コテ小説@不倫板 Part ..
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685:紗摩
22/10/15 00:34:44.82 0.net
亀キタコレw

686:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 00:40:59.82 0.net
まだ少し暑さは残っているが秋はきた。収穫の秋だ。
深更荘園のふもとに広がる芋畑もいっせいに収穫が行われ、一週間ほどでそれも終わった。このあたりの村ではまたすぐに芋が植えつけられ、冬に入るころもう一度収穫される。収穫から次の植えつけまでの短い期間、どこの村でも秋祭りが行われた。種芋は農家の組合が管理をしていて、いつも一気の植えつけで忙しくなるから、その前に収穫の喜びを共有し村をまとめるという意味があった。
秋祭り当日。ずっと前から召使いのシィにお祭りへ行かないかと誘われていたアネモネは、まだ迷っていた。午後から村の広場に出店が出たり芝居小屋が立ったり旅芸人や楽師がやってきたり、それはにぎやかになるのだという。シィはお休みをもらって、屋敷のメイド仲間と遊びに行くことにしていた。
フイタリアには「ポケカッラ」という風習がある。秋祭りに若者たちが広場で恋歌を競い歌う。要するに公開での告白のような風習だ。はやし立てながら村のみなで聴き、そこでカップルが成立するとみなで祝う。やはり歌が上手な人は告白が成功する率は高い。だからこの国には歌が好きなひとも多いのだという。
シィはそれを毎年楽しみにしているのだった。去年は何組もカップルが成立したらしく、うっとりしながらシィはその話をアネモネにしてみせた。シィは、いつか自分が恋歌を歌ったり歌われたりするのを夢見ていた。

687:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 00:42:41.01 0.net
しかし、アネモネは秋祭りに行かなかった。
シィにその旨を伝えると彼女はとても残念そうにしていたが「来年は必ず行きましょうね、アネモネさま」と手を振りながら出かけて行った。いつもより人の気配が少なくなった屋敷の図書室で、彼女は夕暮れまで本を読んで過ごした。
その夜はシャマールとふたりで食事をした。まだシィたちは帰っていなかった。数日のあいだ深更荘園を留守にしていたシャマールだったが、夕方に戻ってきていた。いつものように乗馬服からイブニングドレスに着替えダイニングにあらわれたシャマールは、アネモネに秋祭りに行かなかったのね、と声をかけた。
「ええ、お屋敷で本を読んで過ごしていました」
「遠慮せずに出かけてもよかったのよ、アネモネ。私も帰りに村に寄ってみたけど、みんなとっても楽しそうだったわ」
「……」
豆のスープを飲んでいたアネモネは、うつむいたままスプーンを止めたが、結局なにも言わなかった
シャマールは、そんなアネモネを見つめていた。

688:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 00:46:36.56 0.net
>>685
zakoもおるw

689:紗摩
22/10/15 00:47:26.50 0.net
>>688
うむw

690:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 00:47:31.40 0.net
食事が終わってしばらくして、シィたちは帰ってきた。上機嫌だった。アネモネの寝室で、眠る前のミルクティーを準備しながら、アネモネに秋祭りの様子を話してくれた。旅芸人が火がついたピンをジャグリングしていたら髪に燃え移った話はアネモネをハラハラさせた(でも、実はもともとそういう芸なのだそうだった)。
「アネモネさま、今日のポケカッラではタキャオさまも歌われましたのよ」
「え? そうなんですか?」
人前で恋歌を披露するタキャオの姿がどうしても想像できない。ピアノを弾く姿もだいぶ変わっていたけれど。そもそも祭りに出かけていたことじたい、彼女は知らなかった。さっきの夕食のときも、シャマールの後ろに立って普通に給仕していたのに。
「ええ、いつも仕事には厳しい方ですが歌は本当にお上手なんですのよ。一昨年も歌われてましたわ」
「恋歌でしょう? 告白は成功されたのかしら」
ふふふ、と笑ってシィは言った。
「ああ見えて、たいそうおモテになられますわ。百発百中とご本人はおっしゃってます」
アネモネのティーカップが空になるとシィはティーセットを片づけた。今日はフライドポテトをたくさん食べたらしくしばらく芋はいらないと笑って言い、おやすみの挨拶をして、部屋の灯りを消した。

691:紗摩
22/10/15 00:51:44.83 0.net
アネモネやシィは年齢的に12歳〜15歳くらいかしら?
もっと若いのかも?

692:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 00:53:15.35 0.net
深夜、アネモネは目を覚ました。シィがしてくれた秋祭りの話が楽しかったからか、なんとなく今夜は眠りが浅かった。
いま何時頃だろうか。窓の外は漆黒。冬ほどではないがガラス越しに冷気を感じる。
ふっと部屋の外、屋敷のどこかに人の気配がした。かすかに物音が聞こえる。なにやら重いものが引きずるような、聞いたことがない低い音。こんな深夜に召使いの誰かが仕事をしているのか。
廊下に出てみる。ところどころに灯りもあるが、夜はやはり怖い。廊下を右に歩いていく。図書室のさらに奥、「塔」のあたりで物音がしているようだ。
「塔」がどういうものかアネモネはまだ知らなかった。シィもそこになにがあるのか知らないと言っていた。いつも入り口には鍵がかけられていて、その鍵はどうやらシャマールだけが管理をしているようだった。アネモネは俄然興味が湧いてきた。
アネモネはひとつの目しか持っていないが、夜目はきく。目が大きい分、暗いところもよく見えるのだ。そのかわり遠近感がわからないことがある。たまに躓くこともあるが、それも慣れの問題だ。遠近感が必要な場所では慎重に行動すればいいだけのことだ。
奥に進むと、予想通り「塔」の基部にあるドアが半開きになっていた。冷気がドアから寄せてくる。中を覗くと螺旋階段が上方に延びている。階段にはまったく灯りがないが、見上げると「塔」の上には人がいる気配がある。物音はほとんどしないが、小さな灯りがあるようだ。
アネモネは足元もおぼつかないような闇のなかを手探りで、階段を一歩ずつのぼった。怖さよりも好奇心が勝っていた。音を立てないよう、息を殺して、少しずつ。どんどん冷気が増してくる。寒い。物音が聞こえる。確実に誰か上にいる。

693:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 00:57:52.19 0.net
あと10段ほどで「塔」の頂上というところで、コホンという聞きなれた咳払いが聞こえた。見上げると様子が少しうかがえた。なぜかいつものような屋根が半分なく星明りがそのかわりに見えている。それと、揺らめく小さなランプの灯り。
「うわ、びっくりした」
シャマールの声。彼女もアネモネの気配に気づいたらしく螺旋階段を上からのぞき込んだのだった。アネモネと目があって驚いたようだった。
「どしたの、こんな夜更けに」
「…いえ、目が覚めてしまって。シャマールさんはなにをなさっているんですか」
「星見だよ。あがっておいで」
階段をあがると、小さなランタンとペンと紙がおかれたちょっとしたテーブル、椅子、毛布やコートがかかったポールハンガーなどがある。だがいちばん目を引くのは、円形の部屋の真ん中にある大きな筒だ。筒が大きな機械に固定されている。複雑な機構がほどこされているらしく、なにやら重りのようなもの、大小いくつものハンドルが機械にくっついている。筒の先は、どういう方法でか取り払われた屋根の向こう、夜空に向けられている。

694:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 00:59:21.01 0.net
アネモネはこんな間近で、これほど複雑な機械を間近に見たことがなかった。「機械」というものがこの世に存在することは知っていたが、なによりそれらは木造のものだと思っていた。だがこの機械は全部金属製のようだった。
「これはね、望遠鏡というものよ。星の世界を観察する道具なの」
「ぼうえんきょう…」
「接眼レンズを覗いてごらんなさい」
筒にくっついている小さな穴をシャマールは指し示した。アネモネは覗いてみたがなにも見えない。
「ごめんなさい、なにも見えません」
「あー、そっか。星が動いたな。ちょっと待ってね」
シャマールは接眼レンズを覗きながら、いくつかハンドルを操作した。ほんの少し望遠鏡が動いた気がする。
「はい、どうぞ。覗いてみてー」
そこにはゆらゆら揺れている白くて丸い円盤が見えていた。おそらく球体。薄い縞々があり、右上に少し濃い赤い斑点も見えている。

695:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 01:02:01.52 0.net
「それは木星という星よ。私たちが住んでいる地球と同じように太陽の周りをまわっている兄弟みたいな星なのよ」
「遠そう…」
「そうね、とっても遠いわ。だから肉眼で見ても点にしか見えない。まだ人間があそこまで行ったことはないのよ。調べる機械は何度か送ったことがあるけどね」
初めて聞く話だった。
月には山や川や海があったりするが生き物は住んでいないだろう… そんな話はまだデ・ビルと暮らしていたころ新聞の切れ端に読んだことはある。
「しましまなんですね、木星って」
「え? あなたには何本くらい縞が見えるの」
「四、五本見えます」
「すごいわね。私の目だとどうやっても三本が限界だわ。アネモネは目がいいのね…」
シャマールはすっかり冷えてしまったアネモネの肩に毛布をかけ、保温ポットの甘いお茶を勧めた。床に厚めの毛布を敷き、そこにふたりで並んで座った。

696:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 01:05:59.93 0.net
「この望遠鏡はね、私の国から持ってきたものなの。中にはガラスの球がいくつか入っていて、遠くの星の光をたくさん集めて人間に大きく見えるようにしてくれる機械なのよ」
「星がお好きなんですか?」
「詳しくはないけどね。この国は雨や曇りの日が多いから、星がよく見える夜は少ないのよ。秋祭りの時期は晴れが多いから、いまの時期は夜中にここにいることが多いわ」
そして、部屋の隅の箱を指さした。
「あそこにはお酒も入ってるのよ。ひとりで星を見ながらお酒を飲むのも乙なものよ。アネモネにはまだ早いけどね」
シャマールはふいに黙り込んで、しばらくなにか考えていた。
アネモネはシャマールのひとりの時間を邪魔したのではないかと気になった。最近になってアネモネは、ひとりの時間がとても大事なものだと知ったのだった。勉強を通じて、読書を通じて。考えごとをする時間がとても大切。シャマールの邪魔をしないようそろそろ自分の部屋に帰ろうかと思い始めたとき、シャマールが口を開いた。
「アネモネは、どうして秋祭りに行かなかったの?」

697:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 01:08:55.61 0.net
アネモネはハッとした。
きっとシャマールはシィに、家からなかなか出る機会がないアネモネを誘うよう頼んでおいたのだろう。アネモネは彼女たちの気遣いに気づいていなかったのだ。
「ごめんなさい…」
「いいのよ、謝ることじゃないわ。ただ理由が気になっただけ」
「―正直に言うと……」
アネモネは言葉に詰まった。自分の想いがとても小さくつまらないものに感じられたからだ。少なくともシャマールたちの気遣いに気づかなかった言い訳にはならないように感じた。
「正直に言うと、恥ずかしいんです。わたしは目が一つしかない」
ぽろっと涙がこぼれた。
「お屋敷の皆さんは優しいです。わたしの顔を見ても、なんとも思ってないのはわかるんです。でも……」
「そうね、世の中のみんながそう思ってくれるとは限らないかもしれないわ」
シャマールは答えた。
「世の中には、ひとの外見や見かけの能力で価値を測るひとも多いものね」
「……」
アネモネは幼い頃、窓越しに外を見ていて近所の子どもたちに石を投げられたことがあった。はやし立てる子どもたちが石を投げ、窓ガラスは割れ、彼女は顔をガラスの破片で少し切り、それから父になぜか彼女が殴られた。それから窓に近づくことがなくなった。この屋敷に来てからだ、窓のそばに立てるようになったのは。
「怖いわよね、わかるわ」
シャマールはぽつりと言った。彼女にもそんな経験があったのだろうか。アネモネも悲しくなった。

698:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 01:14:26.16 0.net
「自信は簡単には生まれないものよ。でも、隠したいものを隠す自由もあるけど、それだけではあなたに味方をしてくれるひとは増えないわ。あなたは目がひとつしかないけれど、私には見えないものが見えてるはず。木星の縞だって、わたしには調子がいい時でも三本しか見えない。疲れてる日なんて、ただの白いボールにしか見えないの。あなたには四本も五本も見えるんでしょう? とてもうらやましいわ」
「だから……」、そう続けた後しばらく考え込んでからシャマールは言った。半ば自分に言い聞かせるような口調で。
「あなたの一つ目を、誇れるようになりなさい」
それからシャマールとアネモネは、望遠鏡を動かして、火星やオリオンの大星雲を見た。アネモネは火星の模様を絵に描いて見せてシャマールを驚かせた。天文学者になれるわ、とシャマールは嬉しそうに言った。
東の空が明るくなるころ、シャマールは白い息を吐きながら大きなハンドルをごろごろ回し屋根を閉じ(アネモネが寝室で聞いたひきずるような低い音はこれだった)、その日の天体観測は終わった。アネモネには忘れられない夜になり、ずっと謎だった「深更荘園」という屋敷名の由来がわかった(夜更かししていたのは館の主のシャマールだったのだ)。
日が昇り、家庭教師の先生が来る時間になっても、その日アネモネはベッドから起きられなかった。

699:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 01:17:01.65 0.net
>>691
アネモネは11~12才くらいのつもりで、シィはもう2,3歳年上というつもりで書いてます
次のエピソードがいったんクライマックスになるです
でも、書けるのは週明けかなw
土日はちょっといろいろ用事が詰まっていてw

700:紗摩
22/10/15 01:19:27.53 0.net
シャマールの仕事が気になるわねw
なにかボランティア的なことをしてそうww
よく私もどんな仕事してるのかと気にする人がいるけども

701:紗摩
22/10/15 01:19:46.49 0.net
じゃあ今日はここまでかな

702:紗摩
22/10/15 01:23:56.39 0.net
コンプレックスを逆に自信にするには、そのコンプレックスを自分だけの特徴にしてしまえばいいんだわ
自分だけの特徴というのは強みになる

703:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 01:27:26.96 0.net
これ現代の話なんかな
木星に機械送ったってことは

704:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 01:46:46.11 0.net
おもしろかった

705:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 04:26:27.53 0.net
おもしろかったー
こんなの書けるなんてすごいね

706:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 08:29:11.51 0.net
アネモネのはじっくり人間関係書くのがいいよなー
でも好き嫌い分かれるかもな

707:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 09:34:41.98 0.net
アネモネのはコテ小説ていうか
普通に小説

708:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 11:38:27.28 0.net
おもしろかった
保温ポットの甘いお茶=紗摩がいつも飲んでるミルクティーなんかな
作者の知識がシャマールに入り込んでセリフも相まってキャラがたってるね
酷い環境で育てられたのにアネモネが純粋でかわいい

709:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 12:26:29.10 0.net
よしこのスレでよしこが作品をいくつも出してて、つい感想を入れようと思ったが、IPの出るスレなんて書きたくないし気軽によしこと話せなくなった

710:紗摩
22/10/15 12:28:32.44 0.net
IP出てもいいやん
一般人には居住地までしかわからんよ

711:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 12:29:42.03 0.net
居住地分かってしまうの草

712:紗摩
22/10/15 12:30:25.37 0.net
キャリアならわからないよ

713:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 12:38:45.29 0.net
試しに自分のIPでチェックしたらほぼ住んでる場所が出てゾッとした

714:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 12:57:35.67 0.net
続きはよ

715:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 13:51:55.55 0.net
IPアドレスがほぼ固定されてるプロパイダもあるからなあ(自分のところはルータの電源を半日落としても変わらなかった)
地域まで特定されるのはいいが、「昔、あの板にこんなレスしただろ」と言われるのは勘弁して

716:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 13:52:43.40 0.net
>>709
ポケットジョークてやつやな
作るのは才能いると思うわ

717:名無しさんといつまでも一緒
22/10/15 14:55:04.76 0.net
みんないろんな才能持ってるね、すごいわ

718:紗摩
22/10/15 14:59:23.91 0.net
>>716
どっかのサイトから拾ってくるよなこと前に言ってたお

719:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:13:30.05 0.net
10分文章練習 「玉子男(エッグマン) その1」

フイタリアの冬は長い。大雪が降り、みな家にこもってしまう。
冬のあいだはどの家も、飼っている豚を何頭かつぶし、干しておいた野菜や雪に埋めた様々な根菜でスープを作り、蓄えた芋を蒸し焼きにして食べる。家にいるあいだ農民たちはいろいろな内職をする。港町オマッシュに近い深更山荘のある村では工芸が盛んだ。男たちは木彫りの人形や、装飾をこらした木製スプーン、飾り皿、家具作りに励む。女性たちはこの地方独特の模様の毛織物を織ったり刺繍をする。春になるとオマッシュの市場に並び、出来の良いものは外国に輸出されもする。
アネモネやシャマールもこの時期は家にこもりきりだが、アネモネの勉強は毎日続いていた。さすがに大雪のなかをオマッシュの街から2時間もかけてここまで来るのはしんどいとみえて、アネモネの家庭教師たちは麓の村に下宿をしていた。
これまではシャマールとふたりで夕食をとることが多かったが、冬の間は家庭教師の先生たちも一緒に食事を楽しむことが多くなる。先生たちは全員フイタリア人だったが、出身地はばらばらだった。いろんな土地の景色や習俗を教えてもらうたびにアネモネは喜んだ。雪の合間にはシィと雪だるまを作り、同じ年頃の召使たちを集めて鬼ごっごや雪合戦をして遊んだ。たまにはシャマールも参加することがあった。

720:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:24:21.22 0.net
そして春が来た。
先生たちはまた、雪解けすぐのぬかるみ道を馬車に乗ってオマッシュの街から通いはじめ、スノードロップが咲き、スイセンが咲き、アネモネの花も咲いた。蝶が舞いはじめ、だいぶ道のぬかるみも落ち着いてくると、シャマールが突然に都へ行こうと言い始めた。仕事の都合でもあるらしかったが、もともと春の都上りは予定されていたものらしく、家中でその準備を冬のうちから進めていたからアネモネ以外の者には特段の驚きはなかった。都までは馬車で数日の行程だ。執事や召使も数人連れて行くことになる。シャマールの取引先への挨拶状や宿の手配など、ずいぶん早い時期からタキャオは動いていたらしい。
もちろんアネモネもその都上りに同行することになっていた。出かける前夜、シャマールはアネモネにプレゼントを渡した。大きなつばの帽子で、旅に合わせて彼女が新調した服ともとてもよく合う。帽子飾りのオーガンジーがベールになって、ふんわり顔を隠せるデザインになっていた。アネモネはシャマールの心遣いに感謝をした。都の本屋へ行くことは彼女の夢だったけれど、まだ彼女は人前に出ることに自信がなかったからだ。

721:紗摩
22/10/16 21:24:50.88 0.net
思ったより早く再開してたw
支援

722:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:32:46.71 0.net
馬車数台を連ねての旅行はもちろん、泊まりながら移動すること自体がアネモネにとって生まれて初めての経験だった。宿に泊まるのも、野宿をするのもはじめてだ。テントを張っての外での食事はとくに楽しかった。マッシュした芋を混ぜたパンケーキを焼きながら、タキャオは器用に手風琴を演奏し、それに合わせて頬を染めながらシィも歌った。シャマールは異国の歌を、タキャオは秋祭りで披露した恋歌をなぜか5回も歌った。「告白は済んだんだろ、タキャオ」というシャマールのヤジをものともせず、納得いかないからもう一回、もう一回という具合。結局、生真面目なタキャオの喉が枯れたところでリサイタルは終わり、みな笑いながら旅を始めるのだった。
いくつもの丘を越えながら進む3日目。高台での休憩のとき、広大な平原の向こうにうっすらと巨大な塔群が立っているのにアネモネが気づいた。地平線の左右一杯に塔やら建物が見えている。彼女は驚愕した。なにせ建物のひとつひとつが、アネモネたちがいるこの丘よりはるかに大きく、巨大な尖塔にいたってはビップルァ山脈より高そうだ。あまりの非現実感に声も出ない。
目を丸くして見つめるアネモネの隣に立ってシャマールはなぜか笑っていた。
さらに翌日。夕暮れ時に都の方角を見たアネモネはまたも驚いた。都の建物が昨日よりはっきり見え、しかし小さくなっている。もちろん十分大きな都市だ。立ち並んだ塔は巨大だし、雲を突くようなドーム(おそらく皇帝がおわす宮殿)もその中心に見えている。ひとつひとつの建物は巨大だが、しかし昨日よりは間違いなく「縮んでいる」。近づいているはずなのに、見かけ上は遠ざかっているように見えるのだ。アネモネは目眩がした。

723:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:37:12.11 0.net
5回も歌うタキャオww


724:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:41:33.81 0.net
次の日。いよいよ都は小さくなっていった。近づけば近づくほど都市の細部は見えてくる。同時に、山脈を圧するほどの巨大など建物ないことははっきりした。最初に見たときのような、巨人か神さまが作ったに違いないと思われるほど常識外れの大きさの建物はなさそうだ。
小休憩でお茶を飲みながらシャマールは不思議な都について種明かしをしてくれた。
「アネモネは『バロンのくれた物語』、読んだ?」
「はい、読みました」
『バロンのくれた物語』はシャマールが買ってくれた本だった。猫の男爵が女の子と魔力が宿った宝石を探して大冒険するお話だ。
「あのお話はもともと私の国で書かれた本で、フイタリア語に翻訳されたものなんだけど、主人公のこんな台詞は覚えてる?
 恐れることはない 新月の日は空間がひずむ
 遠いものは大きく、近いものは小さく見えるだけのこと
 飛ぼう 上昇気流をつかむのだ!
フイタリアの都には『バロンのくれた物語』に出てくるのと同じ〈魔法〉がかけられているのよ。いえ、これがほんとうに魔法と言えるものかどうかわからないけれど。とにかく、遠ければ遠いほど都は大きく見えるの」

725:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:48:47.36 0.net
アネモネは、物語の世界が急に身近に感じられて興奮した。
「もしかして都には魔法遣いがいるのですか!?」
「うーん、いないと思うわ。でもフイタリアの都には、少なくとも数千年前から、もしかしたら建国した頃から〈魔法〉がかかっているらしいの。どういう仕組みか、誰かが〈魔法〉をかけたのか、誰も知らない」
シャマールによると「遠ければ遠いほど大きく見える都市」はフイタリアにもうひとつあるらしい。このふたつの都市では他にも不思議なことがときおり起こる。たとえば、熱いものが冷たく、冷たいものが熱くなる。重いものが軽くなり、軽いものが重くなる、丈夫なものが脆くなり、脆いものが丈夫になる。明るいものが暗く暗いものが明るく、高貴なものが卑賤に卑賎なものが高貴に、悲しむべきものが喜びに喜ぶべきものが悲しみに、美しいものが醜く醜いものが美しくなる。
「ニホンって国の表現に〈豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ〉って悪口があるのよ」
「トーフ?」
「豆で作ったすごく柔らかい食べ物。豆腐の角に…って表現は、あまりになんでも真に受けてしまって冗談もわからない人に対して言う悪口なのね」
「はい」
「でも都には、ほんとにそんな死に方をする人がたまにでるのよ。プディングをぶつけられて死んじゃうようなことが」
「え? じゃあ都は危ないところではないんですか?」
「そうね、でも稀にしか起きないことだし、どこでこの魔法が発動するかわからないのよね。みんな慣れてしまってる。たまに都の新聞には魔法で損をした悲しい話や滑稽談が載ったりするのよ」
アネモネと並んで都を見ながら、シャマールは笑いながら小さく独りごちた。「都に入るのは命がけなのよ」

726:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:54:48.94 0.net
フイタリアの首都の正式名は「イヤーンダメイヤイヤダメーン・ヒムウラリアラリラリヒムラリヒムラリヒムヒム・アカリハケシテツッケナーイデ・ミッカメッカミッカメキョメキョミッカミカメカカ・リーンリリリリリンリンリンリンリンーンンンンンン・ジィーーーーニイィイィイィイィイィイィイィ・ゼンインスキジャ・ヒムラヨリィ」である。10年ほど前に勅令で改称された。それ以前の都の名前は単に「フリン」だったから、文字数だけでも優に40倍以上になったわけである。
最初の数年は、正式名以外の名で都を呼ぶことが禁じられていた。古い都の名を口にしたという理由で何千人もの人々が投獄されたが、逆に都の名前を口に出す者がいなくなり、公文書や契約書を書く機会などない庶民の誰もかれもが、自分がいったいなんという都市に住んでいるのか忘却してしまう異常事態となった。皇帝は自身の愚かさを棚に上げ、民の記憶力のなさを嘆きながら勅令を緩和した。いまでは略称として「ヒムラ・シティー」と言うことが許されている。
シャマールとアネモネが乗った馬車が、ヒムラ・シティーの城門をくぐり市内に入ったのは、山荘を出てから6日目の午前だった。

727:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 21:55:04.53 0.net
続きはまたあした!

728:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 22:15:12.75 0.net
イヤーンダメイヤイヤダメーン・ヒムウラリアラリラリヒムラリヒムラリヒムヒム・アカリハケシテツッケナーイデ・ミッカメッカミッカメキョメキョミッカミカメカカ・リーンリリリリリンリンリンリンリンーンンンンンン・ジィーーーーニイィイィイィイィイィイィイィ・ゼンインスキジャ・ヒムラヨリィ

729:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 22:26:27.33 0.net
www

730:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 22:39:52.28 0.net
日村ww

731:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 22:47:13.52 0.net
次回は王様日村が登場する流れ

732:紗摩
22/10/16 23:48:20.99 0.net
正式名称長いよw
そんなもん覚えられるかっww

733:紗摩
22/10/16 23:49:13.40 0.net
皮肉がファンタジーと化してて面白かったw
まだ続きがあるんだねー楽しみだ

734:名無しさんといつまでも一緒
22/10/16 23:51:33.14 0.net
>>733
そういうことか
なるほど

735:紗摩
22/10/16 23:55:51.78 0.net
とってもアネモネらしい小説だw
タカヲのとの違いが少しわかった
タカヲのは、比較的会話形式で描写は必要最低限
アネモネのは描写優先で皮肉を笑いに変える感じ

736:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 10:10:49.81 0.net
>>735
ああ、そんな感じでしょうねえ
タカヲ氏は脚本家タイプなんですよね
情景描写がト書き風
オレはそっち方向じゃないと思います
どっちかと言えば演出家タイプだと思います
オレの場合は、タカヲ氏みたいに会話を最初から最後まで作りこんで書いていない
ざっくりしたプロットは頭にあるけど、
登場人物たちの会話はそのときどきに彼らが勝手に語ってるイメージです
人物が自律的に語りだす条件は、
彼ら彼女らの大まかなキャラクターが決まっていることと、
彼ら彼女らがどういうところにいるかっていう場面がしっかり定まっていることです
ここがどこかわからないまっさらな空間で登場人物が話し出すことほとんどありえない
人物に、勝手かつ自然に、語らせたり行動させたり考えたりさせるために、
オレの背景描写はなんだか細かいわけですw

737:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 10:24:26.88 0.net
だから、オレの話の中での登場人物たちは、
たぶん名前とか大まかな性格なんかは現実にいるコテから借りてる部分もあるけれども
実際には別人なんですよねw
でも、あまりに別人すぎると「コテ小説」にはならないので、
舞台設定のほうに不倫板やらそのほか5chの現実を反映させてます
ただ、お話自体は別世界なんだから、
現実をお話世界に変換させる必要がある
そこで「皮肉」の回路を通して、全体としては現実世界の比喩としても読めるようにしてる
エレキギターの音って、生のままでは面白くないし、
たいした工夫もできないし応用も効かないので、
エフェクターなんかで元の音を変調させていろんな音色と表現を生みだす
それと一緒です
オレの小説には皮肉回路を使った変調が挟まっているので、
たとえばマスター氏なんかは興味が湧かないと言うんでしょうね
マスター氏が大好きな「リアル」は反映されてるんだがw
でもまあ世の中には、ニッケル弦、ステンレス弦をピックで擦ったときの生音が好きっていうマニアもおりますからなあ
アート・リンゼイみたいな調律施してないギターのじゃぎじゃぎした音が好きとかw

738:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 12:00:08.51 0.net
>>737
批判を恐れ過ぎ

739:名無しさんといつまでも一緒
[ここ壊れてます] .net
皮肉書いたら批判はされるだろw

740:名無しさんといつまでも一緒
[ここ壊れてます] .net
だんだん面白く無くなってきた

741:紗摩
22/10/17 12:46:10.92 0.net
まあええやん
アネモネ小説がつまらん人は読まなくても
タカヲ小説を待ってればよい
気が向いたらまた書いてくれるよw

742:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 12:51:34.47 0.net
そうだね
皮肉では笑えないから読まない
タカヲ待ちー

743:紗摩
22/10/17 12:54:23.55 0.net
皮肉を笑いに変えてるから面白いんだよ
皮肉をまんま皮肉で出したらそりゃ笑えんだろうが
そもそも私が言うまで皮肉とも気がつかない人も多かったのでは?

744:紗摩
22/10/17 12:54:57.85 0.net
皮肉というよりも風刺に近いしw

745:紗摩
22/10/17 12:55:26.66 0.net
ああ、アネモネの目からはこんな風に映ってるんだろうなーとかわかるよ

746:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 17:14:18.29 0.net
>>745
書くことでわかるってのもあるんですよな
書いているうちにだんだんわかってくる
自分がどんなふうに世界を見ているのかわかってくる
さっきツイッターでフォロワーさんがこんなこと書いてたんですよね
「自分の頭の中に浮かんでること書くと
暑いとか寒いとかごはんを作るのがめんどくさいとかお金が欲しいとかになる
これじゃないと思う」
普段ものを考えていることって誰でもこんな程度のものなんですよな
しかしフィクションを書こうとか思いはじめると
「この程度のもの」は頭の中から吹き払われて
もうちょっと心の奥にあるものが現れてくる
書いた後に読み直していて、自分だけがそれに気づいたりする

747:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 17:33:54.32 0.net
それで5ちゃんは人間の本性出やすいんかね
設定がフィクションの人間多いだろうし

748:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 17:57:55.14 0.net
>>745
作者自身に興味がある人は楽しめるんやろうね

749:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:03:21.00 0.net
そらそうだろ
推しの作家が今何考えとるか興味あるから本買うんよ

750:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:18:36.79 0.net
まずは話が面白いかどうか
いくつか作品を読んでみて自分の好みに合えば、そこから作者に興味を持っていく
普通はそんな感じ、作者を知らないから
でもこの場合事前にある程度作者を知ってるから、アネモネ自身に興味がない人にはそういう掘り下げた楽しみ方はできない
タカヲの作品みたいに、長々とした解説なんか必要ない気軽に楽しめる方がいい

751:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:21:44.49 0.net
それでいいんじゃないの?
漫画好きもおるし小説好きもおるし

752:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:22:29.00 0.net
いいとか悪いとかそんなの個人で考えればいい
お前の意見が全てじゃねーわ

753:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:24:36.20 0.net
人それぞれ好みはあるからね

754:紗摩
22/10/17 18:28:22.85 0.net
>>748
皆さんアネモネアネモネ言ってるわりに、アネモネ自身を知ろうともしないもんなぁ
このお話は、色んなものが入ってるのにw

755:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:33:51.93 0.net
>>754
言ってるほど興味ないのかも笑
でもアネモネは蜂子に楽しんでもらえたらそれで満足だと思うよ

756:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:46:54.33 0.net
アネモネに関心持てないてか関心あるの認めたくない人間おるんよな
関心ない関心ないてアネモネの名前出ると連呼する名無しとかw

757:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 18:58:06.03 0.net
ナイスガイの小説読んでも本人の事は何もわからないしそこがいいけどアネモネがそういう小説書いたらがっかりすると思う

758:ヤジニモ
22/10/17 21:15:40.24 0.net
>>750
難しい話はわからんからだいたい同意w

759:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:07:35.66 0.net
10分文章練習 「玉子男(エッグマン) その2」

ヒムラ・シティーは、神さまが作ったほどではないにしてもたいそう大きな都市である。都の真ん中には尖塔が無数にそそり立つ王城があり、巨大な城郭の周囲には大小さまざまな館、建物が並んでいる。最初にくぐった城門から1時間かけて着いたのは、にぎやかな通りに面する立派な石造り3階建ての重厚な宿だった。近くに大きなバザールがあるそうで、ひっきりなしに馬車や荷車が行きかっていた。
シャマールとアネモネたちは、荷ほどきをし、あとは宿の部屋でお茶を飲んだり湯浴みをして初日を過ごした。翌日はアネモネはシャマールと正装して出かけることになっている。アネモネは何度もシャマールにどこへ行くのか訊いてみたが、笑って答えてくれなかった。

760:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:12:44.86 0.net
翌日、メイド長やシィに手伝ってもらいながら、これまで着たことがないようなふんわりしたスカートのドレスを着て造花があしらわれた帽子をかぶらされた。準備が済んだところで、迎えが到着したと知らせがあった。玄関ホールには身長2メートルを超えるであろう鉄兜を脇に抱えた甲冑姿の大きな武人が立っていた。
「フイタリア帝国超重装驀進猛進突撃紫象騎士団副団長兼第一突撃隊隊長ユーユ・ディスコード・ナイスガイスキィであります。お迎えに上がりました、シャマルリア・キリアン・ファウスタ・コンスタンティア様」
「ひさしぶりね、ユーユ。お元気そうでなにより」
武人は女性であった。とてつもない長い名前の連続でアネモネは目眩がした。この都といい、騎士団といい、人の名といい、なぜみな長い名前なのか。そもそもシャマールのほんとうの名前をアネモネははじめて知った。
「こちらがトヨータ・デ・アナ・モノ様ですか」
睥睨する視線を感じた。聞こえたわけではないが、鼻で笑うような微かな気配を感じた。昔の名で自分を呼ぶその声にアネモネは不安を感じた。

761:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:18:13.64 0.net
厚い鉄板と不釣り合いなほどに豪華な装飾が施された真っ黒い馬車が宿の前に停まっていて、シャマールとアネモネ、タキャオが乗り込んだ。馬車の赤い革張りの座椅子に座るとシャマールがうんざりした口調で独り言をもらした。
「ほんとアホみたいに長い騎士団名よね。〈驀進猛進突撃〉はいらなくない? ユーユ見たらわかるわよ。そりゃ敵がいたら槍持って突撃するタイプでしょうよ。だいたいなんでこんなに早く来るのよ。まだ8時じゃないの……」
窓の外を見ながらひとしきり愚痴やら不満を述べ立てたあと、アネモネに向き直ったシャマールは「これから王城へ行くのよ」と珍しく少し緊張したように言った。

762:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:25:58.59 0.net
王城までは30分ほどかかった。近くで見るとほんとうに大きい城だ。城壁の高さだけで深更山荘の10倍以上はあるように見える。城壁のなかにはさらに高い尖塔が数えきれないくらい立ち並んでいる。
王城の門をいくつかくぐり王宮中心部へ向かうあいだ、アネモネはずっと緊張していた。シャマールのことは深く信頼していたが、彼女が皇帝とどういう関係なのか、自分が皇帝とどんなかかわりがあるのかまるで想像がつかなかった。こういうとき、シャマールは自分からアネモネに説明することがない。たぶん余計な先入観を与えないようにという配慮だろうが、今日はさすがに怖いし不安だった。
王城の中を進むと急に開けた広場があった。馬に乗っている騎士や盾と槍を武人たちが並んでいる。閲兵なのか演習なのか。馬車はそこで停まり、馬車の窓の近くにユーユが立った。
「コンスタンティア様。勇猛果敢なる我が国の至宝騎士にしてわが姉である騎士団長リーンみずからが、例の新兵器を試すそうです」
「そんなの見たくないわよ。はやく行きましょ」
「いえ、資材調達にあたって便宜を図っていただいたコンスタンティア様に、団長が是非見ていただきたいと」

763:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:30:59.28 0.net
広場の真ん中には丸い檻のようなものが見える。檻には外向きに無数の槍が施してある。檻の中にはユーユより体格の小さくきらびやかな真っ白い甲冑とマントを羽織った騎士がひとり。遠目でよくわからないが女性のようだ。剣を振りかざし遠く離れた騎士や武人たちに演説をしていた。
と、ひときわ大きな号令がしたあと、檻はあっという間に炎と白煙に包まれた。轟音がして槍が四方八方に飛んでいくのが見える。騎士団の喝さいが広場に響く。新兵器は成功したらしい。
しかし、問題が起きていた。甲冑の飾り羽やマントに火が燃え移った騎士が檻のなかでのたうち回っている。「あねうえーーーーーーっ」ユーユの野太い声が響いた。待機していた騎士たちが馬で駆け寄り、檻の中の火を消す。火だるまだった騎士はよろよろと立ち上がりユーユのほうへ片手をあげた。無事ではあるらしいが甲冑がすすけてしまっている。それでもユーユは安堵の吐息をついた。
「リーンも無事でよかったわね。さ、もういいでしょう。行きましょう」
シャマールはユーユに冷たく声をかけた。

764:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:32:18.32 0.net
アネモネの溢れるほどのフイタ愛が伝わってくる

765:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:36:12.36 0.net
アネモネにはいまの光景の意味がまったく分からなかった。籠の中に入って自分が火だるまになる武器?
「あれはね、リーンが作った〈弾幕〉という新兵器らしいわ。近づいてくるものはなんでも、馬も人間もなにもかも殺傷できる超兵器なんですって。檻に入るのは高貴な身分の者限定らしいわ。高貴な者に向かって突進してきた敵を一網打尽にするのだそうよ。高貴な者は目下の者に自分の勇気や胆力を見せつける必要がある、ということらしいわ」
馬車にゆられながらシャマールはアネモネに説明をした。最後に「あんなの作って誰と戦うのかしら。ほんとうに馬鹿なのよ」と小さく付け加えて。タキャオは新兵器のお披露目のときさえ一切目もくれず、いつものように金時計を布で拭き続けていた。

766:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 22:42:07.57 0.net
タカヲww

767:紗摩
22/10/17 23:23:50.10 0.net
>>755
そうなら、それでもいいよね
私はとてもとても満足しとるw

768:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 23:32:28.58 0.net
時間が無くてタカヲのは読んでいなかったが
アネモネのは物語がどういう展開になるかワクワクして読んでる

769:名無しさんといつまでも一緒
22/10/17 23:35:19.50 0.net
弾幕わろた

770:紗摩
22/10/17 23:42:04.76 0.net
支援w

771:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:09:47.71 0.net
10分文章練習 「玉子男(エッグマン) その3」

ユーユはその後ひとことも口をきかなかった。巨大な王宮に到着し馬車を降りた。タキャオは馬車に留守番だ。アネモネとシャマールは、さらに奥の謁見の間へ通される。高い回廊と連続するドームは、複雑な曲線を描く石柱で支えられている。柱や梁が描く幾何学模様は、ただでさえ広大な王宮にさらなる奥行きを感じさせる視覚効果を通るものに与えた。
大きな一枚板の扉が開かれ招き入れられた謁見の間は、それひとつが巨大なドームだった。ドームの天井には建国神話らしき壮大な絵が描かれている。円形のホリゾントには歴代王の見事な肖像画がかけられていたが、せっかく歴史のキトゥー先生に学んだのに、アネモネには誰が誰だかわからない。
はるか奥にひときわ高い巨大な玉座があり、そこにふたりの人物が見えた。
「皇帝陛下に申し上げます! オマッシュより単眼の子トヨータ・デ・アナ・モノ様と、西方コンスタンティア商会長シャマルリア・キリアン・ファウスタ・コンスタンティア様をお連れいたしました!」
ふたりを先導していたユーユが大声で告げた。玉座の傍らに立つ侍従らしき年配の男が右手を上げると、ユーユは深々と一礼して去った。
「アナ・モノとコンスタンティア、近う」
侍従らしき男声をうけ、玉座の前にふたりは並んで進んだ。隣のシャマールを見ると、皇帝へ目を上げぬよう伏してしずしずと進んでいる。アネモネも真似をした。玉座の前でふたりは膝をついた。

772:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:17:59.01 0.net
「そちがトヨータ・デ・アナ・モノであるか。余がフイタリアの神聖にして絶対なる凱旋者、神代よりわが係累とすべてのフイタリア人の魂を誘掖し傷を癒す大解繋者にして大潤膏者、ヒムウラリ・ラリラリラララララーン49世である。顔をあげよ」
アネモネは驚いた。シャマールよりもまず自分の名が呼ばれるなんて、なんて恐れ多いことか。身体が震える。
「アナ・モノよ、顔をあげよ」
皇帝の声は変わらなかったが、少し大きくなった。特徴的なガラガラ声だ。感情を感じない。横目でシャマールを見ると励ますようにうなずくのが見えた。意を決してアネモネは顔を上げた。そこには「玉子男」がいた。

773:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:29:12.87 0.net
玉座にいるふたりの男。ひとりは正装した紳士だが、皇帝は奇妙ないでたちをしていた。まず彼は裸であった。なにも着ていない。いや着ているのだが、すべてもろ出しだった。見てはならぬものを見たと感じたアネモネは、ハッと反射的に頭を垂れた。
「どうした、アナ・モノよ。顔をあげよ」
今度の皇帝の声は微かな苛立ちを感じさせた。もういちど顔をあげる。
皇帝は「服」を着てはいた。いやそれが服と呼べるものならば。透明の不思議な布地が身体を包んでいる。まるでボールのようにパンパンにそれは膨らんでいる。手は透明な服のなかにあり、足と頭だけが外気に触れている。透明な玉子に豪華な王冠を被った頭と裸足が生えているようだ。玉子の黄身が皇帝の身体というわけだ。そして皇帝は下着をつけていない。局部が見えている。
「そちは、はじめてイヤーンダメイヤイヤダメーン・ヒムウラリアラリラリヒムラリヒムラリヒムヒム・アカリハケシテツッケナーイデ・ミッカメッカミッカメキョメキョミッカミカメカカ・リーンリリリリリンリンリンリンリンーンンンンンン・ジィーーーーニイィイィイィイィイィイィイィ・ゼンインスキジャ・ヒムラヨリィに来たのであろう。どうであるか、都は。気に入ったかや」
「はい、気に入りました」と答えたものの、なるべく身体を見ないようにしたいが、皇帝と目を合わせるのは怖い。皇帝の胸元あたりを見ながら答えた。胸毛が生えている。
「ところで…」と皇帝は続ける。

774:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:31:25.26 0.net
「アナ・モナよ、わが都の名を唱えてみよ」
「え……」
「都の名を唱えよ」
アネモネは都の正式名称を覚えていなかった。無意味に長すぎるからだ。家庭教師の先生たちもこの長い都の名前にどんな由来があるのか誰も知らなかった。すくなくとも、フイタリア語ではない。
「…イヤーンダメヨダメダメイヤイヤーン・ヒムラヒムヒムヒムラッキョ…」
「…もうよい」
皇帝はやや気落ちした様子でアネモネを制止したが、あらためてアナ・モナの顔を眺めこう言った。
「イヤーンダメイヤイヤダメーン・ヒムウラリアラリラリヒムラリヒムラリヒムヒム・アカリハケシテツッケナーイデ・ミッカメッカミッカメキョメキョミッカミカメカカ……、なにか気づかぬか、アナ・モナよ」
アネモネはそこで気がついた、母の名ミッカが都の名前に含まれていた。
皇帝はうなずき語り始めた。

775:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:36:39.01 0.net
「そうだ。都の名にはそちの母の名を含んでおる。余とそちの母ミッカはかつて相思相愛であった。ミッカとは一目惚れであった。まだ余が若きころオマッシュの街へ行幸したおり、レストランでそちの母と出会った。彼女はパンドミという小麦で作った料理の天才であったのだ。そちは知っておるか、パンドミを。小麦は遠い外国からもたらされる食材。芋入りのパンケーキとは比べ物にならぬふんわりして香ばしく美味な高価な食べ物がパンドミである。ミッカはパンドミ作りの名手であったぞ。余は3年の間パンドミ以外を食さず暮らすことで、そちの母に気持ちを伝えついに相思相愛となった。いや、知り合って3秒で相思相愛であった。3年かけたのは近臣が反対したからにすぎぬ。いやいや相思相愛になったのは2秒後だったかもしれぬ。手紙のやり取りもしておったのだ。そちの母を余はミッカ様ミッカ様と呼び、尊重し、尊崇した。間違いなく相思相愛であった。つまり生まれる前から相思相愛であったのはもはや間違いところ。おそらく前世も前前前世も相思相愛であったろう。しかしある日ミッカは姿を消した。探しても見つからなかった。この国の絶対者である余が探しても、だ」
アネモネがはじめて知る話だった。そもそもアネモネには母の記憶がなかった。彼女を産み落とすと同時に、ミッカは実家に戻っていったと聞かされていたからだ。

776:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:40:47.66 0.net
「昨年、ミッカをようやく見つけた。ミッカは遠縁を頼ってビップルァ山脈の奥に住んでおった。羊を飼ってのう。乳でチーズを作っておるそうだ。パンドミ女王であったミッカが。そしてなにもかも忘れていた。余のことも、アナ・モナよ、そちのこともだ。なんと因果なことよ」
消息不明の母親は生きていたのだ。それを知ることが出来てアネモネはうれしかった。目を閉じて涙をこらえたが、皇帝の「見よ」という言葉に我に返った。皇帝が指さす先に女性の肖像画があった。
「見よ、単眼の子アナ・モナよ。あれがそちの母である。おぬしによく似ておると思わぬか」
始めてみる母の姿だった。長い黒髪の女性が微笑んでいる。知っているような気がした。でも、彼女の目はふたつあった。一つ目のわたしを母はどうしても許せなかったのだ。だから記憶を失ってしまった。それが実感となって彼女の心に迫ってきた。

777:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:48:54.54 0.net
「単眼の子アナ・モナよ。我が手を見よ」
皇帝は透明な玉子のような服の内側で手のひらを広げアネモネへ見せた。「見よ、見よ」と皇帝が繰り返す。
「アナ・モナよ、我が手を見よ。右に7本の指、左に7本の指。7という数は約数の和が立法数になる2番目の数、2番目の安全素数、2番目のメルセンヌ素数、2番目の七角数、最初の7つの素数の平方和は666であり、余は第666代目のフイタリア神聖皇帝である。この意味するところが分かるか、単眼の子」
皇帝は徐々にトーンを上げていく。アネモネは急になにを皇帝が言いだしたのかわからない。「7という数は、余が始祖王フィティアナに次ぐ2番目の偉大な皇帝であるということだ!」
「14は合成数なりその約数は1、2、7、14なり約数の和は24なり24は3の倍数なりかつ4の倍数なり14を除く約数の和は10より不足数となるなり約数を4個持つ4番目の数なり3番目の四角錐数なりそれは3連続整数の平方和で表せる自然数の範囲で最小なり4番目のカタラン数なりハーシャッド数ではない最小の合成数なり偶数のノントーシェントのうちで最小数なり…」
皇帝は14という数の性質を次々に列挙し、7と14の神秘について誰にも理解できない理論を開陳していく。ほとんどうわごとのようであり、なにかを朗読しているようであり、演説のようであり、とり憑かれているようでもある。ひしゃげた声がホリゾントに反響しこだまする。アネモネはその異様な迫力に後ずさりをした。

778:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 00:55:42.41 0.net
「単眼の子よ!」
7本指を広げ透明な玉子服のなかで前に突き出し、数歩前進して皇帝は絶叫した。「単眼の子よ! ミッカの娘よ! そちは選ばれた者である!」
「余はこれまで神話を調べつくした。1はすべての数の起源。高貴なる7をも従える数。始祖の数。始原の数。原始の数。超越する数。そちの父デ・ビルは虚ろで腑抜けた男にすぎぬが、神はかの虚ろを通して〈アナ・モナ〉という神秘の名をそちに授けたもうた。これこそがその証! 王宮の神学者どもの託宣もある! さあ、余のもとへ来るのだ!!」
皇帝がなにを言っているのかアネモネにはよくわからなかったが、ただひとつわかったのは、彼もまた〈虚ろ〉だということだった。父デ・ビルが虚ろであったとするならば、皇帝ヒムウラリ・ラリラリラララララーン49世も〈虚ろ〉であった。彼は自分の心の中になにもない。なにもないから、数がどうの、神話がどうの、神学がどうのと、自分のものではないものにのみすがるのだ。
アネモネは木星を見た日を思い出した。シャマールは彼女に「一つ目を、誇れるようになりなさい」と言った。それは、外から仮に与えられたにすぎないものに頼りなさいということではなかったはずだ。
「わたしは……」とアネモネはふるえる声で切り出した。

779:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 01:01:08.93 0.net
「わたしは陛下の元へはまいりません。わたしは一つ目です。薄気味がられることも多いことを知っています。そして、わたしはいつか自分を誇りに思うようになりたいと思っています」
気がつくとシャマールが顔を上げてアネモネを見ていた。アネモネは視線を感じながら話を続けた。たぶんこのひとは、わたしが何を言ってもわたしを守ってくれるはずだと思いながら。
「わたしがいつか自分を誇りに思うようになれるとしたら、それは1が数の起源だとか超越の数だとか皇帝陛下の指の数とか、そんな訳が分からないこととは関係ないところでです! わたしはわたしの一つ目をただ愛したいんです。陛下のためにわたしの一つ目を誇りにしたいとは思いません」

780:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 01:05:31.89 0.net
「ぐう」と奇妙な声を漏らし皇帝はよろめいた。前につんのめり、玉座の前の階段を転げ落ちた。アネモネは悲鳴をあげ、シャマールはとっさに彼女の前に立った。すぐそばに皇帝が転げてきたのだ。
皇帝は顔から血を流し、脛を打ちつけていたようだったが玉子服のおかげで身体には傷がなかった。王冠が転がり、あしらわれていた宝石が床に散らばっていた。皇帝の背後に控えていた侍従らしき男が慌てて階段を駆け下り、皇帝を床の上に立たせようと苦心したが、脛を傷めているらしき皇帝はすぐに立ち上がることができない。
「アナ・モナよ。余はミッカを愛しておった。相思相愛であったのだ。血はつながらずとも娘と呼んでよかろう? コンスタンティアよ、そちに大金を積みアナ・モナを探させたのはなんのためか。よう言い含め、単眼の子を余の元に…」
皇帝は懇願するようにアネモネとシャマールへ顔を向け、呻くようにつぶやいた。アネモネはきっぱり言った。
「いえ、皇帝陛下。お断りいたします。それにわたしの名前はシャマールさんにいただいた『アネモネ』なんです」

781:名無しさんといつまでも一緒
22/10/18 01:07:35.86 0.net
こうしてアネモネと皇帝の、最初で最後の会見は終わった。謁見の間を退出して長い廊下をふたりで黙って歩いていると、さきほどの侍従が駆け寄ってきた。
「わたくしは侍従長のテビッチと申す。コンスタンティア殿、まことに迷惑をかけたな。例の件は早急に処理をいたす。発給文書は後日、宿まで届けよう」
シャマールは黙って頷いた。テビッチは腰をかがめアネモネに目線を合わせて言った。「実に小気味よい娘だ。コンスタンティア殿の教育の賜物かのう」
シャマールは肩をすくめて「まあ、子どもは勝手に育つのよ」と小さく答えた。

782:名無しさんといつまでも一緒
[ここ壊れてます] .net
帰りの馬車のなかでシャマールはアネモネに言った。

「ありがとう、アネモネ。嬉しかったわ」
「どうしてですか?」
「本当のことを言うとね、気づいただろうとは思うけど、あなたをデ・ビルの家から引き取ったのは皇帝からの依頼だったの。私の会社は貿易と銀行業が事業の柱だけど、こういう依頼は初めてだったわ」
「すぐに連れて来いって言われなかったんですか?」

くすくす笑ってシャマールは答えた。「言われた」

「でもね、礼儀作法がなにもなってないからこのままお連れすることはできませんって断ったのよ。アネモネって可哀そうだったんだもん。こんな子どもなのにあんな変人と一緒にいさせたらどうなっちゃうかと思って」

シャマールは続けた。

「アネモネはひねくれすぎてないところがかわいかったのよね。あんまり素直すぎてもどうかと思うけど、ほどほどにひねくれてて、悩みもあって。私はそういう人が好きよ。そういう子が悩みながら大きくなっていくのをそばで見たいと本気で思うようになったわ」
「ほどほどにひねくれてるんですか、わたしは」

ちょっと口をとがらせながらアネモネは言ってみたが、はじめてシャマールの本心を聞いたような気がして嬉しかった。

「だから、皇帝の誘いをきっぱり自分の言葉で断ってるのを見て、私は嬉しかった。まあ、もしあなたが困って断りきれないようなら、あなたを抱えて逃げたけどね。緊急事態のときはすぐに逃げ出せるようにタキャオには馬車に残ってもらったわけだし」
「でもそんなことしたらお尋ね者になるんじゃ…」

「そんな心配いらないわよ」と笑うシャマール。
「だってあの皇帝って、実権なんかなんにもないんだもの。とりあえず逃げれば、あとは〈大人の力〉ってやつでなんとかなるのよ!」

783:名無しさんといつまでも一緒
[ここ壊れてます] .net
「ねえ、シャマールさん。皇帝陛下の服ってなんであんなに変なの?」

アネモネは問うた。あれでは、山荘の図書室にある『裸の王様』そのものだ。シャマールはその問いにひとしきりげらげら笑ったあと、笑いをこらえながら答えた。

「あれはね、うちの商会が売りつけたものなのよ。皇帝がよく階段でつまづくって話を聞いたものだから、ものすごく貴重な生地で作っていて誰も着ていないような珍しい服、しかも多少高いところから落ちても身体に傷を負わない丈夫な服ってことで、あれを売ったのよ。最初は冗談のつもりだったんだけどねえ。何枚も買ってもらっちゃった。私の国では『バブルボール』とか『バブルサッカー』っていう遊びに使う服なのよ」
「遊びに?」
「ビニールってすごく安い素材で出来てて、見た通りなかにパンパンに空気が詰まってるのよねー だからあの服を着てる人同士がぶつかっても、ぜんぜん痛くないのよ」
「でも、どうして陛下は裸に… シャマールさんの国の人も裸であの服を着るんですか?」

シャマールは大笑いして言った。

「まさか! あれは皇帝個人の性癖よ! 露出したいだけ! ま、アネモネには早い話だわね!」

アネモネは納得いくようないかないような神妙な顔つきで、馬車の外を眺めていた。もうお昼すぎでお腹が空いていた。宿には準備されてるだろうか。シィのことだ、アネモネを待ってくれていそうな気がした。ずっと馬車で留守番していたタキャオは、懐中時計をいじりながら、口を手で隠してあくびした。


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616日前に更新/241 KB
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