港区のアウトロー ..
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372:名無番長
21/09/28 17:11:17.19 0.net
>>358
そんな簡単な話ではないんですよ。
まず理解が必要なのは、よく国粋会は都内のいいシマを持っていると言われますが、
本当にいいシマを持っているのは生井一家(中央区)と落合一家(港区、渋谷区)なんですよね。
稲川は工藤会長(金町一家総長、台東区)を代紋違いの舎弟にしていましたが、
国粋会は各一家横並びのユルユルの連合体だったので、
肝心の生井&落合のシマには全く手を出せなかった訳です。
ちなみに生井&落合はそれこそ戦前から住吉一家と関係が深く、
戦後は住吉系組織が借りジマという体裁で生井&落合のシマに進出していました。
住吉会と稲川会(プラス親戚の五代目山口組)は二率会問題以降、
潜在的対立関係にありましたが、その中で国粋会問題が起きました。
発端は工藤会長が組織強化の名目で、会長と各一家総長の間に親子盃を導入しようとしたことです。
これが実現すれば工藤会長の権限が生井&落合のシマにも及ぶことになります。
一説には、この件の背後には稲川会がいて、稲川会はゆくゆくは国粋会を丸飲みするつもりだという話でした。
これに猛反対したのが当時の生井&落合の総長と、稲川会と対立関係にあった佃繁会の会長の3名でした。
住吉会も反工藤の3親分に同調しバックアップしていました。
工藤会長は3親分を破門し、国粋会は工藤派と反工藤派の内部抗争状態になりました。
この時、工藤派を稲川会に、反工藤派を住吉会にというかたちで手打ちが模索されたとも云われますが、
稲川会の真の狙いは生井&落合のシマだったので話はまとまらなかったようです。
国粋会(正確には生井&落合のシマ)を巡る対立は深刻化し、それが暴走して四ツ木銃撃事件が起きてしまいました。
四ツ木事件の後、国粋会問題は棚上げのよう形になり住吉会も稲川会も手を出せなくなりました。
その隙をついて山口組が国粋会問題に介入し、反工藤派3親分の引退という形で解決しました。
これにより工藤会長は山口組に借りを作った形になり、それが後の国粋会の山口組加入に繋がりました。


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