「農民車」淡路島で60年、独自の進化 幻のライバル「コマツ」を淘汰 [きつねうどん★] at LIVEPLUS
[2ch|▼Menu]
1:きつねうどん ★
21/06/13 06:25:48.65 CAP_USER.net
URLリンク(i.kobe-np.co.jp)
前田幸男さんが最初に購入した前田鉄工所の農民車。現役は退いたが、今も運転可能だ=南あわじ市志知中島
 淡路島特産の野菜といえば、タマネギ。春から6月にかけての収穫期に活躍するのが、地元の鉄工所が造る独特な「農民車」だ。乏しい記録を探ると、その始まりは約60年前。しかも同時期、大手建設機械メーカーによる、もうひとつの「農民車」が注目を浴びていた。惜しくも短命に終わった車は果たして、草創期を彩る幻のライバルだったのか−。

前田幸男さんが最初に購入した前田鉄工所の農民車。現役は退いたが、今も運転可能だ=南あわじ市志知中島
 農民車を最初に手掛けたといわれるのが、南あわじ市松帆脇田出身の前田敬語さんの鉄工所。いとこの農業前田薫さんのアイデアで、牛馬車の木製荷台に中古の自動車部品や農業用発動機を組み合わせ開発した。
 敬語さんが2002年に74歳で没した後は修理のみ続けていたが、今年初めに機材を処分。過去を物語る資料は、農民車を特集したNHKテレビ「明るい農村」(1983年)などの録画しかないという。
 製造時期について、敬語さんは同番組で「昭和35、36年」と説明。それを裏付ける「61年秋に試作」という記述が研究書「地域農業の革新」(83年)にある。製造現場を見たという元営農指導員の日本農作業学会誌(2001年)での報告はやや異なり、「第1号は60年5月、現在の普及型の原型は62年2月に誕生」としている。
 「最初は格好も悪いし、皆、笑いよったんやけど、かなり注文があった」と、敬語さんは同番組で回想。この手作り感あふれる農民車と対照的な存在が、小松製作所(現コマツ)による「農民車コマツ」だ。
 日本自動車博物館(石川県小松市)によると、農作業と街乗りの兼用を狙い、60年に発売。デザインにもこだわり、「ヤクルト」の容器などで知られる剣持勇氏が手掛けた。4300台を製造したが、62年に生産を終了したという。
 神戸新聞淡路版を調べると、「島の農家機械化ばやり/人気のマトは農民車」という61年4月7日付の記事がある。「農作業がなんでもでき、ドライブも楽しめる」農民車の写真は、見るからにコマツ製だ。
 一方、地元の鉄工所製は「農用万能車」「農作業用運搬自動車」などと64年の記事で表現。「農業用特殊作業車“淡路農民車”」として登場するのは67年3月30日付の記事で、旧三原郡を中心に約1500台が普及しているとあることからも、通称化がうかがえる。
 タマネギの生産が盛んな淡路では、ぬかるみで大量の収穫物を運び出せる積載力や登坂力が求められた。農家の前田幸男さん(83)=南あわじ市志知中島=は約40年前、前田鉄工所が四駆のダンプ式農民車を造ると、土やバラケ(牛ふん堆肥)を田んぼに運び入れるのにも役立つと、すぐ購入。現在は3台所有しており、「1年中よう働いてくれて、ありがたい」と話す。


レスを読む
最新レス表示
スレッドの検索
類似スレ一覧
話題のニュース
おまかせリスト
▼オプションを表示
暇つぶし2ch

1039日前に更新/7074 Bytes
担当:undef