リレー小説「中国大恐慌」 at MITEMITE
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700:創る名無しに見る名無し
19/01/04 23:04:56.08 BBF3zQw1.net
ワンルームの部屋に簡単な荷物だけを持って入った。
TVもない静かな部屋にいると、ハオは変な気持ちになって来た。
体は一つだが、確かにララと一つ部屋に二人きり。
自分の中でララが動く音すら聞こえるような気がした。
「何て言うか」ハオはララに言った。「ラブホに来たみたいだね」

701:創る名無しに見る名無し
19/01/04 23:11:00.42 BBF3zQw1.net
ズーランはチャイムの音で起こされた。
すっぴんの顔を手で覆って出ると、黒いスーツをラフに着た17歳ぐらいの女の子が立っていた。
「ここにアホ面でそこそこガタイのいいハオがいるだろう?」
「出てったわよ。引っ越し先は知らないわ」

702:創る名無しに見る名無し
19/01/04 23:14:52.59 BBF3zQw1.net
「クソッ。足取りを見失ってしまった」
黒いスーツ姿の女の子は聞き込みをしながら町を歩いているうちにお腹が空いてきた。
「辛いものが食べたいな」
そう思いながら歩いていると、目の前に四川料理の店を見つけた。
赤い看板に白い文字で『シャオ四川料理店』と書いてある。
「汚い店だが、ここにするか……」

703:創る名無しに見る名無し
19/01/05 00:05:19.76 XC/5Tbij.net
「いらっしゃ……」
新聞を読んでいたシャオは顔を上げ、客の顔を見た。
「なんだガキ。ここはてめぇが来るような店じゃねェ。帰んな」
肌の黒い女の子の客は「ほう?」と言った。「そういう店か?」
「あ。いや、いかがわしい店じゃねェよ。金持ってんのか? 持ってんなら食わしてやる」
客は財布を取り出すと、1000元札を20枚、広げて見せた。
「ははは」シャオは嬉しそうな顔を隠しながら言った。「そんなにいらねェよ。いらねェんだけどな。さ、何にする?」
「黒麻婆豆腐とご飯で」
「あいよっ」
客はカウンターに座り、シャオが調理する様子をじーっと見ながら聞いた。
「人を探しているんだが、ランニングシャツにトランクス姿のアホ面の男を見なかったか?」
「知らんな。この寒いのにそんな格好で歩いてりゃ覚えてねェ訳がねェ」
「そうか」
「さァ黒麻婆豆腐に白飯だ。食え」
「真っ黒だな」
「黒麻婆豆腐だからな」
客はレンゲを持つと、麻婆豆腐を口に入れた途端、店主の顔めがけて噴いた。
「あっ、あちちち! 何しやがる!!」
しかし客は無視して白飯を口に運んでいた。その白飯も店主に向かって投げつける。
「このクソガキがァ!! おいっ! ジンチン! しっかり出口塞いどけ!」
「お前の料理で精神的な傷を受けた。慰謝料払え」
「んだこのクソガキアァ!!」
しかしシャオは体が金縛りにあったように動かなかった。元格闘家としての本能が告げていた、これ以上動いたら自分の命がない。
「さっきからお前の料理を見ていたんだが、なぜニンニクを真っ黒に焦がすんだ? ア?」
「くっ……黒麻婆だからに決まってんじやねェか!」
「香ばしく焦がすのと真っ黒焦げにするのとでは意味が全然違うだろうが……。あと、豆板醤をスープを張ってから入れるのにはどういう意味が?」
「何か悪ィのかよ!?」
「いいか。まず火を点ける前に油にニンニクを入れ、香りを油につける。豆板醤はスープを張る前に炒めて辛味を出すんだ。そしてそれが臭みに変わる直前にスープを張る」
客は厨房に飛び入りすると、釜のご飯をすべてゴミ箱に捨てた。
「なっ、何しやがる!?」
「飯もひでーもんだ。米を研ぐ時、一回目の研ぎをどうせゆっくりじっくり水を捨てているのだろう? 米にヌカが染み込んでしまっている」
「あ、あぁ確かにゆっくりじっくりしてるが。いけないのか?」
「一回目は特に素早く水を捨てるんだ。ヌカが染み込まないようにな。出来ればザルで洗うのがいい」
「ほう」
「ただし洗いすぎるな。やや白濁が残るぐらいが米の甘さを引き出す」
「へぇ」
「お前の炊いた飯はまるでウジ虫だ」
「すんまへん」
「蒸らしをしっかりやれ。ご飯粒を立てるんだ」
「はい」
「よし。では飯を炊いているうちに旨い黒麻婆豆腐を作るぞ」
「お願いします」
一時間後、客の作った黒麻婆豆腐と白ご飯をシャオとジンチンは並んで頂いた。
「これは旨い!」
「旨いだろう」
「老師と呼ばせてください!」
「よしよし」
「これは勉強代です。どうか受け取ってください!」
そう言いながらシャオは2000元を差し出したが、客は受け取らなかった。
「今度来た時、旨いの食わせてくれよ。それが一番嬉しい。じゃあな」
シャオとジンチンは涙を流しながら客の帰りを見送った。

704:創る名無しに見る名無し
19/01/05 00:33:56.21 XC/5Tbij.net
その夜のハオの対戦相手は鬼鬼(グェイグェイ)という通り名の不気味な男だった。
長い黒髪で顔を隠し、白い汚ならしい着物を纏い、独自の形意拳『幽霊拳』を使う。
正直ハオが負ける相手ではなかった。
賭けファイト開始の一時間前、シャオはハオを呼び、言ったのだった。
「今日はお前、負けろな」
「了解です、兄貴!」ハオは快く従った。
今日のシャオはやたら機嫌がよく、ニコニコしていた。
「今日の黒麻婆豆腐は自信作なんだ。遠慮せず食べてみてくれ、リー」
「遠慮しまっす!」
ゴングが鳴った。
鬼鬼がまず大袈裟なアクションを決める。TVから這い出すような動作でハオに向かって間合いを詰めた。
ハオはわざとらしくビビり、金縛りに遭う。
そこを鬼鬼がハオの足から胸まで一気に這い上がり、恐ろしい顔を黒髪の間から覗かせ、ヒッヒッヒと笑うとハオは失神した。
レフェリーが鬼鬼の手を掴み、高く掲げる。
「うーん。うまく芝居できたなぁ」
達成感に浸りながら敗者ハオは観客席をにんとなく見渡した。
「んっ?」
なんだか覚えのある黒い『気』が客席の一点から立ち昇っている。
よく見ると、その袂に黒いスーツをラフに着たワイルドな髪型の女の子がいて、ハオをまっすぐ睨んで牙を見せて笑っていた。

705:創る名無しに見る名無し
19/01/05 00:40:07.22 XC/5Tbij.net
「メ、メイファンさぁん!」
会場の壁際で、ハオは泣きながら土下座をした。
「私はお前にあんなふざけたファイトをさせるために特訓をしたんだっけな?」メイファンはハオの頭を踏みつけながら言った。
「すいません! すいません!」

706:創る名無しに見る名無し
19/01/05 00:49:55.00 XC/5Tbij.net
そこへ間が悪くジェイが金を持ってやって来た。
「ハオはん、がっぽりや! ハオはん人気で鬼鬼に賭けた金が24倍や! これで今夜はパァーッと飲みまひょ……あら? こちらの美少女はどなた?」

