正直、天皇なんて要らなくね?★23 at SEIJI
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1150:18
18/01/31 22:47:28.73 E13+qbeER
神の愛をないがしろにすることに、恐怖を感じないものは、破滅するほかない。
私がこうして書いてるのは、私が神の愛を貶めたことに恐怖しており、私の希望が神しかないからだ。
私が死ぬくらいでは済まないとおもったのは、神の愛に愛で答えなかった罪の深さを恐怖するからだ。
だから、私は言われた通りに責務を果たすほかないとおもってここに書いてるし、書いた。

1151:18
18/01/31 22:54:23.99 E13+qbeER
真理に逆らえば破滅があるのは明白だ。
アメリカが示した隣人愛は、戦前も戦後も裏切られて、際限のない騙し討ちの奇襲の繰り返し。
もはや、善悪が分けられた。
神が裁いた悪を、救おうとするのは神に対する暴行殺人だ。
真理を求めるものは、神の裁きに逆らうことはできない。

1152:18
18/01/31 23:40:15.42 E13+qbeER
URLリンク(www.cbcj.catholic.jp)

「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」
1. 年頭にあたり、諸国の指導者たちと世界平和を築く必要を認めているすべての善意の人びとに、もう一度呼びかけたいと思います。
2005年「世界平和の日」のテ―マとして、わたしは、聖パウロのローマの信徒に宛てた手紙のことば―「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」(ローマ12・21)―を選びました。
悪は、決して悪によって打ち勝たれるものではありません。
いったんその道をとれば、人は悪を制するよりも、むしろ悪によって打ち負かされることになるでしょう。?この偉大な使徒は、平和とは、悪が善によって打ち負かされるときにのみもたらされる、長くて、辛抱強い闘いの成果であるという根本的真理を明らかにしています。
世界のあちこちに見られる暴力に満ちた同胞同士の対立という悲惨な事態や、
それらが引き起こしている数え切れない苦しみと不正を顧みるならば、ただ一つの真に建設的な選択とは、聖パウロが指摘するように「悪を憎み、善から離れない」(ローマ12・9参照)ことです。?平和は、善によって促進される善です。
それは、
個人、家族、国々、そして全人類にとっての善です。
しかしながら、これは、善によって鼓舞された決断と行動によって、維持され育まれる必要があります。わたしたちは、「悪に悪を返さず」。
(ローマ12・17)という聖パウロのもう一つのことばのもつ深い真理を高く評価します。
悪に対して悪をもって報いるという悪循環から抜け出す唯一の道は、「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」(ローマ12・21)というこの使徒のことばなのです。

ナチスに加担して天皇のために死ねに加担して害悪をもたらした邪悪が、
どうして、アメリカを悪と言ったり、自由主義世界の防衛を、戦争と罵倒する資格があるのだろうか?。
ヒトラーや天皇の全体主義独裁のとてつもない苦しみから、実際に救ってもらいながら、
戦争扱いが許されるのだろうか?

たとえ自分たちが責務を放棄して嘘をついて騙して破滅をもたらし悪魔を拝んで破滅に突き落とした罪を許されたとしてさえも、
罪を許されたものが、罪だと思うものの罪を許さずに際限なく攻め立てるものが許されるのだろうか?

1153:18
18/01/31 23:41:41.27 E13+qbeER
もしも本気で戦争が罪だと思っているなら、それでもとてつもない苦難から救ってもらった事実を認め、カトリックが真理に対する責務を果たさず、悪との戦いを放棄して悪魔にべったりついて嘘をついて押し通し拝み拝ませ破滅に突き落とし、
当人にさえ害と破滅をもたらし、
世界に害と破滅をもたらしたことを認めるならば、
たとえ罪だとしても、とてつもない苦難から救い出して自由や真理を守った罪を責めるのではなく、
ペテロが剣を抜いても罰せられなかったことを引き合いに出してでも、
自由主義世界を守った成果に免じて罰しないように神にとりなしをするのが当たり前だ。

そして、真理を破壊してきた、真理の破壊のために自分から突如襲って戦争した日本やドイツの悪魔を根絶するのが当たり前だ。
そもそも、真理を愛で救いだと本気で信じて、
ローマの十字架による罪と死の束縛から真理によって自由にされ、愛を受けて救われたと思うなら、
天皇のために死ねを廃絶するために、全力を尽くすのが当たり前だ。
それを戦争神社を破壊する覚悟さえない。恐怖に怯え習俗だと嘘つき悪魔を拝んで、死と破滅の繰り返しに突き落とした。

