【加農・榴弾・高射・ ..
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2:名無し三等兵 (ワッチョイ 3ce3-yDqN [218.45.76.30])
16/02/01 22:01:36.54 k5MNnvet0.net
荒れがちなのでIP表示にしました

3:名無し三等兵 (ワッチョイ bd79-Ge3S [175.131.230.149])
16/02/01 22:27:51.43 PksWNpIm0.net
>>1-2
乙 これで少しは平和になってほしいが

4:名無し三等兵 (オッペケ Sr7c-002n [126.237.57.37])
16/02/02 00:33:53.91 s8TOG6bVr.net
おつおつ
IP表示とかできるようになったのね

5:名無し三等兵 (アウアウ Sa64-0GCZ [182.250.253.33])
16/02/02 21:16:16.61 o7bdvWTWa.net
世界恐慌の時に耕運機を青年学校に


6:大量に貸与して 平時は農耕、資材輸送に、戦時には大隊砲、歩兵砲、段列輸送にと訓練してたら どうだったろう? いざ動員の時には耕運機が10万台単位で戦場に これは萌えないか? リヤカー引けるだけでもすごい機動力



7:名無し三等兵 (ワッチョイ ff7c-yDqN [153.201.39.42])
16/02/02 21:40:11.91 Y/ob/XVW0.net
問題はその耕運機を買う予算かな・・・
WWII以降の事を知ってれば戦間期に軍事費削ってでもやっとくべきだったとは思うが
基本的に機械より人間や家畜の方が安かったというだけでなく、
機械化は雇用を脅かすと思われてたような時代だから・・・

8:名無し三等兵 (ワッチョイ 13cd-/DTI [61.194.68.235])
16/02/02 21:41:20.88 CbkvUwOv0.net
>>5
まさにこれだな
URLリンク(i.imgur.com)

9:名無し三等兵 (エムゾネ FFfd-IMwC [49.106.193.17])
16/02/03 12:51:00.83 heLEsXHOF.net
機械が入れられない、不定形な形でしかも小作人に細分化されてて、胸までつかる深田と耕運機なんぞ金の無駄よ
土地改良事業から始めなきゃいかんけど戦後にやったそれものすごい金かかったよ

10:名無し三等兵 (ワッチョイ 4149-yDqN [131.147.111.13])
16/02/03 14:36:54.92 B9jvfcq20.net
>>5
戦時日本でもオート三輪が万単位であったけど、別に軍事面で役立ったほどでもないし
農村で耕うん機を使ってるなら、それを有事に召し上げたら農村が死ぬぞ

11:名無し三等兵 (ワッチョイ 5fe9-/DTI [121.92.145.98])
16/02/03 15:14:31.64 /rY0v4Sn0.net
お、IP表示になってる
これであの糖質も終わりか

12:名無し三等兵 (ワッチョイ 7d83-002n [111.171.148.152])
16/02/03 15:24:08.21 q+so/Fgz0.net
たらればの話はウンザリ
火砲の話しようぜ

13:名無し三等兵 (スプー Sdfd-/DTI [49.106.205.156])
16/02/03 15:57:50.14 a1ku5V3sd.net
IDコロコロ自演バカウヨ糖質涙目

14:名無し三等兵 (ワッチョイ bd79-Ge3S [175.131.230.149])
16/02/03 18:44:16.64 PXbTQsXU0.net
「昭和16年度物資需要額調書(一般) 昭和15年12月19日」
コード:C12121630300
前にも出した資料だけど、やはりここに書かれてる「火砲運行試験装置」がオイ車で、百屯起重機はその為に補強された機器だったのかな
1/72オイ車の取説を読む限りだとそんな風にも思える そしてそれとは別に戦車二両の記載が気になる

15:名無し三等兵 (ワッチョイ 365a-pMh+ [219.112.196.132])
16/02/05 08:28:01.78 Xp04BpC30.net
多分そうだと思うけど、気になるのはP2の「火砲運行試験装置」の一番上の普通鋼の数量が「1000000瓩」になってるとこ。
1,000,000kgだから1千トンになっちゃう。
誤記? あるいはSS艇だったりしませんかね?

16:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/06 18:54:44.05 XoP4GUnL0.net
>>14
前例のないものだし、他の兵器同様に試作を何回か重ねる目論見であればそんぐらいは用意しそうなもんだが
そういや科学朝日の41年1月号に「1000トン戦車は可能か」って記事があったな 読む機会がないんで内容は分からんが
URLリンク(dl.ndl.go.jp)

17:名無し三等兵 (ワッチョイ 392e-DgYM [218.229.246.137])
16/02/06 19:27:37.39 qZM7H67h0.net
>>15
回せる資材は無いって言われて砲塔未完成で終わったんだからそれは無いかと。

18:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/06 20:17:50.54 XoP4GUnL0.net
>>16
アーマーモデリング194号の「日本の重戦車とその改造自走砲」でオイ車の資材手配の遅れについて書かれてるんだけど
昭和16年7月4日に三菱が「資材も図面もてんで間に合ってないけど中止かコレ(要約)」と陸軍に問い合わせた答えが
「陸軍省にて予算可決済みだからそれはない」だったとも言う
少なくとも紙の上では潤沢に用意する気だったんじゃないかな

19:名無し三等兵 (ワッチョイ 65b5-npVG [118.87.194.180])
16/02/06 22:34:03.36 EwLt5tL50.net
佐山さんの日本の火砲シリーズの高射砲読んでて知ったんだが99式8cmの砲架を流用した試製7糎半重高射砲ってのがあったんだな
900m/s越えの初速の長砲身砲で写真を見るにL60~70位なんだが正確な口径がわからんな…

20:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/07 21:13:53.53 7t7joL1C0.net
前スレの試製一式砲戦車+九五式野砲の話なんだけど、あれホイ車じゃなくてホニ車の事だったのかなと思い浮かんだ
試製兵器現況調(コード:A03032124600)や佐山本「歩兵砲・対戦車砲他」によれば
「試製七糎半自走砲」は
・昭和16年4月30日時点で第一案は30%完成、第二案は0%で図面未受領(これ以後の記載なし) 双方とも二両を予定(現況調:36P)
・昭和16年5月に試製砲竣工、試験及び修正を実施(歩兵砲・対戦車砲他:485P)
・昭和16年6月30日時点で第一案は完成(現況調:42P)
・昭和16年6月に中戦車車台に搭載しての運行試験(歩兵砲・対戦車砲他:485P)
・昭和16年7月31日付の紙面上で第一案は「完成 一門は図面未受領」(現況調:48P)
とある訳だけど、ホニ車の搭載砲は元々は九〇式野砲と九五式野砲の二種が考慮されていて
第一案に九〇式野砲、第二案に九五式野砲を積む予定だったのが第一案に九〇式・九五式を積んでみる方針となり
6月の試験で初速の遅い九五式よりも九〇式の方がいいよねと結論が下って一式七糎半自走砲となった、とかそういう
もっとも第一案・第二案が主砲も含んだ内容だったのか、砲架周りだけだったかも分からないんだけどね

21:名無し三等兵 (ワッチョイ 365a-pMh+ [219.112.196.132])
16/02/07 23:34:58.71 7o/ofq9N0.net
丸の高橋氏の記事を見つけてきた。
それによると、チヌ開発時、「戦車砲はなるべく軽い方が扱いやすいから良いよね♪」と、当初はチヘに九五式を乗っけてテストしたが、
「あれ、思ったより威力が無いな。戦闘は火力!」と方針転換して九○式に変更したとのこと。
自走砲は本来「あんな重い


22:ィ一々牽引していけるかい。自分で動けるようにしてやる」という発想だから、 取り回しを容易にするのを目的に開発された九五式とはコンセプトが合わないんじゃないかな?



23:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/08 22:40:54.49 v42DlHkL0.net
>>20
丸でも書かれてたのか こっちでも確認したいんでどの号か教えてもらえるとうれしい
しかし、それだと昭和18年9月の方針改訂以前からやってたって風にも取れるんだけど…

24:名無し三等兵 (ワッチョイ 365a-pMh+ [219.112.196.132])
16/02/09 19:55:51.82 IW9paXN80.net
>>21
 ほいほい、丸2012年12月号「三式中戦車」とそのものずばりなタイトルです。
 チヌの作業のスケジュール自体は変わって無くて、第一号で九五式を使ってたけど、やっぱやめと、九○式に変更。
 九五式は元々九○式とほぼ同一の構造にしていたので、換装が容易ってのも九○式への変更の理由とのこと。
 後座長はむしろ砲口制退器のある九○式の方が短いくらいですしね〜。

25:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/09 22:48:49.01 PkC0aClM0.net
>>22
もっと古い号かと思いきや…手元にあるのに全く見落としてた
ってことで改めて読みなおしてみたが、間に合わせとして九九式戦車砲よりも優れた砲を旋回砲塔に積む、って事であれば九五式野砲も十分候補になりうるね
ただ丸だとチヌ車の開発は「昭和18年中旬から始まった」ってのを前提にしてるのに対し、GP199号だと「19年5月に開発決定・9月に試作完成・10月に完了」ともっと後の時期を指してる事からして
文中にもある「九五式載っけたのはチヌとは別の車両だった」って可能性も大いにある気がするなあ、やっぱり…

26:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/09 22:56:09.94 PkC0aClM0.net
それと話は変わるが
同じ三式中戦車の記事の中で「チヌの砲塔はチリ小型砲塔の設計を流用した」って話があるけど、「実はチリも別の車両から砲塔を流用してた」って事はないかな
GP185号掲載の図面を見る限りじゃチリ小型砲塔の形状って主砲が完成する遥か前の昭和18年9月時点からきっちり決まってたようだけど
同時期にチト車派生の砲戦車が試作まで漕ぎ着けたところで計画中止になったことからして
それに積むはずだった十糎戦車砲(ホリ砲じゃない方)対応の砲塔デザインを使いまわしたんでそうなってたんじゃないかなと
同時期の砲戦車甲(三式砲戦車)の戦闘室が"明らかにチハ車以外に乗せる気だったよねそれ"な形状をしてるんで余計にそんな感がする(あれもあれで何なんだろう

27:名無し三等兵 (ワッチョイ 39e3-DgYM [218.33.247.119])
16/02/10 15:22:44.40 xW9rxbwr0.net
>  クイという名称の車両はこの時一回で消えるが、試製ホイ一号車(日立製)が完成する見込みであった昭和一五年頃になると、
> 再び駆逐戦車が議論されるようになる。この駆逐戦車は敵戦車の「屠滅に任ずる」車両と定義され、トイ車の名称が与えられている。
>  名称こそ異なっているが、トイ車は実質的にクイ車と同一の案であり、名称の変更は一度放棄された「クイ」という名称が、
> 同時期に構想された他の車両に使用されたためらしい。ちなみに、トイ車はホイ砲塔に長砲身五七ミリ砲を搭載する車両として計画


28:されていた。 >  また、この時点で改造三八式野砲級を搭載する駆逐戦車についても議論がなされていることも興味深い。 > この車両は中戦車車台に野砲級火砲を旋回式に搭載するものと思われるが、これに対しては、敵からの射撃に対して迅速な反応が難しい > という反論もあり、現状ではむしろ野砲を固定戦闘室に搭載したホニ車が駆逐戦車としての任務も実現可能ではないか、 > との意見が出されている。 ホイからチヘの流れを汲んでて野砲級火砲を旋回砲塔に載せてしまった三式中戦車ってやっぱりイレギュラーだったんだなあ チト用に開発された57mm戦車砲を搭載しても良かったはずだけど、発射速度や追随性に関してはもう二の次になってたか



29:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/10 20:07:33.59 Gkz8oh+00.net
>>25
前スレの統制発動機云々の話もそうだけど、昭和15〜16年の動きってホントによく分からんわ
そこがハッキリすれば分かることも沢山ありそう

30:名無し三等兵 (ワッチョイ 365a-pMh+ [219.112.196.132])
16/02/10 22:25:11.30 VKrwbsaL0.net
ああ、そうでした。チヌの開発開始は通説では昭和18年の方針変更により、同年末に計画が上がり、19年からの開始でしたね。
そうすると、高橋氏の記事だと半年以上スケジュールが繰り上がってますね。失礼しました。
チヘの開発状況や三式戦車砲の急造具合からすると、昭和18年中頃開発とは考えにくいので、19年中頃の誤記ですかね。

31:名無し三等兵 (ワッチョイ 365a-pMh+ [219.112.196.132])
16/02/10 22:34:24.03 VKrwbsaL0.net
>>26
 戦車界の大御所がなぜかあの頃に関しては詳細な説明を全く残してくれていないですからね〜。
 道路のコンクリ修繕の為に営繕課長に頭を下げたオイ車の開発経緯を知らないはずないのにぼかしていたり、
 チヘの量産遅延の理由が機械的不良の解決に失敗したからとかも知っているはずなのに全く触れてないですし。
 最近明らかになった範囲では戦車開発行政は明らかに迷走したり失敗したりしているので、個人的には色々と勘ぐってますが。

32:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/10 22:39:10.87 Gkz8oh+00.net
>>27
それか方針変更の前に砲戦車で何かしらやってたのがチヌ車の話と混ざっちゃってるかだ
試製一式・二式ホイの砲塔に野砲乗っけちゃえば見た目ちょっと小さめのチヌ車もどきになっちゃう訳だし…
そういや一式チヘ図面集の下巻が夏に出るんだとか

33:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/10 22:45:01.63 Gkz8oh+00.net
>>28
チヘ車に関しては載せるはずだった統制発動機の遅れが関係してるんじゃないかなあ、とも思うんですよ(チヘ車の計画開始と統制発動機の本決定は同じ15年9月ですし)
元々原さんが主導してた計画だったのにうまく行かなかったんで、大戦末期に航空機の検査官やらされてた件みたいにあんまり書き残したくなかった、とか
あと、統制エンジンには後の日野やいすずが深く関与してるんで、戦後も三菱と仕事してた身からすればあんまり触れたくなかったのかもなと(戦後の企業関係はあんまり分からんのですが)

