教の特質を示す意味で用いられ
諸法の実相である空と相応する智慧として強調されてきた
同じ悟りの智慧をあらわす遍智(へんち)と区別される
遍智とは文字通り「あまねく知る」ことで
四諦の道理を無漏(むろ)の智によって知ることである
この遍智を小乗のさとりを表すものとして、大乗の般若と区別するのも
般若を存在の当相をそのままに自覚する実践智と考えるからである
URLリンク(homepage3.nifty.com)
スッタニパータ
1119
つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ
そうすれば死を乗り超えることができるであろう
このように世界を観ずる人を、<死の王>は、見ることがない
1026
無明が頭であると知れ
明知が
信仰と念いと精神統一と意欲と努力とに結びついて
頭を裂け落とさせるものである
305:コレ悟りかよ!?w
14/03/11 18:46:44.35 pZZ1yzot
>>210
>>全生命が俺だと言いながら、なぜ前世はブリで、マグロじゃないと言い張るの?
>>またなぜ、前々世はマグロであってブリじゃないと言い張るの・・・?
別に言い張ってるんじゃなく、前世がブリでもマグロでもアジでもイクラでもウニでも何でもいいんですよ。
俺は回転寿司(カッパ寿司)によく行くんで好きなネタを書いたまでです。
ネタバラシしますが前世の記憶、前世が何だったのかなんて超適当でいいんですよ。
釈迦の前世話なんて、超テキトーでいい加減でしょ。そこに道徳的観念を付け加えただけで。
しかし、絶対にウソでは断じてない。
だって生命はひとつ。区別も差別も無いんだから。
どんだけ無茶苦茶な前世を語ってもウソではない。論理的にそうなる。
俺のことふざけてると思ってるでしょ。
俺じゃなく、そもそも仏教がふざけてるんですよ。
でも俺はそんな仏教が大好きッス。愛してます。
輪廻最高!ヒャッホウ
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4413日前に更新/494 KB
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