【強制】サイボーグ娘 ..
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2:義体音声機能 1
12/12/04 01:31:47.39 kJj9ND/S
私は、機械の身体になりたての頃、この身体が大嫌いだったんだ。
まず、ごはんを食べられないことが嫌。うー、正確に言えば、食事はできます。
栄養カプセルっていう世にも味気ないシロモノを水なしで飲み込むことが、私に
とっての食事でした。でも、一般的には、それは食事と呼べるものではないし、
それ以外のものを口にできるような構造に、この身体は、なってない。舌はついて
いるけど、飾りみたいなもので、味なんてこれっぽっちもわかりはしない。食欲、
性欲、睡眠欲が人間の三大欲求ってよく言われるけど、そのうちの三分の一が
永遠に私から消え去ったことになる。これって、人生が三分の一短くなったのと、
ほとんど同じ事だよね。
他にも、嫌いなトコロは沢山ある。ありすぎて、いちいち挙げていけばキリが
ないくらい。義体なんて所詮、生身の身体の代用品でしかないわけで、生身の
身体の感覚を、完全に再現することなんて、まだまだ夢物語だって分かっては
いるけど、地球が50億年かけて作り出した肉体の神秘に比べると、余りにも
稚拙でお粗末なお人形さんには、失望することばかりだった。
もちろん、機械の身体になったからこそ、得たものも、ないわけじゃないよ。
女性にとっては、憧れともいえる永遠の若さってものを、外見だけでも手に入れた
ことになるし、物理的な衝撃には、生身の身体に比べたらずっと強くて怪我知らず。
風邪だってひかずにいつだって健康そのもの。リミッターを外せば120馬力も
出せる力持ち。他にも他にも・・・。まっ、どれもこれも、メリットっていうより、
活用すればするほど自分が、もうニンゲンとはかけ離れた存在なんだってことを
思い知るだけのような気がするけどね。はは。
・・・でも、イソジマ電工に入社して、ケアサポーターとして義体化一級のユーザー
さんたちの担当をさせていただく立場になりますと、やっぱり、そんな考え方も多少は
変わってくるわけです。
突然の事故に、不治の病。理由はイロイロあるけれど、義体化一級のユーザーさんは、
私も含めて皆、死の淵に片足どころか両足までどっぷり浸かった状態から、奇跡的に
生き返ることができた人たちばかり。たとえ身体が全部機械になってしまったとしても、
せっかく助かった命なんだ。新しい身体に一日も早く慣れてもらって、できるだけ早く
社会に復帰してほしいって思うよね。

3:義体音声機能 2
12/12/04 01:33:20.51 kJj9ND/S
そのために、まず、私が、自分の身体と向き合わなきゃいけない。それで身体の機能を
ばんばん使いこなして、ユーザーさんに、義体って便利なのですよー、こんなこともできるの
ですよーって、実際に示してあげなきゃいけないって思ってる。自分の身体を使って
お手本を見せられるっていうのは、他のケアサポーターには無い、私だけの個性なんだからね。
と、まあそんなわけで前置きが長くなってしまったけれど、最近は、私も義体の機能も
積極的に使うようにしている。以前は、時計機能を使うことすら抵抗あったから、大きな
進歩だって思いませんか。私って、オトナになったって思いませんか。
ちなみに最近のマイブームは、義体の自動発声機能。しゃべりたいことを前もって録音して
おきさえすれば、自分で意識せずとも義体の補助AIが勝手にしゃべってくれるという
優れもの。どんなときに使うかっていうとさ、たとえば、今みたいなときに使えばいいんだよ。
ふふふっ。

えーっと、今、私がいるのは、菖蒲端のワイ横の、とある価格破壊系のラブホテルの一室。
ラブホとは思えないほどの飾りっ気のなさで、下品な言い方をすれば、やれればいいやって感じ。
藤原も私も忙しくて、ようやく菖蒲端駅で落ち合えたのは、金曜日の終電も間近の時間帯。
もう少し時間があれば、ホントは藤原に付き合って、どこかお店に飲みにでも行くところなんだけど、
時間も時間だし、もう直接ホテルに行こうってことになったってわけ。
でね、鼻息荒くしている藤原には、大変申し訳なくって直接言えなかったんだけど、正直今日、
私は、「してしまう」ことについて、余り乗り気ではない。実は、ここ一週間、あるユーザーさんの
義体トラブルが続いて、ずーっと残業だったんだよね。機械の身体だから、働きづめでも肉体的に
疲れるってことはないけれど、それでもロクに睡眠も取れないとなれば話は別。もし生身なら、
たぶん目の下に大きなくまを作っていてもおかしくない。藤原には申し訳ないけど、やっと仕事から
解放されて緊張感が緩んだこともあって、今すぐにでも寝たい気分なんだ。とはいえ、せっかく
ホテルまで来て、バタンキューでは、ここまで付き合ってくれた藤原に余りにも申し訳なさすぎるよね。
そこで役に立つのが、この義体の自動発声機能です。

4:義体音声機能 3
12/12/04 01:34:06.45 kJj9ND/S
藤原がシャワーを浴びている隙に、義体が汚れていないから、今日はシャワー浴びなくていい、
なんて適当に一緒にシャワーに入らない理由をつけた私は、着ているスーツやら下着は綺麗
さっぱり脱いで、いつでも藤原君を受け入れられますよ的体制を整えた後、ベッドにごろんと
仰向けに寝そべりながら、早速、これからの準備することにする。
「んっ」
 目をきゅっとつむって、サポートコンピューターにアクセス。まぶたを閉じた私の視界に表示
されるのは、サポコンの義体設定とメンテナンスの画面。
 まず、義体の性感の数値は最低にしておく。藤原には申し分けないが、今日は性欲より睡眠欲が
勝っているのである。変に感じてしまって、眠れないと困るのだ。
 それから、いよいよ自動発声機能を使う。藤原のナニが、あそこに入っている間は、あらかじめ
録音しておいた
「藤原大好き、藤原大好き(中略)、もっとして、もっとして(中略)、いいよう、いいよう、すごく
いいよう、あっあっあっ(以下省略)」
 というフレーズが、私の意志と無関係に喉の奥のスピーカーから出るようにセッティングして
おく。ちなみにこれ、寮で、皆が寝静まった夜中に、ゼッタイに音漏れしないように布団を頭から
すっぽりかぶりながら録音した自信作だ。 
 藤原は、小さなシャワールームから出てくるとすぐ、ざっと身体を拭いただけの、まだ湯気が
ぽかぽかたつ身体のまま、ベッドに寝ている私に向かって、一直線に飛びかかってきた。
「よしよし、いい子ちゃん、いい子ちゃん」
 上から覆いかぶさる藤原の顔をそっとつかんで、お互い目を見つめ合ったあと軽くキス。
それから、藤原の背中に手をまわして、ぎゅっとお互いの身体と頭を抱き寄せる。
(藤原、ごめん。本当にごめんね)
 私は天井を見つめながら、軽く微笑んだ後、すとんと眠りに落ちて行った。あとの、藤原との
おつきあいは、補助AIくん、君にまかせたからね。

 どのくらい、時間がたったものやら。
・・・・・・ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!
両方の、ほっぺたを手のひらで、軽く叩かれ続けた私は、夢の世界から無理やりゲンジツに
引き戻された。
「いいよう、いいよう、すごくいいよう!」
なんだ、この耳障りな声はって、一瞬思ったけど、よく考えた補助AIに操作をまかせた
私の声だった。

