ヤンデレの小説を書こ ..
[bbspink|▼Menu]
39:同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576
07/02/26 17:37:19 OmIerb7I

眠り過ぎたせいか、頭に靄がかかっているようだった。

学校… 行きたくない…
午前7時。時計を見て最初に思ったのは、それだった。

行きたくない、というより、会いたくない。
昨日の視線を思い出しただけで、身体が震え頭がぐらぐらする。

今日は学校を休もう。
単なる逃げでしかないのは解っていたが、そう思うと少しは気が楽になった。
兄さんを起して、まだ具合が悪いって言おう。そう思った矢先、ノックの音が響いた。

「夏月、起きてる?」
朝が弱い兄さんがこの時間に起きているという事に驚いて、直に返事が出来なかった。
「…兄さん?」
「入るよ?」
わたしの小さな声に起きている事を確認した兄さんが、そっと部屋に入ってきた。

「どうしたの、兄さん? こんな朝早くに…」
「夏月の具合が悪いのに、ぐーぐー寝てられる訳ないだろ?
 それより、具合はどう?」
朝が弱い兄さんがわたしを心配してわたしの為だけに、無理して早起きしてくれた。
ぎゅうと胸が締め付けられるような喜びに、緩む頬を見られない様に俯いて小さく返事をする。
「ん… まだちょっと……」
兄さんに嘘を吐かなければならない事に、罪悪感で一杯になりながらも、
それでも今日は学校には行きたくなかった。

おでこに手を当ててきた兄さんは、熱はないみたいだね、と優しく言うと、
俯くわたしの頭を軽く撫で、横になるように促がす。
「昨日の今日だし、今日は学校休もっか」
にこりと微笑む兄さんに緩く頷く。
「ごめんね、兄さん」
迷惑かけて、ごめんなさい。心配かけて、ごめんなさい。嘘吐いて、ごめんなさい。

「夏月はそんな事、気にしなくていいから。朝ご飯作ってくるから、寝てな」
「あ、大丈夫、自分で出来るから。兄さんは自分の用意して? 学校遅れちゃう」
そこまで迷惑かけられないよ。
「だから、気にしなくていいって。どうせ金曜だし、僕も学校休むから」
「え?」
兄さんが学校を休む? わたしのために?

「夏月は何も心配しなくていいから、お兄ちゃんの言う事ちゃんと聞く事。解った?」
「…うん」
わざと怒ったような顔をしていた兄さんは、わたしが頷くとにっこりと笑って、
ご飯作ってくるからと部屋を後にした。

冷え切っていたわたしの心が、兄さんの笑顔に気遣いに幸せで温かくなった。


40:同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576
07/02/26 17:38:03 OmIerb7I

学校を休んで兄さんと二人きりで家にいられるという事が、わたしを落ち着かせ、
昨晩あれだけ寝たというのに、午前中はずっと微睡んでいた。

どこもかしこも兄さんとわたしの気配しかしないこの家は、わたしにとって最後の砦だ。
ここに居れば大丈夫。何も怖い事なんて、ない。

余り物で作った雑炊で簡単にお昼を済ませると、枕元に座った兄さんに甘えて、
膝枕をねだった。兄さんは嫌な顔一つせず、あんまり寝心地いいとは思えないけど、
と言うと優しく笑って膝を貸してくれた。

兄さんの膝に甘え微睡みながら、ふと思い出す。
「ねぇ、兄さん。兄さんは憶えてる?」
「何を?」
どこまでも優しくわたしの髪を撫でる兄さんの手に、うっとりと目を閉じる。
「わたしが兄さんを、兄さんと呼ぶ事になった出来事を」



双子であるわたし達にも、勿論兄と妹という概念はある。
しかし歳が違う兄妹とは違い、双子にはその感覚は希薄であった。
兄さんとわたしも当初は兄妹という感覚は希薄で、名前で呼び合っていた程だ。

それは兄さんとわたしが5歳の頃だった。
初めて母方の本家の集まりに、一家で参加した時の事だった。

そこにいた同い年くらいの女の子に、わたしは目を奪われた。
艶やかな長い黒髪は流れる様に真っ直ぐで、長い睫毛に色彩られた大きな瞳は
宝石の様に黒く輝き、小さな唇は薔薇色にすっきりとした頬は桜色に染まっていた。
誰もが見蕩れてしまうような、神様が創ったようなお人形のような女の子。
わたしは、ただただ見蕩れてしまった。

するとその女の子は軽やかに、まるで羽根でも生えているかのようにふんわりと、
12・3歳くらいの少年の元に駆けていった。
「お兄ちゃま!」
その女の子が少年に呼びかけた事で、二人が兄妹だという事が解った。
その後、二人がどんな会話をしていたのか記憶にない。
しかし二人がとても仲睦まじく、兄の少年が妹であるあの女の子をとても大事そうに
していた事が、強烈に記憶に残った。

本家の集まりから家に帰る車の中、わたしは父さんと母さんにお兄ちゃんが欲しいと
泣いて駄々を捏ねた。
わたしはあの女の子に、憧れていたんだと思う。
あの女の子が羨ましくて、あの女の子になりたくて駄々を捏ねた。

泣きくれるわたしに、父さんと母さんはお手上げだったらしい。
家に着く頃にはわたしも大分泣き止んでいて、夜も遅い事から兄さんとわたしは
早く寝なさいと子供部屋に押し込められた。
しゃくりあげながらも寝ようとしたわたしを、兄さんの小さな掌が止め、
促がされるまま二人して兄さんのベッドに座った。


41:同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576
07/02/26 17:38:51 OmIerb7I

「夏月は、お兄ちゃんが欲しいの?」
「うん。夏月、お兄ちゃんが欲しいの…」
兄さんに聞かれ、わたしはまた悲しくなった。
父さんも母さんも、お兄ちゃんはあげられないと言っていたのを思い出したからだ。

「ぼくじゃ、ダメ?」
「え?」

「ぼく、夏月のお兄ちゃんなんだよ?」
その時のわたしは、兄さんが言った事がよく解らなかった。

「ぼくと夏月は双子だけど、ぼくの方が先に生まれたから、
 ぼくは夏月のお兄ちゃんで、夏月はぼくの妹なんだよ」
「陽太が夏月のお兄ちゃん?」
「そうだよ。だから新しくお兄ちゃんなんて、いらないよ」
「陽太のこと、お兄ちゃんて呼んでいいの?」
「うん! 夏月のお兄ちゃんは、ぼくだけだよ?
 ぼくの妹も夏月だけだからね」
「うん! 夏月のお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけだね!」

こうしてわたしは、兄さんを兄さんと呼ぶようになり、それ以来わたしの中で、
兄さんはもっともっと特別で唯一の存在になった。



「憶えてるよ」
わたしが記憶をなぞり終わると、兄さんもまた思い出していたのか、その分遅れた
返事が優しく降ってきた。
「夏月があんまり泣くから、困ってさ… それで、悔しくなった」
「え? 悔しい?」
意外な兄さんの言葉に、閉じていた目を開いて兄さんを見上げる。

「夏月には僕っていうお兄ちゃんがいるのに、欲しい欲しいって泣いてるから、
 夏月が欲しがってる居もしないお兄ちゃんに、嫉妬した」
「…わたしの兄さんは、兄さんだけよ」
兄さんの言葉に呆然としてしまったけれど、咄嗟に口から出た言葉は、
偽らざるわたしの本音だ。

