ロスト・スペラー 13
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330:創る名無しに見る名無し
16/05/10 19:21:23.19 NQDZST4p.net
現地の調査が終わるまで、3年半もの歳月を要した。
探査魔法と言う、打って付けの魔法技術がありながら、ベル川には巨大魚や大海獣が出現する為、
特に川底の地形の把握に苦労した。
結果、途んでも無い事が明らかになった。
「橋脚が立てられない」……。
約3街もの川幅を越えるには、川の中に橋脚を立てる必要がある。
しかし、当時の建設基準法では、支間は1通までと定められ、それ以上は不可とされていた。
1通間隔で3街の川幅を越えるには、約30本もの橋脚を立てねばならない。
所が、川の中央付近は水深が3巨以上あり、更に地盤も弱いので、橋脚が立てられないのだ。
―どうするべきか?
設計士達は困り果てた。
誰も最初から楽な仕事だとは思っていなかったとは言え……。
新しい法律を作って、支間を技術的限界の3通に伸ばしても、どうしても解決出来ない場所が、
3箇所あった。
橋の完成を阻む「魔の淵」を如何にして越えるか?
妙案も無い状況で、シャジャール・アーブラジスリーは経営陣に、こう提案したとされている。
「取り敢えず、出来る所から造って行きましょう。
その後は後世の知恵に期待するとして……」
何故、そんな発言を若いシャジャールがしなければならなかったのか?
彼の発言の裏には、早く着工したいと言う、周囲の圧力があった。
経営資金の獲得の為に、首脳陣は着工を急いでおり、それは日当が欲しい現場の作業員、
彼等を繋ぎ止めておきたい人材派遣会社(所謂『手配師』)も同じだった。
シャジャールは会社の資金繰りの為の、生け贄にされたのだ。
斯くして魔法暦35年、完成の見通しが立たない儘、スーパー・ベル・ブリッジの建造は始まった……。
331:創る名無しに見る名無し
16/05/10 19:31:42.86 NQDZST4p.net
>>330
>1通間隔で3街の川幅を越えるには、約30本もの橋脚を立てねばならない。
この部分は間違いです。
1街=10区=100通なので、正しくは以下になります。
>1通間隔で3街の川幅を越えるには、約300本もの橋脚を立てねばならない。
0が1つ足りませんでした。
332:創る名無しに見る名無し
16/05/11 21:12:36.48 pnial55y.net
第1の失敗
シャジャールは他の熟練の設計士達を差し置いて、計画の主任設計士となった。
途中で頓挫するかも知れない工事の責任者になろうとする者は、他に誰も居なかった。
シャジャール当人も乗り気では無かったが、自らの発言の責任を取らなければならなかった。
彼は根元から橋が折れる事だけは絶対に防ぐべきだと、橋台だけは念入りに頑丈に設計した。
通常要求される強度の10倍を見積もっていたと言う。
過剰ではないかと言う声も当然あったが、シャジャールは強気に断言した。
「普通の橋の1000倍も長いのですから、寧ろ10倍で済むのであれば安上がりです」
素人を騙す様な言い方だったが、それは後に設計を変更する事を見越しての物だった。
スーパー・ベル・ブリッジは両岸から伸びて行く予定だったが、進捗はブリンガー側が、
圧倒的に早かった。
魔法暦35年、未だカターナ地方の開拓は殆ど進んでいない状況。
カターナ側では海獣を恐れて人が集まらず、資材の調達も困難だった。
魔法暦37年、漸く1本目のスーパー・ベル・ブリッジの橋脚が、ベル川の中に立った。
支間長2通4巨は当時としては最長。
ベル川は雨季と大遡上時に水位が平均で半巨上昇する事から、橋桁の位置は増水に備えて、
平常時の水面から1巨高く設定した。
しかし、ここに大きな誤算があった。
橋台と橋脚の上には、木製の仮の桁が組まれていたのだが、それが海獣によって折られたのだ。
増水した水面から、大海獣が跳び上がり、橋桁に体当たりをして打ち壊したと言う報告は、
設計士達を驚愕させた。
333:創る名無しに見る名無し
16/05/11 21:14:45.09 pnial55y.net
主任設計士のシャジャールは、橋桁を3身だけ高くし、より頑丈にすると言う苦肉の策で、
これを乗り切ろうとしたが、結果は上手く行かなかった。
魔法暦41年、改良スーパー・ベル・ブリッジは再び海獣によって破壊される。
子供が手の届きそうな所には、取り敢えずジャンプしてみる様に、海獣は好奇心と遊び感覚で、
橋桁を破壊していた。
設計を基礎から見直す事になり、シャジャールは責任を取って、主任設計士を降りる。
だが、これは彼にとっても、アルワワワ建設にとっても、予定通りだった。
辞任したシャジャールは魔導師会に乗り込んで、「魔の淵」を越える手段が無い事を告白。
敢えて汚名を被り、「魔の淵」を越える為の技術開発を要望した。
シャジャールはアルワワワ建設の設計部門から、技術開発部門へ異動。
周囲からは「追い出し」、「左遷」と見られていたが、彼は魔導師会と連携して、「魔の淵」を克服する、
新技術の開発を目指していた。
334:創る名無しに見る名無し
16/05/11 21:18:37.87 pnial55y.net
後継者
スーパー・ベル・ブリッジの完成に心血を注ぐシャジャールの背を見詰める者があった。
シャジャールの甥、ジュハド・アーブラジスリーである。
自ら設計した橋が崩落しても、決して諦めないシャジャールの姿に魂を揺さ振られた。
魔法暦54年、ジュハドは伯父の様な設計士になろうと、ブーシュ工業専門学校を卒業した後、
アルワワワ建設に入社。
そして魔法暦64年、グランド・ベル・ブリッジの崩壊で、スーパー・ベル・ブリッジ計画の、
3代目の主任設計士となる。
グランド・ベル・ブリッジが崩壊した事で、アルワワワ建設は計画完遂への自信を喪失していた。
当時はジュハド以外に、計画の担い手が居ない状態だったのだ。
この時点でも未だ、「魔の淵」を越える手段は確立されていなかった。
しかし、技術自体は既にあった。
シャジャールは魔法暦62年の時点で、高齢を理由に退職していたが、彼の研究は実を結んでいた。
所が、誰もシャジャールの研究成果を利用しようとはしなかった。
一人で汚名を被った彼は、アルワワワ建設の中では「触れるべかざる物」とされていた。
主任設計士となったジュハドは、シャジャールの研究成果を引き上げた。
「アーブラジスリー」は再び過ちを犯すのか?