5:義体音声機能 4
12/12/04 01:34:46.59 kJj9ND/S
「ふじわら、一体なんなのさ」/「あっあっあっあっあっ」
 しまった。うっかり、自動発声機能もセットしたまましゃべってしまい、一人ハモリをしてしまった。
あわてて、目をつむってサポコンを操作して、自動発声をカットする。恐る恐る目を開けると、
目の前で藤原が睨んでた。やばい、ばれたかも。

「裕子さん、ちょっといいかな」
 藤原は、私と身体をつなぐのをやめて、ベッドの上で正座。ちんちんおっ立てて裸で正座とか、
超恰好悪いんですケドって、からかいたかったけど、そう言える雰囲気でなし。私も、裸で正座して
藤原と向き合う。
「あのね。俺が気づかないと思ってる訳?」
「え・・・えと、何をですか・・・」
 すっとぼけて、天井を見上げる私。もう心当たりがありすぎて、藤原を正視できない。
「俺から全部言わせる気?じゃあ、はっきり言わせてもらうけど、俺、機械人形を抱く趣味は
ないから」
「あ・・・言っちゃったね。藤原、言っちゃいけないことを言った」
「言うよ。言うさ。何やったか知らないけど、さっきの明らかに裕子さんじゃなかったよね。
そうでしょ」
「う・・・えと・・・それはその・・・疲れてたから・・・」
 図星を突かれた私は、あっさり白旗をあげた。確かに、さっきの私は、私でない違う何かだった。
機械人形と言われるのも無理はない。
「裕子さんが疲れてるのに気が付かない俺が悪いのかもしれないけど、疲れてるなら、疲れてるって
言ってほしかった。ちょっと人を馬鹿にしすぎじゃないか」
 そう言うなり、立ち上がって服を着始める藤原。
「ちょっと、どこ行くのさ」
「やる気失せた。帰る」
 後は、私が何を言っても全部無視。最後に
「そんなことばっかりしてると、裕子さん、いつかきっとしっぺ返しが来ると思うよ」
 なんて言い捨てて部屋から出て行ってしまった。私は、閉じたドアに向かって、しばらくあっかんべー。
 なんて憎たらしいんだろうね。確かに私も悪かったけどさ、私の言うことに耳も貸さないで一方的に
出ていくなんて、ひどすぎるよ。いっとくけど、こっちは義体化一級の身体障碍者なんですからね。
そういう私に対するいたわりの気持ちなんて、一切ないよね。こっちがどれだけ、ヒトとして当たり前の
ことができなくなってるのか、知りもしないくせに。そんな私が、少しくらい機械の身体の機能を使って
ラクしたっていいじゃないか。そんなの、できなくなっってしまった、もっとずっとすっとたくさんのことに
対する、ほんのちょっぴりのお返しみたいなものだ。使って当然の権利だ。しっぺ返しなんて来るわけ
ないよ。

6:義体音声機能 5
12/12/04 01:35:53.01 kJj9ND/S
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX

「えー、それではみなさん、朝礼をはじめます」
 心なしか、けだるい雰囲気が漂う月曜朝のケアサポート課。いつも通りの、朝8時50分きっかりの
課長の掛け声に、皆がのろのろ立ち上がる。
「今日の担当は八木橋君だったかな」
「あっ、はい」
 朝礼は、持ち回りで担当が決まっていて、担当は皆の前で3分ほどフリーテーマでスピーチすること
になっている。私は、機械の身体のくせに、生身の頃から引き続きの極端なあがり症で、人前で話
すと、胸が苦しくなって声が出なくなる。もう心臓もないし、汗もかかないのにこのありさま。だから、
この朝礼当番というのが嫌で嫌でたまらなかった。
 でもさ、最近、妙案を思いついてしまったんだよね。前の日に、話す内容をあらかじめ決めて
しまって、それをサポートコンピューターに記憶させてしまえばいいのです。そして当日に、自動
発声機能を使って、その内容を補助AIに話してもらうんだ。私ってば、すごい頭がいいじゃないか。
 私は、心なしか颯爽と課長の隣に歩み出る。ケアサポート課の皆さんが一斉に私に注目。
いつもならこの時点で、完全に気持ちが舞い上がってしまう私だけど、今日は余裕たっぷり。
だって、しゃべるのは、私じゃなくて補助AIだもん。そうだ。朝から元気の良いところを皆に
見せつけてやろう。いつもより音声を少し大きめにしてみよう。
 私は、目をつむってサポートコンピュータを操作し、音声フォルダにアクセス。
「藤原大好き、藤原大好き(中略)、もっとして、もっとして(中略)、いいよう、いいよう、すごくいいよう、あっあっあっ(以下省略)」
 しまったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!

おしまい

7:名無しさん@ピンキー
12/12/04 01:40:22.67 kJj9ND/S
お久しぶりです。投下していたのは、すいぶん前のことですが
ヤギーを覚えて下さっている方が多くて、嬉しくなってしまい
ついつい投下してしまいした。

そうしたら、いきなりの容量オーバー。
あわてて新スレを立てたものの、前スレに新スレへの告知もできない始末。
いきなり住民の皆さまにご迷惑をおかけしてしまい、
何とお詫びを申し上げたらよいのか…大変申し訳ないです。

8:名無しさん@ピンキー
12/12/04 02:46:00.01 1cletBU5
突然結構な量がまとめて投下されているなあと、ぼけーっと読み進めていったら・・・・
ぎゃーー!!
ヤギー!?
新作ゥゥ!?

ぎゃー!!うれしいです。
ホント好きですありがとうございます。

9:名無しさん@ピンキー
12/12/04 03:38:33.53 JaRHCh5l
久しぶりのヤギーキターーーーーー!

自動で喘ぎ声とか、バレるってw
セ◯oスはコミュニケーションなのです…

10:名無しさん@ピンキー
12/12/04 03:39:29.03 JaRHCh5l
円の大きさ間違えたorz

11:名無しさん@ピンキー
12/12/04 09:39:14.18 uVoO+x1f
ヤギー キタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!

藤原マジガンガレ!
そしてヤギードンマイ!www

最後にスレ立て乙!
新作増えると良いなぁ

12:名無しさん@ピンキー
12/12/04 16:26:31.86 kZ5GYdbV
>>7
まだスレを見捨ててなかったのかと驚いたわ
御無沙汰ですな。相変わらずGJ!です。
また投下してください。お待ちしています。

13:名無しさん@ピンキー
12/12/05 00:40:49.17 G0trWuYA
麻痺した部分を切断して人工物に付け換えるか悩む娘
そういう話は今までにありますか?