707:創る名無しに見る名無し
19/01/05 09:25:31.09 aj4AXtG0.net
メイファンは受付窓口へやって行った。窓口の内側にシャオがいた。
「おい」
「老師! よくぞいらっしゃいま……」
「あのマスクマンと闘りたい」
「すんまへん。1日2回以上の格闘はルール違……」
「この国でルールだマナーだ言う珍しいヤツか、お前は」
「ああっ! 確かに!」
「ところで変装したい。何か変装グッズはあるか」
「うーむ……」シャオは回りを見渡した。「これを」

708:創る名無しに見る名無し
19/01/05 09:36:44.33 aj4AXtG0.net
メインイベントの後にもう一試合が加えられた。爆発頭がマイクで叫ぶ。
「連戦連勝を続けていたニュー・ヒーロー、今日の負けが気に入らないと再びの登場だぁ〜! マスクマン、ブルー・リー〜〜!」
ハオが嫌そうに金網の中に再登場する。
「対戦者はなんと女の子だぞ! だが美少女かどうかはさっぱりわからねぇ! でもすけべだ! 包帯ぐるぐる戦士、ミーラちゃん〜〜!!」
全裸に白い包帯を頭から足先まで巻き付けただけのメイファンが現れ、大喜びする観客達をくだらなさそうに眺めた。
「ララ、さっきから黙っているが」メイファンがハオを睨む。「何か喋れよ」
「……」
「フン、まぁ、いい」メイファンの身体を黒い『気』が大きく包むのをハオは見た。「お仕置きタイムだ」

709:創る名無しに見る名無し
19/01/05 10:20:03.74 aj4AXtG0.net
『ハオさん』ハオの中でララが話しかけた。
『二人で死のう』ハオは心中を提案した。
『何言ってるんですか。これはチャンスですよ』
『チャンス?』
『メイは私達を舐めきっています。私達が合体でどれだけ強くなっているか、知りもしないで』
『あっ、なるほど』
『おまけに衆人環視の中でメイは本気を出すことが出来ない。あまりに強すぎると疑われます、(あれが裏のNo.1殺し屋、黒色悪夢なんじゃないか? って)』
『うーん』
『何よりメイファンなんて実はそんなに強くないです。ハオさん、本気でメイと闘ったことある?』
『ないけど……』
『だから知らないでしょ? あの子、ただ棒を速く突けるだけの棒術オタクよ。棒を持たないメイファンなんてハオさんの敵じゃないわ。姉の私が言うんだから間違いない』
『そうか……自信が湧いて来たぞ!』
ゴングが鳴った。
『行くよ、お兄ちゃん!』ララが操縦桿を握った。
『操縦任せた、ララ!』
ハオはそう言うとメイファンに向かって踵落としを出しながら下段蹴りを繰り出しながら正拳突きを食らわせようとする。
「メチャクチャだな」
そう呟くとメイファンは踵落としを手で受け止め、下段蹴りを蹴り返して退け、正拳突きをキャッチした。
「飛んでけ」
そう言うとハオを天井へ向かって投げ飛ばす。10m近く頭上の天井にハオは背中から叩きつけられ、ぐえっと言った。
落ちて来たハオを抱き止めるとメイファンは、今度は左側の金網に投げつける。金網がベキベキと音を立てて変形した。
『気』をロープのようにハオに結びつけていたメイファンはそれを手繰って引き寄せると、ミイラ・ラリアットを決めた。
「ね、姉ちゃん相手に容赦ねぇ……」それがハオの最期の言葉だった。
「まったく合体の意味がないな」メイファンは呆れてため息を吐いた。「もう少しまともかと思ったが……」
ララは何も言わず、勝ち誇りもせずに自分を見下す妹の姿を見ていた。
「大体、私の黒い『気』はあらゆるものを武器に出来、ララの白い『気』はあらゆる傷を治すというのに……」
『あっ』ララは心の中で声を上げた。
「お前の青い『気』には一体何が出来るんだ?」
『そうか』ララはこの時、確かに何かを掴んだのだった。

710:創る名無しに見る名無し
19/01/05 11:01:52.36 aj4AXtG0.net
「老師! 料理だけでなく格闘までとは恐れ入ります!」
シャオがずずいとメイファンの前に出て来てファイト・マネーを差し出した。
「いらん。このボケ連れて帰るぞ」
「ええっ!? それは……」
「文句あるのか?」
「いえっ! いえいえどうぞどうぞ! そんなもの差し上げます! ただ……」
「何だ?」
「服を着てお帰りになったほうが……」
「あぁ、そっか。面倒くさ」
仕方なくメイファンは黒いスーツを包帯の上に着た。
メイファンは『気』のロープでハオを犬のように繋いで外へ出た。冬の冷たい空気が包んだ。
「こっから『施設』まで約15kmか。徒歩で3時間ぐらいかな」
メイファンはスマホを取り出し、車を呼んだ。
何も言わずに夜道を歩いて行く。
「しかし、(それ)だけは凄いな」メイファンが振り返る。「まったくの無傷だ。試合中から」
メイファンはララが中にいた頃、戦闘中に受けた傷を治すことは出来た。ただしそのためには『白い手』を出す必要があり、
『白い手』を出している間は手を戦闘に使うことが出来ない。ゆえにメイファンが自分を治療出来るのは実質戦闘終了後のみということになった。
しかしララと合体したハオは戦闘中に中からの『気』で自分を治すことが可能であり、これだけはメイファンを凌ぐ強力な能力であると言えた。
「ただ、それだけじゃなぁ」メイファンがため息を吐く。「やられっぱなしだ」
ハオは何も答えず、泣いている。
「まぁ、いくら虐めても傷つかないんだから、虐め甲斐は以前の数10倍になったかなぁ」
「おい、糞メイファン」いきなりハオの口がそんな言葉を発し、ハオは驚いた。
「あ?」メイファンが振り向く。「糞はお前……」
振り向いてメイファンは固まった。
駐車場の水銀灯の下、ロボットのように巨大化したハオが、真っ青な『気』を大きく発して立ちはだかっていた。
「は? でかっ……」
「ぬおぉ」とハオは叫ぶとメイファンの黒い『気』のロープをいとも容易く手刀で切断した。
「おいおい……」
目を白黒させるメイファンにハオは襲いかかった。音速で間合いを詰めると膝蹴りをぶち込む。
『気』の鎧で防ぎながらもメイファンは15m吹っ飛んだ。
「逃げるわよっ! ハオさん!」
ララがそう言うとハオはガシャガシャとメカメカしい音を立て走り去った。
「なんだ……あれは……」
メイファンはそれを見送るしか出来なかった。

711:創る名無しに見る名無し
19/01/05 11:30:45.06 aj4AXtG0.net
アパートに逃げ帰った二人はドアを閉め、5分ほどハァハァ息を切らすと、話しはじめた。
「お兄ちゃん、あたし、掴んだよ!」
「……みたいだな」
「今までは私がお兄ちゃんを操縦しようとしてた。私の『気』の力と怨念でお兄ちゃんの身体を動かそうとしてた。でも、それじゃダメだったんだ!」
「実際ダメだったよね」
「私はお兄ちゃんの青い『気』を増幅させ、傷ついた時には治療する、それだけでよかったんだ。格闘素人の私が操縦なんかしようとしちゃダメだったんだ」
「つまり僕は自由ってことだね」
ハオはいつの間にかノートパソコンを開き、リアルラブドールの製品情報を閲覧しはじめていた。
「なぁ、ララ。お金結構貯まったからコレ、買おうよ。格闘の時以外はララはこのエロボディーに入って……」
「ううん。お兄ちゃんは自由じゃないよ」ララは厳しい口調で言った。「私はお兄ちゃんを操縦しないけど、支配する必要がある」
「へぇ〜。わっ、このドール可愛い!」
「お兄ちゃんは格闘スキルだけを残して消え失せるの。言わば私の命令に忠実に従う意志のないロボットのようになるのよ」
「でも巨大化はやりすぎじゃね?」
「うん。それは私も思ってた。あの設定はリセットしましょう」