34:名無し三等兵 (ワッチョイ ba79-b1Oj [175.131.230.149])
16/02/10 22:52:34.63 Gkz8oh+00.net
追申:口調が急変してるのは気にしないでください

35:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 13:07:41.11 ABR8zruD0.net
>>26
>>27
>>30
原乙未生はチハ車の開発以降は戦車開発に直接関与せず溶接技術の規格化や統制エンジン規格化・ヂーゼル機器設立など要素技術の参画や産業界への交渉が主なんだよね。
1939〜41年は経歴を見ると戦車第八連隊長の就任や山下訪独団の参加などによって日本に居る期間は少なくそのような人物がケニ・チホ・チヘ・オイの開発に深く携われる訳がない。
むしろ戦車第八連隊長の就任のために砲工科→歩兵科に転属したり中佐→少将まで1年半弱だったりそっちの経緯の方が個人的には気になる。

36:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 13:14:00.72 ABR8zruD0.net
×>>27
>>28

37:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 13:17:21.09 ABR8zruD0.net
1940年〜1942年まで相模陸軍造兵廠長だった岡田資少将も気になる。
オイ車か何かの責任を取らされたのか飛ばされたような人事というのがまた。
後任が原乙未生。

38:名無し三等兵 (ワッチョイ 335a-O6ee [219.112.196.132])
16/02/11 15:28:55.41 Y1O4X9Kr0.net
>>32
 そうですね。中戦車には直接の関与は無いでしょうね。ただ、その後を引き継いでから色々と動き始めているのも事実なので、事情は引き継ぎの際に聞いているはずです。
>>34
 オイ車の計画には原氏は最初から参画していますよ。
 オイ車の砲塔製造の為の資材調達が難航している時期に造兵廠長兼務となっていて、梃子入れのような形で原氏は就任しているんですよ。

39:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/11 17:11:51.18 E1wr8cTk0.net
>>32
原さんが主導してた、ってのは統制発動機の方を言ったんだ
三菱重工業社史(1956年)には「油圧サーボは1935年頃から開発してて、ケニ・チト・オイがその代表例として知られる」(599P)とあるが
少なくともチト車・オイ車においては油圧不調の話は出てこない(ケニ車は試作車が三種あったりして詳細がよく分からん)
だから伊藤氏の書いた「独ソ開戦でボッシュの燃料噴射ポンプが入手できなくなった」って事態が昭和16〜18年頃の三菱AC型を含めた統制発動機の開発・生産(ポンプの国内生産への切り替え等)に影響し
その搭載先である機甲車両の開発遅延(チへ車の油圧サーボ不調の件とか)の一因になっただけでなく、
原さんにとってもジーゼル機器の設立など数年がかりで動かしてた大きなプランがたちまち立ちいかなくなり、終戦まで引きずる結果になったんで本人にとっての「思い返したくない話」になったんじゃないかな、と
ぶっちゃけた話、それぞれ自分のやり方でやってた会社同士を統制型の名の下にまとめ上げて「自工のやり方に合わせてボッシュから部品もらってエンジン作れな!」って話だったのが
「部品手に入らないからそれも自分で作ってくれな!ドイツ基準の超精密な奴だけど!」ともなれば関係各社も揃って盛大にブチ切れるレベルだ タダでさえ工員も資材も足りてないってのに
もし統制型が原さんにとって誇れる話であれば、チハ車や八九式の空冷ディーゼルのようにもっと書き残してた気もする

40:名無し三等兵 (ワッチョイ 362e-Yeuq [218.229.246.137])
16/02/11 17:23:59.28 CXuaIshX0.net
油圧サーボと燃料噴射ポンプって何か関係あるの?

41:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 17:51:52.22 ABR8zruD0.net
>>35
オイ車開発は1941年4月スタート
原乙未生がドイツからシベリヤ鉄道経由で満州に到着したのが1941年6月末
帰国した時には既に開発が始まっていて無理矢理関わされたというのが正解でしょう
まあ無謀な第三者主導の計画に不満や不本意なのは容易に想像できるわけでして

42:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 17:54:53.65 ABR8zruD0.net
満州に着いた時に山下奉文など一部の将校だけ飛行機で日本に帰国しているらしく
原乙未生が同行していたのかどうか
していないならば満州朝鮮から陸路船便なので日本に帰国したのは7月初旬くらいかな

43:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 18:10:53.22 ABR8zruD0.net
>>36
あなたの推測に対して同意も反論もしないけど
原乙未生は戦後に就職(というか顧問)はいすゞなんだよね
ヂーゼル機器の出資比率は東京自動車工業が1位、三菱重工は2位だそうで
噴射ポンプだけでなくノズルなど関連品もライセンス生産していたそうなので
ライセンス生産のためにドイツから大量の工作機械輸入と工場建設で時間が必要であり
ヂーゼル機器のライセンス生産のためのラインが完成したのは1941年後半
ライセンス生産が始まったのは1942年だそうで

44:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 18:27:48.63 ABR8zruD0.net
よしこっちも推測しちゃうぞー
チハ機など1930年代の頃はイマイチだったが1940年以降になると自社製の噴射ポンプに自信があったらしく
URLリンク(www.jstage.jst.go.jp)
三菱重工は大型化した航空機エンジンの技術で噴射ポンプ関係の開発経験を積んだことも一因らしい
(ZC707の岡村健二は元々三菱航空機の技師で東京三菱へ転属だったとは最近知った)
四式ALディーゼルなど自社製噴射ポンプを採用している事例が多かったようで
ただしノズルはボッシュのものを採用
ヂーゼル機器に出資したのは技術習得と生産品の優先割り当てなど
自社製噴射ポンプに対する保険だったのかなーと勝手に推測

45:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 18:33:14.30 ABR8zruD0.net
ソ連のV-2エンジンの噴射ポンプも米軍の試験報告書を見るとボッシュ式(おそらくコピー)となっていたり
実際航空機用が原型だったこともあり実物の噴射ポンプを見ても星型エンジンの航空機によく使用されたものと形状が似ていたり
航空機エンジンの技術との関連も大きかったんだなーと

46:名無し三等兵 (ワッチョイ 335a-O6ee [219.112.196.132])
16/02/11 20:13:23.37 Y1O4X9Kr0.net
>>38
 あ、本当ですね。「日本戦車開発物語」によれば、原氏の帰国は同年7月でした。失礼しました。
 そうすると、視察中にメンバーに入れられてるのか。
 しかし、「日本の戦車」の監修時に100t戦車と120t戦車が同一であるとくらいは指摘して欲しかった。
 私家本では超重戦車として120t戦車の要目だけが出ていますが。
 ちなみに、結構ぼろくそに書いているので、言われてみれば、不満や不本意ってのは合っていると思います。

47:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/11 22:24:53.21 E1wr8cTk0.net
>>40
あ、いすずの人になってたか… 61式戦車に関わってたというから三菱にいたもんだと思ってたが、そういやいすず技報とかで文章書いてた
製造ラインに関しては独ソ開戦後は一番アテにしてたらしいシベリア鉄道経由の輸入ルートが使えなくなってるし、工作機械が積荷の多くを占めてた柳船はかなりの数が引き返したり沈められたり拿捕されたりだし
そういう不十分な状態で十分な品質のものをすぐに供給できたとはちょっと思えん それに>>41の資料は独ソ開戦前のものだけど、この時点で「工員の技量に大きく依存している」状態だと… うーん
>>37
油圧サーボが使われてた操行変速装置ってのはエンジンからの動力を伝達するものである以上、そのエンジンの挙動が意図しない形で変わってしまうとうまく回らなくなるんじゃないか と思ったんだが
その辺に明るくないんで詳しい人にサンドバッグにされそう というかされる

48:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/11 23:20:55.26 E1wr8cTk0.net
素人考えばっかりでいい加減ウンザリされそうなのでこういうの出す
「内燃機関技術大観. 昭和17年度版」
URLリンク(dl.ndl.go.jp)
「図解内燃兵機大観. 昭和17年版」
URLリンク(dl.ndl.go.jp)
内燃機関技術大観の方は93年に戦車マガジンの方で取り上げられてたらしいが、油圧機構を含め中々詳細な解説が並ぶ あとBTの存在感がでかい
あとストラウスラーP型の解説・写真・懸架装置の図解が載ってたがどうもこれらしい
URLリンク(aviarmor.net)

49:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/11 23:51:26.54 ABR8zruD0.net
>>44
>この時点で「工員の技量に大きく依存している」状態
いやいやよく読んでくださいな
それは昭和4年〜12年までの話でしょう
日中戦争が始まって1941年までの間に質量ともに飛躍的に進歩したと
(まあ多少は自画自賛している感じはあるけれども)

50:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/12 00:26:23.92 iUjiiT/z0.net
>>44
結語の方にも現状として同じようなことが書いてあるんですがそれは… 

51:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/12 00:42:28.93 nhT0UJJa0.net
よく読んでなかったのはこちらの方でした、失礼しました
確かに未だ職人依存から脱却しきれていないと最後の方にありますね

52:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/12 00:46:25.18 nhT0UJJa0.net
×職人依存
○工員の技量依存

53:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/12 01:07:41.62 iUjiiT/z0.net
しかし>>41を読んでから自分で書いた>>36を読み返してみるとなんか違う
「自工のやり方に合わせてボッシュから部品もらってエンジン作れな!」→「部品手に入らないからそれも自分で作ってくれな!」
じゃなくて
「自工が作ったエンジンを基礎にして各用途向けのエンジン作れな!部品はボッシュから買うけどいずれはライン整えて国産な!」→「ボッシュから手に入らなさそうだから今すぐ国産な!ラインは…頑張って」
とすべきか

54:名無し三等兵 (スプー Sde3-pejn [1.78.16.83])
16/02/12 01:56:55.47 V3DrB5KRd.net
>>50
>ボッシュから手に入らなさそうだから今すぐ国産な!ラインは…頑張って
 ところが、ナチズムの権力掌握後、独ソ関係の悪化によりこの軍事協力関係
の維持は不可能となり、ドイツ国防軍がみずからの活力を維持するためには、
あらたな軍事的パートナーを必要とするにいたったのである。この面で
ドイツ国防軍、主として陸軍が注目したのは中国であった。・・・中略・・・
 また、国防経済という観点からも、ドイツ国防軍が親中路線を採用する理由が
存在した。なぜなら、両国の経済は相互補完的であったからである。ドイツ国防
経済は、ロシアとの関係悪化後、技術刷新の継続のためにも、また付加的な
輸出の拡大のためにも、あらたな市場を求めていた。一方、中国側は、ドイツから
の工業製品輸入を天然資源の輸出で相殺することができたし、また一九三五〜三六年
のドイツの武器輸出総額のうち、実に五七・五パーセント(二千万ライヒスマルク)
が中国に向けられていたのである。
 これに対し日本はその一パーセントにも満たない十七万七千ライヒスマルクであった。
<ナチズム極東戦略 日独防共協定を巡る諜報戦 / 田嶋信雄/著 >

55:名無し三等兵 (スプー Sde3-pejn [1.78.16.27])
16/02/12 01:58:35.21 M28sPpfVd.net
>>50
>ボッシュから手に入らなさそうだから今すぐ国産な!ラインは…頑張って
≪児島襄「参謀(下)」のジョゼフ・スチルウェル編より引用≫
「“ピーナッツ”は偏屈で恩知らずの小さなガラガラヘビだ・・・・ (中国政府は)
自分たちだけのことしか考えないならず者の集団だ。指導者たちの興味は、
ただ金、権力、そして地位だけだ・・・・。手に入るものには何でも頭を下げ、
自分は戦わないように心がける・・・・。“インテリ”と金持ちは子どもを米国に送り、
農民の子どもが戦争に かりだされる。しかも注意も訓練も指示も与えられずに死んでいる。
 われわれは、この腐敗した政府を支持し、その偉大なる愛国者兼戦士
“ピーナッツ”に栄光を与えるために、戦おうとしているのだ―おお神よ!! 」
≪中略≫
当時の米軍は、日本軍と同じく、行軍距離単位は四キロであったが、
その米式訓練をうけたはずの、いやボートナー准将自身がその訓練をした孫部隊は、
一キロ歩いては休み、次に一キロ進んではごろりと道端に寝転がる。
 しかも、頭上に英軍機が飛来して補給物資を投下すると、隊列を
乱してむらがり、悲鳴をあげつつ、下着に利用するパラシュートを奪い合う。
≪中略≫
孫部隊は狂喜した。中国大陸で負けつづけ、日本軍といえばかなわないものと信じていたのに、
その日本軍がひきあげたのである。勝った、勝ったと小銃を空に乱射しておどりあがった。
 ところが、勝ちに乗じた勢いで快進撃するものと期待していた孫部隊は、
たしかに前進は開始したものの、そのスピードは以前にもおとる低速であった。
そして、昭和十九年一月二十九日、孫部隊はついに完全停止した。
 ボートナー准将の急報によってかけつけたスチルウェル参謀長は、にこやかに迎える
孫少将の顔をぼう然と眺めながら、考えこんだ・・・・なぜ、前進しないのか?
≪中略≫
スチルウェル参謀長は、孫少将にかみついた。
「明らかに命令違反である。よろしいか。貴下の第三十八師団は、 全中国軍のなかで
とびぬけて優良な兵器、弾薬、糧食の補給を受けている。 足りないというのなら、
迎撃砲も、火炎放射器も、米兵だってさしあげる。 だが、命令に従うのが条件だ・・・・
もし自分の使命が達せられないようなら、辞職してワシントンに報告せざるをえない」