14:名無しさん@ピンキー
12/12/05 04:42:20.73 kqJQCojK
test

15:名無しさん@ピンキー
12/12/05 22:51:33.18 GC8TJCip
うるさいお前なんかロボットだ

16:名無しさん@ピンキー
12/12/05 23:06:21.89 X5IUGnPK
と、近所の子供に言われて凹むヤギーであった

17:名無しさん@ピンキー
12/12/06 01:53:06.09 W0NntM7g
やっぱりサイボーグが居る世の中になると
サイボーグを人間扱いしなかった罪とかできるんだろうね

現行法でもサイボーグをロボット呼ばわりすれば名誉毀損罪くらいは適用できそうだけど

18:名無しさん@ピンキー
12/12/06 07:46:35.95 7dOj3Ena
>>17
前提として、義体を中の人と同一であるとみなすか、あくまでも中の人の
所有物とするか、で、解釈は分かれそう。
後者であれば「中の人ではなく義体そのものに対して言った」という
ことにすれば罪には問われないのでは。
義手や義足に対して「人間扱い」しなかったのと同じ法的取扱いです。

19:名無しさん@ピンキー
12/12/07 00:26:49.53 /TFhJo/9
うーん、義足の人に「この義足野郎!」とか言ったら
義足部分だけじゃなくて本体の人まで中傷する事にしかならんような。
だから「義体に対して言ったんだ」はあんまり通用しなさそう

20:名無しさん@ピンキー
12/12/07 00:34:29.61 /TFhJo/9
あと、生身の体だけでは人間として機能できない(生命維持できない)状況の時、
機能・生命を保つために必要な機械に対して人間扱いしないのも、現行法でも罪に問われそうだ。
たとえば人工呼吸機や人工心臓を勝手に電源OFFしたら殺人罪や殺人未遂罪が適用されるだろうし

21:名無しさん@ピンキー
12/12/08 01:00:32.39 sb5Fy0J8
こーゆー話を見るとそりゃファンタシースター等機械人種のいる世界は人権でモメるわと実感する

22:名無しさん@ピンキー
12/12/08 05:55:18.76 TB4sQjTF
>>13
このスレでは出てなかったと思う
という事でよろしく(ぇ

医療行為としてサイボーグ化を行う場合、当然の事ながら
生身で残った部分は切り落として機械化しちゃいけないって事になるだろうね
機能全廃ならともかく、中途半端に残っていた場合に義体化するにできないという状況はあるだろう
というか実際に現実の世界で似たような話はあったりする…。
脚を切断して義足を使うという時に、中途半端な位置で切断するよりきりの良い位置で切断したほうが
義足使用時の能力が上がるという事があるけれど
病気で切断する場合、本人がじっくり考えてから切断を実行することができる分、多めに切って貰える場合が多いが
事故などで突然ダメになった場合、生きてる部分をなるべく残す(そして後から追加で切断したりは出来ない)そうな。
機能全廃でも生きてる場合(麻痺とか)、将来の医学向上による治療の可能性もまた切断するか否かの悩みの種になりそうだ。

23:名無しさん@ピンキー
12/12/08 09:22:10.50 YVWTWGjq
>>21
リアルだって肌の色だの髪の色の違い『だけ』で差別の対象になるんだぜ?

チョーセンジン?と言うだけで『シャベツニダ!』とか騒ぐ連中も居るけど、
実際には肌の色が白い人種が頂点であるとか勘違いしてる連中とか見てると、
理屈なんか関係なく「あっちはこっちと違う」だけで差別のタネには十分なりうる。

24:リハビリ室2
12/12/09 15:06:26.21 MHYkjYOj
前スレでリハビリ室と言う短編を書いたものです。
なんとなく続きを書いてみましたので投下してみます。
なお、誠に勝手ながらヤギーワールドをシェアさせていただきました。
世界観的な部分での設定を共用させて頂きましたので、お含みおき下さい。

これを含め9レス分です。
よろしくお付き合いください。

25:リハビリ室2−1
12/12/09 15:07:36.74 MHYkjYOj
「こらぁ!ゆうちゃんまちなさーい!」
「やーだよぉー!」
 
 小さなサイボーグのシルエットが廊下を走っていく。
 4歳か5歳かの男の子がカチャン!カチャン!と賑やかな音を立てて走っている。
 その後には生命維持装置の電源パックを抱えたまま、義体制御内科のスタッフが一緒に成って走っていた。

「こらッ! ゆうすけッ!」
「あッ!」
 
 母親と思しき女性に怒鳴られてビクッと体が震え、直立不動になった子供。
 スタッフがその後からがっちりと抱きしめて持ち上げた。
 小児型サイボーグとは言え、その重量は10kgや20kgじゃきかない金属の塊だ。
 調整用の設備が備え付けられたストレッチャーに押し付けられて、体のコントロールを切られてしまった。

「あぁ! ずるい!」
「はぁはぁはぁ・・・・ ゆうちゃんはまだ走っちゃダメなんだから」
「すいません、この子ったら・・・・」

 若い母親に額をペチリと叩かれて、小さな男の子が笑っている。

「また鬼ごっこしようねッ!」
「はぁはぁはぁ もうちょっと・・・・ 調整したらね」

 一年と数ヶ月前。幼稚園へと向かう園児バスが事故を起こした。
 大手運送会社のトラックが衝突し、この子は首から下を全て挟まれて、ほぼ即死だった筈だ
 しかし、事故を起こした会社は全面的な資金提供を約束した。
 その結果、僅か3例目の5歳未満サイボーグとしてセンターへ送り込まれてきた。

 人体の成長と言う、まだまだ未知数な事象を研究する意味でも貴重なサンプル。
 あっと言う間に幼年サイボーグの体が準備され、この男の子はセンター一番の有名人になった。
 そして、沈滞する空気をかき混ぜる清涼剤として重宝されつつ、ここを生活の場としているのだった。

「ゆうちゃん良いよ。ちょっと立ってみて」
 
 男の子の周りには白衣のスタッフやエンジニアが輪になっている。
 廊下に座ったり膝立ちになったりしながら様子を見ている。
 生命維持装置をリュック型にして背中に背負った男の子のサイボーグが、カーペットの上へ立ち上がった。
 身体を構成するフレーム部分の物理的容量が小さすぎて、十分な容量のバッテリーが収まりきらないのだ。
 結果的にランドセルを背負ったような形状となった男の子。

「ボクこれで学校行ける?」
「そうだな、ゆうちゃん良い子にしていたら学校行ける様になるぞ」
「やったー!」

 毎日毎日。センターの窓から下を眺め、同世代の子供達が遊びながら学校に向かうのを眺めている。 
 だがこの子は、同世代の子供達が小学校へ行く様になっても、このセンターから出る事すら出来ない。
 そしておそらく、この先5年程度はここから出る事も出来ないだろう。

 ボディ内に生命維持装置を収められるようになるサイズへ『成長』するか。
 さもなくば機材そのものが画期的に小型化しないと、この子は僅かに残った生体部品・・・・
 脳とそれを取り巻く首から上の『生身な部分』の生命活動を維持する事すら出来ない。
 
「ゆうちゃん、夕方になったらもう一度検査するから、それまでは遊んでいて良いよ」
「わかった!」
「入っちゃいけない所へ入って身体が止まっちゃったら誰か呼ぶんだよ?いいね?」
「うん!」

 この子にとっては、ここのセンターそのものが学校だった。
 大人たちばかりのセンターだけど、そこに居るのは様々な年齢層のサイボーグ。

26:リハビリ室2−2
12/12/09 15:08:48.60 MHYkjYOj
 半身サイボーグから、脳以外は完全義体化のサイボーグまで。
 様々な種類の処置を施された人がリハビリと言う名の調整を続けている。

「先生。いつもご迷惑をおかけしています」
「いえいえ、お母さん。ゆうちゃんがここを明るくしてくれてますよ。あの子は強いなと思います」
「そう言っていただけると助かります」
「あ、むしろ私達が助けられてますよ。その意味じゃ」
 