712:創る名無しに見る名無し
19/01/05 11:32:36.08 aj4AXtG0.net
「言わばこれはリー・チンハオ改造計画よ」ララは言った。「覚悟してね、お兄ちゃん」

713:創る名無しに見る名無し
19/01/05 12:54:15.93 aj4AXtG0.net
リウ・パイロンは相変わらずシューフェンの遺影の前で座っていた。その横ではメイファンがずっと膝を抱いて踞っていた。
「リー・チンハオを連れ戻せなかったのか」
リウがそう聞いても膝に顔を埋めて黙っている。
「やはりララと合体し、強大になっていたのか?」
メイファンはようやく少し顔を上げると、目に涙が潤んでいた。
「バランスがうまく取れねーんだ、ララが中にいてくれないと」
リウは黙って聞いた。
「虐めて遊ぶ豚野郎がいねーとつまんねぇし……」
「寂しいのか?」リウが聞く。
「アイツらがどんどん変わって行きそうで嫌なだけだよ」
そう言うとメイファンはまた膝に顔を埋めた。
昨夜から13時間、もうずっとこうしている。
今のメイファンではスパーリングの相手にすらならんな、そう思いながらリウ・パイロンはようやく腰を上げた。

714:創る名無しに見る名無し
19/01/05 13:59:54.64 aj4AXtG0.net
ララが眠るとハオは起き出し、ノートパソコンを開いた。
リアルラブドールのページを開くと、メンメンちゃんという名前のドールを注文した。
身長155cmでおっぱいはEカップ。顔も含めて実物のララの印象に近いドールだ。
約4万元(約60万円)の金額を確認し、支払いを完了する。
「凄いよなぁ。たった5日でこんなの買えちゃった」
注文を確定するとウキウキとした気分で布団に戻る。
ハオはララの言うことを信じていなかった。心優しいララのことだから、どうせ口だけだとたかをくくっていた。
「明日もきっと楽しい1日が僕を待っているさ〜」

715:創る名無しに見る名無し
19/01/05 14:38:34.10 RJm5TPvq.net
その夜、ハオの枕元にシューフェンが立った。
「ハオ」
「シューフェンの幽霊だ。シューフェンなら幽霊でも怖くないよ」
「私のことは、忘れちゃったの?」
「違うよ、シューフェン」ハオはイケメン顔で言った。「シューフェンは残された俺の人生を灰色にしてしまうのが望みなのかい?」
「いいえ」
「そうだろ? 俺はシューフェンが悲しまないように、シューフェンを笑わせようと、強く楽しく生きているだけさ」
「さすがハオね」
「そうだろう? 俺ほどプラス思考な人間は世の中探してもなかなかいないぜ?」
シューフェンの霊は何か言いたそうにしていたが、やがて呆れたようにすうっと消えてしまった。

716:創る名無しに見る名無し
19/01/05 15:26:51.22 dbI/AjMt.net
シューフェン……やはり僕のことをわかってくれるのは君だけだ。
ハオは永遠の愛を誓った。

717:創る名無しに見る名無し
19/01/05 18:20:05.67 SNnq5j4j.net
するとどこからともなく
「私が本当に愛を誓ったのはロンなの。お前のような無職で弱虫のエロ親父なんかじゃない。」
とシューフェンの幻聴聞こえてきた

718:創る名無しに見る名無し
19/01/05 18:58:14.47 1wBuL6I7.net
「なんだとぅ!?」そう叫びながら起きると、朝だ。ハオは違和感を覚えた。
「あれぇ?」
なせだろう、自分の体が自分じゃないようだ。
試しにパンツの中を見ると、自慢の如意棒が朝立ちしていないどころか子供のおちんちんのように小さくなっている。
「ハァァァ!?」
ベッドから身を起こそうとすると上手く体を動かせず、ベッドから転落してしまった。
「おい、ララ!? なんかおかしい。俺が自由に動けているでもなし、お前が操縦しているでもなし……」
「うるせぇ! 糞兄! 黙れ!」とララの声がやたら遠くから聞こえて来た。
「く、糞兄?」
「そうだてめぇは糞兄だ! 人間じゃねぇ! ウンコだ!」
「う、ウンコが好きな妹だな」
「言っただろ? お前は消えてなくなるんだ。これからは私がリー・チンハオだ!」
「いやいやリー・チンハオは俺のことですから!」
「いいから黙ってろ! 黙って支配されろ糞兄!」
「糞兄って呼ぶのやめて!」
「『兄』つけてもらえるだけ有り難く思え!」
「『兄』がなかったらただの糞!?」
「リー・チンハオは崇高な精神を持った誇り高き戦士に生まれ変わるのだ! 糞は死ね!」
「ララ……」
「死ね!」
「お前……なんか……無理してない?」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

719:創る名無しに見る名無し
19/01/05 19:45:47.74 RfbE9vHz.net
ハオの言う通り、ララは無理をしていた。
ハオを罵倒する言葉はすべて自分に跳ね返って来た。
自分とハオさんはやっぱり似てる……ララはそう思うのだった。
それでいてハオに対する感情は同族嫌悪などではなく、むしろ嫌悪と尊敬の激しく入り交じった複雑な感情であった。
エロに対する子供じみた好奇心も、気弱なところも、他人の言いなりになりやすく、何も出来ない意気地無しなところも、すべて似ているとしか思えなかった。
ただ、何をされてもひたすら耐え、その後に相手を笑って許してしまえるハオの優しさは、ララにはないものだった。
その優しさをララは愛していた。
いや、それを優しさと呼んでいいのかすらララにはわからなかった。
すべてを包み込んで許すその大らかさ、そして身をもって見せたシューフェンへの一途な愛、その二つだけでララがハオを愛する理由は十分に足りた。
『ハオさんの優しさは、ただの優しさじゃない。これを何て呼んだらいいのだろう……』

720:創る名無しに見る名無し
19/01/05 20:00:02.69 ws5qEhsQ.net
ララは「優柔不断」という言葉を知らなかったのだ。

721:創る名無しに見る名無し
19/01/05 23:50:43.14 bVz1RAiD.net
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     ヽ ヽ   ..::__) | ララちゃん〜イクゥゥゥゥー!!
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        \___!  
        /⌒``ーi   
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   彡 cノ _ノ⌒|   (:::):::)、      ドピュッ
       `ー-、 |    |―、ヽ、  \ ピュッ
          ヽi    |  \ ヽ   )
           ヽ_ノ    `ー―'