56:名無し三等兵 (スプー Sde3-pejn [1.78.16.41])
16/02/12 02:02:20.73 0DbeioLZd.net
>>50
>ボッシュから手に入らなさそうだから今すぐ国産な!ラインは…頑張って
中華根性というか中国人はどいつもこいつもチンピラゴロツキばかりで、
それは地獄の亡者が次々涌いてきては鬼に虐殺される光景だった。
中国人の先天的かつ絶望的な知能障害と腐った脳みそは、手の打ちようがなかった。
まさに日中戦争とは日本人の中国人に対する人種的優越性を世界に示した戦いで、
中国人とは日本軍に虐殺されるために涌いてきた、殺戮の標的物でしかなかった。
But a fundamental question remains: What good end was served by the
emergency delivery of 650,000 tons of this and that into China?
Certainly little went directly to the aid of the Chinese people and
relatively little to the Chinese armies, though it can


57:be urged that the regime of Chiang Kai-shek would have collapsed without the support of General Chennault's command and that Chennault's men were wholly dependent upon the Hump lift. http://www.ibiblio.org/hyperwar/AAF/VII/AAF-VII-5.html >But a fundamental question remains: What good end was served by the >emergency delivery of 650,000 tons of this and that into China? しかしながら本質的に疑問が残る。いったいこれらあれら650,000 tons の中国への緊急援助は、いかなる成果を残したのかと? チンピラゴロツキには何を援助しても、チンピラゴロツキはチンピラゴロツキ。 チンピラゴロツキに追い風吹かしても、チンピラゴロツキはチンピラゴロツキ。 中国人という中国人は、みんなみんなチンピラゴロツキ。 アヘン戦争の原因は、イギリスのアヘン輸出なんかじゃないよ。 中国人はアヘンでチンピラゴロツキになったんじゃない、元からチンピラゴロツキだった。 チンピラゴロツキだからアヘンを貪るのであって、アヘンを与えるからチンピラゴロツキ にされたというわけじゃないんだ。アヘンであれば現在の日本でも医療に広く使われてる、 アヘンが悪いんじゃない、悪いのは全て中国人の腐った脳みそだ。



58:名無し三等兵 (ワッチョイ 59e9-pejn [121.92.145.98])
16/02/12 02:44:05.30 VuMwGdLx0.net
またこいつか
IP出てる状態でよくやるわ

59:名無し三等兵 (ワッチョイ 4696-Yeuq [42.126.25.111])
16/02/12 22:06:24.15 lARjV8jN0.net
トムラはIDでている状態でガチのジエンをしたことがある

60:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/12 23:26:32.40 nhT0UJJa0.net
>>41に続いてネタ帳のストックから
URLリンク(blog.livedoor.jp)
このpdfだけアップされた経緯がよく分からないが
検索すると書籍などにも引用されているいすゞ社内の会報みたいだ

「光芒−いすゞ乗用車開発の軌跡」2001年編集
URLリンク(tafplaza.la.coocan.jp)
「いすゞ乗用車史戦前から戦後にかけて」という伊藤正男の回想に
DA10〜DA30など当時のディーゼルエンジンの開発経緯や諸元が触れられている

61:名無し三等兵 (ワッチョイ 0d78-rZ+i [61.245.112.233])
16/02/12 23:34:00.15 nhT0UJJa0.net
あと記憶違いしていた>>42は米軍でなく英軍の情報資料だった

62:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/13 00:26:58.98 FnmoLHDt0.net
>>56
前スレの家本潔氏のインタビューだと終戦時の資料は米軍が焼いたように書いてるが
こっちだと戦犯追求を恐れたのかヂーゼル自工側の手で処分したとあるな
極めてクリティカルなものは経営陣の指示で焼き、それ以外は米軍が焼いたって事かね
進駐軍向けの説明資料ってのはこれか
URLリンク(dl.ndl.go.jp)
URLリンク(dl.ndl.go.jp)

63:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/13 00:46:45.03 FnmoLHDt0.net
こちらも無駄に対抗してネタを
「機械と材料 1942年6月号」
URLリンク(dl.ndl.go.jp)
最新特許品として「ヂーゼル機關始動補助裝置」に関する記事あり 他の装置とセットで使い寒冷地での始動を補助する、とあるがそれだけじゃない気も
他の号にも東京機器工業(日立関連)の燃料ポンプの改良など面白そうなものが(見返してみて今気づいた)
あと砲絡みだとこういうのも(既出な気もする)
URLリンク(dl.ndl.go.jp)
しかし古い本ってのは中々面白いもんで 
「機械化」に国民学校での戦車の木製模型の制作風景が載ってると思いきや、作ってるのがどう見てもT-26だったり
>>45の「図解内燃兵機大観」掲載の日本


64:金属熱処理株式会社の広告にどんと載ってるのが双砲塔のM2軽戦車だったり(1942年の本だよこれ)



65:名無し三等兵 (フリッテル MM7d-9/NJ [175.105.61.135])
16/02/13 22:34:19.73 B3wYOtarM.net
茶々入れスレ妨害腐れ左翼が粘着してるな
コイツ火砲や日本軍の正確な知識は皆無なくせ、まともな内容書いてる人間を
荒らし認定するのが常套手段
「支那は差別語に決まってる」の妄想垂れ流し老害じじいと妨害スレ立ち上げたものの
非難轟々で凹みまくり心が折れて「シナという語を使うだけなら我慢するよ」など
泣き入れた事実は過去スレ参照のこと
バカのくせ無知無教養な暴走するたび、史実に裏打ちされたまっとうかつ苛烈な倍返しされて惨敗するのがデフォで恨みから、スレに粘着、
邪魔しまくってる日共カミングアウト(これは事実)&在日チャイニーズの悪の
枢軸だwwwww
こいつらがNG IDとかのたまってるのな〜
自分らが正真正銘の荒らしのくせしてさ

66:名無し三等兵 (フリッテル MM7d-9/NJ [175.105.61.135])
16/02/13 22:47:07.29 B3wYOtarM.net
昨今の事例で熱河作戦 フォードトラック話題暴走恥晒しやら弁明してみ?
おまえらが単に無知で愚かなだけ
調べる能力すらない怠惰で無能で軽率って結論以外は到底でまい
いま現在、左翼なんて社会の澱の集まりにすぎない
絶対数がすくないから、そのなかのエリートなんて、ごくごく限られたもので
同様にエリートの質も母集団が少ないものできわめて低い水準に留まってる
左翼論客でまともなのがいたのは、せいぜい70年台代までだ
故人の吉本隆明もとっくの昔に転向してしまったしね

67:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/13 22:48:31.06 FnmoLHDt0.net
なんか寒いしカニ鍋食いたいな(スレの趣旨ガン無視)

68:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/13 22:50:01.49 FnmoLHDt0.net
誤爆したよ畜生!ごめん!