罪と死の束縛を滅ぼす覚悟さえない。もとから信仰がないか、信仰を失ったということだ。

1154:18
18/02/01 08:20:12.86 /5/ugziql
>>1108
愛で
憎悪敵意不正な恨みで

1155:18
18/02/01 08:37:23.49 nC/dVYccZ
イエスは自分はどんな人物だと宣言されましたか - Believers.org
www.believers.org › jbel206
わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。 .... であったなら、わたしのしもべたちが、 わたしをユダヤ人に渡さないように、戦った  ...
ヨハネ18:28-40「ピラトの官邸での審問」
2nd.geocities.jp › weekdaybible › bible4
もしわたしの国がこの世のものであれば、 わたしに従っている者たちは、わたしをユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。 しかし事実、わたしの国はこの世のもの では ...
Q.22 ヨハネ3:13「人の子のほかに天に上った者はいない」
www.rock.sannet.ne.jp › qab.html
私の国はこの世のものではない。もし私の国がこの世のものであれば、私に従っている者たちは、私をユダヤ人に渡さないように戦ったであろう。しかし、事実、私の国は ...

1156:18
18/02/01 12:44:54.83 8yZAr8Ypu
URLリンク(d.hatena.ne.jp)
一般人をどんどん犬死にさせ、ジョーカーが最後に「バットマンの存在は悪を必要としていて、バットマンがいる限り悪は滅びない」と言い放つ、
善悪の相対性を具象化したものですが、でも微妙なさじ加減に居心地の悪さがありました。
この違和感というのは、建前としてこれがヒーロー映画であり、バットマンの活躍を描く超大作として作られているからです。


悪役がいなければヒーロー映画はできない。
ヒーロー映画は裁きで終わり。

自由が罪によって表現されるのではなく、愛によって表現されるように、願うのがまともなもの。
フランシスコ教皇なとの邪悪は断固として因襲偶像左翼を否定せず、戦わない。
罪の存在を自由として、押し通して嘲り、あらゆる言葉を、暴行殺人テロレイプの快楽に悪用し、狡猾に立ち回って、決してやめない。
あらゆる方法で


1157:悪を滅ぼし、悪に対して正当性や力を与えないことが大事だ。そして、アメリカのせいというのは、左翼天皇北天皇因襲などの邪悪の常套句。お前のせいだといくら悪が言っても、責任転嫁そのものが犯罪であり、罰せられるだけ。



1158:18
18/02/01 12:56:21.10 8yZAr8Ypu
チリ訪問:教皇、南部テムコでミサ「一致を作り出す人に」 - バチカン ...
ja.radiovaticana.va › news › 2018/01/17

2018/01/17 · チリ訪問:教皇、南部 テムコでミサ「一致を作り出す人に」 - チリを訪れている教皇フランシスコは、南部の都市テムコでミサをとり行われた。  

フランシスコ教皇は、因襲偶像左翼と戦ってない。
うまいこと立ち回って、キリスト教徒を騙して殺すことしか考えてない。
人殺し目的のフランシスコ教皇や明仁天皇などの悪魔と、自由主義世界にはいかなる一致もない。
断固として嘘つきの人殺しであり、偶像左翼因襲保守のための人殺しのフランシスコ教皇や明仁天皇などの邪悪には、善行も許されず、生存も許されないし、存在自体が犯罪だ。

1159:18
18/02/01 22:35:45.69 6kIvdNINE
URLリンク(ja.radiovaticana.va)
もしこの社会復帰の希望がないなら、刑務所は終わりのない拷問になってしまいます。
かえってこの社会復帰のためによく機能するなら、たとえ終身刑の
囚人たちでも刑務所の中から、社会のため丹に役立つ仕事を通して社会そのものに貢献することができるのです。
対話の道はいつも開かれ低なければなりません。
ですからどの
刑務所はたえずこの社会復帰という観点に立たなければなりません。
司祭や修道者、司教たちとの出会いも持ちました。この国の教会を苦しめる傷、
その中でも児童の性的虐待などの問題を決してなおざりせず真剣
に取り組むように互いに確認しました。
しかし同時に神への信頼の中にこの大きな試練によって教会関係者たちに清
めと刷新がもたらされることをも指摘しました。
若者たち、
大学生たちとの出会いでわたしはかれらに聖アルベルト・ウルタードの言葉「
キリストはわたしのこの場にいたら何をなさるだろうか」
を常に念頭に置くよう勧めました。
人生の中で困難や問題、衝突はつきものです。それらを隠す必要はありません。
問題の所在を明らかにし、何事をも忍耐強い対話をもって解決するようにしなければなりません。
問題を見ぬふりすることなく正面からぶつかっていきましょう。
そして話し合う機会を持つことです。
衝突はこのようにして解決に向かいます。
対話によって解決されるのです。
ペルー訪問のモットーは「希望によって一致して」というものでした。
一致とは何もかも同じという実りのない「画一性」のことではありません。
様々に異なる文化や歴史を包み込む豊かさそのものを意味します。
ペルーの政府関係者たちとの出会いで、わたしはこの国の自然、文化、
霊的遺産の豊かさを指摘し高く評価しました。