 男の子の母親と担当医やケアマネが立ち話している。
 その周りで男の子がチョロチョロと遊びまわっているのだけど。

「あ!おねぇちゃん!」

 男の子がニコニコしながら走って行った先には、女性型のサイボーグが立っていた。

「ゆうちゃんそれ何?」
「ランドセル!」
「そっかぁー いいなぁ」

 まだ人工皮膚などの塗布貼り付けを終えていない、シルバーに光るボディの彼女。
 ゆったりとした白いガウンに袖を通しフードを深く被り、まるで修道僧とでも言うようなスタイルで居る。
 軽金属がむき出しになったボディには衣類など必要ないのだけど、逆説的に言えばそれは裸でもある訳で。
 年頃の女の子の羞恥心を守るための僅かな衣は、見た目以上に意味を持っていた。
 
 スッと腰を落として片方だけ膝立ちになって、彼女は男の子のランドセルを少し持ち上げている。
 数本のケーブルが繋がっているのだけど、一番重要なのは電源なんだろうと言う事はすぐに分かった。

「いつもご迷惑をおかけします。まだまだ大変な時だと言うのに」
 
 男の子の母親が頭を下げた。

「あ、全然ですよ。それよりいつも私が励まされてます。ゆうちゃん見てると私も頑張らなきゃって」
「そう言ってくれると私も助かります。月並みですけど頑張って」
「ありがとうございます」

 青く高い冬空から透明な光が窓越しに降り注いでいる暖かなリハビリセンターの中。。
 おねぇちゃんと呼ばれた彼女は、実はまだ脳髄など生体部品が納められた頭部の後ろ側が機械むき出しだ。

 小さな男の子を見ながらアレコレと話しているのだけど、処置室Cと書かれたドアが開いてナースが顔を出した。

「はーい どーぞ って、あれ、お話中でしたか」
「あ、いま行きます」
「じゃぁ、頑張って」
「どうもありがとうございます」

 一歩室内へ入ってみると、そこには幾つもモニターが並んでいる電子の要塞状態だった。
 そして、まるで歯医者の診察椅子のような大きくて深い椅子が一脚。
 彼女が腰掛けると椅子が深く深く倒れて行き、彼女は大きな天窓を見る形になった。
 
 頚椎部分には大きな穴が開いていて、ケーブルなどが通るようになっている。
 アシスタントが何本ものケーブルを持ってきて、彼女の頚椎部分へ光ファイバーが差し込んだ。
 リハビリはいまだ進行中であり、そしてサイボーグへの転換作業も未だ進行中で完了を見ていない。
 
 彼女が見上げてて見ている青い空に、彼女にしか見えない文字が浮かびあがった。

「あ! すごい!」
「どう?輝度調整してみるから、ちょうどいいところで合図して」

 オペレーターの声が部屋に響く。

27:リハビリ室2−3
12/12/09 15:10:06.34 MHYkjYOj
 義体制御内科のネームプレートが胸に光る男性は、幾つもの端末情報が並ぶモニターの前に座っている。
 左目側にはヘッドマウントディスプレーを装着しており、擬似的に彼女と同じ視界を実現していた。

「この辺りです」
「そう・・・・ うーん ほんとに平気?」

 マウスをカチカチと鳴らしながらパラメーターのスライドバーをいじっている。

「僕から見るとモニター光度を生網膜で再処理してるからなぁ」

 生身の人間が持つ幅広い調整能力を、機械の身体は100%で再現出来る訳ではない。
 だけど、機械的なリミッター、プログラム上での数値的な丸め処理は生身の速度にヒケを取らない。

「これって直接神経に情報を送ってるんですよね?」
「そうだけど、正確に言うと違うんだ。神経に送ってるんじゃなくて脳に送ってる」
「じゃぁ数値的に大きすぎると脳がヤケドするんですか?」
「あぁ、そんな事は無いよ。ただ、あまり良い事じゃない。生体部分にはストレスになるからね」

 真っ青な空に浮かぶ半透明の文字列。左の上にはデジタルな文字の時計表示。
 右の上には義体が4個装着しているバッテリー残量情報や作動空気圧を生み出すコンプレッサーの熱状況。
 3種類チャンネルある広域帯高速通信のバンド別受信状況などが示されている。

「パッと見で瞬間的に理解できるよね?」
「はい。授業で習いましたから」

 そう。彼女は既に200単位を越える義体制御の授業を終えている。
 単に動かせるようになる事だけがリハビリでは無いのだ。

 彼女が『入っている』全身義体は、非常に高度な技術を投入し建造された科学技術の芸術的な結晶そのもの。
 だが、この時代最先端の技術を持ってしても、メンテナンスフリーには、まだまだ程遠いのが実情だ。
 生身の人間とて『生身の体との付き合い方』は母親に産み落とされてから長年掛けて自然に覚えていく。
 それを彼女は駆け足で覚えねばならない。僅か2週間程度の間に学問として・・・・だ。
 
 機械の身体に休息は必要ない。しかし、僅かに残された生体部品は定期的に栄養や休息を必要とする。
 だからこそ、機械部分と生体部分の付き合い方の違い、バランス感覚を彼女は覚えておかねばならない。

「だいぶ上手くなったね。これなら試験も通りそうだ」
「通って欲しいです。外に出たいし」
「制御とか操縦系はもう一人前かな?」
 
 完全義体化された彼女のような存在は、ある意味で特殊な乗り物のオペレーターなのだ。
 だからこそ、車やバイクや、そういった運転免許に相当する試験を受けねばならない。
 
 出先でのトラブルをある程度は自己解決出来る様でなければ、完全義体化人間失格。
 万が一にも暴走したり、或いはパワー制御リミッターが壊れた場合の対処能力が求められる。

 そして、それだけじゃなく。制御OSにウィルスを送り込まれて、犯罪に巻き込まれないように。
 悪意ある第三者によるハッキングを受け、本人の意思とは関係なく遠隔操作されないように。
 殺人事件や凶悪犯罪を発生させないようにする為の知識と技術を習得しなければならない。

 自動車の所有者には、犯罪に使われないようにする為に管理が求められているのと一緒。
 走行中に故障して周囲に迷惑を掛けたり、或いは交通事故を発生させ無い様にするのと一緒。
 
 自分の身体を完全に自分の制御下に置く為の、細かなすり合わせもまたリハビリの一環。
 学科と実技の両試験をパスし、義体免許を取得しなければ、ここのセンターから出る事すら出来ない。

 彼女が今居るのは、悪意ある接触から完全に遮断される閉鎖環境。いわば電子情報の無菌室。
 だけど、外界は様々な違法電波や悪意あるアクセス信号が渦巻く『雑菌だらけ』な世界。
 人の悪意の底深さと暗い闇の深さを、彼女はまだ、知識でしか知らない・・・・

28:リハビリ室2−4
12/12/09 15:11:32.65 MHYkjYOj
 視界のマウスカーソルを動かしてみようか」

「はい」

 視界に小さな矢印が現れた。
 左右の眼球をうごかして視界範囲をコントロールすると、画面内の文字列も自動的にレイアウトを変える。
 視野の中で邪魔にならず、しかも文字認識できるギリギリの所にボンヤリと浮かんでいる。
 
 そこへマウスのカーソルを持って行くのだけど、実際、言うほど簡単な事じゃない。
 物体を浮遊させる魔法とでも言うのだろうか。架空の存在へ意識を注ぐと言う表現しようの無い行為。
 何となくやり方を会得するしかないのだから、これはもう練習あるのみだ。