「僕の妹も夏月だけだよ」
あの時の再現のような、言葉遊び。
悪戯っぽく笑う兄さんのその言葉は、揶揄いが含まれているとしても、
わたしを甘く、どこまでも陶酔させる。

「兄さんがいてくれれば、それだけでいい…
 兄さん以外、いらない…」
火照る身体の熱を逃がすように、吐いた息と共にそっと呟く。


42:同族元素:回帰日蝕 ◆6PgigpU576
07/02/26 17:39:40 OmIerb7I

「珍しいね、夏月がこんなに甘えるなんて」
「ダメ? 兄さんはこういうの嫌?」
兄さんが嫌だったら、もうしない。甘えない。
「ダメじゃない、夏月だったらいいよ。だからそんな顔するなって」
そんな顔ってどんな顔だろう? と思いながらも、起き上がってしまったわたしを、
横になるように促がす兄さんに従って、膝枕に戻った。

「普段こんな風に甘えてくれないから驚いたけど、こういうのもいいね」
「ホント?」
「ホントにホント。夏月はさ、小さい頃からあんまり我侭とか言わないじゃないか。
 まあ、父さんも母さんも忙しいからって事もあるんだろうけどさ。
 いつも頑張ってるし、僕にだったら、もっと我侭言ってもいいんだよ?」
「兄さん… ありがとう…」

どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう…!
兄さんが好き、兄さんが好き、兄さんが好き!
誰よりも、兄さんが好き!


ピンポ――ン……

「あれ? 誰か来たみたいだ。夏月、ちょっと待ってて」
「うん」
来客を告げるチャイムの音に、名残惜しく兄さんの膝の上からどくと、
兄さんは慰める様に、わたしの頭にぽんと手を置きひと撫ですると玄関に向かった。

東尉君かな? あ、でもそれにしては時間が早いか…
勧誘か何かかな? 平日のこんな時間に居た事が、あまりないから解らないなあ…

あれ? 兄さん、誰かと話してる?
二人分の足音が、この部屋に向かって来ている。
やっぱり、東尉君だったんだ。今日は学校早く終ったのかなあ?

がちゃりとドアが開いて、わたしの愛おしい兄さんが入って来る。
そして…

「夏月、お友達がお見舞いに来てくれたよ。
 どうぞ、伊藤さん」


どうして? どうして?
ここは安全じゃなかったの?

どうして? どうして?


「夏月、具合どお? 心配したんだよぉ」


怖いよ、怖いよ、怖いよ!
昨日の視線よりも、今目の前で笑ってる、好乃の笑顔が、怖い、よ…


−続−

43: ◆6PgigpU576
07/02/26 17:40:57 OmIerb7I

以上、続きます。

>>1 乙です。
保管庫管理人さん、いつもありがとうございます。お疲れ様です。
数々のレス、ありがとうございました。

44:名無しさん@ピンキー
07/02/26 18:19:25 q39byBT/
>>43
GJ! 夏月のデレっぷりと好乃さんの忍び寄る病みが(・∀・)イイ!

45:名無しさん@ピンキー
07/02/26 21:57:04 zyiHHZzN
新スレが立ってるから来てみれば素晴らしい作品が投下されている…。
GJ!

46:慎 ◆lPjs68q5PU
07/02/27 00:01:54 TMZLf/lG
おうっいっぱい投下されてる・・・職人さんがたGJです。
前スレ埋めました・・・今回のはさすがに反省・・・
でもちょっとまってほしい。病院編は頑張る気なんです。
「みんな病んでる」
「病んでるけどドジッ子」
の二つを主眼に書いていきます。保管庫の方、前スレ291を「淳、昼休みにて」
として、淳シリーズとしてまとめてください。前スレ>>291のときに名前をつけず申し訳ない。
後もう一つネタだけはあるんですがさすがに追いつかない・・・
とりあえず受難書き上げます。

47:名無しさん@ピンキー
07/02/27 12:49:20 AIeNLagm
新スレでの連続投下、全ての神々にGJを

>>46wktkして待ってます

48:名無しさん@ピンキー
07/02/27 13:34:03 7lrNAGRh
>>「夏月、具合どお? 心配したんだよぉ」
思わず勃起しますた!

しかしキモウトはいいねぇ
まだ病んでないかわいい状態だけど泥棒猫の攻撃でだんだん病んでくるのかwktk

49:名無しさん@ピンキー
07/02/27 15:17:31 aBx8Gk3h
ここに投稿しようと思うけど、結局ヤンデレSSと嫉妬SSの違いは何ですか

流血沙汰は必須なのかな・・

50:名無しさん@ピンキー
07/02/27 15:27:00 TflrmxA/
>>49
簡単に言えば、嫉妬SSスレは女性同士(単独もか?)のやきもちや嫉妬、
もしくはそれによって起こる修羅場を描く。

ヤンデレSSスレはヒロイン単独でも複数でも成り立つ。
ヒロインが病みつつ、狂うほどに主人公を愛しているのならば。

流血は行動によって起こる結果であって、目的ではない。
よって、必須とは言えない。

51:名無しさん@ピンキー
07/02/27 15:38:35 TflrmxA/
ごめん。追加。

嫉妬SSスレ=嫉妬が必須。嫉妬・修羅場に重点が置かれる。
ヤンデレSSスレ=嫉妬が無くてもいい。ヒロインの狂愛に重点が置かれる。

52:名無しさん@ピンキー
07/02/27 16:13:51 LfItP5lF
難しいなぁ・・
狂愛と来たか・・

難題を抱えて作品を書くのはちょっと困難だぁ

53:名無しさん@ピンキー
07/02/27 16:38:22 TiFDd3k+
深く考えるな>>55
『やっちゃいけないこと』をヒロインにさせればいいんだ。

54:53
07/02/27 16:39:40 TiFDd3k+
>>52だ、スマソ

55:名無しさん@ピンキー
07/02/27 16:45:16 ciBdQby7
俺!?     


ってやりたかっただけ。今は後悔してる。

56:名無しさん@ピンキー
07/02/27 17:16:56 QKGh0bEG
八百屋お七みたいのもヤンデレかね?

57: ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:20:17 Quf4Ljbq
>>43
夏月の今後にwktk
勿論好乃さんも好きですよw