そんな声も一部にはあった。
幸い、社長はマルラージュの息子マジドに変わり、シャジャールへの風当たりも幾らか弱まっていた。
新社長のマジドはジュハドの熱意に免じて、伯父の汚名を雪(きよ)む機会を与えた。
335:創る名無しに見る名無し
16/05/12 20:29:36.56 De4C1AF9.net
魔の淵を越えろ
魔の淵を越える手段―それは橋脚を用いない事だった。
最大支間長は5区にもなる。
それを可能にする、巨大な4本の橋脚は、ベル川に人工島を造るが如しだった。
長大な杭基礎は自重で川底に深く沈み、頑丈な岩盤に突き刺さる。
シャジャールが主任設計士を辞した後、20年の歳月は、革新的な技術を生み出していた。
水平線の向こうまで届く様、橋桁自体を緩やかに山形に曲げる『水平反り橋』設計。
それに用いる橋桁の素材は、軽くて頑丈な『超人工木材<スーパー・アーティフィシャル・ウッド>』。
繊維の一つ一つを魔法で組み上げた、造木の木材である。
それを支えるワイヤーは準不動鉄。
第三魔法都市エグゼラの完成によって、グラマー鉄、ブリンガー鉄、エグゼラ鉄と言う、
異なる性質を持つ3種類の鉄が、それぞれの地方で採掘される様になった。
それ等を研究して造られた、究極の特殊合金「不動鉄」を改良して、幾らか加工し易くした物が、
この準不動鉄。
魔法暦72年、ブリンガー側にある最初の「魔の淵」を越える事に成功。
奇しくも同年、シャジャールは逝去した。
橋の完成を確信して安堵したのか、死に顔は安らかだったと言う……。
ジュハドは彼の死後、一層仕事に没入した。
魔法暦77年には第五魔法都市ボルガが完成して、工事の速度も上がる。
この儘、工事は順調に進むかに思われた。
336:創る名無しに見る名無し
16/05/12 20:30:38.99 De4C1AF9.net
意外な落とし穴
所が、魔法暦90年、予想外の災厄に見舞われる。
開通を間近に控えた10月、大遡上で橋脚が倒壊したのである。
壊れたのは新たに設置した4本の大橋脚ではなく、以前に設置された古い橋脚だった。
継ぎ接ぎの様な橋の造りが、弱点となったのだ。
この責任を取ってジュハドは主任設計士を辞するも、計画自体には関わり続けた。
優秀な設計士である彼の知見を欲する者は多かった。
魔法暦95年には巨大貝が橋脚に付着。
混凝土のカルクスを溶解して吸収し、劣化、脆弱化させると言う、大問題が発生。
スーパー・ベル・ブリッジの完成は、又も先延ばしになる。
翌、魔法暦96年、第六魔法都市カターナが完成。
カターナ地方側からの流通の便が格段に向上し、更に工事の速度は上がったが、
同時に魔導師会からのプレッシャーも重くなって行った。
早く橋を完成させなければ……。
それはスーパー・ベル・ブリッジ計画に関係する者、全員に共通した想いだった。
ジュハドは老齢にも拘らず、毎日現場を見回った。
魔法暦97年、ジュハドは自宅で新たなスーパー・ベル・ブリッジの設計図を描いている最中に、
心臓発作で死亡。
終にスーパー・ベル・ブリッジの完成を見ぬ儘、無念の死だった。
彼が設計していた橋の名は「ファイナル・スーパー・ベル・ブリッジ」。
これで最後にする積もりだったのだろう。
337:創る名無しに見る名無し
16/05/12 20:32:54.95 De4C1AF9.net
3人目の「アーブラジスリー」
志半ばで倒れたジュハドにも、後継者があった。
シャジャールの曾孫、ターミル・アーブラジスリーである。
ファイナル・スーパー・ベル・ブリッジが天災で倒壊した後に、5代目の主任設計士に選ばれた。
時代は既に開花期で、技術は復興期から更に進歩していた。
ターミルが最新技術を採り入れて設計した「改良ファイナル・スーパー・ベル・ブリッジ」で、
漸く4番目のハイウェイが開通。
大陸を一周する大魔法陣が完成した。
魔法暦127年、着工から92年後の事だった。
この年から開花期の勢いは益々盛んになって行く。
偉業の達成にも拘らず、ターミルは謙虚だったと伝えられている。
「私は凡人。
偉大なるは曽祖父のシャジャール、そして従大叔父(いとこおおおじ)のジュハドです。
一つの事業に生涯を捧げる様な、あれ程の執念は、私にはありません」
改良ファイナル・スーパー・ベル・ブリッジを完成させた後、ターミルは大事業には関わっていないが、
ベル川流域の架橋工事を幾つか手掛けている。
ターミルの設計は堅実で、開花期が終わる魔法暦250年まで、彼が工事に関わった橋は、
どんなに川が荒れても、決して壊れなかったと言う。
338:創る名無しに見る名無し
16/05/12 20:34:07.54 De4C1AF9.net
(エンディング)
スーパー・ベル・ブリッジの橋台部分は、今でもシャジャール・アーブラジスリーが設計した物が、
流用されている。
完成するまでに何度も倒壊したスーパー・ベル・ブリッジだが、ここだけは崩れなかった。
後の見直しに備えて、特に頑丈に造られたので、度重なる改良工事にも耐えて来た。
計画の関係者は、シャジャールの執念だと口を揃えて言う。
その魂は現在も受け継がれている……。
ザ・ビッグ・プロジェクト 第1期エンディング・テーマ「The great men」
(今回のダイジェスト映像と共に、壮大だが、どこか寂し気な音楽とヴォカリーズが1点間続く)
339:創る名無しに見る名無し
16/05/13 20:08:48.58 kg/DZbmy.net
魔法使いを殺す者
第四魔法都市ティナー南部の貧民街にて
旅商の男ワーロック・アイスロンは、息子ラントロックを探して大陸を回っている。
何としても手掛かりが欲しい彼は、予知魔法使いのノストラサッジオを訪ねる事にした。
ノストラサッジオの住処は、ティナー四大地下組織であるマグマの拠点になっている、
市南部の貧民街。
一般人は先ず立ち入らない、危険な所。
そこでノストラサッジオはマグマの「特別顧問」として、生活している。
ノストラサッジオとマグマは共生関係にあり、マグマはノストラサッジオに住処を与え、
ノストラサッジオはマグマに危機を知らせる。
ワーロックが貧民街に踏み入ると、何時の間にか数人が彼の後を尾けていた。
獲物を狙う狼の様に。
しかし、ワーロックの前に、縦の山形帽を目深に被った黒服の男が現れると、
追跡者達の気配は消える。
黒服の男は山形帽の下から僅かに目を覗かせ、ワーロックに問い掛ける。
「あんた、こんな所に何の用だ?」
「『予言者』に会いに来た」
ワーロックが答えると、彼は小さく溜め息を吐いた。
「名乗れ」
「……ラヴィゾール」
「良し、付いて来い」
短い遣り取りの後、黒服の男はワーロックを案内する。
340:創る名無しに見る名無し
16/05/13 20:10:21.35 kg/DZbmy.net
建物の中を通り抜け、狭い路地を曲がり、似た様な場所を回り回って、ワーロックは見覚えの無い、
廃屋の中に連れて来られた。
貧民街に度々入る都市警察の捜査の手から逃れる為に、マグマの者は頻繁に拠点を変えている。
ノストラサッジオを訪ねても、同じ所に通される事は無いと言って良い。
黒服の男は廃屋の一室のドアを叩き、中の人物に呼び掛ける。
「先生、客人を連れて来ました」
「御苦労、君は下がって良い」
低く嗄れた男の声に、黒服の男は畏まって後退した。
「はい、失礼しました」
そう言うと、彼はワーロックを一瞥して、その場から去る。
ワーロックは一つ息を吐いて、ドアをノックした。
「失礼します、ノストラサッジオさん」
「構わん、入れ」
主の許可を得て、彼は部屋に踏み入る。
341:創る名無しに見る名無し
16/05/13 20:18:50.95 kg/DZbmy.net
ノストラサッジオは白髪混じりで痩せ型の初老の男性。
ローブを着て、首には重そうな首飾りを幾つも付けている、その姿は怪しい占い師その物。
広い殺風景な部屋の中、彼は独りで堂々と豪華な椅子に腰掛けて、高級そうな机の上に、
カードを並べている。
「ノストラサッジオさん、教えて欲しい事があります」
ワーロックが話し掛けると、ノストラサッジオはカードを回収して、切り始めた。
そして、上から2枚のカードを机の上に置いて、ワーロックに見せる。
「逆位置の『半神半人<デミゴッド>』が2枚。
デミゴッドが象徴する物は、神子、混血児、忌み子、間に立つ者……」
ワーロックは静かにノストラサッジオの言葉を待った。
ノストラサッジオは何も言われなくとも、ワーロックが何の目的で来たのか知っている。
何故なら、彼は予知魔法使いだから。
「忌み子は惹かれ合う。
共通魔法使い親を持つ、外道魔法使いの子を知っているな?