722:創る名無しに見る名無し
19/01/06 08:16:02.93 lwgh5cJT.net
朝7時、ララは自分の足でいつもの公園へ行った。
到着した時にはもう太極拳の套路は始まってしまっていた。
鳩の羽音と人々の衣擦れの音が温かい音を立てる。
ララはそそくさと集団に混じり、適当に前の人の真似をして動きはじめた。
チラリとご飯のところを見ると湯気を立てている。
『エヘヘ、今日は何かな』
しかしすぐにリーダーの女性がやって来て、ララに言った。
「アナタ最近いつも来てる人よね? どうしたの? 陳派の基本型から××の簡単な流れよ? 忘れちゃったの?」
「えっ」
ララは自分の中のハオを見た。ちょうど心臓の少し下のあたりで茨に絡め、食虫植物にかかったように養分をチューチュー吸われている。
「しょうがないわね」リーダーの女性は言った。「散会後、あなただけ残って講習よ。今日は施しはないと思っておいてね」
彼女が背を向けるなりララは逃げ帰った。

723:創る名無しに見る名無し
19/01/06 08:23:11.86 lwgh5cJT.net
仕方なくセブンイレブン似のコンビニで弁当を買うことにした。
弁当とお茶を買い、外へ出る。
公園のベンチに座って食べはじめる。
冷たいご飯がパサパサでちっとも美味しくない。
温めますか? って、そう言えばあの店員さん、聞いてくれなかった。
って言うか言わなくても温めてくれるのが当たり前じゃないの?
お茶もわざわざ冷蔵庫で冷たくなんてしなくていいのに、どうせ温めるんだから。
ララは少し泣きたくなった。
メイファンのせいだ、ララは思った。
メイファンが私に何もやらせず、過保護にしたせいで、私は何も出来ない大人になってしまった。
冬の寒風の吹く中、ララは弁当も冷たいお茶も半分以上残して公園のゴミ箱に捨てた。

724:創る名無しに見る名無し
19/01/06 09:09:46.31 2Kyr8SJi.net
それでもララはこうして直接寒さや飯のマズさを感じることにも喜びを感じていた。

725:創る名無しに見る名無し
19/01/06 12:02:26.93 jiBSei26.net
ララはシャオの四川料理店へ出掛けた。
店の横の路地に入るとジンチンが巨体をゆすりながら、うまい棒を連続食いしていた。
その目にはうまい棒以外のものは何も入っておらず、ララがすぐ近くまで寄っても気づいていないようだった。
あれからシャオはジンチンとの勝負をやらせてくれなかった。
同じカードはなるべく続けないようにしているようだったが、それ以上にララとジンチンが仲良くなってしまったせいもあった。
「ジンちゃん」ララは話しかけた。
「あら、ララちゃん」ジンチンはようやくララに気がついた。
「うまい棒一本くれる?」
「いいわよ。1000本あるから一本ぐらい」
ジンチンは外では唯一ララの存在を知る人間であった。彼女も未熟ながら『気』を使える人間であり、それゆえハオの中に白い女の子がいることに最初から気がついていたのだ。
ララは手に持ったうまい棒に『気』を込めてみる。自分の青い『気』に一体何が出来るのか、まだ判明していなかった。
『気』を込めたうまい棒はふにゃりと柔らかくなると、ララの手をすり抜けて液体のようにこぼれ落ちてしまった。
「これは普通に……ララの白い『気』で出来ることだわ……」
隣を見るとジンチンは、うまい棒が一本もったいないことになったことにも気づかず、鼻息を荒くしてコンポタ味をバリボリいわせている。
本能だけで生きているジンチンのことが羨ましく思えた。
何の悩みもないんだろうな。
自分と同い年の女の子のくせに。
しかしジンチンのことを女だと知るのもまたララ一人だけであった。
秘密を守り合う二人の間には固い友情が確かに結ばれていた。
「ねぇ、ジンちゃん」
「なァに?」
「私と本気で闘ってみてくれないかな」
「やァよ。だるいし。ララちゃん傷つけたくないもの」
「よっちゃんイカ1年分あげるから」
「いいわよ」ジンチンは身を乗り出し、やる気を見せた。「どこでする?」
「あそこのお寺の裏に人通りのない広場があるの」

726:創る名無しに見る名無し
19/01/06 12:53:45.79 3mpb7NLp.net
主な登場人物まとめ
・ハオ(リー・チンハオ)……主人公。習近平とメイファンにより謎の施設に軟禁され、謎の過酷な特訓を受けていたが、
ララに体を乗っ取られ、施設を脱走。現在は自分の体内でララに監禁され、その格闘スキルを吸い取られ中。太極拳の使い手。
・シン・シューフェン……ヒロイン。膵臓ガンにより逝去。ハオの恋人だったが、リウに取られた。
元々ハオにはもったいないほどの美人であり、リウの紹介で女優デビューする。
・リウ・パイロン……中国の格闘技『散打』のチャンピオンであり国民的英雄。シューフェンの夫であり、彼女の死に深く沈み、現在廃人中。
メイファンの元弟子だが、ボロボロに負かした上当時8歳のメイファンをレイプした上、彼女の元を去る。
・ラン・メイファン……17歳の美少女。国家主席習近平のボディーガードであり凄腕の殺し屋。
『気』を操り様々なことに使える武術家、というより超能力者。『黒色悪夢』の通り名で恐れられている。
・ラン・ラーラァ(ララ)……21歳の天然フェロモン娘。メイファンの姉。ただし身体を持たず、妹の中に住んでいた。
『気』だけの存在であり、メイファンの身体を抜け出しハオの中へ引っ越した。性格は妹と正反対で女らしく、お喋り好きだったが、発狂しはじめている。
・シャオ・ホンフー……42歳だが50歳代にしか見えないほど老けている、元散打王。新人の頃のリウに試合中、片目を潰され、散打界を去る。
現在は四川料理の店をやりながら殺し屋、地下ファイトの主催者等をしている。料理がヘタ。
・ヤォバイ・ジンチン……スキンヘッドのデブ。体を2倍に膨らませてあらゆる攻撃を吸収してしまう。
食べることにおいては意欲的だが、それ以外のことにはまったくやる気がない。誰もが男だと思っているが、実は21歳の女性。
・習近平……言わずと知れた中国国家主席。孤児だったメイファンを引き取り、殺し屋として育てる。ララのファン。
・ドナルド・トランプ……言わずと知れた(略)
・ジャン・ウー……メイファンの仲間の殺し屋。通り名は『酒鬼』。昔のカンフー映画に出てくるような見た目をしている。
メイファンに首をはねられ死去しとかと思いきや生きていた。

727:創る名無しに見る名無し
19/01/06 20:57:20.06 L63HVqxB.net
「行くよっ! ジンちゃん!」
ララは構えた。もう大分ハオを吸収し、構えが様になっていた。
「いつでもどっぞ〜」
ジンチンはうまい棒をひたすら齧りながら言った。
ララは自分を殺す。自分はひたすら『気』の発生源となり、ハオの身体が動くに任せた。
ハオの身体が動いた。素早い動きで間合いを詰め、連を繰り出す。ジンチンの腹があっという間に10箇所へこむ。
「速いわねぇ、ララちゃん」
ジンチンは感心しながらうまい棒を食べ続けた。
ハオの身体は蹴りを繰り出す。めり込む。めり込んだ足を軸に、上へと駆け上がる。しかしまるでコールタールの海の上を歩くようにその動きは緩慢だ。
「のろいわよォ、ララちゃん」
そう言いながらジンチンはゆっくりと前へ倒れた。
「ぷぎゅ」
ララは肉の下敷きになり、勝敗は決した。