「視界の左側に小さな■が有るよね?見える?」
「はい、見えます。赤いのと白いの」
「その赤いほうが義体のシステムタブだよ。白いほうは通信システムタブだ」
「でもまだアンテナと接続してないです」
「そうだね。まだもうちょっと先だ」

 wi-fiなどを使った端末通信機能をサイボーグは持っている。
 わざわざ有線にしなくても少々のデータならやり取りできたほうが便利だからだ。
 ただ、それを使いこなすのは個人の資質、或いは、頭の回転の速さ。
 パソコンを使いこなすのと同様に、義体を上手く使いこなす事もユーザーは要求される。

「赤いほうを開けました」
「そしたらそこに実行中のアプリ一覧が有ると思う」
「はい、見えます」
「今はまだ上から、パワー制御・姿勢制御・電源管理・通信管理・アプリ管理の5つだね」
「はい」

 オペレーターが端末をカチカチと操作すると、アクセスランプが高速で点滅し始めた。
 情報が義体へ『流れ込んでいく』のを視覚的に再現している。

「いまそこに防壁管理と言う項目が追加されたね?」
「はい、出てきました。ファイヤーウォールですね」
「そうだね。ただ、この防壁はそんじょそこらの甘っちょろいモンじゃないよ」

 彼女の視界中央付近に半透明のプログレスバーが浮かぶ。その向こうを雲の塊が流れる。
 データー転送中の文字と、転送済み容量の表示。推定終了時間まで表示されている。
 なんとも古風と言うべきか、それとも親切と褒めるべきかを彼女は思った。

「君のストア容量はメインバンクだけで400TB位あるから、少々の事じゃ一杯にならないけど」
 
 転送完了の文字が出て、その下に[root a:b:c / xx]の文字が出る。
 
「制御関連のプログラム階層処理は習ったよね?」
「はい、一昨日の教室で」
「そうか。じゃぁ表示の意味は分かるね」
「もちろん」
 
 義体を制御するOSの収められたサブ電脳は身体の3箇所に独立してマウントされている。
 専用回線で相互通信を行いながら、それぞれがある程度独立した権限を持って義体をパラレル機能している。
 そして、それらはそれぞれが異なる種類の防壁を持っていて、外部からのハッキングなどに備えていた。
 より簡単に乗っ取られないよう、用心する仕組みに成っているからだ。

 彼女が『入っている』完全義体は上位2社と言うよりビッグツーと呼ぶべき、イソジマ電工製でもギガティクス社製でもない。
 元々は完全AI作動なアンドロイドを作っていた東亞重工系のグループ企業である佐川精密の『作品』だ。
 バイオ系セクサロイドや極限環境下労働デコットなどを得意としていた企業であるが、全身義体に関しては最後発と言っていい。
 それ故に上位2社の様々な事例を鑑み、先行2社とは違うアプローチで市場浸透を図っている。

29:リハビリ室2−5
12/12/09 15:12:58.71 MHYkjYOj
 企業として得意なAIやバイオ技術に関して言えば上位2社を軽く凌駕する技術もノウハウもある。
 しかし、そこに『人』が絡むとなると、全く話は変わってくる。

 ケアマネージャーを配し、手厚いサポートでユーザーの心を掴むイソジマ系。
 必要な機能を投入し、機械と人間の融合を進め極限状況下労働などで絶対の強みを見せるギガティクス系。

 いくつかの弱小メーカーグループの中にあって、佐川精密の方針は『安全性』と『快適性』に定められた。
 どれほど悪意ある第3者が良からぬちょっかいを出してきたとしても。
 全国レベルで次々とハッキングを受けて全身義体使用者がセンターに隔離される事態になっても。
 佐川の義体はスタンドアロンで安全に快適に日常を送り続けられる筈。

 その為の、心配性もここに極まれりと言われるほどの厳重な防衛体制は全てユーザーを思っての事。

 万が一、サブ電脳のどれか一つが乗っ取られた場合。
 残り二つが合議制で感染したサブ電脳を切り離しシステムから完全隔離処理する仕組み。
 用心には用心を重ねていると言えうるのだけど、それとは別にもう一つのサブ電脳もまた頭部にあった。
 脳幹などの生体部品を管理し、サブ電脳との情報通信を監視する為の、全く異なる言語で書かれたOS。
 
 『ゴーストライン防壁』と呼ばれる、本人の思考までもが乗っ取られないようにする為の防壁。
 間違った情報を脳に送り、本人が錯乱状態や恐慌状態や、それだけでなく。
 完全パニック状態になり衝動自殺などしないようにするための、一番重要な抵抗システム。
 かつての古い時代に描かれたSFコミックの架空用語が、今現在の公式文書などでも普通に使われている。
 
 本人の意思がなくなってしまえば、義体は遠隔操作される端末と同じ。

 無差別大量殺人や自爆テロや広域破壊工作などに使われたとしても、まだ外見的に『本人が残っている』と成れば、警察組織などは銃撃など機械的な破壊を伴った攻撃的強制停止措置を行えない。
 
 だからこそ、このファイヤーウォール設置は物凄く重要なのだった。

「君のアクセスキーの一番重要な物が必要になる。脳波通信の波形を記録してあるんだけど・・・・」
 
 視界の中に2次元バーコードが浮かんでいる。
 8ビットの縦横が組み合わさった128ビットの暗号キー。

「この画像をとにかく覚えて。ここは理屈じゃないよ。力技だ。君の生体脳に擦り込むしかない」
「うー こういうの苦手」
「だけど、仕方が無いんだよ。これを3種類組み合わせて一辺が32768ビットの3次元暗号コードにするんだ」
「3次元ですか?」
「そう。これで大体35兆通りの基本暗号パターンが生成できる」

 カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえる。
 視界の中に二つ目三つ目の2次現バーコードが浮かび上がった。
 
「今から定期的に試験するソフトを入れておくよ。不定期に視界へ浮かび上がるから・・・・」
 
 システムタブのアプリ管理部分がジンワリと光っている。
 意識の中のカーソルを動かして光っている部分をタッチすると、[記憶トレーニング]の文字が出てきた。

「このアプリは不定期で3種類のうちどれかを示してくる。合計正答率99.5%を達成すると出現回数が減るから」

 そんな説明を受けているうちに、視界の中へ[第1回試験]の文字と共に、16マスの空欄が現れた。

 □□□□ 第1回試験
 □□□□ パターン1
 □□□□ レベル1
 □□□□ 正答率0%

「説明は要らないよね。それぞれのマスをクリックして反転させてやればいい」
「あぁ、なるほど・・・・」

30:リハビリ室2−6
12/12/09 15:14:08.39 MHYkjYOj
 彼女の瞳が赤く光る。それは電脳領域にアクセスしている外的サイン。
 
「えーっと」

 いくつかのパターンを思い出してビットを反転させてやる。

 □■■□
 ■□□□
 ■■□■
 □□■□ [Enter? Y/N]

 画面の中にクラッカーの弾ける簡単なアニメーションが再生されて、大きめの文字で[正解!]が出た。

「おぉ!優秀だ!その調子だね。3種類の正答率平均が上がってくると2つ同時や3つ同時になるから」

 再び視界の中にマスが現れる。

 □□□□ □□□□ □□□□ Test Sample
 □□□□ □□□□ □□□□ レベル9
 □□□□ □□□□ □□□□
 □□□□ □□□□ □□□□

 これ、全部覚えられるのか?と不安になるのだけど、逆に言えば覚えないとここから出られない。

「あまり根詰めても人間の脳は覚えないよ。ゲーム感覚と言うか暇つぶしのつもりでやればいい」
「はい、分かりました」
「何段と回答難易度が上がっていくと。最初は時間無制限だけど、時間制限が付いたりするからね」