その者を訪ねよ」
「そこにラントロックが?」
「焦るな。
急いても良い事は無い」
ノストラサッジオに窘められて、ワーロックは沈黙した。
「お前は既に一端の魔法使いなのだ。
私の能力では、未来を正確に見通す事が難しくなっている。
安心しろ、取り敢えず私の予知に従っていれば、悪い様にはならない」
今のノストラサッジオは機嫌が悪いのかと、ワーロックは何と無く感じた。
冷淡さは変わらないが、苛立っていると思うのだ。
342:創る名無しに見る名無し
16/05/14 20:14:30.75 rUnexnGd.net
それは何が原因なのだろうか?
探りを入れようと、ワーロックはラントロックの行方の他に、もう1つ知りたい事を尋ねてみた。
「……ノストラサッジオさんは何か予感していますか?」
「『何か』とは何だ?
具体的に言え」
やはりノストラサッジオの口調には棘がある。
全て知っているのだから、一々問い質す必要は無いのに。
少し気圧されながらも、ワーロックは答えた。
「共通魔法社会に起きようとしている、大きな動乱の予兆を感じますか?」
ノストラサッジオはカードを切りながら、難しい顔をする。
「お前は何時、予知魔法使いになったのだ?」
彼は皮肉を言うと、カードを並べ始めた。
「1枚目は『革命』、2枚目は『悪魔』、3枚目は『魔女』、4枚目は『聖人』、5枚目は『狂人』、
6枚目は『道化』、7枚目は『悪魔』、8枚目は『剣』、9枚目は『盾』、10枚目は『戦争』……」
ノストラサッジオはカードの図柄を見る前から、どのカードが出るか宣言している。
彼は予知魔法使いなのだ。
「何の暗示なんですか?」
ワーロックがカードの意味を尋ねると、ノストラサッジオは鼻で笑った。
「意味等ありはしない。
カードは所詮カードだ。
受け取り方次第で、どうとでもなる。
人の運命も同じ。
その程度の物だ」
嫌に家逸(やさぐ)れているなと、ワーロックは心配になる。
「何で、そんなに不機嫌な……」
343:創る名無しに見る名無し
16/05/14 20:17:37.08 rUnexnGd.net
ノストラサッジオは眉間に小さな皺を寄せ、口を固く閉ざして、両目を瞑り、黙り込んだ。
「悩み事ですか?」
彼の反応からワーロックは予想したが、答は返って来ない。
十数極の間を置いて、ノストラサッジオは口を開いた。
「……『大きな動乱の予兆』と言ったな?」
「はい」
ワーロックが答えると、ノストラサッジオは11枚目と12枚目のカードを差し出す。
「魔法使い。
死神」
ワーロックがカードを受け取り、図柄を確認すると同時に、ノストラサッジオは言う。
「多くの魔法使いが死ぬだろう」
「それは……、もしかして?」
「私は自分の事は予知出来ない。
予知魔法使いと言う物は、自分の未来を知ってはならないのだ」
ノストラサッジオは自らの死を予感しているのではと、ワーロックは思った。
死を恐れて神経質になっているのではと……。
しかし、その疑問を口に出す前に、ノストラサッジオは自ら否定する。
「お前の考えている様な事ではない。
言っただろう、『未来を正確に見通す事が難しくなっている』と。
お前の感じている、『大きな動乱の予兆』は正しい。
多くの魔法使いの気配を感じる。
私は己が無力を嘆いているのだ」
ノストラサッジオは自分の予知に絶対の自信を持っており、予知が外れる事を嫌う。
「予知をする」からこその予知魔法使い、そして「予知が正しい」からこその予知魔法使い。
先が読めなければ、予知魔法使い失格なのだ。
344:創る名無しに見る名無し
16/05/14 20:20:39.13 rUnexnGd.net
それを聞いて、ワーロックは安堵した。
ノストラサッジオの機嫌は一層悪くなる。
「『そんな事か』と思っただろう」
「いや、そんな……」
ワーロックは慌てて否定するも、ノストラサッジオは追及の手を緩めない。
「前々から感じていた事だが、お前は魔法使いを嘗めているな」
「嘗めてなんか……」
旧い魔法使い達は、訳の解らない制約を自らに課している事が多い。
ノストラサッジオが自分の未来を予知出来ないと言うのも、その一つだ。
「そう言う物だ」とワーロックは受け流しているが、同時に「変な物だ」とも思っている。
「小さな事に拘っているな」と内心で軽んじているのだから、ノストラサッジオの追及は、
単なる言い掛かりではない。
ワーロックは非を認めて謝罪した。
「済みませんでした。
でも、拘り過ぎじゃないですか?
正しい予知が出来なくても、良いじゃないですか……」
「所詮は他人事か」
ノストラサッジオは忙しくカードを切りながら、厳しい口調で返した。
345:創る名無しに見る名無し
16/05/14 20:27:05.62 rUnexnGd.net
彼は怒りが収まらない様子で、小言を吐(つ)き続ける。
「お前は何と軽薄な人間なのだ。
その場の空気に流されて、適当な事を言うな。
本当の事を言うなら言う、嘘を吐くなら吐くで、貫き通せ」
「しかし、本当の事を言い続けるのも、嘘を吐き続けるのも、人間には辛いですよ」
「『お前』は、どうなのだ?
『新しい魔法使い』ラヴィゾール」
「私は人間の積もりです。
嘘も真実も、程々に言いますよ」
ワーロックが答えると、ノストラサッジオは深い溜め息を吐いた。
「……私は予知魔法使いだ。
嘘を吐く訳には行かぬ。
予知とは『正しい事』を言うから価値があるのだ。
間違った事を言う予言者等、誰も相手にしない」
予知魔法使いとは、そう言う物なのだと、ノストラサッジオは断言する。
その通りではある。
人の言葉が嘘か真実か、判るのは当人だけ。
「外れる事もある」予知を、誰が信用すると言うのか?