69:名無し三等兵 (フリッテル MM7d-9/NJ [175.105.61.135])
16/02/13 22:54:10.76 B3wYOtarM.net
>>62 一昔まえにいっとき日共煽りの蟹工船リバイバルブームとかあったよね

70:名無し三等兵 (フリッテル MM7d-9/NJ [175.105.61.135])
16/02/13 23:08:29.92 B3wYOtarM.net
前スレでイタリア砲が技術水準でドイツ、フランス、ソ連、アメリカより優れているとか
大法螺吹いた大馬鹿野郎はいますぐ降臨しろよ!
そんなもん20世紀の二次大戦終了まで仏独先進国ライセンス生産と鹵獲砲が大部分、純イタリア開発のものが大概不振だったくらい
冗談でも甚だ悪質で嘘の情報流布したことになるから、軍板では到底許されないだろうな
洒落ならもっと洗練すべしって感じ
まっとうな内容書いた相手のアンチスレで荒らし認定はかなり悪質で有罪

71:名無し三等兵 (スプー Sdf3-pejn [49.104.8.178])
16/02/14 00:59:24.99 o7BOijxCd.net
お、またキチガイがIP晒してくれたな
もうIDコロコロも意味ないからな
はいNG〜

72:名無し三等兵 (ワッチョイ b779-2HJs [175.131.230.149])
16/02/15 21:32:51.13 68nYoxbx0.net
>>45と書いたが実際かなり萎えられてたようで… もっと勉強しよう
てかトイ(クイ)車の事が頭からすっかり抜け落ちてたが、九五式野砲の件が本当であればその検討段階での事だったって考えた方が自然だな
それだと>>19の第二案はあんま関係なさげだが、こっちは時期や開発状況からしてチホ車ベースの計画だったのが本体共々潰れた、とかそういう話なのかな?

73:名無し三等兵 (ワッチョイ b479-whrh [175.131.230.149])
16/02/18 21:39:27.29 6qSAfpHI0.net
「陸軍兵器行政本部関係史料綴 その1 昭和16年〜18年」
コード:C14011059000
「陸軍兵器行政本部関係史料綴 その2 昭和16年〜18年」
コード:C14011059100
「陸軍兵器行政本部関係史料綴 その3 昭和16年〜18年」(個人情報入りらしく閲覧不可 工員の名簿でも入ってた?)
コード:C14011060100
前に見つけたまま放置してたが、あれやこれや入ってて興味深い 各部署の現況報告やらまるゆ整備計画やらソ連の工場移転に関する情報資料やら
以下気になった点
一技研状況報告 18年2月17日付( コード:C14011059600 1Pより)
・「自走砲も応急的に現制車台、現制火器を利用するものに付研究を了し更に新様式のものに着手しあり」(10P)
→佐山本の一式七糎半自走砲の項で砲兵学校の判定として「即急の戦用に適すものと認む」とあるが、こちらは昭和16年10月のもの 二年近くも何があった
昭和十九年一月各技術研究所試験予定表 (コード:C14011059600 37P)
- ジホ車(文中ではヂホ車、戦28はチへ車体共用自走砲の開発番号)・タハ車試験(37P)
- 五七粍戦車砲用照準眼鏡第一回試験(41P)
- チヘ車改修並実用試験・ソケ車(42P)
・日野重工業 現況報告(18年8月9日付 コード:C14011059700 21P)
-当初は中戦車の製造を命じられた 現在の製造車種は十三種(23P)
-熟練職工の招集及び未熟練工による補填、賃金統制令により工員一人あたりの生産高は漸次低下(24P)
兵政本成立満一ヶ年の成果及び現下状勢に鑑み改善すべき事項を述ぶ 昭和18年12月(C14011059900 1P)
-造兵廠と研究所の統合に関する例として相模造兵廠と第四研が挙げられている(4P)
-各研究所における試作品製作上における不備と改善の必要etc(5P〜)
あともう知ってるかもだが>>32 >>34に関係ありそうな資料を思い出した
「支那事変経験録調整歴史編纂 資料蒐集簿(昭和15年度)」
コード:A03032008800
相模造兵廠の人事・庶務関連の書類綴 業務割当てやら組織図やらがごっさり

74:名無し三等兵 (ワッチョイ 6855-4d3X [115.178.117.64])
16/02/22 17:27:21.58 684NtKAa0.net
スペインで38式10加が使われてたんだって
URLリンク(www.amonio.es)

75:名無し三等兵 (ワッチョイ 3057-mIZC [219.124.11.36])
16/02/23 02:49:33.72 48TOCIsD0.net
>>65
カルカノ銃については、世界各国で広まった名銃だと思うが?

76:名無し三等兵 (ワッチョイ a542-Md4K [180.6.173.129])
16/02/23 07:34:24.55 mADOvkA40.net
カルカノは、長い長いと文句を言われる三八式に対して「カルカノの方が長いじゃねーか」
と言える貴重な銃。

77:名無し三等兵 (フリッテル MMb2-PJQL [61.192.156.218])
16/02/23 21:05:12.12 7Jev6G1bM.net
>>70
性能がアレで安いからだ。安くないと売れないもんだったから。
ドイツ軍でも鹵獲したのは正規軍でも使用したが、あくまで装備損失の穴埋め
装備で積極的に配備したのは二線級オンパレードの国民突撃隊だ。
ケネディ暗殺で妙に有名になった銃ではある。
さあーこの大バカが長年火砲スレで知識と常識皆無のくせして妨害茶々入れまくって
粘着してる左翼老人ですwwwwww
恥知らずにも日本共産党とか得意げに公言したりして。
そんなこと公言したら、いまどき一般社会で怪訝な目でみられるのは当然なんだけど…
常識的なメリットとデミリットの区別つかない時点で終わってる。
以前の歴史的かつ技術的見地に鑑み、事実無根でデタラメ三昧たんに荒らし目的のアホなイタリア砲の書込みしたの、おまえなんだろう?


78:名無し三等兵 (フリッテル MMb2-PJQL [61.192.156.218])
16/02/23 21:13:11.76 7Jev6G1bM.net
ご本人がれっきとした精神異常者のくせ、他人をキチガイ呼ばわりする荒らし
常連は>>66さん。
尋常でない妨害スレ立てたり。
とにかく日本軍が気に食わなくて、史実を無視して噛みつきまくる左翼狂犬といって差し支えない。
火砲スレでも、アホなちょっかい何度もかけてそのつど技術的やら史実的根拠から粉砕されてる可哀想な御仁。

79:名無し三等兵 (ワッチョイ 56e9-mIZC [121.92.145.98])
16/02/23 22:52:27.06 tIPvNVLi0.net
このバカウヨ糖質荒らしはIP出てるのによくこんなキチガイレス続けられるな
IPごとさくっとNGにしたけど

80:名無し三等兵 (フリッテル MM78-OufQ [175.105.154.39])
16/02/23 23:15:19.71 x9JPJ/A7M.net
>>74
[支那は差別語に決まってる!そんなこと頑なに主張するのはバカウヨだけ」なんて狂った
思い込みで過去火砲妨害スレ建てやがってかー?
事実無根の妄想垂れ流してる大馬鹿はおまえだ!
とっとと自分でチンコ噛んで氏ね

81:名無し三等兵 (スプー Sdee-mIZC [49.96.46.185])
16/02/23 23:21:12.31 PkcCLdG8d.net
一々ルータの電源きってIP変えてんのか知らんけど
そこまでしてみんなに見せたいようなレスの内容か?