1160:18
18/02/01 22:36:24.32 6kIvdNINE
自由を罪や破滅や濫用に使うことを多様性と押し通す邪悪。
邪悪は、社会に貢献という嘘で人殺しを押し通すから、邪悪に罪をさせないことが罰の目的そのもの。
悪を唆して、断固として、否定しないし戦わない。
何一つ善のために問題を解決せず、凄まじい知力の暴力で、殺しに使うだけ。
邪悪の危険を説明して、滅ぼすべきものとして認識するだけ。対話も交渉も害悪で破滅。
なぜキリスト教徒が戦争するのかと言われれば、抵抗させずに襲って殺して苦しめる。
襲われたと非難されれば、子供まで食い物にし奴隷にし、襲われたものを殺す野蛮人に主権を与えて殺す。

1161:18
18/02/01 23:01:21.07 6kIvdNINE
言葉が切り分ける世界と、それを変える小さな習慣 – R-style
URLリンク(rashita.net)<) › text › nihonngo
言葉は世界を創造し、その人間の認識、 ものの見方を形成する要因となる。 社会的な習慣として ... 事実日本語は方言の違い が激しい言語だといわれる。つまり「日本 ...

日本語には無かった「愛」の概念|ヤガミの今勉強中
URLリンク(ameblo.jp) › ikyagami › e...
2015/11/03 - 日本には「 愛」という概念は無かったというのです。 そういえば、今読んでいる「源氏物語」の光源氏の言葉には「恋」という表現が多い ...

愛する:日本語を考える - 日本語と日本文化 - 東京を描く
japanese.hix05.com › lang186.aisuru.html
愛する」という動詞と、その名詞形である「 愛」という言葉は、愛情表現を広く表す言葉 ... であるこの「愛する」が、日本語の中に定着したのは、そう遠い昔のことでは ...

1162:18
18/02/01 23:09:02.30 6kIvdNINE
ニーチェ『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけで ...
URLリンク(www.a-inquiry.com)<) › hibikihare
2014/04/17 · つまり、認識されないならば、それは存在しないということと同義なのだ。 ... ですが、「魂は認識できない から実在しない」と考えていながら、「電子 ...
人は知ってる世界しか認識できない | ...
nekomamire.biz › 人間とは
移動先 知らない=存在しない · というより認識してない。 そこにあるのに、 存在にすら気づかない。 ... 知らないなら存在しないのと同じ。 知らないと全く見え ...

1163:18
18/02/01 23:15:48.94 6kIvdNINE
聖書の日本語 - 岩波書店
URLリンク(www.iwanami.co.jp) › smp › book
2006/02/23 · 神」も「愛」も日本語ではなかった─現在の語義を生み出した聖書日本語 ... たのだが,日本の聖書翻訳 に占める中国語訳の大きな比重は ...
神の愛の宗教、キリスト教 | 日本キリスト教会 南柏教会
minami-kashiwa.sakura.ne.jp › 2014/05/18
2014/05/18 · 日本語の翻訳によって多少違ってくるのですが、およそ600回です。この中には、人間が人間を愛する愛 や人間が神を愛する愛も含まれますが、 特に ...