結果を予想出来る明確な根拠があるなら説得力も増そうが、そんな物を必要としないからこそ、
予知魔法は価値がある。
しかし、紛れ当たりで良いなら、何も予知魔法使いでなくとも構わない。
346:創る名無しに見る名無し
16/05/15 19:26:12.09 YnzSipRQ.net
ワーロックは難しい顔で考え込む。
「他人に信じて貰えなくても、未来が分かるってだけで便利だと思いますけど……。
そこは『役割<ロール>』って奴ですか?」
「……私も他の旧い魔法使い達と同じく、役割に従っているに過ぎぬ。
私は予知魔法使いと言う役割であり、予知魔法その物なのだ。
私は自分自身の為に能力を行使出来ない。
そして、予知を外すと言う事は、即ち衰えを意味する。
機械は精密である程、誤作動が深刻になり、使い物にならなくなる様に」
そう言い切ったノストラサッジオは、少し間を置いて、俯き加減で零した。
「より強大な能力(ちから)が私にあれば、思い通りに未来を引き寄せる事も出来ただろう。
しかし、お前が感じている『大きな動乱の予兆』は、私の魔法を遙かに超越している。
……その原因の一つは、間違い無く、お前にあるのだが」
「私に……ですか?」
そんなに大逸れた人物ではないぞと、ワーロックは驚いた。
彼は魔法資質が低く、共通魔法使いとしては落ち零れ。
ノストラサッジオは嘆息する。
「お前は尽く尽く、奇妙な男だ。
正しい未来は見通せぬが、これだけは確実に言える。
ラヴィゾール、運命の糸は、お前を中心に複雑に絡み合っている。
お前自身の選択が、未来を大きく左右するだろう。
能力の大きさが未来を決める訳ではない……。
フッ、皮肉な話だな」
能力の不足が故に、ノストラサッジオは未来を確定させられない。
しかし、能力の低いワーロックは、未来を変えられる。
これ以上の皮肉は無い。
彼の言葉に、ワーロックは思う所があった。
347:創る名無しに見る名無し
16/05/15 19:28:38.65 YnzSipRQ.net
ワーロックはノストラサッジオに提案する。
「一つ、賭けをしてみませんか?」
「賭け事は弱いだろう」
突然何を言うのだと、ノストラサッジオは呆れたが、ワーロックは不敵に笑った。
「予言して下さい、ノストラサッジオさん。
私は貴方の予言が実現する様に努力します」
彼の真意に気付き、ノストラサッジオは息を呑む。
「……正気か?」
「ええ、予言して下さい。
『――――』と。
私の選択が未来を左右するならば……。
どうしたんですか、ノストラサッジオさん?
怖いんですか?」
挑発的な言動に、ノストラサッジオは動揺した。
「怖い、怖くないと言う話ではない。
『賭け』に負ければ、私は終わりだ」
「未来が見通せないと言う事は、詰まり、どんな未来も有り得ると言う事……でしょう?
どうしたんです?
嘗て、貴方は私を意気地無しだの、愚図だのと、散々詰って来た癖に、この期に及んで、
自分には出来ないと言うんですか?」
ノストラサッジオは弱った声を出す。
「根に持つ性格だったのだな……」
「別に、恨んでなんかいませんよ。
私は事実、意気地無しの愚図でしたし。
……危険な賭けですから、乗って戴かなくても構いません」
言い過ぎたと思いワーロックが言い繕うと、ノストラサッジオは沈黙して長考を始めた。
348:創る名無しに見る名無し
16/05/15 19:31:46.92 YnzSipRQ.net
暫くして、ノストラサッジオは訥々と語り出す。
「……お前と初めて会った時、こうなるとは思わなかった」
「私も巡り巡って、こんな事になるなんて、全然思いませんでした。
あの頃は目の前の事を片付けるので、精一杯でした。
それは今も大して変わっていないのかも知れませんが」
「お前の事は、取るに足らない小人物だと侮っていた。
アラ・マハラータが何故お前如きに肩入れするのか、私には理解出来なかった。
魔法暦になり、私も老いたのだろうか?
全く、眼が曇ったとしか言い様が無い」
自虐する彼が気の毒になり、ワーロックは慰めの言葉を掛けようとしたが、下手な事を言うと、
更に機嫌を損ね兼ねないので、ここは黙って聞き手に専念した。
「しかし、片鱗はあったのだ。
お前は宝石の様な煌びやかな輝きこそ持たないが、時々私の目を眩ませた」
「そんなに持ち上げないで下さい」
ワーロックは照れから謙遜したが、ノストラサッジオは憮然として続ける。
「褒めている訳ではない。
私は事実を言っている。
忘れもしない、初めて私の予言が外れた時……。
―お前が私の予言を『見事に外してくれた』時!
少なくとも、あの時に、お前を見直すべきだった。
いや、見直してはいたのだが、見積もりが甘かった。
評価した積もりで、未だ侮っていた……」
ノストラサッジオは懺悔している様。
彼が何を言いたいのか、ワーロックは解らなくなって来た。
349:創る名無しに見る名無し
16/05/16 20:32:56.74 lNWk2EtJ.net
ノストラサッジオは狂気を孕んだ眼で、ワーロックを睨み付けた。
「ラヴィゾールよ、お前の『賭け』、それが何を意味するのか、お前自身理解しているのだろうな?」
一瞬怯んだ後に、真顔で緩くりと頷いたワーロックを見て、彼は再度確認を求める。
「お前の不確かな未来に、私の命を賭けろと。
仮に失敗したならば、私の予知魔法使いとしての命が終わると知って、当然その覚悟があって、
お前は私に賭けを持ち掛けたのだな?」
ワーロックはノストラサッジオを睨み返し、再び頷く。
ノストラサッジオは大きな溜め息を吐いて、緊張を解いた。
「……今日は不吉な予感がしていた。
それが、『これ』なのだろうか?」
「私に聞かれても困ります。
私は予知魔法使いではありません」
分かろう筈も無いとワーロックが苦笑いして突き放すと、ノストラサッジオは又も沈黙して長考する。
(レノック、君の言う事が今なら解る。
これが『死に至る病』。
生きるから死に、死ぬから生きる。
成る程、愚かしい……)
思いを巡らせた末に、彼は答えた。
「ここで退けば、私は予知魔法使い失格だ。
何もせず後悔し続けるよりは、一層の事、ここで生死を決めた方が楽かも知れん」
350:創る名無しに見る名無し
16/05/16 20:33:55.66 lNWk2EtJ.net
ノストラサッジオは心の底から沸々と込み上げる物に、衝き動かされていた。
それは彼にとって未知の感情、感覚であった。
ワーロックは不安になって、余り重く受け止めないで欲しいと、暗に翻意を促す。
「本当に良いんですか?