では上書き投下します。

58:上書き第9話 ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:21:19 Quf4Ljbq
 昨日のように、あるいは条件反射のように、加奈の視線を感じた瞬間俺は島村との距離を置いた。
 その一瞬の動作だけで俺の息は荒くなる、心臓の鼓動音が聞こえてくる、胸が破裂しそうになる。
 加奈の存在が、”いい意味”でも”悪い意味”でも俺の心をかき乱している。
 そんな俺の精神状態を覗き込むように加奈は笑顔を崩さないまま、相変わらずの光沢を失い黒々とした目を細めてくる。
「誠人くんのクラスの人に聞いたら”他の人と”どっかに行ったって言ってたから探したんだよ?勝手に行っちゃうなんて意地悪だなぁ」
「悪い加奈…」
「素直でよろしい!」
 表面上は何の変哲もないやり取り、いつもと違うところと言えば加奈の目が俺を凝視したまま笑っていないのと、加奈の笑顔が明らかに”貼り付けた”ものだという事だ。
 無理に笑顔を取り繕っているのが口元の僅かな痙攣から読み取れる、その動揺した様子が俺の中で一つの確信を生む。
 ”加奈が俺と島村の『距離』を見ていた”という確信を。
 そう、加奈はいつからかは分からないが少なくとも俺と島村が危うく”行為”に及びそうになったところは見ているはずだ、なのに…妙だ。
 加奈は昨日とは違って、偽りの笑顔を通したまま”その事”について一切言及してこないのだ。
 何事もなかったかのように、まるで、”自分が見た事”を全否定しその事実を直視しないかの如く。
 ”直視しない”と言えばもう一つ加奈には大きな異変があった事にようやく気付いた…加奈の奴、先程俺に話し掛けてきてからずっと島村の事を見てない。
 チラ見すらしない、視線は動かず真っ直ぐ俺の事だけを見つめてくる…恰も今この場にいるのは俺と自分だけで、”島村なんていない”と言い聞かせているように。
 そんな風に明らかに常軌を逸している加奈が足取り軽そうに、しかし地面をしっかり踏みしめるようにゆっくりと俺の下へと歩み寄ってくる。
「さっ、一緒に帰ろ!今日は誠人くんのお母さんいないからあたしの家に泊まっていかない?」
「ッ!な、何で加奈が俺の母さんの事を知ってるんだよ!?」
「さて何故でしょう?強いて言うなら、”恋人同士だから”かな?フフフ…」
 俺は露骨に動揺を示してしまった、それが加奈の怪しい含み笑いを引き起こす原因になってしまうと分かっていながら反応せずにはいられなかった。
 加奈の言う通り、母さんは今日何かの会のイベントで一泊の旅行に行っている。
 問題はその事を俺は一切口外していないのに何故加奈が知っているのかという事だ…まさか盗撮…って少し冷静になれ。
 俺が言わなくたって母さんは加奈の母さんである君代さんに言っているかもしれない、そこを通して加奈に伝わったと考えれば自然じゃないか。
 確かではないがそんな事は君代さんに尋ねればすぐ確認出来る、問題はそこじゃない。
 こんな単純な事を理解するのにこれ程の時間を有する今の”俺の精神状態こそが”問題なのだ。
 ただでさえ叫んで逃げ出したい状況なのに、加奈の巧みな言葉遣いに俺の思考は混乱させられている、正常な判断を下せずにいる。
 加奈を”元に戻す”と意気込んでおきながら、ミイラ捕りがミイラになってしまいましたじゃ話にならない。
 とにかく今は波を立てない、石橋は渡らない、それを肝に銘じなければ。
 加奈が”島村の存在”を直視していないという現状はかなりマズイが、幸い今はそれが非常に望ましい。
 加奈が島村への敵意を忘れているのならば”最悪の事態”には発展しない。
 このままこの場は潔く去って加奈を落ち着かせてからゆっくり心の緩和を進めて行けば良い。
「あたし、お母さんと最近お菓子作りを始めたから食べさせてあげるよ!」
「是非ともご馳走させて貰うよ」
 俺と視線を外さないまま俺との距離を詰め、さしのべてくる加奈の手を掴もうとする。
「人の事無視するなんて、結構な態度ですね」
「はい?」
 その手は空を切る、代わりに島村の言葉に踵を返した加奈の背中に触れる。
 その背中は少女のものとは思えない程俺には邪悪なまでに巨大に見えた。
 島村が…加奈に火を点けてしまった。


59:上書き第9話 ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:22:21 Quf4Ljbq
 先程まで俺だけを見つめていた加奈の目が島村へと向けられる、俺の時と違いメラメラと苛立ちが溢れているのが揺れる眼球から見て取れる。
 加奈にとって”島村の存在を認める事”と”俺と島村の『行為』を認める事”は同意義だから、動揺するのも頷ける。
 何て風に冷静に場を解説している場合じゃない。
「あっ…島村さん、いたんですか?」
「えぇ、あなたがここに来るより前から”ずっと”誠人くんといますよ」
 はっきりと加奈は今下唇を噛んだ、その証拠に加奈の下唇から血が滲み出ているのが確認出来る。
 滲む血は加奈の島村に対する憎しみを顕著に示している。
 それを島村も分かっているからか、分かっていないからかは分からないが、いつものように腕を組み余裕そうに加奈を見下ろしている。
 こんな具体的に口で出さず相手の腹を探り心を絞ろうとする女同士の緊迫した状況に、俺は立ち尽くすしかなかった。
 自分の無力さの程を思い知らされ欠片程のプライドが切り捨てられてしまう。
「それともう一つ、盗み聞きは人としてどうかと思いますよ?」
「なっ…」
「盗み聞き!?」
 思わず叫んでしまった。
 加奈の方を向いて更に叫びそうになるのを何とか堪える、加奈が島村の言葉に動揺している。
 動揺しているという事は………
「その様子から見て図星ですね」
 その問いの答えを一足先に答える島村。
「そこの壁からあなたの長髪が風になびいているのが見えましたよ?」
 島村は加奈が出てきた方向を指差しながら嘲るようにクスクス笑う。
 俺は全く気付かなかった、逆の方向を向いていたからな…ってちょっと待てよ。
 という事は島村は、加奈が見ている事を”知っていた”上で見せ付けてやるようにしたという事か…。
 とんでもない女だ。
 島村の理不尽な一方的な攻撃に防戦一方の加奈、目と目の間に皺をつくり渾身の力で島村を睨みつけている。
 加奈がここまで怒っているのは初めて…いや、最早”怒っている”とかいう次元の話じゃない。
 こんなにいがみ合っている人間同士を俺は昼ドラのドロドロ恋愛劇でしか見た事がない。
「あたしの駄目出しばかりしていますが、島村さんこそどうなんですか?」
「何がですか?」
「あなただって”今朝の騒ぎ”は知っていますよね?”あたしと誠人くんが付き合っている事”知っているんですよね?」
「その発言は盗み聞きしていた事の自白と捉えてよろしいんですね?」
「黙れっ!!!」
 長い沈黙がはしった。
 今まで一度だって聞いた事のない、こんなに大声を張り上げる加奈を。
 既に断崖絶壁に追い詰められたように息苦しくしている、事実今の状況はその通りなのだと思う。
 島村が「やれやれ」と呆れた感じで呟きながら手慣れたように眼鏡の位置を直した。
「あたしたちの仲を知っておきながら”邪魔”するなんて、酷過ぎるっ!」
 加奈の言葉に余裕さは欠片も感じられない、焦りと緊張で喋り方も思った事をそのまま言っているような感じだ。
「何をそんなにムキになっているんです?別にあなたと誠人くんの関係が強国なものであるなら私の事なんて気にする必要はないはずですよ」
 対する島村は俄然冷静な態度を崩さない。
 相手の言葉全てに反論出来ると言いたげな自信たっぷりの目が眼鏡越しに光っている。
「あたしたちの仲は絶対にこわれないわよ!ねっ?誠人くん!」
「あぁ!」
 突然話を振られた俺は反射的にそう答えてしまった。
 まぁそう言うつもりだったから別に問題はないが、自分がここまで緊迫していたという事を再確認し改めて驚いた。
 頭の中で必死に二人の一挙一動を整理する俺をよそに、即答した事を満足に思ったのか、加奈は”俺にだけ”純粋に微笑みかけた。
 そしてすぐに島村へと視線を戻す。
「ほら!あんたなんかじゃあたしたちの仲は壊せないのよ!」
 俺からの援護に心から喜び、束の間の勝機に打ち震える加奈。
 しかし、やはり”俺たち”は島村を侮っていた。
「確認を要しなければならない関係なんて、”ない”に等しいですね」


