安価・お題で短編小説 ..
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332:この名無しがすごい!
17/10/30 14:02:59.28 CVxeCmQi.net
【俺は殺してない】
使用お題→ 「殺人事件」「書き出し→「親父が失踪した」」
 
 親父が失踪した。
 嫌なところばかりの親父だった。酒を飲んでは暴れて母さんに怪我をさせるし、お酌をしなければ俺や妹を怒鳴りつける。
 ギャンブルが好きでよくパチンコに行っては、煙草臭くなった上着と引き換えに金をすってくる。
 家が貧乏なのはあいつのせいだ。
 親父が消えて、一番喜んでいたのは母さんだろう。
 だが、皆が喜びそれで家の中も多少明るくなっていた。

 親父は失踪した。そのはずだ。
 だが、警察は殺人事件の線で捜査を進めているらしい。
 おかしな話だ。玄関先に残っていた血痕だけで、親父が殺されたなどと思い込むなんて。
 あの親父が、それだけで死ぬわけがない。ただ頭に煉瓦で一撃を食らっただけで、死ぬわけがない。

 なんでも血痕が発見されたあと、公園の茂みから親父の腕が見つかったのもその思い込みの原因らしい。
 懐かしい。あの公園で小さいときにキャッチボールをした記憶がある。まだ優しかった親父。俺の頭を撫でる大きな手が、とても温かかったのを覚えている。
 それはともかく、それが親父の死と関係があるはずがない。
 俺は知っている。腕を切ったくらいじゃ、人は死なない。切り口を焼いて止血すればそれなりに持つし、野犬でもそれは実証済みだ。
 焼くときの痛みだって、親父なら耐えられた。あの、無駄に根性のある親父なら。
 その後、河川敷から両足が見つかったのだってそうだ。
 昔、俺と親父が自転車の練習をしてた道の脇に、その足は落ちていたらしい。
 ノコギリで落とされたその切り口は消毒されていたんだし、感染症対策も大丈夫だろう。
 親父が死ぬわけがない。『小さい擦り傷など、唾をつけておけば治る』と豪語していたあの親父が、死ぬわけがない。

 警察は、今日も親父の事件で話を聞きに来ていた。
 だが、何度聞かれても答えは変わらないだろう。
 母さんはなにも知らないし、妹だって同じだ。親父は突然失踪した。それだけだ。
『人が一人死んでいる』
 情報が欲しい警察官は、どこか他人事のような俺たち家族に、そう真摯に訴える。
 だから、その前提がおかしいのだ。親父は死んでいない。これは殺人じゃない、失踪しているだけだ。

 母さんも妹も、親父が死んだと思っているらしい。
 まあ、彼女らがそう思いたいのなら好きにすればいい。
 だが、俺にはそうは思えない。
 昔、皆で行った海水浴場の近くのレンタルロッカー。
 そのドアを開ければ、まだ親父には俺を睨む元気が残っているのだから。


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