外したら死にますよ。
乗って戴けなくても、恨みはしません」
「私には役割がある。
肝心な所で予知を避ける予知魔法使いは、最早予知魔法使いとして用を成さない。
名ばかりの魔法使いは、既に『死に体<レイム・ダック>』だ」
ワーロックは無自覚に、ノストラサッジオを追い詰めていた。
彼が賭けを持ち掛けた時点で、ノストラサッジオは受けない訳には行かなくなっていたのだ。
それが魔法使いの性(さが)と言う物。
そして、ノストラサッジオは覚悟を決めた。
「ラヴィゾール……いや、『新しい魔法使い』ワーロック・"ラヴィゾール"・アイスロン。
お前の賭けに乗ってやろう。
私は予言する。
……『――――』!」
自ら持ち掛けた賭けから逃げる道理は無く、ワーロックは彼の覚悟を受け止める。
「はい」
1人の願いを叶える為、1人の魔法使いが命を賭けて、不確かな未来に挑むのだ。
(これが『生きる』と言う事なのだな、レノック。
恐怖や不安と同時に、不思議な充足感がある。
私は今、生きている……。
この難局を乗り切った暁には、私は一段大きな存在へ変わっているだろう。
……何とも可笑しな話だ。
君の言う通り、私は生きていなかったのだな)
ノストラサッジオは熱に浮かされた様に、生の喜びを実感していた。
351:創る名無しに見る名無し
16/05/16 20:37:50.80 lNWk2EtJ.net
魔法大戦の英雄、予知魔法使いの大聖、予言者フリックジバントルフ。
奴も同じ気持ちだったのだろうか?
無謀にも神と運命に抗い、敗北した、偉大な英雄、勇者。
今なら解る。
確かに、奴は偉大な英雄だ。
しかし、私は勝ち残る。
乗り越えて見せるぞ。
それが私の「予知魔法」だ。
352:創る名無しに見る名無し
16/05/16 20:40:21.76 lNWk2EtJ.net
……「賭け」に乗ったって事は、可能性は高いと思って良いのか?
どちらにせよ、私の意志は変わらない。
私が欲しい答は唯一つ。
それにノストラサッジオさんも乗ったと言うだけ。
カリー、君との誓いに懸けて、私は家族を守る。
必ず!
353:創る名無しに見る名無し
16/05/17 20:59:43.23 7df3/VKZ.net
星降る街
カターナ地方東部の都市スラークにて
新しい魔法使いワーロック・アイスロンと、彼の師アラ・マハラータ・マハマハリトは、
邪悪な魔法使いチカ・キララ・リリンの誘いに乗って、カターナ地方スラーク市へ向かっていた。
「私は共通魔法使いを絶対に許さない。
共通魔法使いは絶滅させる。
この『逆天<オーバースロー・オブ・ヘヴン>』の魔法でな。
魔法大戦の再現だ。
止めたくば追って来い!」
それがチカの宣言だった。
チカ・キララ・リリンは開花期に、共通魔法使いに住処を追われた外道魔法使い。
赤子の頃、母親に連られて禁断の地に逃れ着いた。
母親は禁断の地の村に着くと同時に死亡、チカは第一発見者であるマハマハリトに引き取られ、
彼の弟子として育てられた。
その話をワーロックはマハマハリト本人から聞かされて、初めて知った。
ワーロックにとってチカは姉弟子に相当する存在だった。
354:創る名無しに見る名無し
16/05/17 21:01:06.30 7df3/VKZ.net
それまでもワーロックとチカは何度か対面していたが、チカは恨み言を一方的に捲くし立てるのみで、
全く会話にならなかった。
マハマハリトはワーロックと共に馬車鉄道でスラーク市へ向かう道中、俯いて暗い顔をしていた。
「師匠、具合でも悪いんですか?
馬車酔い?」
ワーロックが気遣うと、マハマハリトは憮然として答える。
「違わい。
これでも儂は責任を感じとるんじゃよ。
彼奴(あやつ)とは早くに決着を付けねばならんかった。
それが今の今まで、会う事も儘ならんかった。
避けられとったんじゃろうなぁ……」
「決着とは……?」
「彼奴を説得する事は不可能。
―となれば、取れる手段は自ずと限られよう」
マハマハリトは悲壮な決意をしている様だった。
それを感じ取ったワーロックは、然り気無く提案する。
「和解は出来ないんでしょうか?」
「彼奴には端から、共通魔法使いと真面に話し合おうと言う気は無かろうよ」
そうだろうかと、ワーロックは両腕を組んで考え込む。
何度も自分と接触を図ったのは、単に恨み言を打付ける為だけでは無かろうと。
或いは、仲間に引き入れようとしていたのかも知れないが、それだけとは思えず……。
355:創る名無しに見る名無し
16/05/17 21:02:45.60 7df3/VKZ.net
マハマハリトは難しい顔をするワーロックに告げた。
「甘い考えは捨てよ。
憎悪に取り憑かれた者を救う手立ては無い」
「しかし……、しかしですよ、師匠なら何とか出来るんじゃないんでしょうか?
何故、彼女は師匠との対面を避け続けていたのか……。
それは師匠に合えば、『決意が揺らぐから』なのでは?」
「『だから』、駄目なんじゃい。
逆に問おう。
何故、彼奴は今になって儂に会ったと思う?」
「それは―」
やはり本心では自らの凶行を止めて欲しいからではないかと、ワーロックは答えようとしたが、
マハマハリトは先に断言した。
「全てを覚悟したと言う事じゃ。
彼奴の心は既に決まっておる。
もう迷いはせんとな」
偉大な魔法使いアラ・マハラータ・マハマハリト。
チカ・キララ・リリンは、その弟子である。
彼女が使う魔法も、師と同じく数々の奇跡を起こす。
それが共通魔法社会に牙を剥いて襲い掛かろうとしている。
「和解と言う物は、双方に解決の意思があって、初めて成り立つんじゃよ。
一方が願った所で、どうにも成らん」
マハマハリトの言う通り、悠長な事を言っている場合ではない。
だが、それでもワーロックは他に道は無いのかと悩んだ。
356:創る名無しに見る名無し
16/05/18 19:41:54.82 6gnP2v8w.net
スラーク市に着いたワーロックとマハマハリトは、街の上空に不気味な雲が渦巻いているのを見た。
それは市の象徴的な建物である、天文台跡を中心に発生している。
スラーク市は復興期に天文台が建てられたが、市の発展と共に街は天体観測に向かなくなり、
象徴として建物だけを残した。
それが同市の天文台跡である。
マハマハリトは魔力の流れから、天文台跡で強大な魔法が発動されると察した。
魔法資質の低いワーロックでも、これが尋常でない事は直観出来た。
2人は急いで、天文台跡へと向かう。
市民は誰も彼も不安気な表情で、天を仰いでいる。
天文台跡の丸屋根の上には、血の様に濃い赤の魔法色素を纏った、妙齢の魔女が、
堂々と立っていた。
彼女がチカ・キララ・リリンだ。
都市警察は天文台跡を取り囲み、拡声魔法で地上からチカに呼び掛けている。
「そこの君、そんな所で何をしている?
早く降りて来なさい!
馬鹿な真似は止めるんだ!」
都市警察も強大な魔力に戦慄している。
近付いて取り押さえようにも、不可視の障壁が張られており、天文台跡に入れない。
この状況では、魔導師会が到着するのも、時間の問題。
マハマハリトはワーロックに指示した。
「お前さんには住民の退避を任せたい。
チカ・キララ・リリンは儂が止める」
ワーロックは師を信頼しているので、負ける事は無いと思っていたが、どうチカを止めるのか、
それだけが気懸かりだった。
「師匠……」
「愚図愚図するな!