82:名無し三等兵 (フリッテル MM78-OufQ [175.105.154.39])
16/02/23 23:28:33.46 x9JPJ/A7M.net
まあ、とにかく感情から日本軍を否定したいだけの、愚昧な左翼、日共と中共、半島連中は一掃したほうがいいわな
過去の火砲スレでも知識などまったくなくて、根拠なしの下品な荒らししかできないんだから
もと日共でまともなソ連軍と日本軍の陸戦兵器記事書いてる古是さんなんて希少な存在だとつくづく思うんだな

83:名無し三等兵 (ワッチョイ 56e9-mIZC [121.92.145.98])
16/02/23 23:29:39.56 tIPvNVLi0.net
何故かカルカノってワードが発狂スイッチになってるんだな

84:名無し三等兵 (フリッテル MM78-OufQ [175.105.154.39])
16/02/23 23:36:40.88 x9JPJ/A7M.net
まーあれだ。
イタリア製小銃は支那事変勃発後の小銃不足で日本が三八式歩兵銃
のスタイリングで注文輸入してみたものの、材質や耐久性がさっぱりだったとか、ちょっと調べてみればわかるはずだが…

85:名無し三等兵 (フリッテル MM78-OufQ [175.105.154.39])
16/02/23 23:42:20.40 x9JPJ/A7M.net
陸軍が購入したイ式重爆も弾倉やらが、日本の航空爆弾と規格が違って使い勝手がわるかったってのも
あるが、イタリア軍当局のセールス・トークに反してあまり褒められた出来でなかった
から評判よくなかったはずだけど・・・

86:名無し三等兵 (スプー Sdee-4d3X [49.104.15.204])
16/02/24 01:43:19.56 QOjwkFoXd.net
正直カルカノの精度云々ってのは世代の問題だと思うぞ
オランダのマンリッヒャー小銃もそうだけど三十年式のような蛋形弾のまま更新されてない

87:名無し三等兵 (JP 0Hc9-V6KK [210.199.239.94])
16/02/24 07:35:43.98 u3+7NtBeH.net
カルカノの評判は良く無いよね

88:名無し三等兵 (ワッチョイ 305a-xNKl [219.112.196.132])
16/02/24 19:27:12.99 EIkTwK+P0.net
カルカノって三十年式歩兵銃より数年古いんだよな〜。
しかも日本が三八式歩兵銃に変えたみたいな大きな改良もほとんどしてないみたいだし。

89:名無し三等兵 (ワッチョイ 332e-W0eo [218.229.246.137])
16/02/24 23:19:27.26 hEelk5Ks0.net
今日届いた「日本の重戦車」を読んだんだが、オイ車が完成しなかった根本的な理由が、技術的な問題じゃなくて
陸軍側に本気で作る気がなかったからだったというのが悲しい。

90:名無し三等兵 (ワッチョイ a5d7-xBF4 [180.52.205.145])
16/02/24 23:57:35.24 BV/4OEYy0.net
☆ 日本の核武装は早急に必須ですわ。☆
総務省の『憲法改正国民投票法』、でググってみてください。
日本国民の皆様方、2016年7月の『第24回 参議院選挙』で、日本人の悲願である
改憲の成就が決まります。皆様方、必ず投票に自ら足を運んでください。お願い致します。

91:名無し三等兵 (ワッチョイ b179-CUI7 [175.131.230.149])
16/02/25 00:50:41.72 0zLD5b/r0.net
>>84
そう聞くと何故か小倉造兵廠の不祥事の一件が頭にちらつく… 41年頃から憲兵隊が内偵してたとか関係者が大勢いたとかって話だし…

92:名無し三等兵 (スプー Sdd9-Y0ST [1.78.16.98])
16/02/25 08:16:44.03 IE8TAR3fd.net
「ロシアの砲兵らは日本製の大砲が軽量で使用しやすく、射撃速度が速いと評価していた。
有坂銃は信頼性が高く、これに類似した米国製の銃の半額でロシアは買い付けることができた。」
日本の軍産品があまりに高品質であったため、ロシア側の研収員らはかなりの部分の
武器品目の受け入れ納入品の作業を日本人自身が行うよう任せた事実をパヴロフ氏は指摘している。
ロシア人の役人、閣僚は日本製武器の価値を指摘し、これなしにはロシアは戦うことは一切できないことを認めている。
URLリンク(jp.sputniknews.com)
―チャーチルの供与はもっと後からでしたよね。
 そうそう、後からだっけ。で、1943年以降になると、私たちはこれらの戦車を断ってしまった。やたらに欠点
が多かったからね。特に、1トンに対し12〜14馬力しか出せないのは問題だった。あの当時は、トンあたり
18〜20馬力は発揮するのがよい戦車だと思われていたものだ。3つの戦車のうちでは、カナダ製のヴァレンタイン
がベストだったな。装甲は流線型だったし、長砲身の57ミリ砲を持っていたのが大きかった。それから、私たちは
1943年末にはアメリカのシャーマンに乗り換えた。キシニョウ作戦の後で、我が軍団は第9親衛機械化軍団
と名前を変えたんだ。さっきは言い忘れたが、どの軍団も4個旅団で編成されていた。私たちの軍団は3つの
機械化旅団と1つの戦車旅団を抱えていて、私はそのうちの戦車旅団にいた。一方、戦車軍団は3個戦車旅団
と1個自動車化歩兵旅団で成り立っていた。そんなわけで、私たちの旅団には1943年の末からシャーマンが配備されていた。
URLリンク(www.geocities.co.jp)

93:名無し三等兵 (ワッチョイ a243-Pw/m [180.12.46.180])
16/02/25 19:46:06.09 AAPnOFu+0.net
>>84
まあ、さすがの陸軍もアレがそびえ立つクソを造ろうと思わんだろう

94:名無し三等兵 (ワッチョイ b179-CUI7 [175.131.230.149])
16/02/25 19:49:13.76 0zLD5b/r0.net
試製一式砲戦車+九五式野砲の話、古いPANZERにだけ載ってるもんだと思ったら「日本の戦車と軍用車両」にバッチリ載ってたよ…
丸の2012年12月号だと"戦車搭載用に改造した「九五式野砲改」は一式中戦車の車体内に収まり試製戦車となって射撃テストや火砲の操作テストが続けられた"
日本の戦車と軍用車両だと"「九五式野砲改」は一式中戦車の車体に搭載され試製一式砲戦車としてのテストが実施された"(PANZERのもコレとほぼ同じ)
と書かれてるがどっちなんだろう 丸の記事の「試製戦車」はチヌ車なのか、一貫して試製一式砲戦車を指してるのを記事の都合上端折ったのか

95:名無し三等兵 (ワッチョイ 0127-buY7 [202.229.255.61])
16/02/28 07:45:13.69 iTJ/zOfP0.net
>>84
作っても輸送手段が無いからな