728:創る名無しに見る名無し
19/01/06 21:24:11.78 L63HVqxB.net
「ジンちゃん……」
「なァに?」
「本気出さなかったでしょ……」
「まァね」
二人は寺の裏の広場のコンクリートに並んで腰掛け、うまい棒を食べた。
「本気出すまでもないってこと?」ララは涙でしょっぱいうまい棒を齧る。
「そうねェ」
「何が足りないの? あたし」
「足りないと言えば、覚悟ねェ」
「覚悟?」
「えェ。闘いにすべてを捧げる覚悟」
「すべてを……捧げる?」
「ララちゃんには煩悩がありすぎるのよォ」
「煩悩? エッチなことってこと?」
「それに限らないわねェ。食べることにしても煩悩よォ」
「え。ジンちゃんは?」
「なァに〜?」
「ジンちゃんには煩悩がなくて、覚悟があるの?」
「オデの煩悩は食べることだけェ〜。でもって、食べれば食べるほど強くなるのがオデだからァ〜」
「強くなるために食べてるの?」
「わっがんねェ〜。エヘヘ」
「うーん?」
「ララちゃんさァ、オデのこと、悩みが何もなさそうで羨ましいって思ってない?」
「え! そそそそんなことないよ?」
「ないのよォ〜、本当に」
「え?」
「世俗的な悩みなんてなーんにもないの」
「まじでか」
「そーゆーのも煩悩だからねェ。オデは闘って、勝って、お金貰って、お菓子が食べれればそれで何ァんも要らね」
「ある意味ストイックなんだ?」
「わっがんねェ〜。エヘヘ」
とりあえずジンチンとの会話は今のララにとっては何の役にも立たなかった。
どうしたらジンちゃんに勝てるのだろう? ララの頭の中はそのことばかりだった。
ララはふと思い出した。昔メイファンと一緒に読んだ日本の漫画「北斗の拳」にそう言えば「ハート様」というジンちゃんみたいなのが出て来た。
北斗のケンシロウはあれをどうやって倒したんだっけ? 調べてみよう。
ふと自分の中のハオを見ると、幼児ぐらいの大きさになり、体に刺された管からもう相当の養分を座れていた。

729:創る名無しに見る名無し
19/01/07 09:27:04.72 p8lU3N0M.net
その夜、マスクマン「ブルー・リー」は地下ファイト会場に来なかった。
シャオは怒るでもなく、ただため息を吐いた。
「まァ、そらなァ……。あそこまで完璧に負けたら嫌にもならァな……。あぁ、ミーラちゃん、また来ねェかな……」
ため息を吐きながら客席を眺めていたシャオは、ふと懐かしい姿を見つけ、愕然とする。
サングラスをかけ、無精髭なんか生やして、やたら洒落たナリをしているが、アイツは……間違いねェ。
シャオは舎弟に窓口を任すと早足でその男の元へ向かった。
「オイオイ、散打王様がこんな所に何のご用で?」
振り向いた男はシャオの顔を認めると、言った。
「あんたは?」
「あらら。この目の傷に覚えがない?」
「……悪いが知らん。あんたはここの主催者か?」
シャオの口元が歪む。お前の前に散打王と呼ばれていた男のことなんか覚えてもねェのかい。
「いかにも俺が主催者だが。ならば何の用だよ?」
「人を探している」
「ふん。誰をだよ?」
「リー・チンハオという男だ」
「知らねェな」
「先日、ここでラン・メイファンという少女と試合をしたと聞いたが?」
「少女? ミーラちゃん……老師のことかい?」
「老師……たぶんそいつだ。肌の黒い、愛くるしい顔をした……」
「そっ、その人にまたお会いしたい! どちらにいらっしゃる?」
「質問をしているのはこっちだ。まず答えてくれないか。その少女と闘ってボロ負けした男だ」
シャオは面倒臭そうに答えた。
「リー・チンコって言ったか? リー・ラーラァって名だと聞いたが……」
「そいつだ! どこにいる?」
「ふぅん……。教えてほしいのかい?」
「もったいつけないでくれ」
シャオはニヤリと笑うと、言った。
「教えてほしいなら、ここで一試合して行ってくんねェかな。リウ・パイロンさん」
「なるほど」
「お高いアンタだからこんな所で闘いたくないとは思うが」
「試合か」
「まぁ、無理にとは言わねェよ。リーの居所が知りたいなら他にも」
「面白そうだな」
「えぇっ!?」
「相手はどの戦士だ?」
俺が……やる……と言いたい気持ちを押さえ、シャオは言った。
「実質ここで最強の戦士……ジンチンって奴だ」
「強いのか」
「正直……俺の5倍は強いな」
「お前がどれくらい強いのか知らんぞ」
シャオのこめかみの血管がブチ切れた。
「アンタが勝っても当たり前なんだからファイトマネーはビタ一文払わん。その代わりアンタがもし負けたらファイトマネー30万元(約500万円)貰うぞ! いいか?」
「いいだろう。久しぶりの運動のつもりだ。金は要らん」
「キシャアアァ!」シャオは思わず威嚇した。「よし決まりだァア!!」

730:創る名無しに見る名無し
19/01/07 11:17:18.90 p8lU3N0M.net
この会場で唯一行われないカードがあった。シャオ・ホンフーとヤォバイ・ジンチンの対戦である。
実現しない理由はもちろん100%ジンチンがわざと負けるからであり、勝敗の決まっている試合など賭けの対象にならなかった。
そして実際の強さにおいても元散打王であるシャオのほうが絶対に強いと誰もが思っていた、ただ一人、当のシャオ・ホンフーを除いては。

731:創る名無しに見る名無し
19/01/07 11:34:00.84 p8lU3N0M.net
控え室で遠い目をしながらよっちゃんイカを食べているジンチンのところへシャオがやって来た。
「よう、ジンチン」
シャオの声でようやくジンチンは気づき、振り向いた。
「よう、兄貴〜」
「今日のお前の対戦相手、変更があった」
「ふ〜ん」
「お前のことだ、誰が相手でも動じねェんだろうけど……」
「そだね〜」
「リウ・パイロンだぞ。まぁ、お前にはどうでもいいか……」
シャオはゴゴゴゴと炎が燃え上がるような音を聞いた。振り返るとジンチンが燃えている。
「ジ……ジンチン!?」
「わはは。ようやく本気でやれる……」

732:創る名無しに見る名無し
19/01/07 11:54:54.15 p8lU3N0M.net
リウは目の前で次々と行われる試合を観戦しながら、どんどん表情が険しくなっていた。
シャオが戻って来、隣に座って話しかける。
「どうだい? ふざけた試合ばっかりだろ?」
「不愉快になるぐらいにな」リウは腕組みをし、足を組んだ。「3流の芝居小屋か? ここは」
「八百長ばっかりでもないんだぜ?」
「それにしても人に見せるような闘いじゃない」リウは退屈そうに足を揺すった。「こいつらには何の情熱も感じない」
シャオは鼻で笑った。「それならなんでこんだけの観客が喜んで見に来てんだ?」
「確かにそうだな」リウは素直に頷いた。「俺にはわからん世界ということか」
「そうだ。ここは勝ったことしかないアンタにはわからん世界なのさ」
リウは黙った。
「俺の作った黒麻婆豆腐、持って来てやるよ。食べるかい? 旨いぜ」
リウはそれには答えず、聞いた。
「俺の相手というのもあんなのか?」
シャオは何やら楽しそうに意味ありげな笑い声を上げると、答えた。
「ついさっきまでは、あんなのだったよ。だが、アンタが相手と聞いて、今、劇的に変身中だ。ま、お楽しみに」