 オペレーターが再びマウスをカチカチと動かし始めると、画面の中の表示が切り替わって表示が消えた。
 それだけじゃなく、視界のあちこちに浮いていた表示が全部消えてしまった。
 
「視界がクリアになった?」
「はい、全部消えました」
「これが生身の視界。表示が浮かぶと君のようなサイボーグの視界。どっちが便利?」
「えぇっと・・・・ 要らない時に消せる方が良いです」
「じゃ、しばらく常時表示にしておくよ。明日まで様子を見よう」
「はい」
「今日初めて視界割り込み表示のソフトを入れたにしては上出来だね」

 カチカチとキーボードを叩く音が聞こえて、再び視界の中に色々な表示が浮かび始めた。

「まだ市販のソフトを入れちゃだめだよ?焦らずじっくりやろう。試験まで2ヶ月有るから」
「はい。ありがとうございました」

 彼女は自分の首筋へ手を伸ばし、ロックを外してケーブルを引き抜いた。
 光ケーブルを抜いた瞬間に外界の光が受光部を照らして一瞬ビクッとなる。

「ほらぁ! まずは端子のスイッチ切ってからだよ」
「うー!またやっちゃった!」
 
 プラグ&プレイ対応なソケットモジュールだけど、それなりのお作法があるのは自明の理。
 一つ一つ覚えていかなければならないお作法の多くが、実は彼女自身を守る為に必要な事。
 それを彼女自身が深く理解する事もまた、社会復帰リハビリのもう一つの重要なテーマ。
 
 ソケット部分にカバーを取り付け、その上から首筋をすっぽりと隠す帽子をかぶった。
 年頃のお嬢さんなのだから、あまりにもむき出しな姿を人前に晒すのは、やはり恥ずかしい。
 
「ありがとうございました」
「無理しないで」

31:リハビリ室2−7
12/12/09 15:18:04.54 MHYkjYOj
 そう挨拶して部屋を出る。
 カーペット敷きの廊下を歩いていくのだけど、最近では随分と歩くさまも人並みになってきた。
 背筋を伸ばし膝をあまり曲げず、美しいフォームで歩く練習。
 二足歩行ロボットがまだまだ発展途上時代に有ったような無様な姿にはなっていない。
 
 ふと目をやった窓の外。
 大きなイチョウの木が黄色い葉っぱを風に飛ばしていた。
 歩道の上には舞い散った葉っぱが降り積もって子供達が遊んでいる。
 
 センターの外はもう冬が来ている。

「外を歩きたいなぁ・・・・」
 
 ぼそっと呟いて窓に左の手を触れた。
 まだカバーの付いていない指先は、軽金属製の機械がむき出しだ。
 右の手も持ち上げて窓に触れる。暖かいとか冷たいとか、そう言う情報はまだ入ってこない。

 どこか自嘲気味に笑って、ジッと手を見ている。
 
「機械なんだなぁ 今の私」
 
 なんとなく泣きたい様な気分だったのだけど。でも、落ち込んでばかりも居られない。
 これといってやる事も無いし、試験に備えて勉強するくらいの手持ち無沙汰な時間。
 個室になっている自分の病室へ戻って行くと、サイボーグ専用寝台の上に何かが乗っていた。

 最初は何か荷物かと思ったのだけど、良く見たら様々な光沢を放つサイボーグだった。
 そしてそれは彼女自身も知っている存在・・・・

「ゆうちゃん?」

 そっと近づいて肩を揺すってみる。だけど、全く反応がない。
 センサーの電源が入ってなければ、この子は死んでいるのと同じだ。
 
「ゆうちゃん どうしたの?」

 男の子の胸の部分にある小さな液晶へ目をやると、残りのバッテリー容量が15%を切っている警告が出ていた。

「おねぇちゃーん ねむーい」
「ゆうちゃん ランドセルは?」
「知らない」

 電源容量が絶望的に足らない小児型の場合は残量低下で危険な領域へ入るとスリープモードに落ちるんだろう。
 生体部分を『生かしておく為』の予備バッテリーに切り替えてもスリープモードだと3時間が限度だとか。
 そろそろ充電してあげないと、この子の生体部品が死んでしまう・・・・・・

「じゃぁ ゆうちゃんのお部屋行って寝ようか? おねぇちゃん連れて行ってあげるね」
「・・・・やだ」
「どうしたの?」
「あそこさみしいからやだ おねぇちゃんとねる」

 ・・・・そうか。
 この子は全身サイボーグだけど、心は5歳の男の子なんだ。
 いつも人が居るサポセンの前の特等室だけど、常時、人が居るわけじゃないんだ。
 
 まだまだ甘えたい歳なんだよなぁ・・・・・

「じゃぁ、おねぇちゃんと一緒に寝ちゃおうか」
「うん」
「その前に、これを繋がないとまたゆうちゃん叱られちゃうよ?」

32:リハビリ室2−8
12/12/09 15:19:08.57 MHYkjYOj
 男の子の腹部にある小さなハッチを開けると、彼女の物とはサイズが少々違う電源コードが現れた。
 成人サイズであれば通常型のアース付き3Pコンセントプラグなのだけど、この子の電源コードはUSBサイズ。

「おねぇちゃん 繋いでくれる?」
「うん いいよ」

 彼女はベッドの上に横になった。
 自分のコンセントをベッド脇の専用電源タップに繋ぎ、電源スイッチを入れる。
 給電が開始されると、視界の中のバッテリーマークにコンセントプラグのピクトサインが表示された。
 残りのバッテリー容量から見て、充電完了まで約2時間。

 だけど・・・・

「ゆうちゃん もうちょっとこっち来て」
「うん」

 モゾモゾとベッドの上を這い上がってくる男の子。
 まるで母親に甘えて抱きつくようにしている。
 彼女は男の子のケーブルを延ばして、電源コード収納部にあるオプション用のUSB端末に繋いだ。
 
 視界の中のUSBポートを示すピクトサインに[外部へ電源供給中]の文字が浮かぶ。

「おやすみ ゆうちゃん」
「おねぇちゃん おやすみ」
 
 省エネモードだったにも拘らず動いた事で、残りのバッテリ容量が10%を切ってしまったようだ。
 男の子は成人型よりも遥かにバッテリの容量が少ない関係で、残量が50%を越えないとダメらしい。
 意識レベルが睡眠モードで落ちるように仕向けられ、『寝る子は育つ』を地で行くように眠ってしまう。
 
 まるで寝息を立てているように呼吸しているのだけど、この子もまた空気作動型のサイボーグ。
 それはコンプレッサーを冷却する為の空気循環でしかなく、生暖かい排気だけが出てくる
 ただ、彼女にとって小さな男の子に頼られ寝かしつけると言う行為が、母性本能をくすぐられる事だった。

 男の子の意識レベルが睡眠モードに入ったのを確認して、サポセンのスタッフを呼ぶ。

「あらら ゆうちゃんたら」
「このままで良いですよ。お昼寝です」
「じゃぁ、目が覚めたら呼んでね」
「はい」
 
 本当は午後一番で身体運動ソフトの再調整をするはずだったのだけど、どうやらプランは延期のようだ。
 食事や睡眠をそれほど必要としないとはいえ、生体部品である脳はこのような状況になると、やはり睡眠モードに移行を提案してくる。