96:名無し三等兵 (スプー Sdf4-Y0ST [1.78.16.129])
16/02/29 21:59:37.72 HZWfxjO5d.net
>>50
>ボッシュから手に入らなさそうだから今すぐ国産な!ラインは…頑張って
工作機械 生産額(千円)
1930年 10,666
1931年 10,216
1932年 25,780
1933年 14,170
1934年 38,929
1935年 46,580
1936年 48,612
1937年 102,276
1938年 256,468
1939年 642,192
1940年 764,658
1941年 873,714
1942年 984,476
URLリンク(www.nids.go.jp)
 高橋是清の死後、支那事変が始まったこともあり、日銀の国債引き受けによる資金調達が増えていく。
さらに、太平洋戦争が勃発するに至り、日本のインフレ率は恒常的に10%を上回るようになってしまった。
とはいえ、逆に言えば国民経済が需要を全く満たせなくなってしまった敗戦直前の1945年ですら、
我が国のインフレ率は(東京小売物価指数で)47%に過ぎなかったのである。
URLリンク(www.gci-klug.jp)

97:名無し三等兵
16/03/03 19:35:49.96 jPNHS9gC.net
>>90
分解すればいいから(震え声)
まあ、デメリットしかないんだけどさ。
少数でもいい要塞砲ならともかく、それ以外はたくさん運ばないと意味がないからなあ
対戦車陣地潰しのために作られたって歴史群像にあったけど別に砲戦車でいいじゃん。

98:名無し三等兵
16/03/03 20:11:02.19 gDD40HnT.net
「日本の重戦車」読んだけど、オイ車開発上のあれやこれやの問題って>>68
−各研究所における試作品製作上における不備と改善の必要etc(C14011059900 5P〜)
の記載とかなりシンクロしてる感がある 特に連絡の不備に関するあたり
しかしあのデカブツはどれだけ他の計画の邪魔になったんだろう
人手も資材も限られてるのに技師20名(後で2人に減ったけど)に工員多数を機密保持の為とやらで非効率な働かせ方させて、ってな事を
戦車生産の要だった東京機器製作所でやった以上、相当な悪影響を及ぼした筈だ
原少将のオイ車初見学の時期がチヘ車の試作車体の完成とほぼ同じ(41年9月)って点からも何か気になる

99:名無し三等兵
16/03/03 20:11:38.46 gDD40HnT.net
sage忘れたよ… 今からやっても無駄だろうけど…

100:名無し三等兵
16/03/04 07:35:16.34 xdGqNULF.net
>>50
>ボッシュから手に入らなさそうだから今すぐ国産な!ラインは…頑張って
ならもしドイツ陸軍が、日本陸軍に代わって大陸打通作戦を発動していたらどうなりますか?
ドイツ陸軍だったら、大陸打通作戦なんてケチなものではなく、大陸消滅作戦になってましたか?
南京大虐殺とか性奴隷とか、日本軍は占領地の至るところで住民を苦しめたそうですが、
どうせなら中国人を「劣等人種」としてホロコーストしておけばよかったと思います。何しろ中国人絶滅収容所
が戦後もそのまま残ってしまうのだから、言い訳のしようがなくなり、侵略戦争の反省もしっかりしたものになり、
日中関係はずっと良くなってたはずです。それからもしできれば虐殺した中国人を潰して航空燃料を精製
すればよかったと思います。文句があるなら米軍はオーバーロード作戦を中止にして、中国戦線に派兵したらいいでしょう。
キングタイガーならもっと進軍できましたか? もっと大勢の中国人を殺戮できましたか?
四式戦疾風ではなくMe262が出撃してたら、シェンノートの在支14空軍は壊滅してましたか?
ウルツブルグレーダーと88ミリ高射砲があれば、防空は万全でしたか?
今からでもドイツ語を勉強してドイツ留学して、髪の毛染めてドイツ人になりすまし、こういう発言をしてみたい
と思ってます。「たかが中国チンピラゴロツキの3500万なんて取るに足らん。97式中戦車チハなんて、
あんなへっぽこな戦車モドキ、工業水準低いわー。わがドイツ軍のキングタイガー戦車だったら、
3500万どころか5億人皆殺しにして、中国に中国人は一人も居なくなってたはずだ!」
おい、なんとかいえよ、おい!

101:名無し三等兵
16/03/04 14:00:29.30 icqln6MG.net
デスクトップ版とスマホ版でスレに差が出てる?

102:名無し三等兵
16/03/04 20:00:36.79 pIvcO+/Q.net
>>96
サーバーが変わった関係だろかね

103:名無し三等兵
16/03/05 00:41:12.13 SF6ge1Mw.net
フランス製M1917C榴弾の事、詳しい人いたら語ってくれないだろうか?
1917年製なのに射程11.5km、重量2300kgと同時代の射程8km重量2800kgの4年式榴弾、戦間期に開発された射程12km重量4500kgの96式15榴弾よりも優れてる。
口径はm1917→19口径、4年式榴弾→12口径、96式榴弾→23口径である
十分な軽量性と射程を持っていて、高速かつ重量のある車両を運搬できる牽引車事態が少なかった日本にとって、わずか2.3トンでトラック牽引できる150榴弾は貴重な兵器だったと思う
まさにWW2で日本が求める理想兵器であり、アメリカでもこれは導入されてる
最大45度角までしかとれない、左右は+マイナス5度までしかとれない(96式は最大60度、左右15度まで)のが欠点だったが日本軍にとって軽さ+射程のハイブリッド性は正義だろう
ある意味求める理想兵器がすでに大戦の30年前に完成してるあたり、日本軍はWW1の時点ですでに近代化に頓挫していた。
はっきりいって多くの戦場で歩兵砲は機械整備と負担性もあって殆ど150榴弾の支援を受けれない状況で150榴弾を導入してない水準も同等だったが
日本向けの軽量重榴弾がとっくに販売されてて、またナチスも歩兵砲として150mm軽榴弾を配備してるあたりどうなのだろうと思う
牽引手段など的に1-2トンクラスを超えない兵器までしか運用できてなかったからとなるとドイツの150mm歩兵砲とか、M1917榴弾があればとか
それさえあれば


104:ナ悪徒歩集団の日本でも150榴弾の支援を受けれるのではと思ってしまう



105:名無し三等兵
16/03/05 00:44:53.49 SF6ge1Mw.net
軽い場合によっては馬車運搬できる150榴弾開発が難航するのではなく
そんな兵器がとっくにあったあたりどうもね
4年式と96式と切り替えてかつ両方中途半端だから普及しなかったとか、重くて軽々運搬できないから100mm榴弾と併用しないといけないだとか
M1917があれば榴弾砲の統一までのRMAはできなくても、150榴弾の標準化くらいは可能だったと思う
「日本軍には150榴弾の支援なしで戦線を維持できなかったが150榴弾は徒歩で運用できないから標準化できなかった」

「1917年に優れたm1917が整備されてアメリカですら導入して、さらにこれは古い時代に整備できたので量産問題も解決しただろうと」
どうもね


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