733:創る名無しに見る名無し
19/01/07 12:36:54.35 p8lU3N0M.net
その頃、ハオの身体はアパートへ帰っていた。
スーパーの買い物袋をテーブルに置くと、ララは言った。
「ふふっ。水餃子セット買って来たよ」
ハオの身体にいそいそとエプロンを着ける。
「今、美味しいの作って食べさせてあげるからね、お兄ちゃん」
袋から食材を取り出し、コンロに火を点けようとして気がついた。この部屋にはキッチンがなかった。
ララは声も出さずに立ち尽くした。
部屋の冷たさが今更のように襲って来た。
ベッドの枕元にはハオの大好きな男性週刊誌が読む者もなく放置されている。
身体の中のハオを見ると、胎児の大きさになり、刺された管から養分をチューチュー吸われている。
窓の外に聞こえる若い集団の楽しげな声が、ひとりぼっちの自分を強く浮き上がらせた。
買って来た缶ビールを開ける。水餃子を生で一口齧る。あまりの生臭さに全部捨てた。
「明日こそ……」
ララは缶ビールを一口飲むと、あまりの苦さに顔を歪め、洗面所に全部捨てた。
「明日こそ、ジンちゃんに勝って、何かを掴んでみせるから……」
そのまま布団に潜り込んだ。
「安心して消滅してね、お兄ちゃん」

734:創る名無しに見る名無し
19/01/07 13:55:40.26 p8lU3N0M.net
「さァ、お前ら! 震えてわめけ〜!」
爆発頭がマイクで叫ぶ。
「すすすすっげェのが飛び入り参加だぞォ! 俺もマジでビビっちまったァ!
「まずはお馴染み永遠のNo.2ファイター、永遠のデブ、永遠の食いしん坊の登場だ! ヤォバイ・ジ〜ンチ〜ン!!」
ジンチンが金網の中に現れる。その様子はいつもとまったく変わらず、よっちゃんイカの大袋を抱えての登場だ。
「そォ〜してェ〜! 信じられるか? こんな所に天下の散打王様が降臨だ!」
会場がどよめく。
「リウ・パイローーン!!」
それはまるでアマチュアロックバンドのフェスティバルに台湾のカリスマバンド五月天(メイデイ)が飛び入り参加したかのような大騒ぎだった。
悲鳴のような大歓声を受けながら、リウは着ていたスーツを脱ぎ、黒いスウェット・パンツ姿で金網に入った。
スウェット・パンツで腹の肉が少し盛り上がったリウを眺めてシャオが嗤う。
「正月太りか? ジンチンに勝機ありだな」
リウは相手を眺める。ジンチンは顔色も変えずによっちゃんイカをぱくぱく食べていた。
「なるほど……」リウはジンチンに言った。「これは手強いな」
ゴングが鳴った。
リウはどうしたらいいかわからなかった。
相手には仕掛けて来る気がまったくない。自分から仕掛けるにしても隙がなさすぎた。
超低空アッパーを仕掛けようにも腹が邪魔すぎる。腹をクリア出来たとしても、風船のような体の上にちょこんと乗っている頭まで距離がありすぎる。
足を狙うにもあまりに短く、また遠すぎる。おそらく上から超重量級の風船に圧し潰されるだけの結果に終わるだろう。
ならば、と足を使ってみる。背中に回り込もうとする。しかしデブのくせに何という素早さだ。チョコチョコと短い足を動かし、決して背後を取らせようとしない。
ならば、このすべてを吸収するぶよぶよの肉の海に攻め込むしかない。肉を掻き分ければ必ず骨がある。しかし、多くの者がそこへ到達する夢も虚しく、海に呑み込まれて来たのだろう。
ならば、どうする。相手が痺れを切らして攻撃して来るのを待つか? そして自滅を誘い……
リウははっと気づいた。
ジンチンはただよっちゃんイカを連続食いしながら相手が罠にかかるのを待っているだけのただのデブではない。
だらーんとだらしなくぶよぶよしているだけに見える全身の隅々に、黄色い『気』が繊細なまでに張り巡らされているのが見えた。
こちらが少しでも油断をすればその『気』を波立たせ、凄まじい速さで襲いかかって来るだろう。
今、この状態はジンチンの本気ではない。
本気で闘う前に、この状況を相手がどうするか、試しているのだ。
この散打王リウ・パイロンを試しているのだ。
「お前」リウはニヤケ顔で呟いた。「こんな所にゃもったいねぇよ」

735:創る名無しに見る名無し
19/01/07 14:29:53.49 p8lU3N0M.net
「ならば乗ってやろう」
リウはそう言うなり仕掛けた。
軽やかにステップを踏むとサイドキックを一発、ジンチンの腹に叩き込む。
ジンチンの肉がたゆんたゆんと揺れる。
リウは軸足を変え、後ろ回し蹴りを再び腹へ叩き込んだ。
ジンチンの肉はさらに揺れ、大波のように寄せては返し、その揺れでジンチンはまともに立っていられなくなった。
三度サイドキックを入れようとしたところでリウの足が止まる。
ジンチンの体から黄色い『気』が炎のように立ち昇った。

736:創る名無しに見る名無し
19/01/07 16:43:52.17 +Kpi/J9d.net
「ハハハ。さすがは散打王だねェ」
そう言うとジンチンは抱えていたよっちゃんイカを放り出し、黄色い炎をさらに燃え上がらせた。
「久々に見せるよ! 第3形態だ!」
「むうっ!?」
近寄る隙もなく、リウの眼前でジンチンはみるみる変身して行く。
「キエエエェェッ!!」
凄まじい土埃がどこからともなく巻き上がる。
それが収まった時、リウは信じられないほど恐ろしいものを目の前にしていた。
「さすが中国は広い」
リウの頬を汗が伝う。
「こんなバケモノがいるとはな」
ぶよぶよだったジンチンの身体(カラダ)は1/10に引き締まっていた。肉に埋まっていた手足も長さを取り戻し、身長2m20cmの長身の上に鬼婆の長い顔が乗っている。
果たしてあの膨大な量の脂肪はどこへ消えたのか? 探すまでもなかった。
その胸には1m以上の長さの巨乳が2つ、まるで腕のようにぶら下がっていた。
「これぞ我が真の姿」
ジンチンは鋭い牙を見せてそう言うと、真っ赤な口から黄色い『気』を吐き出した。
「我が攻撃、果たして防ぎきれるかな!?」
「うおっ!?」
2本の腕と2本の脚、そして2本の乳房がリウに襲いかかる!
「手が4本あるバケモノと闘わされているかのようだ!」
リウはジリジリと後退を余儀なくされた。

737:創る名無しに見る名無し
19/01/07 21:32:32.92 9N9Ik7Hj.net
次の朝7時、ララはまたあの公園に出かけて行った。
太極拳の套路はちょうど始まるところだった。リーダーの女性は今日もおり、ララの姿を見つけると首を伸ばして注視して来た。
ララは自分はまるで電池のようにエネルギーを発することのみに徹し、ハオの身体が動くに任せた。
ハオの身体は自然に動き、太極拳の套路を正しく美しく辿った。
リーダーの女性は安心したように注視をやめ、公園に揃った衣擦れの音が清々しく響いた。
身体の中のハオを見ると、もはやメダカぐらいの大きさになり、消えかかっている。
今朝の施しは水餃子と豆のおこわだった。
ララは笑顔で食べはじめたが、なんだか今朝のご飯は味気なかった。
もしこの調子でハオが完全にララに吸収されたら、自分は一体ララのままなのだろうか? それとも外見はハオなのだからハオになるのだろうか?
もし自分がララのままであるのならば、その時ハオはどこに行ったことになるのだろうか?
ララは美味しいはずのご飯を食べきれず、半分以上残して捨ててしまった。