60:上書き第9話 ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:23:11 Quf4Ljbq
 多分”俺たち”は同時にキレた。
 島村に、”部外者”に自分たちの関係を否定された事にかつてない程に怒りが込み上げた。
 本来なら、俺は女である島村であろうと容赦なくその胸倉を掴み叫んでいただろう。
 しかし、加奈の素早く且つ不自然な動きに俺は見とれた。
 慣れたように胸ポケットから”何か”を取り出そうとしている加奈、そして、それの招待が分かった瞬間…
「誠人くん離してっ!」
 俺は加奈の腕を力一杯握り締めた。
 痛がっている加奈の様子に心を痛めながらも、俺は改めて加奈の手に握られている”物”が何かを確認し戦慄した。
 それは、何の変哲もない”カッター”、刃が出ていない為”今のところ”は殺傷能力ゼロだ。
 しかし、親指を数センチ上げるだけでそれは簡単に人を殺める凶器と化す。
 無我夢中で俺の腕を振りほどこうとする加奈を何とか押さえ付ける、もし今この手を離したら加奈は一体何をするというのだろうか…考えただけで背筋が凍る。
「こんな奴ッ!あたしたちの邪魔をするこんな人間をかばわないでっ!!!」
「落ち着け加奈!」
 俺が加奈を見るとその視線は別の方向、島村の方向を憎々しく見つめていた。
 俺もその方向に首を傾げると、俺たちのこんな様子をまるで楽しむように、滑稽に思うように島村はニヤついていた。
 その表情を見て理性を失いそうになるのを必死に抑える、今は加奈を何とかしなければならない。
「加奈、このカッターを離すんだ!」
「あたしは誠人くんがいればそれでいいのにっ!なのにこの女はっ!」
「やめろォ!!!」
 俺の声が響いた瞬間、加奈が視点が定まらない目をキョロキョロさせながら体だけ俺に向けてきた。
 「え?」という間の抜けた声と共にカッターが加奈の手から滑り落ちる。
 俺の発した大声によってより一層静けさが強調された体育館裏にカッターの落ちる音が響く。
 俺も、島村も、そして、加奈も、呆然とする中最初にこの沈黙を切り裂いたのは、
「あ…あ………あ…」
 加奈のうめき声だった。
 加奈が吐き気を催したように口に両手を当て、そこから加奈のうめき声が漏れる。
 俺だけを見ながらよろよろと後退りする加奈。
「加奈、どこ行く気だ?」
 俺への返答は依然変わらないうめき声だけだった。
 俺と徐々に距離を置いていく加奈、小刻みに全身を震わせながら、目に涙を溜め何か言いたげな様子だ。
 そんな加奈が発した言葉は、思わず意外と思ってしまうものだった。
「………ごめ…んなさ………い…」
 絞り出した言葉はかすれていた。
 その言葉を言い残すと、加奈は俺に背を向け走り出していった。
「加奈ッ!」
 呼び止めたがそんな俺の声を無視して加奈はどんどん先に行ってしまう。
 しばらく呆然とした後追い掛けてみたが、加奈が出てきた壁の分かれ道の左右どちらにも加奈の姿は確認出来なかった。
「加奈…」
 何度も呟く、そうすれば戻ってきてくれる気がして…。
「誠人くんはあの人のどこが好きなんですかね?」
 そんな俺の期待虚しく、背後から聞こえたのは島村の声だった。
 その透き通るような声で先程俺たちに”何を”言ったのか思い出して無性に腹が立った。
 島村の言葉を無視し、加奈が放置した加奈の鞄を拾い上げると、島村に俺自ら近寄る。
 ちょっと勢いをつければすぐに接触してしまう程近寄った、それ程の距離で行ってやらないと気が済まない。 「何か?」と言いたげなとぼけた表情の島村に俺は思い切りその想いをぶつけてやった。

「今度加奈を侮辱するような事言ったら殺すぞ」
 自分でも驚いた、まさか俺の口から”殺す”なんて言葉が出るとは。
 しかし、俺は軽はずみでそんな事は絶対言わない、だからこれは本心なんだろう。
 吐き捨ててやった後はさっさと島村に背を向ける、この女の顔を一秒でも見ているのはご免だった。

「加奈さんを侮辱してやった時のあなたの顔、格好良かったですよ」



61:上書き第9話 ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:24:10 Quf4Ljbq
 昨日加奈と抱き合った時のように陽が僅かに覗く、そんな夕方の道を俺は一人で歩いている。
 周りには誰もいなく、小鳥のさえずりが聞こえてくる程静かだ。
 あましにも静か過ぎて自分の存在が一人浮き、より一層”孤独”である事を思い知らされる。
 今までは加奈と一緒にいたから、加奈と一緒に歩いたから、加奈と一緒に笑い合ったから、寂しさなんて感じなかった。
 しかし、こうして初めて加奈のいない帰路を踏みしめて俺は孤独感を痛感している。
 加奈の存在がこんなにも大切だと分かり切っていた事を再確認する、そして先程自分が加奈にしてしまった事を思い出し拳を握り締めた。
 ”あの状況”ではああするしかなかったとはいえ、加奈の気持ちも考慮したもっと上手い対応が出来なかったのかと反省と自問を同時に行う。
 加奈は俺が好きなだけだ、ただそれがいき過ぎているだけ…いや行き過ぎるなんてある訳ないかと一人で笑った。
 加奈からの愛情なら腹を壊してでも全て頂く、どんなに歪んでいても”加奈からのだから”構わない。
 こんなにも好きなのに、何が噛み合わないのだろう…?
 まぁその答え探しは今度に回そう、今は加奈に謝りたい思いで一杯だった。
 きっと家に寄っていったら喜ぶに違いない…俺は”この事態”を楽観視し過ぎていた。

 陽はとっくに沈み、街灯が灯り始めた頃、俺はようやく家に着きそうになった。
 自分の家と加奈の家と先にどっちに行くか迷いながら向かい合っている二軒を見渡すと、遠くからではっきりしないが人影を発見した。
 特に気にはしないつもりだったが、明らかにその人影がこちらの存在に気付くと手を降ってきたのを確認して気が変わった。
 少々足早に歩を進めていくと、次第に何か言っている声も聞こえてきた。
 その声と、その内容を理解した瞬間、同時にその人影の招待も分かった。
「誠人くーん!」
「君代さん!」
 まだ顔ははっきりとしないが、この声で俺を名前で呼ぶのは加奈の母さんである君代さんだけだ。
 君代さんとの遭遇で寂しさが紛れたなと安堵していると、君代さんが突然催促し出す。
「誠人くん、早く来てーっ!」
 あの穏やかな君代さんが俺を急かすというのは中々ない事だ。
 不思議に思い、近付いてみて驚いた、君代さんの顔が困惑と焦りに満ちていたからだ。
「君代さん、どうしたんですか?」
「誠人くん、それが加奈が!加奈がっ!」
 鬼気迫る君代さんの表情、それがこの周りで起こっている事態の深刻さを示している。
 普段の君代さんからは考えられない程の慌て様に俺にも緊張がはしり、冷や汗が頬につたわった。
「落ち着いて下せず!一体何があったんですか!?」
 そう言いながら君代さんの両肩を掴む、自分が思った以上に早口だったのは、俺自信も焦りを隠せないからだ。
 さっき君代さんが呼んだ名前…加奈に何が起こったのか、気にならない訳がない。
 ただでさえさっきまでなし崩し的に半ば喧嘩別れのようになって加奈を見失ってしまったのだ、責任を感じる。
「加奈が部屋に閉じ篭ったまま出てこないのよ!」
「!」
 俺は一瞬にして現実の残酷さを思い知らされた。
 俺は考えるよりも先に走り出した、多分本能的な行動だったと思う。
 鞄を放り投げて、君代さんが何か言っているのも全て無視して加奈の下へと急いだ。
 走りながら後悔や責任や使命感といった様々な感情が俺の中を渦巻く。
 どうして”こうなる事”を予期出来なかったのか、思慮の浅い自分をこれでもかという位呪った。