1164:18
18/02/01 23:42:20.02 6kIvdNINE
平和をつくり出す人 - キリスト教文化センター 京都 同志社大学
www.christian-center.jp › wed_imade
第二次大戦のころは、忘れもしません、 学校で絶えず、天皇のために死ねと教えられました。体操の時間には木刀を持ち竹刀を持ち、絵の時間には、みんな敵の ...
『キリスト教と天皇(制)』
PDF
URLリンク(ci.nii.ac.jp) › els › contentscinii_20...
加藤知子 著 - &lrm;2011 - &lrm;関連記事
まで、現在の日本のキリスト教界の一特徴として、反天皇制の言論が目立つ


1165:ア. とが挙げ .... 神社―靖国思想を考えるために』・ 『靖国の闇にようこそ―靖国神社・遊就 ...



1166:18
18/02/02 08:46:13.02 xnktJ1tKA
私はロシアについては、最初は世界の指導者の一つにできないかと思った。
だから、最初は、そういう種類の倫理を求めたつもりだった。
誤ったとはいえ、ソ連は理想を標榜して、領土の拡大をせず、戦争で勝利しながらも、多くの国々を支援するそぶりを見せていた。
これはかつてないことだ。
しかし、領土を拡大し、恐怖支配を誇り、殺害や圧迫を繰り返し、どうにもならず、どんどん悪くなっていき、ダメだと思った。
軍事力による領土の拡大は際限のない戦争の原因になるし、致命的にダメだと思った。
それからも、何度かロシアの脅威によってトルコなどを罰したら合理的ではないかとも考えたが、これも間違いだ。

指導者の交代による変化を期待しても、結局は、同様の指導者を激しく求めるだろう。
民主主義は、日本独自の踏み絵民主主義のように恐怖支配を徹底するために悪用可能だ。
民主主義の形式的手続きによって、かえって深く恐怖支配が浸透し、悪用して、肯定を強要することで、恐怖支配を徹底しうる。

ロシアを欧米式の民主化したとして、この悪条件の中で、どのような国になりうるのだろうか。

ゴルバチョフは情報公開で現実の課題を共有して民主化、自由化を目指したという。
厳密に徹底的に寒さに抵抗しなければ凍死するように、ゴルバチョフの政治は国を滅ぼしたのだろうか?。

人々の間に犯罪者もいるのと同じように、犯罪者がなくなることはないのだろうか。
警察の下での犯罪と、そうでない場合の犯罪の違いしかないのだろうか?。

しかも、誰もが、害悪をやめさせるためなら、いかなる手段でもとろうと思うことがある。
どういう法則によって、暴力が抑えられているのだろうか?。
警察もあるだろう。しかし、警察が解決しうる問題は少ない。
そして、害悪がそのままでは耐えられない。

私は悪を擁護したり理由を考えたり対策を考えようとしたりしがちだ。
しかし、悪魔を拝めば、キリスト教はもっと害になる。善行しても一致もしても犯罪目的なら全て犯罪になる。
しかし、父は反論を許さずに、強く、ソ連をはっきりと否定した。ロシアも同様だろう。
悪に対する断固たる否定については、何も言わせない強さがあった。

1167:18
18/02/02 12:39:16.36 /vEtxgVuX
人権破壊の全体主義独裁で抱え込んで抑圧して破滅するのを廃絶するのは難しい。
左翼などの邪悪が好み寄り添って闘争して、恐怖や殺戮を楽しみ、目も眩むような特権を楽しむ。

問題の解決のために課題を情報公開して、民主的で、自由に問題解決に取り組んでいくことは、
偶像因襲左翼が憎悪して必死で破壊し引き摺り下ろし破滅させ襲わせて殺し、
悪魔を拝ませ不正な特権を求めて闘争する。

ローマならば、農産物が豊かで、動物は草を食べ、海産物に恵まれ、果物が実り、温暖な気候で、たとえしばらく外で寝起きしても、なかなか野垂死にしないのかもしれない。

しかし、極寒の地ならば即死だ。
家族や民族も即座に全滅しうる。
はじめから、とりうる自由の概念や許される失敗の範囲が違う。

1168:18
18/02/02 12:48:46.73 /vEtxgVuX
平和や戦争や愛という言葉にはどういう意味があるのだろうか?

どういうものとして認識しているのだろうか?