この儂でも、被害を完璧に抑えられる自信は無い。
お前さんにしか出来ん事じゃ」
マハマハリトに急かされ、ワーロックは都市警察の元へ急いだ。
357:創る名無しに見る名無し
16/05/18 19:45:50.05 6gnP2v8w.net
都市警察は天文台跡の周りに集結しており、更に、その周りを野次馬が取り囲んでいる。
ワーロックは警戒線の際で、野次馬を押し止めている若い警官に話し掛けた。
「済みません、話を聞いて下さい」
「あっ、どうしました?」
「今直ぐ、住民を市外に退避させて下さい」
「はぁ?
行き成り何を……」
困惑を露にする警官に、ワーロックは色を作(な)して詰め寄った。
「今の状況が解らないんですか?
『避難命令を出して下さい』と言っているんです!」
そこへ年配の警官が横合いから話に割って入る。
「どうしたんです?」
彼は惚けた声で笑みを浮かべながら、揺ら揺らと緩慢な動きで、余裕を演出する。
若い警官とは視線で合図をして、無言でワーロックの相手を交代。
ワーロックは構わず、年配の警官に同じ要求をした。
「この儘では、大変な事になります。
住民を退避させて下さい!」
年配の警官は、異常者に対応するのと同じ、不自然に優しい目をしている。
彼は本気にしていないなと、ワーロックは直ぐに感付いた。
358:創る名無しに見る名無し
16/05/18 19:50:47.69 6gnP2v8w.net
突如、野次馬の中から「ワァ!!」と声が上がった。
野次馬達は誰も彼も同じく、天文台跡の丸屋根の上を指差している。
ワーロックが遅れて、そちらに視線を遣ると、マハマハリトがチカの前に立っていた。
ウィッチ・ハットの美女と、ウィザード・ハットの老人と言う、魔法暦らしからぬ幻想的な対比。
マハマハリトの背が高くなっていると、遠目ながらワーロックは感じた。
それは単に姿勢を正したのではなく、マハマハリトが魔法使いだからなのだろうと、彼は思う。
魔法使いマハマハリトは戦いの時には、それに相応しい姿に変身するのだ。
皆が呆気に取られている間に、ワーロックは年配の警官の横を、素早く通り抜けた。
「あっ、おい!」
年配の警官は慌ててワーロックを呼び止める。
ワーロックは足を止めて振り返り、彼に問い掛けた。
「貴方は奴が使おうとしている魔法が何か、解っているんですか?
あの魔力の流れの正体が読めますか?」
「何……?」
「あれは『逆天の魔法』です。
魔法大戦の始まりに、偉大なる魔導師と八人の高弟が唱えた魔法」
それはチカの受け売りで、真相はワーロック自身にも判らない。
だが、彼は警官を説得出来るなら、出任せでも何でも利用する覚悟だった。
「逆天?
魔法大戦?
あんた一体……」
ワーロックが真実を語っているのか、年配の警官には判断が付かない。
場を支配している、静かだが重苦しい魔力の流れが、簡易な読心の魔法を阻害している。
……いや、果たして本当に、それだけだろうか?
「責任者の所へ案内して下さい」
ワーロックの不思議な迫力に気圧されて、年配の警官は彼の言う事を聞かざるを得なかった。
359:創る名無しに見る名無し
16/05/19 19:46:47.83 yolVTSNx.net
同刻、天文台跡の丸屋根の上で、マハマハリトは嘗ての弟子チカと対峙していた。
マハマハリトは普段の弱々しい老翁の姿とは異なり、背筋が伸びた逞しい体付きになっている。
「チカよ、馬鹿な事は止めるんじゃ」
彼が諭す様に呼び掛けても、チカは心を乱さない。
燃え盛る炎の様に揺らめく赤黒いオーラを放って、静かに返す。
「貴方は老いて行くのですね……。
人とは違う物でありながら。
それだけの能力を持ちながら」
悲し気な響きの言葉に、マハマハリトは含みを感じる。
「儂の生き方を、とやかく言われる覚えは無いぞ。
好きでやっておる事じゃ」
彼が歩いて距離を詰めようとすると、チカは左手の拳を握り締めて、高く掲げた。
次の瞬間、それを勢い良く振り下ろす。
拳骨で誅罰を加えるが如く。
同時に、天に渦巻く雲の一部に大穴が開き、遠くの街角で小規模な爆発が起こる。
「これが『逆天<アナトロポス・オラノス>』……。
魔法大戦で共通魔法使いが用いた、『隕石落下<ミーティアライト・フォール>』の魔法。
当時の陸地の殆どを海の底に沈め、『旧暦』を終わらせた魔法」
「それ程までに共通魔法使いが憎いのか?」
マハマハリトの問いに、チカは遠い目をして答える。
「分かりません。
憎いと言うより、羨ましいのかも知れません。
大罪を犯しながら、全くの無意識に平穏な日々を送れる、平凡な人々が……。
私は300年間、共通魔法使いへの怨念だけで生きて来ました。
虚しい300年でした。
無意味な時間だったと、今では思います。
愚かしきは共通魔法使いだけではなく、人間その物……否、生きとし生ける物、全てでした。
それだけの事に気付くのに、300年も費やしてしまいました」
360:創る名無しに見る名無し
16/05/19 19:49:24.14 yolVTSNx.net
彼女の語りは他人事の様に冷静で、そこには強い絶望と諦観が表れていた。
「何だか馬鹿馬鹿しくなったんです。
自分の過ちを認めるって、こう言う事なんですね。
それまでの自分が間違っていたと……。
どうして命は邪悪になるのでしょうか?
無垢で無力な赤子も、やがて知恵と力を蓄えて大人になると思うと、恐ろしくなります。
命とは残酷な物なのでしょうか?
これが旧暦を滅ぼしてまで、共通魔法使いが目指した世界なのでしょうか?」
師の義務として、マハマハリトは弟子の問いに答える。
「人は神に別れを告げ、己の足で歩き始めたのだ。
未だ進化の途上にある物を、未熟と蔑んでくれるな」
「では、何時になったら成熟するのですか?
そこに至るまで、どれだけの悲しみを乗り越えれば良いのですか?」
尋ねてばかりのチカに、マハマハリトは深い溜め息を吐いた。
「命の無常さを、残酷さを受容出来ぬのだな。
自分が命の一つである事さえも、嫌悪して……」
「貴方の言う通り、私は自分を嫌悪しました。
私も無常で残酷な命の一つに過ぎない事を、認めたくありませんでした」
「君は魔法使いになり、そうした命の定めから、何時でも逃れる事が出来た筈だ。
『人』と自分を区切り、恨みや憎しみを捨て、達観すれば良かった。
そうしていれば―」
「それは出来ませんでした。
何故なら、私の憎しみは、母を失った事に端を発しているからです。
どこまで行っても、私は母から生まれた人の子でした」
チカが放つ赤黒い炎は、徐々に拡がっている様に見える。
火の粉の如く、黒い粒子が辺りに散って、徐々に空間を黒く染めている。
361:創る名無しに見る名無し
16/05/19 19:51:59.30 yolVTSNx.net
マハマハリトは悲し気に零した。
「未熟者め。
何物にも成り切れずに、その様(ザマ)か」
その一言に、チカは大きな笑みを作って見せ、天を仰ぐ。
「この忌々しい世界を、私が存在した痕跡、全てを消し去りたい。
これから私が人を超越した存在になる為に」
「自分を殺して何を得る?」
「死より新しい生は始まる。
私は今までの私を否定して、新しい私になる」
彼女が両手を掲げると、雲の渦巻きが激しくなり、その中心から超巨大な岩石の一端が覗いた。
雲に覆われて、全貌が把握出来ない程の、巨岩である。
これが落とされたら、街は一溜まりも無いだろう事は明白。
落下の衝撃はカターナ地方全土に伝わり、甚大な被害を齎す。
「出来もせん事を……」
マハマハリトは俯いて吐き捨てた。
362:創る名無しに見る名無し
16/05/20 19:48:04.55 L4RK3SKk.net
時は少し遡り、1個目の小隕石が落下する直前。
ワーロックは都市警察の現場指揮官に会わせて貰う事こそ出来たが……。
そこから先に進まない状態だった。
当たり前だが、この現場指揮官はワーロックの話を真面に聞かなかった。
「『逆天』だの『魔法大戦』だの、信じて欲しければ根拠を示せ。
与太話に割く時間は無いんだ」
「あれを見て、何も感じないんですか!?」
天に渦巻く不気味な雲を指して、ワーロックは抗議する。
魔法資質が低い彼は、魔力の流れが読めないので、感覚に訴えるしか無い。
「何も感じない」と言われたら、それで終わりなのだが……。
現場指揮官は顰めっ面で反論した。
「そんな訳無いだろう。
確かに、あれは不気味だ、嫌な感じがする!