62:上書き第9話 ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:25:07 Quf4Ljbq
 今日は朝から”異変”だらけだった、それこそ数え切れない位、日常がねじ曲がる位狂っていた。
 そんな限りなく非日常に近い日常に身を置いていたから、感覚が麻痺してしまっていたんだろう。
 それが、加奈がさっき小声でうめきながら去っていき”俺と一緒に帰ろうとしない”というのが”おかしい”事だという事に気付かせなくした原因なんだと理解した。
 しかし、”感覚が麻痺していた”事だけが今の事態への引き金になった訳ではない、それ以上にもう一つ最大の要因がある。
 あの時、加奈がうめきながら俺に何かを絶望したような視線を浴びせてきた時、その目には間違いなく”正気”が宿っていた。
 行き過ぎる事のない…まぁ繰り返し言うが”行き過ぎの愛”なんて存在しないが、そんな純粋に人を、俺を愛している時の目だった。
 俺に対して”上書き”しようとする時の目じゃない、鮮やかな色で彩られた美しい目をしていた、”だから”だ。
 そこだけが俺が微かに記憶の底にある”日常”の風景だったから気付けなかったのだ。
 つまり、俺が戻そうとしたのは”狂気に満ちた加奈”であって”正気の加奈”ではない、だからあの時の”正気の加奈”に対して危機感を感じなかったのだ。
 そして、ここまでに探り当てたピースを合わせて一つの結論が出た…”加奈は正気と狂気の間にいる”。
 正気と狂気が混合しているのだ、この状態の時は非常に危ない。
 正気だけなら純粋、狂気だけならそれもまた純粋、しかし”二つ”が混ざったらどうなる?
 単純にプラスにマイナスを乗法して”マイナス”という訳にはいかないだろう。
 ”相反する二つの明確な目的”が衝突した後の結末………これはあくまで推測でしかないが、”本来の目的”を見失う事になりかねないと思う。
 具体的に何が起こるのかは想像すら出来ないが、少なくとも”加奈の幸せ”が実現するとは思えない。
 それだけは防がなければ、加奈が誤った判断で自ら”幸せの可能性”を潰してしまったら何もかもが水泡にきしてしまう。

 何が起こるか分からないのに、目処さえつかない未来の未然防止の為だけに俺は加奈の下へと急ぐ。
 恐ろしい程思考が働く事に僅かに自分も”おかしく”なったなと失笑しながらひたすら走った。
 許可もなく加奈の家のドアを乱暴に開け、靴を乱雑に玄関に放り出した。
 昨日来たのにまるで別世界かのように暗い家屋内を徘徊し、加奈の部屋へと通じる階段を駆け上がる。
 焦れば焦る程息が絶え絶えになり、十数段上の二階が遥か彼方に感じる。
 焦れったくなる中二階へと到達し、すぐ横にある加奈の部屋のドアを躊躇なく開けようとする。
 しかし当然のようにそこには俺の侵入を拒む鍵がかかっている
「加奈っ、俺だ!」
 焦りが募り乱暴に部屋のドアを叩く、しかし返事は返ってこない。
 その事が俺の心を引き裂く、”加奈が俺を拒んでいる”ような気がして。
 しかし今の俺はかなり行動的になっていて、傷付いている暇なんてないと割り切りすぐさまドアに体ごとぶち当たる。
 さすがに一回じゃ開かないが高校男子の力だ、徐々に感触を掴みかけたと思った瞬間固く閉ざされたドアがとうとう開いた…そして、”その先”の光景を見て、初めて自分の加奈だけの為の躊躇ない行動に自画自賛したくなった。
「加奈ァー!」
 俺は幽閉されたように黙りこくって”ある事”をしようとしていた加奈の腕を掴んだ。
 その衝撃で、一糸纏わない加奈の腕から鋭く輝くカッターが”あの時”のように床に落ちた。
 落ちたカッターを瞬時に拾い上げ、刃をしまうと自らの懐にしまう。
 一時的な危機回避に一瞬の安息を得る、そしてその部屋の有り様を見て動悸が激しくなるのを感じた。
 昨日見た部屋とは比べようもない、本当に同じ場所なのか疑いたくなる。


63:上書き第9話 ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:25:51 Quf4Ljbq
 規則正しく並べられた書物は殆どが本棚から投げ出され床に散乱している、水玉の布団は無惨に引き裂かれ、机の棚は何かを漁られたかのように全開になっていた。
 そして最も驚くべき事は加奈の制服を俺が踏んでいるという事…そう、加奈は服を一枚も着ていないのだ。
 もしこんな荒れ果てた場でなければ、小さな膨らみの先にある更に小さな山を思わず見てしまうところだった。
 まだまだ幼い体に目を取られそうになるところで何とか煩悩を吹き払い、加奈の目を見る。
 加奈も俺を見つめている、いきなりの来訪者に驚いている様子だ。
 という事は俺が部屋に入ってきたところで俺の存在に気付いた、つまり俺が部屋を破ろうとしていた時には”加奈にはその音が聞こえていなかった”、それ程なまでに”一つの事”に熱中していたという事に恐怖を覚えながら加奈に問い掛ける。
「加奈、今何しようとしていた?」
「何って、”いらない物”を捨てようとしていたんだよ」
 加奈は微笑みながら自分の左腕を指差した。
 そう、俺が部屋に入った時見た光景とは…加奈が自らの左腕にカッターを添えているというシーンだった。
 今思い出すと身震いがした。
 俺を見上げ微笑む加奈の笑顔が、”俺の為に”必死に頑張って作っているものだという事に何となく気付き胸が苦しくなる。
「ごめんね…誠人くん」
「何で謝るんだよ?」
「だって、あたしが”欲張り”だから」
 加奈の笑顔がみるみる内に崩れていく、その事に罪悪感を感じつつ、加奈の言っている意味の解読に俺は必死になっていた。
 加奈が謝っているのは島村にカッターをつきつけた事か?
 しかしそれは俺に謝るべき事じゃない…考える俺をよそに、加奈は俺を見つめ続けている、その目は”正気”、しかししようとしていた事は”狂気”、俺の恐れた事態にやはりなっていた。
「あたし…”あの時”…誠人くんがあたしに怒鳴ってきた時分からなかったんだ…」
「分からないって、一体何がだよ?」
「島村さんには怒らないのに”あたしにだけ”怒った理由…」
 その言葉が深く、深く俺の心に突き刺さる。
 加奈に言われて思い出した、俺は”加奈にしか”怒らなかった、いや正確には加奈はそう思っている。
 島村の侮辱的な発言に俺はキレかけた、でも加奈も同時にキレたからそれを防ぐ為に俺は加奈に”自分が島村に怒っている”事を見せられなかった。
 加奈に”あんな顔”をさせたのは俺のせいじゃないかと理解し、この場から消えたくなった。
 何も言えない俺をよそに、加奈は続ける。
「でも部屋で考えて分かったんだ、あたしが”欲張り”だからいけなかったんだって。”誠人くんがいてくれれば”他に何もいらないとか言っておきながら、”誠人くんを独占する権利”まで欲していたあたしが悪かったんだよ…」
 加奈が言っているのはきっと今朝の”あの紙”の事だと思った。
 あれは加奈が俺を独占しようとした心の象徴だから。
「あたし”誠人くん以外のものは何もいらない”、本も服も友達も何もいらない!だから色々と”捨てた”けどまだ足りない気がして…」
 ここまできてようやくこの部屋の有り様と加奈の姿の理由を理解した。
「だから”あたし自身”も切り捨てようと思ったの…誠人くんがいればあたしは…誠人くんがいないと………”生きていけないよ”!何を捨てても構わない、だから誠人くんだけにはどうしてもいて欲しいの!好きなの!好きなんだよ!」
 目の前で必死に涙を堪えている加奈を前に、俺は抱き締めたい衝撃を抑えきれなかった。
 裸の加奈の小さな体を力一杯抱き締める、その体は柔らかくて、良い匂いがして、愛しくて………ここまで自分を愛している少女を危うく自滅させてしまうところだった自分自身への怒りで頭が爆発しそうになった。
 それを堪え、加奈に優しく囁きかける。
「ごめん…こんなになるまで………俺が…」
 俺の謝罪に、俺の胸に顔を埋めていた加奈が瞬時に顔を上げる。
 その顔は嬉しそうな悲しそうな…”人間味溢れる”ものだった。
「謝らないで!あたしが…」
「もう…思い詰めないでくれ…!」
 更に加奈を抱く力を強くし、加奈の言葉を封じる。
 驚きながらも加奈は、かつてない程安らいでいる表情をしていた。
 そんな加奈に俺は言い放った。
「加奈、”今日母さんいないから”、俺ん家来ないか?」
 俺はどういうつもりで言っているのだろうか…分からない。
 しかし少なくとも…
「うん…」
 一瞬驚きながらも加奈の面した小顔でこくんと頷いた様子を、俺は”了承”と受け取った。


