果物の配達からバルセロナへ…あのコロンビア代表DFの生い立ちがすごい 2018/12/10 at EDITORIALPLUS
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18/12/10 21:53:47.42 CAP_USER9.net
2018/12/10 19:00
Text by
編集部K
『Daily Mail』や『Mirror』は9日、「エヴァートンのコロンビア代表DFジェリー・ミナは、自身の生い立ちについて話した」と報じた。
2018年にバルメイラスからバルセロナに引き抜かれたジェリー・ミナ。あまり出場機会が得られなかったこともあり、今夏はエヴァートンへと移籍し、プレミアリーグで力を発揮している。
彼は少年時代のことについて以下のように話し、かなり苦しい生活を余儀なくされていたことを明かした。

"
ジェリー・ミナ
「小さな頃、家族はとても苦しんでいた。そこから僕の態度が生まれているんだ。
我々は賃貸住宅に住んでいた。1部屋に4人でね。母、父、僕、そして弟。生活はとても厳しかった。父は仕事を見つけようとしていた。街に出て稼ぐ術を探していたよ。
母が泣いていたときのことを覚えているよ。僕は彼女に言ったんだ。
『聞いてくれ、ママ。僕はいつかあなたのために家を建てるよ。神様がいつも食べ物を与えてくれるようにするよ』と。
その日から、どこでサッカーをするにしても『そうだ、母にディナーを食べさせるために戦うんだ』と言っていた。
僕の強さはそこから来ている。子供の頃から厳しい場所にいたんだ」
「祖母の店で配達をしていたよ。毎日6000ペソ(212円)を稼いだ。4000ペソ(141円)は母への食べ物に。1000ペソ(35円)は弟におもちゃを買って、1000ペソで練習の後の水を買った。
バス代はなかったから、トラックが赤信号で止まるのをまって、その後ろに飛び乗っていた。冷たい雨が降っているときは恐ろしかったよ!滑ってしまうかもしれないからね。
もし母がそれを知っていたら、家から出さなかったかもしれないね!
練習では、いつも最初に到着して、最後に帰ったよ。いつもチームを成長させたかったからね。
監督は僕に尋ねていたよ。なぜ他の子供と一緒にいないのかと。大人と一緒にいたがるのかと。
僕は本当のサッカーをしたかったんだよ。同じ年齢の仲間が欲しいのではなく。それだけが僕の目標だった。プロにならなければいけなかった。母のために」
(バルセロナではうまく行かなかったし、ワールドカップでは怪我をしてしまったね?)
「ここで話されていることは本当の苦しみではないと思うよ。故郷で父や親戚が経験していること、そしてあの地域の人々が毎日苛まれているものとは比較できない。
白い線を踏み越えたら、マスクを着けるようなものなんだ。ピッチ上に友達はいない。そうでなければならないんだ。
もし父親相手にプレーすることになっても、僕はやっつけてやるよ。申し訳ないが、僕はそうするね!」
"
ちなみに、同じく貧困の中で育ち「アイス売りをしていた」というブラジル人FWリシャルリソンとは非常に仲がいいとのこと。
URLリンク(qoly.jp)


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