平和とは犯罪がそのまま尊重されて共存されて受け入れられ、
いかなる犯罪目的の犯罪も平和と嘘ついて、尊重して拝んで欲しがるものを差し出して、崖から飛び降りるように襲われて殺されることだというのが、リベラルと呼ばれる政治家や宗教家や報道人が必死で洗脳していることだ。
そして、自由主義世界の人権平和民主主義を求める困難な道を求めて、逆らうものを偏狭な差別主義者で極右などと犯罪扱いして必死で罵倒し、壁を作って追い出して、受け入れず聞かず人間扱いせずに、


1169:全力で排除する。そして、戦争や空爆よりマシだから襲われて殺されるのが勝利であり、正義と思わないで欲望のために襲って殺すのは、おまえのせいだから、裁きも処罰もできないし、正義の方がもっと悪いし、襲わないでも欲望が満たされるようにしないおまえのせいだ、おまえが死ねと主張する。そして、犯罪をなくしたいなら犯罪者様が犯罪しないでも必要なものを得られるように、福祉でテロコロニーを築かせてテロレイプ暴行殺人を宗教や文化や平和だと認めて侵略させるチイ金名誉を与えないで、犯罪などと貶める不寛容で偏狭で欧米の人権や真理から一歩も外に出ない、お前が悪い、お前のせいだ、おまえが死ね、というのが、左翼偶像因襲の主張してることだ。



1170:18
18/02/02 20:27:27.75 nhqZ3AXjN
キリストはどうしただろうか?
平和的手段であっても、偏狭な真理のために、罪と死の束縛に対して死んで、真理を生きるのが愛だと思って、他の価値観を認めず尊重もせず、多くの人が世代を超えて支持してきた文化や歴史や宗教を全否定して、
罪の歴史に対する死を求め、新たに生まれるような未来を、真理による自由な命を生きるように求めた。
剣を使わなかったが、言葉の剣で悪魔に向かって襲いかかり、他者を認めず尊重せず、偏狭な真理によって、わずかな決定的な根本的な違いで、激しく攻め立て、悪魔と呼んで、人が大事にしてきた信念や宗教や文化を追い出して破壊した。
そして、実力行使での処罰を予告して、来るべき裁きの結果の悲惨を示した。

自由主義世界の平和は、戦争をしないとか核を使わないということでは実現しない。
偶像因襲左翼などの悪魔を罰して罪をさせないようにしないと破滅しかない。
そもそも、生きること自体も、危険に対処する努力が必要だ。

1171:18
18/02/02 20:34:36.49 xnktJ1tKA
キリストは真理と愛のために、悪魔と戦って十字架についたし、キリストについてきたものは、真理のために真理を証し、羊のために命を捨てたものだけだ。
罪のために、羊を襲い、脅して襲わせて、殺しまくってる邪悪は、離れ去って、罪に対する罰を受けなければならない。

フランシスコ教皇は、明仁天皇と同じように、カルトの特権階級の欲望の奴隷扱いしてニヤニヤ嘲笑いながら使い捨て殺して決してやめない、罰せられるべき悪魔だ。

天皇のために死ねは、お宝だとか安寧秩序といいながら、国民族全て罪の欲望のために使い捨て殺した反キリストだ。

因襲も恐怖支配で食い物にして使い捨て殺し、自爆テロで殺しを楽しむ反キリストだ。

偶像因襲左翼などの邪悪に対しては、邪悪本人に対して罪の代価としての罰が与えられ、
フランシスコ教皇や明仁天皇などの悪魔が罪の責任を負って罰を受けるのが当然だ。

1172:18
18/02/02 21:47:17.71 R5eV8FtQC
>>1078
一部削除
紙に書かれた

>>1080
一部訂正
仕様
をもつ邪悪

1173:18
18/02/02 22:12:32.27 R5eV8FtQC
愛を貶める罪による棘とは、自分が愛するものの破壊であり、自分が愛されるべき愛を失う破滅でもある。

1174:18
18/02/02 22:25:10.91 R5eV8FtQC
URLリンク(www.cbcj.catholic.jp)

 教父たちが教えてくれるとおり、誘惑は、わたしたち人間の条件、すなわち罪とその結果の深淵へのイエスの「降下」の一部です。
イエスはこの「降下」の道を、終わりまで、つまり十字架の死と、神からはるかに離れた陰府(よみ)に達するまで歩みました。
こうしてイエスは、神が、失われた小羊である人間に救いをもたらすために差し伸べた手となります。
聖アウグスティヌス(354−430年)が教えるとおり、イエスはわたしたちから誘惑を取り去って、ご自身の勝利を与えてくださるのです(『詩編注解』:Enarrationes in Psalmos 60, 3, PL 36, 724)。
それゆえわたしたちも悪霊と戦うことを恐れてはなりません。
大切なのは、勝利者であるキリストとともに戦うことです。
そしてわたしたちは、キリストとともにいるために、母であるマリアに向かいます。
試練のとき、子としての信頼をこめてマリアに祈り願おうではありません