64: ◆kNPkZ2h.ro
07/02/27 18:27:58 Quf4Ljbq
投下終了です。
とりあえず次回で最後になると思います。
最後なんでもう一度だけ選択肢つける予定です、では。

65: ◆dkVeUrgrhA
07/02/27 18:58:47 TiFDd3k+
GJ!…って、えー!?
最後で選択肢ですか!?
つまりは三択で、
1:世間一般でいうハッピーエンド
2:このスレ的ハッピーエンド(心中)
3:ほのぼの純愛エンド(島村さんの復讐)
か!?

66:名無しさん@ピンキー
07/02/27 19:31:49 LYIjrxYL
>>64
GJ!とうとう自分さえも壊し始めた加奈可愛いよ加奈
二人がどんな結末を迎えるのか……
しかし島村さんの反撃も期待している俺ガイルw

67:名無しさん@ピンキー
07/02/27 20:55:45 YYAdv7RY
こんなにワクワクするなんて何年ぶりだろ・・・・それはそうとGJ!

68:名無しさん@ピンキー
07/02/27 21:10:50 C2CowERc
GJ!もう終りか…って選択肢アル━(゚∀゚)━ヨ!

69:名無しさん@ピンキー
07/02/27 22:02:33 PKuCcyJr
GJ!!って微妙に誠人も狂ってきてね?

70:名無しさん@ピンキー
07/02/27 23:59:55 ZCsRHVK/
加奈と誠人には幸せになってほしいです。島村はどーでもいい。

71:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/28 00:34:34 xK/FxZZe
以前描いた絵を使ってちょっと実験
URLリンク(p.pita.st)
VGA画像を携帯でうpして貼り付け。携帯では見れないサイズになってるんだが、PCだとどうなって見えるか教えてくれまいか。

72:名無しさん@ピンキー
07/02/28 00:35:10 JAnAE6a4
ぐっじょぶ(*´ρ`*)
個人的には、島村さんの恐ろしさをじっくりと堪能したいです。

73:名無しさん@ピンキー
07/02/28 00:36:32 JAnAE6a4
>>71
>作成者様がPCからの観覧を拒否しております。
>お手数ですがお手持ちの携帯端末でアクセスしてください。

こうなっちゃってて見れませんOTL

74:名無しさん@ピンキー
07/02/28 00:45:49 ZQkXrt0l
>>71
そういうロダに貼るとだいたい小さいサイズに変換される

75:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/28 01:06:06 xK/FxZZe
重ね重ねすまない
こっちだとどうだろう?
URLリンク(imepita.jp)

76:名無しさん@ピンキー
07/02/28 01:08:07 QyMZTwWI
殺人だとかそういう血生臭いのもいいけど、別の方向に女の子が壊れていくのもよいかな
精神崩壊とか幼児化とか自傷とか

77:名無しさん@ピンキー
07/02/28 01:08:27 GBft8iOs
>>75
PCからだと大きく見える

78:伊南屋 ◆WsILX6i4pM
07/02/28 01:11:35 xK/FxZZe
>>77
おk。分かったありがとう。どうやら今まで使ってたので良かったらしい。
んじゃ次以降はVGAで画像うPします。

79:名無しさん@ピンキー
07/02/28 01:48:29 GBft8iOs
短編投下します

80:倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs
07/02/28 01:49:30 GBft8iOs


 1851年現在、ユーリ・ハルフォードについて詳しく知る人物は、実のところただの三人しか
いなかった。
 即ち―
 彼の父、モーフィン・ハルフォード。
 彼の母、アリシア・ハルフォード。
 そして家事使用人のキャロルの三人だ。
 ハルフォード家は大きくもなく小さくもなかった。土地と、金と、権力と。必要なものは必
要なだけ持っていた。徐々に没落するものが目立ち始めた時期において、むしろ淡々と続くハ
ルフォード家は安定していたといってもいいのかもしれない。モーフィンは偏屈な人間で、偏
屈がゆえに古きも新しきも嫌っていた。そんな彼だからこそ、時代の流れについていけたとい
うのは皮肉としかいいようがないのだろう。
 モーフィンはメイドたちから陰口を叩かれようが、執事たちから疎まれようが一切気にしな
かった。それどころか、自身の妻が不義を働いていることを知りながら、放任している節さえ
あった。彼が何を思っていたのかは、彼自身しか知りえないし―ひょっとしたら、彼すらも
自身のことをよく分かっていなかったのかもしれない。
 が、それらは全て詮索に過ぎない。この物語の主人公は、彼のたった一人の子ども―ユー
リなのだから。
 ユーリ・ハルフォードについて知るのは、たったの、三人だけだ。
 なぜならば―妻にも使用人にも何一つ命令しなかったモーフィンが、ただ一人だけ命令に
よって縛ったのがユーリなのだから。自身の子供に対して、モーフィンは硬く命じた。
 部屋から出るな、と。
 彼が家族に対して望んだのは、それだけだった。
 望んだのはそれだけで―それが故に、広い部屋から一歩たりとも出ることなくユーリは育
ったのだった。部屋を訪れるのは、父と、母と、専属メイドのキャロルのみ。育つにつれてま
ず父が寄り付かなくなり、それから母が遠退いた。九つを迎えるころには、ユーリの元に訪れ
るのはキャロルだけになった。

 閉ざされたユーリの世界にいるのは―キャロルだけだった。



81:倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs
07/02/28 01:50:02 GBft8iOs