738:創る名無しに見る名無し
19/01/07 21:56:37.61 9N9Ik7Hj.net
ララがアパートへの帰り道を歩いていると、向こうからジェイがやって来た。
「やぁハオはん、おはようさん」
「おはよう、ジェイ君。ご飯食べた?」
「え。まだでっけど……何ならご一緒しまひょか?」
「え……w」
「はい?w」
「まだ中国に慣れないの? 『ご飯食べた?』は日本で言えば『いい天気ですね』程度の挨拶よ」
「あぁ! そかそか、そやった! ははは。もう3年も住んどるのに、なかなか慣れへん。1月1日が正月違うのも未だに変な感じやわぁ」
「今年の春節(正月)は2月5日ね」
「ははは〜。なんか色々やらかしてもてるわ、俺。中国では結婚しても女性の姓が変わらんのも知らんかったし……」
「リー・シューフェンが結婚してリウ・シューフェンになったとか、笑っちゃったわ」
「お恥ずかしい」
「大丈夫よ。中国人のチンハオって人なんか、中国人のくせに『俺、シューフェンに結婚されちゃった!』とかボケたこと言ってたから」
「それは恥ずかしなぁw」
「ところでどうしたの? こんな所で会うなんて珍しいわね」
「あっ! そうそう。ハオはん、昨夜なんで来はらへんかったんや?」
「えーと……」
「大変な事があったんでっせ! あのリウ・パイロンが試合に出て来よったんや」
その名前を聞いてララはぞっとした。こんな所まで自分を追いかけて来たに違いない。昨夜、本当に行かなくてよかった。
「へぇ……」
「『へぇ』やあらへん! ジンチンはんと試合して……」
「ジンちゃんと!?」
「はいな」
「それで……どっちが勝ったの?」
「そらまぁ、凄い試合でしたっせ。ジンチンはんの無敵の肉の装甲をリウ・パイロンがまず破って……」
「破った!? あれを……どうやって?」
「はいな。横からキックをすぱーんすぱーんとやったら、ジンチンはんの肉が大波立てて揺れはじめて」
「北斗のケンシロウとは違う攻め方だわ……」
「んでもって自分の肉の揺れで倒れそうになったジンチンはんが変身して」
「へっ、変身?」
「はいな。鬼ババみたいなポケモン……ちゃう! バケモンに変身して、オッパイ振り回して攻撃しはじめて」
「おっ、オッパイを?」

739:創る名無しに見る名無し
19/01/07 22:11:56.25 9N9Ik7Hj.net
「なるほど、手技勝負がご希望か?」
リウ・パイロンはそう言うと受けて立ったのだった。
四本の腕の攻撃を二本の腕で捌くと、ロングフックをジンチンの両肩に食らわせた。
「うぉっ?」
腕を封じられたジンチンは重い乳房を振り回したが、もはやリウの敵ではなかった。
胸の谷間、その隙間を狙って超低空アッパーが炸裂した。ジンチンの死角から飛んで来た拳は顎を正確に捉えた。
浮き上がろうとするその両乳房をリウはすかさず手に持つと、マットに叩きつけた。
「おぎゃあ!!」
産声のような断末魔を上げ、ジンチンが立ち上がらないのを見届けると、レフェリーは勝敗を告げ、終了のゴングが鳴った。
ゴングが鳴るとリウはジンチンをお姫様抱っこで抱き起こし、囁いた。
「お前、本当にこんな所にいるにはもったいない女だぜ。散打は女性にも門を開いている。是非とも来い」

740:創る名無しに見る名無し
19/01/07 22:20:40.59 9N9Ik7Hj.net
「ジンちゃんが……負けた?」
「はいな。あんなジンチンはんは初めて見た……っちゅーかあの人、女やったんですなぁ!」
「あたしが……倒すはずだったのに……」
「ハオはん? 俺、日本人やし、ようわからんのやけど、中国語に女言葉ないの知っててもなんか女っぽい喋り方になってまっせ?」
「ジェイ君……」
「はいな〜?」
「リウ・パイロンは昔、あたしをレイプしたのよ」
「ヒエーッ!?」ジェイはララの逞しい男のボディーを見ながら叫んだ。
「アイツにあたしの居場所を知らせないで、お願い!」
「え? え? リウ・パイロンはハオはんに会いに来たんでっか?」
「そうよ。あたしの体を奪いに来たのよ」
「キャーッ!?」

741:創る名無しに見る名無し
19/01/07 22:37:16.93 9N9Ik7Hj.net
ララはジンチンに会いにシャオ四川料理店の横の路地へ行った。しかしそこに彼女の姿はなかった。
店に入るとシャオが一人いて、項垂れていた。
「よう、マスクマン。ジンチンなら寺の裏の広場にいると思うぜ。
しかしアイツでもリウに勝てねェとはな……。っつーか、ジンチンが女だったなんて……」
「女だったら何が変わると言うの?」
ララはシャオの言い方になんとなく腹が立ってそう言った。
するとシャオは少し寂しそうに笑うと、言った。
「行ってみな。見てみりゃわかるぜ」
寺の裏の広場に行くと、背の高い女性が一人座っているだけで、ジンチンの姿はなかった。
しかし女性は顔を上げるとララの名を呼んだ。
「ララちゃん」
「ジっ、ジンちゃんなの!?」
あまりの変わりようににわかには信じ難かった。サラサラの黒髪ロングストレートのウィッグを被り、化粧までしている。
今まではどんな時でも上半身裸だったのが、白地に赤い模様の入ったワンピースを着ている。
「あたし……恋しちゃったみたい」
ジンチンの言葉にララは後退りし、やがて駆け出した。
「リウ・パイロンには敵わないというの?」
ララは走りながら叫び続けた。
「リウ・パイロンにはどうしても敵わないというの!?」

742:創る名無しに見る名無し
19/01/07 22:57:54.19 9N9Ik7Hj.net
映画館の前を駆け抜けようとして、ララはふと足を止めた。
入口の前には大きなポスターが貼ってあった。
『上海ゴースト・ストーリー 1月26日より公開』
シューフェンお姉さんの主演映画だわ……。ララが入口に近づいて行くと、モニターに映画の予告編が流されていた。
主演女優の死のニュースが手伝って、映画は公開前から全中華で大きな話題となっていた。
映画の場面が細かいカットで映し出され、ふいに画面にシューフェンの顔がアップで登場した。
自分が癌であり、余命幾ばくもないことを告白し、自分の死でこの映画の公開が中止にならないことを願うメッセージの動画だった。
シューフェンの声が聞こえているのだろうか、身体の中でカエルの卵ほどになっているハオがぴくりと動いた。
シューフェンが喋るたびに大きくなって来る。
「お兄ちゃん……」ララはそのハオをお腹の赤ちゃんのように愛しく感じた。「シューフェンお姉さんの……私の、お兄ちゃん」