だが、それだけで市民を逃がせと?
我々としては、あの変な女が―」
その最中に、爆発が起きる。
現場指揮官は血相を変えて、側に控えていた警官に尋ねた。
「おい、どうした!!
今のは何だ!?」
警官は爆発と不意の問い掛けに、2度吃驚して、自信の無い弱い声で答える。
「えっ、ええっ、よく分かりませんでした……。
何分広域テレパシーが使えない物で……」
「阿呆っ!
あの女が何かしたのか?
それとも老人の方か?
全く無関係な物か?」
「い、今、情報を収集します!」
「急げ!!」
ワーロックを横に置いて、都市警察は慌しく動き出す。
363:創る名無しに見る名無し
16/05/20 19:50:28.81 L4RK3SKk.net
少し間を置いて、ワーロックは改めて現場指揮官に懇願した。
「早く皆を避難させて下さい」
「あの爆発の正体が何かに依る」
現場指揮官は苛付いた様子で返す。
間も無く、先程の警官が情報収集を終えて、現場指揮官に報告しに戻って来た。
「隊長、どうやら先の爆発は隕石が落下した物の様です!」
「隕石!?」
「はい、多数の警官と市民が目撃していました。
雲を破って、火の玉が落ちて来たと。
爆発地点と落下地点は一致しており、直径約半巨のクレーターが出来ています。
幸い、人的被害は無い様ですが……。
隕石の大きさは、推定半身強」
現場指揮官は上空の魔力の流れを見詰め、愕然として呟く。
「あれは隕石落下の魔法なのか……」
透かさず、ワーロックは現場指揮官に告げた。
「早く避難命令を」
「えい、分かっとる!」
こうして漸く、都市警察は市民に避難命令を出した。
既に一部の市民は隕石落下の事実を知って、逃走を始めている。
混乱は避けられそうに無い。
364:創る名無しに見る名無し
16/05/20 19:58:57.82 L4RK3SKk.net
立ち尽くしているワーロックに、1人の警官が話し掛ける。
「あんたも逃げんね!」
「いや、私は……」
「諄々(ぐだぐだ)言っとる場合じゃなか!」
警官は怒鳴り付けたが、ワーロックは首を横に振った。
「私は逃げる訳には行かないんです」
「何(なん)!?
良いけん来ない!」
「私には未だ、やるべき事が残っています」
「こげな時に、暗盆(あんぼん)か!」
2人の遣り取りを聞いて、現場指揮官が間に割って入る。
「君、こっちの事は良い、他を優先しろ」
「あっ……了解しました」
警官は一瞬迷いを見せたが、姿勢を正すと素直に応じ、避難する市民の誘導に向かった。
現場指揮官はワーロックを睨んで問う。
「あんたは何者なんだ?
魔導師か、執行者か?」
「魔導師ではありません。
しかし、『彼女』を止めたいと思っています」
彼の静かな決意に、現場指揮官は困惑した。
「気違いか、それとも……」
間を置かず、別の警官が飛んで来る。
「隊長、特殊攻撃部隊の配置が完了しました。
何時でも攻撃出来ます」
「あ、ああ、解った。
……っと、奴は?
どこ行った?」
それに対応している間に、ワーロックは姿を消していた。
365:創る名無しに見る名無し
16/05/21 20:21:52.84 Gv5Ees4i.net
都市警察の大部分は市民を避難させに動き、特殊攻撃部隊と、その指揮をする数人だけが、
チカの凶行を止めるべく、天文台跡に留まった。
市内全域の魔力がチカの支配下にあり、弱い魔法と複雑な魔法が封じられている状態なので、
都市警察の特殊攻撃部隊は、簡易な機巧式の魔導銃を構えている。
これは銃の内部で魔法を発動させるので、周囲の魔力支配の影響を受け難い。
攻撃開始前に、現場指揮官は形式通り、チカに向けて警告した。
「そこの女、直ちに投降しろ!!
然もなくば、攻撃を開始する!!
繰り返す、即座に投降せよ!!
……何とか反応しろ!!」
「所が」と言うべきか、「やはり」と言うべきか、彼女は全くの無反応。
已む無く、現場指揮官は隊員達に攻撃を指示する。
「撃てっ!!」
隊員達が魔導銃のトリガーを引くと、即座にサイコキネシスの魔法が発動して、音より速く、
銃弾を銃口から押し出す。
しかし、発射された弾は魔法の障壁に当たると、突如空中で発光し、燃え尽きた。
都市警察は為す術無く、恨めしくチカを見上げる事しか出来ない。
当のチカは全く地上に関心を払っていない。
先の攻撃も、丸で無かったかの様。
「化け物か……。
一顧だにされんとは……。
後は魔導師会に期待するしか無い。
副長、現場を監視する最小限の人数を残して、他は全員撤退させろ」
現場指揮官は忌々し気に、副長に命じた。
「隊長は?」
「俺は残る。
奴も自分の頭に隕石は落とさんだろう。
案外、こっちの方が安全かもな」
彼は呑気に笑って見せたが、直後に表情が凍り付く。
渦巻く雲の中から、巨岩の一部が覗いている。
「……おい、冗談じゃないぞ!!
撤退、撤退だ!
総員撤退!!」
圧倒的な脅威を前に、他に出来る事は何も無かった。
366:創る名無しに見る名無し
16/05/21 20:34:13.49 Gv5Ees4i.net
都市警察が撤退した頃合を見計らって、ワーロックは天文台跡に接近した。
あれだけ都市警察と野次馬で混雑していた天文台跡周辺だが、今は人っ子一人居ない。
空には禍々しく渦巻く雲と、怪物の様な巨岩。
宛ら、世界の終焉。
彼が入り口に向かって走っていると、1身程度手前で、柔らかいマットに突っ込んだ様に、
弾き返される。
(これが障壁か)
勢いを付けて突破しようと試みると、今度は硬い壁に当たった様に撥ね返される。
(どうなってんだ?)