「ユーリ様、失礼します」
 いつもと寸分変わらぬ時間に、ノックと共に木製の配膳台を押したキャロルがやってくる。
窓の外は昼間だというのに薄暗い。やむことのない雨が、雨樋にぶつかっては垂れていった。
分厚い灰色雲に切れ目はなく、どんよりと暗い空はどこまでも続いていた。
 晴れる気配のない、陰鬱な天気だった。
「…………」
 天蓋つきのベッドに横たわったまま、ユーリはその空を見ていた。雨の降り落ちる灰色の
空。見ても面白いものは何もないだろうに、それ以外に見るものはないかのように、ただ空
だけを見ている。部屋へと入ってきたキャロルを見向きもしない。
 視線の先にあるのは、雨の空。
 九年間そうしてきたように―じっと、窓の外だけを見ている。
 鳥の飛ばない、雨の空を。
「お食事をお持ちしました」
 配膳台を部屋の中にいれ、キャロルはきちんと振り返って扉を閉めた。丁寧に丁寧に閉め
られた扉が、それでもぎぃ、と幽かに音を立てた。雨で木が軋んでいるのかもしれない。部
屋よりも廊下の方が壁が薄いのか、雨の音が強く聞こえた。
 扉が閉まりきると同時に、雨音が僅かに薄まった。
 部屋の中にはユーリとキャロルしかいない。二人が何も喋らない以上、そこにはただ沈黙
があるのみだ。その沈黙を蝕むように、雨音が忍び寄ってくる。部屋の中に雨が降っている
かのように錯覚してしまう。
 それでも、ユーリは雨が好きだった。雨の音が好きだった。
『外』の音を、全て洗い流してくれるから。
 世界にはこの部屋しかないように思えるから―ユーリは、雨音が好きだった。
「…………、」
 音のないため息を吐く。何かに疲れているわけでも何かに呆れているわけでもない。ごく
自然に、癖のように吐息は漏れた。
 しいて言うのならば―生きるのに疲れているのかもしれない。
 音もなく絨毯の上を配膳台が進む。ユーリはようやく気だるそうな仕草で振り返った。ネ
グリジェのような薄く布を重ねた黒服が、ベッドの上でかすかに衣擦れの音を立てる。生ま
れてから一度もきったことのない黄金の髪が、白い毛布の上を滑る。
 振り返った先にいるのは、配膳台を運ぶキャロルだ。まだ若い、ぎりぎり少女と呼んでも
差し支えない顔立ち。短く切った黒髪は両脇に撥ね、ヘッドレスでまとめてある。フリルの
少なく裾の長い、観賞よりは実用を主としたメイド服。絹の手袋を嵌めた手で、配膳台をベ
ッドの脇まで運ぶ。


82:倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs
07/02/28 01:51:00 GBft8iOs

「どうぞ」
 無表情のままに、キャロルは台の上に食事の用意を済ませる。その様を、ユーリはあくま
でもベッドに横になったまま、気垂い眼差しで見つめている。鎖骨がはっきりと見えるほど
に痩せているのは、満足に食事を取らしてもらえないからではなく―満足に食事を取る気
がないからだ。
 ゆっくりと朽ちていくことを選ぶように、ユーリは、積極的に生きようとはしない。
「……おなか、すいてない」
 いつものように、ユーリは食事を拒否した。身体を起こすことさえしない。冷めた目で、
冷めた料理を見遣るだけだ。
「困ります」
 いつものように、キャロルは率直に答えた。眉一つ動かすことはない。下腹の前で両手を
揃え、礼儀よく立ち尽くしている。
 どこまでも―いつもと変わらないやり取りだ。
「…………」
 ユーリは長い睫を伏せる。頭に浮かぶのは、『誰が困るのだろう』という問いだ。父が困
るのか。母が困るのか。それとも、キャロルが困るのだろうか。幾度となく疑問に思っても、
その問いが実際に口から出ることはなかった。
 そう、とだけ端的に答えて、ユーリはようやく身を起こす。ベッドの上をもぞもぞと動き、
膝から下だけをベッドから下ろした。身を起こしているにも関わらず、毛布の上に髪が届く。
服の乱れを直そうともせずに、ユーリはキャロルを見上げた。
「食べさせて」
「―はい、ユーリ様」
 彫像のように立ち尽くしていたキャロルは、ユーリの一言で動き出した。配膳台の二段目
から銀器を取り出す。ナイフ、フォーク、スプーン、それぞれが数種類ずつ。それらを全て
決められた手順通りに並べ、外側から使用していく。決して手を使おうとはしない。パンす
らもナイフで切り、ユーリの口元へと運ぶ。
「ん」
 食べる方であるユーリもまた、一切動こうとしなかった。口を開けて、閉じるだけ。身を
乗り出そうともしない。餌を待つ雛鳥のように口を開け―開いた口にキャロルが銀器をそ
っと差し込み、口を閉じる。その際にも会話は一切ない。無言のまま食事はつつがなく進み、
時折かちゃ、と銀器と皿が触れ合う音だけが響く。
 半分ほど食べた所で、
「もう、いい」
 とユーリが言い捨てた。初めからそれを知っていたかのように、滞ることなくキャロルは
銀器を片付ける。もう食べないんですか、とも、もう少し食べないんですか、とも言わない。
無表情のままに、ユーリの言うことをきくだけだ。
 拒否も、承諾もない。
 それが―全てだと、キャロルの態度が物語る。


83:倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs
07/02/28 01:51:33 GBft8iOs

「歯、みがいて」
「はい」
 頷き、キャロルは配膳台の横をすり抜け、ユーリの前に膝立ちになる。ベッドに座るユーリ
と、床に膝立ちになるキャロルの目の高さが同一になる。ユーリの両脚の間を割って入るよう
に、キャロルは身体を寄せた。近寄る身体を、ユーリは手を伸ばして受け止める。キャロルの
脇の下に手を回し、細い腕で抱き寄せる。
 倒れないようにベッドに手を置き、キャロルはユーリへと身を寄せて―そのまま唇を重ね
た。粘液の触れ合う音が雨音に混じる。紅もひいていないのに、薄紅色に染まる唇が、キャロ
ルのそれに覆われる。
 ユーリは引かない。目を閉じることもすらしない。睫の触れそうなほどに間近にあるキャロ
ルの目を、じっと、じっと見つめている。
 目を逸らすように―視線から逃げるように―キャロルが瞼を閉じた。舌先で唇を押し分
け、ユーリの口内へと舌を侵入る。唾液を帯びた舌が、小さなユーリの口内を蛇のようにのた
うつ。
 舌先が求めるのはユーリの舌ではない。並びのいい、白く耀くユーリの歯だ。歯茎の奥から
なぞるようにして舐め上げる。食事でついた汚れを、キャロルは丹念に拭っていく。愛撫です
らない、ただの日常行為。
 ユーリは冷めた目で、感慨なくその行為を見つめている。自身の口内を蹂躙されても眉一つ
動かさない。ずっと続けてきた行為を、ただあるがままに受け止めている。
 退屈交じりに、ユーリは舌を動かした。歯を舐めるキャロルの舌を、自身の舌先で軽くつつ
く。
「、んん……」
 微かな、けれど確かな反応があった。抱きしめていたキャロルの身体がわずかに震える。無
表情であることに変わりはない。けれど、かすかに頬が紅潮しはじめていた。
 これからの行為を、楽しみに待つかのように。
「――」
 その様を、瞼を閉じることなく見つめながら、ユーリはさらに舌を動かした。『歯を磨く』
という仕事をこなそうとするキャロルをからかうように、ユーリの舌先がつん、つん、とつつ
いていく。舌を絡めては仕事にならないと思っているのか、キャロルはそれに抗うこともでき
ず、なすがままに受け入れる。
「う……、ん、ぁ……」
 唇の端から押し切れない声が漏れる。キャロルは舌を絡ませまいとしているのに、ユーリの
舌はなおも大胆に絡んでくる。それから逃れ歯をなぞろうとするものの、その逃げる動きのせ
いで舌同士がこすれあい、雨のような水音をたてる。ぺちゃり、ぴちゃりと口から唾液が泡立
つ音が耳に響く。一筋の唾液が、糸を引いてベッドの上へと落ちた。


84:倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs
07/02/28 01:52:58 GBft8iOs

「ユ、ユーリさま……」
 口を離したとき、キャロルの瞳はこれ以上なく潤んでいた。毎日毎日、一日三回これが行わ
れているのだ。パブロフの犬のように、条件反射を仕込まれてもおかしくはない。それでも無
表情たらんとするのは、彼女が、自身はメイドであると心がけているからなのだろう。
 そのことに対して、ユーリはいつも何も思わなかった。
 手を伸ばせばキャロルがそこにいる。呼べばいつでもくる。それで十分だった。
 けれど―この日は、違った。
 常ならばすぐに離す手を、ユーリは離さなかった。抱きしめたまま、キャロルの身体を離そ
うとしなかった。
「……ユーリ様?」
 そのことを怪訝に思ったのか―表情には出さないままに―キャロルが首を傾げる。それ
でもユーリはキャロルを話さない。
 手を伸ばせば届く。
 呼べば来る。
 それだけでは嫌だと、この日、初めてユーリは思ったのだ。手を伸ばさなくても触れ合って
いたいし、呼ばなくてもずっといてほしいと、そう思ったのだ。
 いや。
 ずっと―思っていたのだ。この日、初めてそれを実行しただけで。
「ねぇ、キャロル?」
 抱きしめたまま、間近で瞳をのぞき込みながら、ユーリは言う。教会の鈴のように高い声。
雨音に満ちた部屋の中に、その声は静かに響き通る。
 いつもと違う声色に、キャロルの顔がこわばった。
 数年間、ずっと『いつも』を続けてきた。それが今、ゆっくりと、音を立てて崩れようとし
ていた。
「キャロルは―」
 キャロルと自身の唾液に塗れて光る唇で、ユーリは言う。
「―ボクのものだよね」
 言って。
「あ、―」
 ユーリは、抱きしめていたキャロルの身体を引き寄せるようにして身体を後ろに倒した。捕
まれたままのキャロルの口から声が漏れ、そのままベッドになだれ込む。
 気付けば。
 薄布一枚を着る主人を―メイドが押し倒すような、図になっていた。
 実質は逆だった。下に組み伏せられているユーリが、組み伏せているキャロルを支配してい
る。下から覗き上げる瞳に見竦められて、キャロルは何もいえない。
 ユーリはそっと、キャロルの片手を上から握る。そのままそっと、スカートの中へと誘導さ
せる。スカートの下に、何もはいていないユーリの股間に、キャロルの手が添えられる。
 そこにある、幼くしてそそり立ったものを、キャロルに握らせて。

「ボクだけのものに、なってくれる?」

 微笑みと共に、そういった。


85:倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs
07/02/28 01:53:38 GBft8iOs

「…………」
 キャロルは答えない。沈黙するキャロルの手は、それでもユーリからは離れない。それを確
認して、キャロルの手を誘導したユーリの手が、ゆっくりと上へとあがっていく。キャロルの
手を伝うようにして上へ昇り―メイド服のスカートの中へと侵入りこむ。丈の長いドロワー
ズは、布の上からでも分かるくらいにぐっしょりと濡れていた。
 汗―ではない。
 雨、でもないだろう。
 濡れていることを確認して、ユーリは少女のように微笑んだ。ゴムを押し分けてドロワーズ
の中へと手を入れ、濡れた秘所をユーリは指先でなぞる。組み伏せている側の身体が頼りなげ
に震える。
 満足げに笑って、ユーリは言う。
「嫌なら、やめる?」
 笑みの混じる問いかけに、キャロルは誰からも虚勢と分かる無表情を意地したままに―首
を、横に振った。
「そう」
 答えて。
 ユーリは、中指を―思い切り、差し込んだ。
「―――ぅあ!!」
 無表情を割るようにして声が出た。嬌声よりも、悲鳴に近い声。九つの細く短い指とはいえ、
何の前触れもなく、勢いに任せて差し込まれたのだ。十分に濡れていたから痛みはないとはい
え―衝撃だけはあますことなく伝わっていた。
 身体を支えていた手から、力が抜ける。
 がくがくと震えながら、キャロルの身体がユーリに折り重なる。それでもユーリは指をひき
引き抜かない。第二間接まで差しこみ、先でぐりぐりと肉を押し分けながら、ユーリは言う。
「ね、キャロル。ボクだけのものに、なってくれる? 答えてよ」
「こ、こたえ、答えます、から―」
「早く」
 ぐい、と一際強く指が動かされる。ひぁ、とキャロルの口から吐息が漏れ、腰ががくがくと
震えた。まるで押し倒して腰を突き入れているように見えて、ユーリはくすりと笑ってしまう。
 のしかかるキャロルの体温を感じる。
「答えて、ね?」
 指を止めて、ユーリは問う。
 キャロルは、露に濡れる瞳で、ユーリの瞳を覗き込んで。

「はい―ご主人様」

 そう、頷いた。
 この日、初めて―ユーリはキャロルを抱いた。


 十歳の、誕生日だった。

 


86:倫敦に雨は降る ◆msUmpMmFSs
07/02/28 01:54:39 GBft8iOs


 夜になっても雨はやむことはなく、むしろ一層その強さを増していた。遠くで時折雷が落ち、部屋の中を轟音と共に白く染めた。
 だから、気付かなかった。
 ノックの音にも、扉が開く音にも―ユーリは気付かなかった。
 気付いたのは、「ご主人様」とキャロルが声をかけてからだった。
「キャロル―」
 微かに喜びに染まる声と共に、ユーリは振り返る。
 そこに、キャロルはいた。
 開いた扉の向こうに、キャロルは、いた。薄明かりの中、キャロルは、立っていた。
 その姿を見て―ユーリは、言葉を失う。
 言葉を失うユーリの元へと、キャロルは一歩、また一歩と近寄る。ベッドの脇まで辿りつき、ようやくその脚が止まった。
 ユーリは、言葉もなくキャロルを見上げる。
 キャロルは、言葉もなくユーリを見つめる。
 見つめて、キャロルは言う。


「これで、貴方『だけ』の、キャロルです。貴方『だけ』が―私の主人です」


 近くに雷が落ちる。轟音と共に、白光が部屋の中を満ちる。
 雷に照らし出されたキャロルのメイド服は―返り血で真っ赤に染まっていて。
 この日、初めて―キャロルは、その無表情を崩して、ユーリに微笑みかけていた。


 幸せそうな、笑みだった。



(了)




次ページ
最新レス表示
スレッドの検索
類似スレ一覧
話題のニュース
おまかせリスト
▼オプションを表示
暇つぶし2ch

3476日前に更新/500 KB
担当:undef