1175:か。そうすれば、マリアは、神である御子の力強い現存を感じさせてくださいます。それは、キリストのことばによって誘惑を退け、あらためて神を自分の生活の中心に置くためです。



1176:18
18/02/02 23:02:20.43 R5eV8FtQC
子供の頃の不安や恐怖や間違いを大人になって大人の考えで考えて、
子供の頃に原因や理由のわからなかった不安や恐怖や間違いを、大人として考えて理解したり対応したり改めていくことは大事だ。

子供の頃からやり直すことはできないし、間違いをしたらそれで終わりでは破滅しかない。

罪に対して死んで、新たに生まれるようにするほかない。

母親から愛情を受けなければ、愛情を認識できず、あるいは危険にしか感じないのかもしれない。
愛情と憎しみの違いを理解できないのかもしれない。愛が存在しても認識できないのかもしれない。
だからと言って、やり直すこともできないし、ダメだから死んでいては際限がない。

そして、子供の頃に母親から受けられなかった愛を大人になって受けても無駄なことだ。
子供には子供に必要な母親の愛があり、
大人には大人に必要な結婚の愛がある。

子供の頃に子供のための母親の愛がなくても、
大人に必要な結婚の愛を受ければ問題ないし、
子供のための母親の愛がなかったことを理解して結婚の愛の中で問題に対応するほかにできることはない。


人の判断は、経験や知識によって違うという。
日本人に自由主義の価値を説いて押し付けても天皇のために死ねをバカにしたと怒り狂って屈辱を感じて恨んで襲いかかるだけだ。
しかし、古代世界で、愛や真理をうけた国民族などどこにあるのだろうか?

未来のある国民族なら、過去の破滅を捨てて、自分たちで虐待を廃止して、
押し付けによりかかるのでなく、自立して、自分たちで、自由主義世界の人権平和民主主義の国を作るほかない。

死者の民主主義とか保守とかいう邪悪もいるが、未来のある国民族にとってだけは、未来の人々の方が多いし、生きるものの命が大事だ。

過去を取り戻すこともやり直すこともできないし、無駄なことだ。
重要なのは、知らないことを知らないとして、真理を知る勇気を持つことであり、破滅の繰り返しに対して死んで、わからなかった認識もできなかった、自分にとっては存在しなかった、知らない真理や愛による未来を開くことだ。

1177:18
18/02/02 23:20:03.68 R5eV8FtQC
人類は幼児だ。それでも、どの国民族でも古代文明があったが、破滅を繰り返してる。
エジプトのような文明が完全に亡び去った。

古代世界の文明も亡び去って野蛮人の跋扈する魂からの荒れ地になって紛争地帯だ。

欧米も文明を育ててローマまで行った。
それでも、一度全て破壊してやり直してる。

ローマは、ローマの文明を生きるだけの精神がなく、知らなかった愛や真理を受け入れることができず、
文明にふさわしい精神を受け入れることができず、
価値あるものを大事にせず、大事なものに大事なものとしての対応をせず、
傲慢に誇って、愛を貶めて破壊して得意になって、自らの愛を失って破滅して、多文化などと野蛮に屈して、破滅に堕ちた。

それでも、一からやり直して、ついに、人権平和民主主義の自由主義世界を創り上げた。

大事なものを大事にしなければ破滅しかない。
大事なものを貶めて勝つのは簡単だが、勝てば破滅しかない。
共に生きるべき愛を見捨てて、罪を認めてやり直すのか、破滅を押し通して、
愛を受けるべきものの破滅を嘲るのか?

核や警察や裁判所程度のものを管理できなければ破滅しかない。

退嬰的になって、自分が正しいと押しとおすためなら、世界を壊した方がマシだという邪悪だらけだ。

私の言葉でさえ殺しのために使おうとホクホクするだけ。

古代世界に文明が生じても、神の名を騙って利権を求めて破滅を繰り返しても、害悪しかない。

1178:18
18/02/02 23:41:28.13 R5eV8FtQC
真理によらなければ破滅しかない。悪魔が上に立って支配しても破滅しかない。

北天皇や天皇が支配しても破滅しかない。因襲が支配しても紛争地帯の破滅で移籍さえ破壊する魂からの破滅しかない。

私は、神の支配を求める。
私の神は私の理解を超えるが、私の激しい願いである、偶像因襲左翼などの犯罪への罰だ。

戦争が悪だとか、核が悪だという言葉では、善悪は計れない。
悪は恐怖支配や全体主義独裁などたくさんある。
私には知らないし認識できないことがたくさんあり、わからないことはわからない。
私は、自分に与えられた最善を尽くして考えて、神を良いと思う。
私の心は実際にはもっと残忍で、核程度では飽き足らない憎悪を持っており、