 サイボーグには必要ないのだけど、でも、脳の中にある人間の部分がそれを必要としているのだから。
 彼女は薄がけのタオルケットを片手で器用に広げて、男の子と一緒になって被った。

 こんなシエスタも悪くないな。
 ふと、そんな事を思っていた。
 
 −終−

33:名無しさん@ピンキー
12/12/09 19:51:32.25 ZMux0NBg
SF要素満載のファイヤーウォールアクセスキー設置作業も良いですが、
自分の電源を子供に与える疑似授乳行為とか、
必要もないのにタオルケットをかけるとか、
そういうサイボーグになっても残る人間性に、たまらなく萌えます。
GJです。ありがとうございました。

34:名無しさん@ピンキー
12/12/09 22:47:25.32 l1445VH0
>>24
キュンキュンに萌えるシーン満載ですね!
GJ!でした。続きに期待しています。

35:名無しさん@ピンキー
12/12/17 14:36:43.18 Or2LM4bu
>>32
遅まきながら最後のパートで凄く和んだよ。
投下GJ!です。凄く良い感じです。
マッタリと続きに期待しています。

あと、そろそろキャラに名前つけてあげてください。
感情移入しやすくなるんで。

36:名無しさん@ピンキー
12/12/20 20:59:42.36 T2m0kN+h
そうだね。キャラに名前がほしい。
ヤギーワールドシェアだそうだから、
同じように愛されるキャラになってほしいね。

37:リハビリ室
13/01/02 15:31:36.94 oQ+13Qej
あけましておめでとうございます。
新年早々ですが第3話を書き上げましたので早速ですが投下いたします。
主人公の彼女は名前をちゃんと考えて有りますが、次のお話でのキーパーツですので、まだ伏せてあります。
申し上げありませんが、ご理解くださいませ>各位様

では、10レスほどお付き合いください。
本年もよろしくお願いいたします。

38:リハビリ室3−1
13/01/02 15:32:43.71 oQ+13Qej
 全ての感覚を遮断された真っ白な世界。眩いほどに真っ白な世界。
 どこからかチョロチョロと水の流れる音だけが聞こえてくる。

 白い世界の中にフッとフォルムが現れ始め、眩さが落ち着き始めた。
 白い壁。白い天井。床まで白い。そっと足を下ろすと、足裏にひんやりとした感触があった。
 
    ― 夢?

 まだ彼女は事態が飲み込めない。
 彼女の見ている世界は、病院の標準ベッドが一基だけ置いてある小さな部屋だ。

    ― 脳が夢を見てる・・・・・

 真っ白のワンピース姿で彼女は腰掛けている。
 彼女は不意に自分の頬をつねってみた。
 鋭い痛み。そして、視線の先には驚くべきもの。
 自分の手に爪が、皮膚が、筋肉が付いている。

    ― うそ

 ヒョイと手を返してみれば、見覚えのある手相の掌。
 手を握ってみれば、皮膚が弛んでいって折りたたまれる感覚がある。
 
 そっとベッドから立ち上がってみた。
 身体の中で音がする。骨がこすれギリギリと鳴る。
 そして予期しない感覚が体内を走る。
 
 鼓動。
 胸の中に心拍を感じた。

 狐につままれたなどと言うのだが、本当に化かされているんじゃないかと錯覚する。
 不安そうに部屋の中を見渡して見つけたのは、白い壁にぶら下がっている鏡。
 恐る恐るその前に立って鏡を覗き込む。

 肩甲骨を通り越し、腰まで伸びる黒髪。健康的な肌の色の顔。
 ワンピースの下には柔らかな肉体。

    ― これって・・・・・

 部屋の隅にあるドアを見つけた。
 病院の殺風景な部屋の中にある、引き戸のドア。
 
 なにか凄く怖いモノが向こう側に有るような気がしたけど・・・・

「遠慮なく開けてみて」

    ― え?

「いま君が見ているのは仮想現実。実態の君はサポートベッドの上でスパゲッティシンドロームだよ」

 殺風景な部屋の片隅に、音も無くフッと薄型テレビが姿を現した。
 たった一つしかないスイッチをオンにすると、鈍い音を立てて映像を映し始める。

 ネットワーク接続試験中と言うキャプション表示と共に、だんだんと映像が浮かび上がってきた。
 背もたれの倒れた大きな椅子に腰掛けている、見覚えのあるサイボーグむき出し姿の女性。

    ― じゃぁ 今の私は?

 そのサイボーグの女性の前で、見覚えのある男性が手を振っている。
 [義体心療内科]のネームプレートがチラリと見えた。

39:リハビリ室3−2
13/01/02 15:33:58.74 oQ+13Qej
「いま君はわが社の提供している仮想空間の中にいる」

    ― 仮想空間?

「そう。全国に居る、わが社の義体ユーザーだけが入ってくるSNSだよ」

    ― SNSですか?

「そうとも。ブログとかでキャラ作りして参加するのがあるよね」

    ― はい。私もやってました。

「その仕組みの仮想空間版だ」

    ― ・・・・すごい!

「いま君が居るのは桜ヶ丘と言う仮想住所の君の私室。ただし、まだ仮登録だけどね」

 ドアを開けて部屋を出ると、大きなフェンス張りのバルコニーへ出た。
 ちょっと高い位置から街を見下ろすような格好だ。
 頬を撫でる暖かな春風が気持ち良い。
 降り注ぐ光に確かな温もりを感じる。
 
 随分と忘れていた、懐かしい感覚。

「ビジョンのレイアウトが滅茶苦茶なのは勘弁して欲しい。実際にそんな構造の家は無いからね」

 そんな言葉が聞こえるのだけど、彼女の精神はそっちを全く気にしていなかった。
 太陽に向かって大きく両手を突き上げ、全身に太陽の光を感じている。
 背中の腱が伸びてふとももの裏側まで延びる感触を味わう。
 胸の中で一際大きく鼓動が走っている。
 
    ― これ、全部仮想現実なんですか?

「そうだよ。今は佐川製の義体ユーザーしか入れない、電子の箱庭だよ。」

    ― でも、太陽も風も心臓も・・・・

「君が感じてるのは、君の脳の記憶野に残っている情報を励起しているからだよ」

    ― じゃぁ、これ全部私の記憶?

「そう。そしてその記憶野の情報を一旦電子情報としてホストにストアし、若干手を加えてリロードしている」

    ― 私の記憶を吸い取られてるの?

「吸い取られてると言うのは表現的に正しくない。君の記憶をみんなが共有しているんだ」

    ― みんなって?

「佐川精密の全身義体を使っているみんなだよ。君が感じた太陽や風や鼓動の情報を皆が味わっている」

    ― じゃぁ いま私が見ている世界は?

「日本各地のこんな風景を見てきたって人達の記憶を繋ぎ合わせてる、仮想の日本だよ」

 仮想・・・・
 彼女の脳裏に少しだけ暗い影がよぎる。
 現実じゃないと言う部分が殊更にクローズアップされている。

40:リハビリ室3−3
13/01/02 15:35:19.23 oQ+13Qej
    ― じゃぁ、全部作り物なんですね?

「そうだね、作り物だね。だけど、作り物ゆえにこんな事も出来るよ」

    ― え?