そっと手を触れると、初めは通り抜ける気がする物の、ぐっと手を伸ばすと途中で押し返される。
(勢いを付けると、逆に駄目な系か?)
数極思案したワーロックは、摺り足で少しずつ障壁に踏み込んで行った。
一定の速度や運動量、或いは、敵意や害意に反応する障壁は、共通魔法にもある。
この系統の障壁は、躍起になればなる程、突破し難くなる。
ある程度の魔法資質と魔法知識を持っていれば、魔法の種類は直ぐに特定出来るが、
それは共通魔法に限定した話。
根本から方式の異なる魔法では、初見で判別する事は難しい。
共通魔法に慣れ切った都市警察に、見抜けと言うのは酷な話だ。
(おおっ?
行けそう……)
彼は慎重に慎重に、数極に1節の割合で進む事で、障壁を突破して、天文台跡に入る事が出来た。
屋内に侵入したワーロックは、屋上に出られる経路を探す。
367:創る名無しに見る名無し
16/05/21 20:39:48.28 Gv5Ees4i.net
一方、チカは両手を高く挙げた儘、マハマハリトは立ち尽くした儘で、睨み合っていた。
先に口を利いたのはチカ。
「師よ、何故止めないのですか?」
「未だ儂を師と呼ぶか……。
落としたければ、落とせば良かろう」
「私には出来ないと思っている?」
マハマハリトは肯定も否定もしない。
「やろうとせねば、始まらんよ」
「貴方が邪魔さえしなければ、楽に落とせるのですが」
チカはマハマハリトを牽制していた。
旧い魔法使いの中でも、奇跡を起こす類の物は、基本的に何でも出来てしまう。
故に、言質を取って動きを封じようとしているのだ。
「儂は何もしとらんよ。
一生その儘で良いなら、それでも構わんが」
「では、落としますから、邪魔をしないで下さい」
「そうは行かん」
「……何を待っているのです?」
マハマハリトは自分の出方を窺っていると、チカは考えていた。
368:創る名無しに見る名無し
16/05/22 20:12:18.96 RqXWM7JQ.net
マハマハリトは逆に問い掛ける。
「お前さんこそ、何を躊躇っておる?
本当は止めて欲しいんか?」
「私は貴方を隕石如きで殺したくはありません。
貴方だけは最後に―……。
『今は』邪魔立てしないで頂けると、私としては随分やり易くなるのですが」
チカは破門されても、未だにマハマハリトを師と認め、慕っていた。
「では、尚更退く訳には行かんな」
「残念です」
マハマハリトの答を聞いた彼女は、小声で呟くと、脱力して早(さっ)と両手を下ろし、肩を竦める。
巨大な隕石が緩やかに落下を始める。
マハマハリトは目を見開き、チカに代わって、両手を高く上げ、巨大な隕石を支えた。
「ズシン」と重い物が圧し掛かった様に、彼は腕と膝を折って、踏み堪える。
チカは意地悪く笑う。
「結構、重いでしょう?
御老体には応えると思います」
「ムッ……何の!」
強がるマハマハリトだが、余裕が無い事は明らかだった。
片膝を屋根に着いた体勢で、今にも押し潰されそう。
彼の魔法を以ってしても、この隕石を消し去る事は疎か、支える事さえ困難なのだ。
戦闘用に仕立てた立派な体躯も形無し。
369:創る名無しに見る名無し
16/05/22 20:14:24.90 RqXWM7JQ.net
チカは難しい顔をして、マハマハリトに尋ねる。
「どうしたのですか?
正か、貴方ともあろう者が、この程度で打つ手無しですか?」
彼女は師と仰ぐ人物の無力さに驚愕していた。
「『この程度』とは中々手厳しいの……。
御覧の通り、お手上げじゃよ」
マハマハリトは額に脂汗を滲ませ、冗談を飛ばす。
チカは悲しい目をして零した。
「……本当に老いたのですね。
そんな衰えた貴方の姿は見たくなかった」
「年を取るのも、そう悪い事ばかりでは無いよ。
儂は希望を見付けた」
マハマハリトの視線はチカの背後に向けられている。
それに気付いた彼女は、焦りを露に振り返った。
「ラヴィゾール!」
チカとマハマハリトは同時に、その名を呼ぶ。
「フューチャーリング!
火は灰に、氷は水に、石(いわ)は砂に、嵐は凪に!
イクスティングウィッシャー!!」
丸屋根の上に現れたワーロックは、彼の魔法を発動させた。
370:創る名無しに見る名無し
16/05/22 20:24:43.70 RqXWM7JQ.net
チカは身構えたが、何も起こらない事に安堵し、嘲笑した。
「何だ、その呪文は?」
ワーロックは声を立てずに、口元を歪めて笑みを見せた後、表情を引き締める。
そんな彼を見て、チカは無性に腹立たしくなった。
一瞬でも脅威に感じた自分が恥ずかしくなったのだ。
「何だ、その顔は!
魔力は少しも反応しないぞ。
お前の様な滓(カス)が、分を弁えず何をしに来た!」
怒るチカに、ワーロックは自信を持って答える。
「貴女を止めに来た」
「巫山戯るな!
お前の様な奴が、私と師の間に入る事は許されない!
何が『新しい魔法使い』だ!
お前の様な奴がっ、どうしてっ!!」
チカは片手を高く掲げると、ワーロックに勝負を挑んだ。
「これから私は街中(まちじゅう)に隕石を落とす。
お前の魔法で止めて見せろ!」
返事も聞かずに、彼女は上げた手を振り下ろす。
上空で渦巻く雲に幾つもの穴が開き、地上で小規模な爆発が立て続けに起こった。
街は無残に破壊されて行く。
直径1〜2身程度の小隕石群の落下である。
371:創る名無しに見る名無し
16/05/22 20:37:47.45 RqXWM7JQ.net
ワーロックは無為に、破壊される街を心配そうに見詰めて、立ち尽くしていた。
「どうした、街には未だ逃げ遅れた人々が残っているぞ?
何人死んだかな?」
チカは高慢に笑って挑発したが、ワーロックは怒りも嘆きもしない。
隕石の威力に驚き、人々は無事だろうかと心を砕くだけ。
「何と言う愚図っ、呆れる程に卑小っ!
師よ、これが貴方の希望ですか?
……嫌がらせの積もりなのですか!!」
ワーロックを罵倒しながら憤るチカに、マハマハリトは嫌味を言う。
「随分と気勢が良くなったな。
ホッホッ、先まで絶望しとったのに影も無い……」
チカは怒りを通り越して脱力し、マハマハリトを見限った。
「老いは人格まで腐らせるのですね……」
「失望するには早いぞ」
直後、マハマハリトは忠告する。
今更何をと訝るチカの頭に、散ら散らと数粒の砂が落ちて来た。
(隕石の欠片?)
彼女は空を仰ぎ、文字通り仰天する。
雲から覗く巨大な隕石の先端が、弱い風に吹かれて、徐々に削られている。
灰色の空に黄色い帯を引いて、掻き消えて行くのだ。
そこでチカはワーロックの呪文を思い出した。
(―石は砂に―!)
無意識に否定の言葉が口を衝いて出る。
「有り得ないっ!!」
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