1179:この憎悪が消し去られて、燃え盛る怒りが消し去られているのは、恩恵なのかもしれない。私はその人を裁くほどの平和主義者でもなければ、愛に満ちたものでもない。罪には罰が必要だ。そして、罪のないものに罪を負わせる時代を終わらせなければならない。罪人に罪を負わせて罰することを願います。私は、その人をひどい奴だと裁くほどのものではない。私はもっとひどい。私がその人によって怒りを消し去ってもらっていなければ、際限なく裁いて破滅をもたらしていただろう。私にも怒りがある。その人の示した裁きは、私よりも管理されている。私にはその人を裁けない。私は悪魔が戦争しないとか器具を使わないと言いながら邪悪に核を持たせようと全力で罵倒し、自由主義世界のための核を罵倒して破滅をもたらして核戦争を起こすのを見た。私は、核を使わなくて戦争もしないとしても、その程度のものでしかない、相対的なぞっとするような独善の嘘つきの人殺しの悪魔の支配を拒絶する。私は核や戦争や十字架よりも、死の恐怖による罪の束縛の奴隷として使い捨て殺されるのが嫌だ。私は、その人の支配を求める。私の愛で愛し、愛されたいと思う。



1180:18
18/02/02 23:43:08.65 R5eV8FtQC
>>1134
器具


1181:18
18/02/02 23:44:38.58 R5eV8FtQC
因襲は、どんな土地にいても、寒くても暑くても温暖でも砂漠でも、あの独善的で批判ばかりで傲慢なユダヤ人から救世主とさえ言われた民族でも、
ピラミッドを築いたエジプト人も、どんなに優れた民族でも、白人でさえ、恐怖支配の盗賊の掟の繰り返しで、
恐怖や暴力を競い合い、隙があれば直ちに襲って奪ってくらい尽くして紛争地帯にして難民の破綻社会を広げてどこまでも満たされず、
心も魂も腐り果てた、暴力や強権や、圧政や理不尽や、憎悪や怒りや被害者意識や不正や悪意や卑劣や卑怯や臆病が蔓延し、汚く醜悪でグチャグチャのゴミ溜めにして、
憎悪や暴行殺人テロレイプ、餓死や紛争、心や自然も荒れ果てた荒野で、盗賊が荒れ狂って遺跡さえ破壊する墓荒らしの邪悪の荒野だ。

明らかに因襲の教義が原因で惨状に至り、
自称難民を名乗ってるのに、紛争地帯の破綻カルトの崩壊社会を再現して、
しかも、そのまま、テロレイプ暴行殺人を繰り返して、紛争地帯にしてるのだから、
もう、否定の余地なく、侵略であることが、完全に証明されており、
そもそも因襲は、因襲という罪を罰せられるのが当たり前だ。

1182:18
18/02/02 23:47:19.82 R5eV8FtQC
バルカンの憎しみとコソボの悲劇 - 田中宇
tanakanews.com › 981027kosovo
1998/10/27 · ミロシェビッチ氏は、 こうした歴史をセルビア人の側から解釈し、 「イスラム教のオスマントルコが、 キリスト教徒のセルビア人をコソボから追い出し、 ...
コソボ:安定に課題山積 セルビアと隔たり、高失業率… - 毎日新聞
URLリンク(mainichi.jp) › articles › ddm
2017/11/29 · セルビアの自治州だったコソボで人口の9割を占めるイスラム教徒のアルバニア系住民が独立を目指して、 キリスト教徒のセルビア系住民と戦った民族 ...
コソボ―20世紀以降のイスラム人口攻勢(p271〜) - 「2083―ー欧州 ...
blog.goo.ne.jp › ...
2012/10/30 · 1913年コソボとメトヒヤがセルビアの州になった時、キリスト教徒 の数は過半数を超えていた。しかし、第二次大戦でアルバニア系のファシスト政権 ...

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