 さっきまで居た白い部屋の中に誰かが居る気配を感じた。
 慌てて振り返ると、その部屋の中に人影があった。
 大手チェーン系カレーショップのユニフォームを来た男性。

「お待たせしました! 野菜ミックスカレー300gです」

 部屋の中から良い香りがしてきた。
 香り・・・・ そう!匂いだ!匂いを感じる!

 いま現状、機械の身体で唯一再現し切れていないものがこれ。
 脳が直接感じると言う唯一の感触器官。臭覚。
 バイオ系のセンサーを接続するまでは、サイボーグに臭いの情報は無い。
 全く動けない状態から調整を重ねる事4ヶ月弱。
 100日を越えて遮断され続けていた感覚が蘇ってくる。

 そして、その香りは味覚神経を刺激するカレーのスパイス臭。
 突き抜けるような香りが脳を直撃する!

「食べてみて」

    ― たっ! 食べられるんですか?

「ここは仮想現実だよ?何でも出来る。空も飛べる。おなか一杯ケーキ食べながらコーラ飲んでも太らないし」

 ドキドキしながら・・・・部屋を覗く。
 そうだ、これだ!この感覚だ!
 胸がときめく時に感じる鼓動感!
 
 部屋に足を踏み入れると、小さなテーブルの上にはお皿に乗ったカレーライスとグラスに入った氷水。
 紙ナプキンの上に置かれたスプーンを持って、コップの水に浸して、そして・・・・ そして・・・・

「どうしたの? 美味しそうに見えない?」

    ― 久しぶりなんで、どうやって食べればいいか忘れちゃって

 気が付けばテーブルの上に涙が零れていた。
 ポタリ・・・・ ポタリ・・・・
 
「最初はみんなそんな反応だよ」

    ― いただきます

 カレースプーンがライスの山に突き刺さる。カレールーを絡めて山から離陸する。
 そのまま口の中へと運ばれた、カレーの絡まった炊き立てご飯の味わい・・・・・

    ― おいしい・・・・

 心からの言葉が口を突いて出てくる。
 食べ物を食べると言う行為そのものが、これほど重要だったのか!と驚く。

 カレーの合間に呑む水の、その、喉を通って胃の府へと落ちていく感覚までが感動の嵐だった。
 一心不乱にカレーを食べ続けた。辛味を感じて舌がヒリヒリするような感触を楽しんだ。
 余計な事を考えず一気呵成に流し込んで満足して、グラスの水を飲み干して・・・・

41:リハビリ室3−4
13/01/02 15:36:51.08 oQ+13Qej
 ただ、ふと。気が付いてしまった。
 何で気が付いてしまったんだ!と、自分を責めたくなる。

    ― でも、これ。仮想なんですよね?

「もちろんそうだよ。全部作り物」

 全部作り物・・・・
 その言葉が胸に突き刺さった。

 自分が食べてるわけじゃない。自分は食べ物を必要としない。
 外部から給電されてバッテリーに電気を貯めて動く、電気仕掛けの機械人形。
 その現実が改めて突き刺さった。拭い切れない現実と言う奴が襲い掛かってきた。

    ― でも 私は 電気仕掛けの・・・・

 スプーンをお皿に置いて、そしてもう一度涙を浮かべる。

 どうしようもない現実が襲い掛かってきたのだけど。
 もう何度も何度も開き直ったと思ってきたのだけれど。

 だけど、どんなに覚悟を決めたと思っても、それはただの、上っ面だけの。
 どこか概念的な自分を騙すための、偽りの覚悟でしかないと思い知らされた。

「そうだよ。君の身体は電気仕掛けの人形だ。それは間違いない。けど、それを制御しているのはなんだい?」

 何処か冷たい口調で聞こえるオペレーターの言葉。
 何を言わんとしているのか。その核心を思い浮かばない。

「君の身体は125ボルトのバッテリーで動くコンプレッサーが作った圧縮空気で動いている」

 その口調は教え諭すものでもなく、また、何かを問いかけ、思考を促すものでもなく。
 まるで取扱説明書を読み上げる声のように。抑揚も無く感動も無く。ただ、淡々としている。

「熱も圧力も痛みでさえも、光神経が送る数値情報でしかない。足の裏に踏みしめる大地の温もりも感じない」

 崖っぷちで飛び降りようとしている自殺志願者に向かって『早く飛べ!』とでも言っているかのように。
 目を覚ましたときに、機械の身体になっていた衝撃からやっと立ち直ってきた筈なのに。
 誤魔化したり意図的に無視したりしてきた部分の、そのやっと固まった瘡蓋を力一杯はがすかのように。

「今更どこか希望や救済や奇跡なんか無いよ。今の君は外見的はただの、そう、操り人形(たんまつ)だ」

 冷酷無比に。
 傲岸不遜に。
 
 一番弱い部分を突き刺してえぐって切り裂く刃物のように。
 いままで必死に思いとどめてきた感情が、今まさに溢れかかっている。

 涙もこぼれなくなって、ただ呆然とカレー皿を眺めて放心している。

「だけど・・・・ 君はAIかい?」

 機械のような。マシンボイスのような抑揚の無い問いかけ。

「コンピューターの作り出した電子情報の模擬人格かい?」

 少し小さな声。
 だけど、ほんの僅かに温かみがあった。

42:リハビリ室3−5
13/01/02 15:38:19.61 oQ+13Qej
「プログラムに沿って動くロボットかい?」

    ― 違う

「なんだって?」

    ― 違う!

「じゃぁ、一体なんだって言うんだい?」

    ― 私は・・・・ 私は・・・・

「わたしは?」

    ― 私は私でしかない! 私だもの! 私は私!

「そうだ。その通りだ。君は君でしかない。自分を自分足らしめているのは自分しかないんだよ」

 まるで父親が子供に語りかけるように。
 まるで神父が信徒へ語りかけるように。

「自分を自分足らしめている物はただ一つ。それは自分の意思だ。そうだろう?」

 彼女は白い部屋を飛び出した。
 誰かの指示ではなく、自分の意思として、仮想空間の中を走った。

「君は君の意志がある限り、たとえ人工血液と人工脳液の中に浮かぶ脳髄だけだったとしても」

 訳も無くあのバルコニーへ飛び出て太陽を眺めた。
 自分の記憶の再生であるならば、あの太陽は私の物だ!と思った。

「電気仕掛けの操り人形の中に入った総計2kgに満たないタンパク質の塊だけだったとしても」

 眩い太陽に目を細め、流れる風に髪をなびかせた。
 全ては仮想空間の作り物だったとしても。
 コンピューターが作り出した幻だったとしても。

「君は人間だ。人間は魂の、心の、意志の生き物だ」

    ― 意思

「そう。意思だよ。AIには欲望や目的といった意思が無いんだよ」

    ― 目的?

「そう目的だ。生きる目的。一番汚くて一番ピュアなもの。欲が無いんだよ。これはAIでは作り出せない」

    ― でも、仮想空間の物を欲しがっても本物じゃないですよ。私は本物にさわりたいです。

「生身で感じる全てが本物だなんて、一体どこの誰が保障してくれるんだい?」

    ― え?そんな事言っても・・・・・

「そうだとも。味を感じるのは舌? 臭いを感じるのは鼻? 全ては脳がそう処理しているだけだ」

    ― 処理している・・・・

「脳と言うコンピューターが作り出した夢と言う幻想でも味を感じるだろ?それと一緒だよ」

 突然視界が真っ白に染まった。


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