743:創る名無しに見る名無し
19/01/07 23:01:10.17 9N9Ik7Hj.net
「……もう、やめよっか?」
ララは呟いた。
「リウ・パイロンを殺すより……私はやっぱりお兄ちゃんを生かしたいや」
涙がぽろりと零れたと思ったら雨だった。
突然、ティティ、タータと鉄階段を叩いて降り出した雨にララは駆け出し、二人のアパートの部屋へと帰った。

744:創る名無しに見る名無し
19/01/08 11:05:29.78 lrqezZjF.net
暖房をつけた部屋でララは卵を温めるようにハオの復活を待った。
養分を吸っていたチューブからは逆に養分をハオに注いでいた。
「私達、負けたのよ」
ララはそう考えながらも目を閉じ微笑んでいた。
「闘いもしないうちから、負けたのよ」
ハオがだんだんと大きさを取り戻して行くのが身体の中に感じられて嬉しかった。
「やっぱり私、覚悟なんて持てない。そのためにお兄ちゃんを消してしまうなんて出来なかった」
ノートパソコンの画面には音量を消したTV番組が、中国の明るい未来を謳っていた。
「早く大きくなってね、私のお兄ちゃん」
ララはもうリウ・パイロンを殺すことは考えていなかった。メイファンの元に帰るつもりもなかった。
この部屋でずっとハオと二人で平和に暮らして行きたい、そう願うようになっていた。
しかしララの心には不安があった。こんなことをした自分をハオは果たして許してくれるだろうか? 嫌われて、追い出されてしまうんじゃないだろうか?
それでもいい、ララは思っていた。そうなっても仕方がないから、とにかくハオを助けたい。
そして叶うならば自分の身体を得て、ハオと兄妹のように、出来るならば恋人同士のように生きて行きたい、と願うのだった。
「やっぱり分不相応なことはあるの」
ララは自分の、ハオの身体を抱き締めた。
「私達はメイファンやリウ・パイロンのようにはなれないし、勝てない。平凡に生きて行くのがお似合いなの」

745:創る名無しに見る名無し
19/01/08 11:13:36.58 lrqezZjF.net
「私はリウ・パイロンに美しい過去を穢された」
ララは目を瞑り、思った。
「でも私はそれを憎んで生きるよりも、ハオさんを愛して生きる未来を選びたい」
そして強く願った。
「ハオさんとの子供が欲しい。その子は私の痛みなんて何も知る必要もなく、ただすくすくと、明るい未来へ向かって生きるの」

746:創る名無しに見る名無し
19/01/08 12:07:15.74 lrqezZjF.net
次の日の朝、ララとハオは同時に目が覚めた。
ララが目を開けると、口が「ふにゃ?」とハオの声で喋った。
「お兄ちゃん!」ララは喜びの声を上げた。
ふあぁと長いハオの欠伸が終わるのを待ってから、ララは言った。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。ララがバカでした。お兄ちゃんを消滅させるなんて……バカなことをしようとしてごめんなさい」
ララが口の発言権を譲っても、暫くハオは何も言わなかった。
小さく縮こまりながらララが返事を待っていると、ようやくハオは喋りはじめた。
「……そうか、俺、ララに完全支配されようとしてて……」
「……」ララはただ頭を下げた。
「……なんで起こしたんだよぅ?」
「え?」
「俺……すんごい気持ちよかったのに!」
「は?」
「消えるのって気持ちいいなぁ、このまま永遠に眠るのサイコーって思ってたのに……! なんで起こすんだよぉ〜」
ララは笑いながら泣き出してしまった。
やっぱりこういう人なんだ、お兄ちゃんは。私のとんでもない過ちを、アホのフリをしてまで寛大に許してくれる。
この優しさに甘えちゃいけないんだ、私ももっと優しく、そして大人にならなければ。強くそう思った。
「お兄ちゃぁ〜〜〜ん!」
ララは激しくハオに抱きつきたかったが、無理だったので布団に抱きつき、ひとしきり頬を擦り寄せて泣いた。

747:創る名無しに見る名無し
19/01/08 12:21:49.84 lrqezZjF.net
いつもの公園の太極拳へ二人で行った。
身体は一つだけど、ララの中では二人で手を繋いで出かけた気分だった。
美しく緩やかなハオの動作を感じながら、ララはいつか自分も太極拳を覚えたいと思っていた。
今は信じられないほど何も知らず、何も出来ない自分だけど、ハオと助け合いながら、少しずつでいいから成長して行こう、
いつかは素敵な大人になって、自分を愛し、みんなを愛せるようになろう、そう思うようになっていた。
常緑樹の風に揺れる公園で、ララは青い空に希望で満ち溢れる未来を見た。
施しは羊のスープとちぎりパンだった。
二人は一口ずつ、味覚も満腹中枢も分け合って食べた。
「美味しいねぇ、お兄ちゃん」
「うん、こりゃ〜うまいな」
ララは昨日の食欲不振が嘘のように元気にレンゲを口へ運んだ。
ハオにはララの顔はもちろん見えないが、その幸せそうな笑顔が見えるような気がした。
一人で会話をしながらあまりにも幸せそうにパンをスープにつけて食べる30歳の男を、周囲は気味悪そうに見ていたが、
二人は静かで優しい時間に包まれて、いつまでもこうしていたいと心を繋ぎ合っていた。

748:創る名無しに見る名無し
19/01/08 18:31:04.23 7wisDshK.net
アパートへの帰り道、ララは前々から気になっていた店に寄ろうと言い出した。
「いいよ、俺、服なんか興味ねーし」
ハオがそう言ってもララは頑なになって命令した。
「ダメダメ。お兄ちゃんはもっとお洒落になりなさい」
「お洒落な俺なんて俺じゃねーよぅ」
そう言いながら店に入って来る変な客を店員がニコニコと迎えた。
試着室に無理矢理入らせたハオのボロボロのジャンパー、グレーのトレーナーにグレーのジャージを脱がせると、ララは着せ替え遊びを始めた。
モノトーン基調のイケメン風ファッションをさせてみる。高級スイーツの上にジャガイモが乗っているようになった。
カジュアルな可愛い少年風を狙ってみる。ただの子供になってしまった。
「うーん。お兄ちゃん何が似合うんだろ……」
試しに白いTシャツとジーパンを穿かせてみるとやたらと似合った。
「えー! 格好いい! これいい!」
ハオはヘトヘトになっていたので適当に頷いた。
「でも寒いよねぇ。上に何かあと二枚は着ないと」
適当にトレーナーと革ジャンを着せてみると別人になった。
「わー! まるで映画俳優みたい! 昔のトニー・レオンみたいだよ! これにしよう!」
「ララサン、悪イケド」
「何、その喋り方?」
「オ金ガ無イノデス」
「え? だって地下ファイトで4万元(約60万円)ぐらい貯まってたじゃん」
「大キナ買イ物ヲシタモノデネ」
「はぁぁぁ!? 何買ったの!?」
「今日アタリ届クハズデス」
「しっ、信じられない!」
ララは出した服をすべてハオに片付けさせると、そのまま怒って店を出ようとした。
だが店の出口に可愛いハンチング帽を見つけ、思わず手に取り、鏡の前で被ってみるとよく似合った。
ディズニーのチップ&デールのチップの帽子だ。30元(約500円)だった。
「これだけでも買って帰ろうよ」
「ソノグライナラ買エマスネ」
汚くダサい格好に綺麗な可愛い帽子をひとつ乗せ、二人はアパートへ帰った。

749:創る名無しに見る名無し
19/01/08 21:30:29.92 mOgVa5//.net
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