ロスト・スペラー 11 at MITEMITE
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300:創る名無しに見る名無し
15/07/25 20:16:24.93 ZmjD1kTN.net
海水浴に利用される、カターナ地方の多くの砂浜は、都市や地区、個人の管理地で、
旅行客は入場料を支払って滞在する。
その代わりに、管理者は安全に配慮し、環境を快適に維持しなければならない。
管理されていない砂浜も、立ち入りは自由だが、海獣に襲われる危険がある。
「安全に」遊泳出来る浜辺は、実は限られているのだ。
快適に管理されたリゾート・ビーチは、カターナ地方の主要な観光産業でもある。
大抵のリゾート・ビーチには、男女別の更衣室とトイレ、それと幾つかの休憩所が具わっている。
ラビゾーとバーティフューラーは水着に着替えて、砂浜で落ち合う事にした。
先に着替え終えたラビゾーが、砂浜で佇んでいると、聞き覚えのある声がする。

 「うわっ、先輩じゃないッスか!
  久し振りッスね!」

 「コバギ!」

声の主はコバルトゥス・ギーダフィ。
端整な容貌の精霊魔法使いの裔である。
彼の横には、そこらで知り合ったのだろう、柄付きの青いタンク・スーツ姿の若い女性が居た。

 「こんな所で何を?
  先輩も軟派ッスか?
  見掛けに依らないっつーか、似合わないっつーか」

 「違うよ。
  『も』って何だよ、『も』って」

コバルトゥスは隣の女性の腰に手を回し、体を密着させている。
晩熟のラビゾーは、何の遠慮や羞恥も無く、その様な事が出来るコバルトゥスを、羨むと同時に、
疎ましくも思っていた。

301:創る名無しに見る名無し
15/07/26 18:40:10.33 OkVI/fv2.net
コバルトゥスは純粋な疑問を投げ掛ける。

 「だったら、何で海に居るんスか?
  その格好で商売は無いっしょ」

ラビゾーは上半身裸で、下半身は半ズボンの水着のみ。
この様な格好で街を歩くカターナ市民も居るには居るが、少なくとも彼の普段の服装とは違う。

 「泳ぎに来たんだ」

 「ブフッ、独りで!?」

ラビゾーが答えると、コバルトゥスは失笑を漏らした後、堰を切った様にゲラゲラと大笑いを始めた。
確かに、男が独りリゾート・ビーチに泳ぎに来るのは可笑しいだろうと、ラビゾー自身も思うのだが、
笑われて好い気はしない。
コバルトゥスは俄かに真顔に戻り、顰めっ面のラビゾーに改めて問い掛けた。

 「―で、本当の目的は何なんスか?」

 「泳ぎに来たんだって」

 「えっ、マジで独りで―」

話の途中で、コバルトゥスが更衣室の方に視線を逸らす。
ラビゾーは何事かと思って、彼と同じ方向を見た。

302:創る名無しに見る名無し
15/07/26 18:42:46.55 OkVI/fv2.net
そこに立っていたのはバーティフューラー。
麦藁帽を被って、色の薄いサングラスを掛けた彼女は、フリルが付いた黒いセパレートの水着姿を、
見せ付ける様に堂々と歩いて来る。

 「どうかしら、ラヴィゾール?」

 「き、綺麗ですよ」

ハイカットのボトムと、紐で留めたトップと言う、布地の少なさに、ラビゾーは目の遣り場に困り、
俯き加減で応える。
コバルトゥスは魂を抜かれた様に、バーティフューラーに見惚れて、暫し呆然としていたが、
正気に返ると、ラビゾーの肩に片腕を回して囁いた。

 「誰ッスか?」

 「誰って、お前……は、知らないんだったな。
  とにかく、暑苦しいから放せよ」

ラビゾーは眉を顰めて言うも、コバルトゥスは耳を貸さず、彼の頭を押さえて、脇に抱え込む。

 「本当に誰なんスか?
  家族、親戚、仕事仲間?
  ……彼女だとか言いませんよね?」

即座には答えられず、ラビゾーは視線を泳がせて答える。

 「と、友達……?」

 「は?」

それを聞いたコバルトゥスは、彼の腹を小突き始めた。

 「何なんスか、先輩?
  俺の純情な感情を裏切るんスか?」

 「知らないよ。
  何だよ、純情な感情って……」

303:創る名無しに見る名無し
15/07/26 18:45:19.45 OkVI/fv2.net
執拗に纏わり付くコバルトゥスに苛立ち、ラビゾーは体術を駆使して彼を転がした。

 「ええぃ、鬱陶しい!
  放せって!」

 「わわわっ!」

宙に浮かされ、半回転して砂の上に尻餅を搗いたコバルトゥスは、漸くラビゾーから手を放す。
バーティフューラーは不満そうな顔で、ラビゾーに言った。

 「男同士で遊んでないで、紹介位して頂戴。
  そこの彼は誰?」

 「ああ、彼は―」

ラビゾーが答えるより先に、コバルトゥスは立ち上がって、自ら名乗る。

 「俺はコバルトゥス。
  君は?」

彼は連れの女性を完全に放ったらかしている。

 「一寸、コバルトゥス?」

コバルトゥスをバーティフューラーから離そうと、連れの女性は彼の腕を引いたが、
足に根が張っているかの様に動かない。
完全に口説きに掛かっている。

 「そっちから声を掛けて来た癖に……。
  何なの、貴方」

連れの女性は怒りを露に、コバルトゥスの脛を蹴った。

304:創る名無しに見る名無し
15/07/26 19:27:32.63 OkVI/fv2.net
コバルトゥスは痛みに身を竦め、やっと連れの女性を顧みた。

 「痛っ!
  い、今、俺は彼女と話してるんだから―」

 「私より、その人達の方が大事な訳?」

 「そうなるかな」

コバルトゥスの予想外の返答に、連れの女性は怒りを爆発させた。

 「最っ低!
  私、帰るから」

 「ああ、気を付けて」

コバルトゥスは軽い調子で、全く何の執着も見せずに、言い放つ。
怒りに震える彼女は、最後にコバルトゥスの背中を思いっ切り叩いた。
パァーンと高い音がして、真っ赤な手形が残る。
しかし、そんな事は気にも留めず、コバルトゥスはバーティフューラーに向き直る。
余りの貪欲さに、ラビゾーは訳の解らない恐怖を覚えて、コバルトゥスとバーティフューラーの間に、
自然に割って入った。
こうなる予感はあったのだ。
だから、彼はコバルトゥスの問いに、答えたくなかった。

305:創る名無しに見る名無し
15/07/26 19:31:24.42 OkVI/fv2.net
コバルトゥスは何時の間にか割り込んで来たラビゾーに、一瞬驚いたが、にやりと笑うと、
ぐっと踏み込んで距離を詰めた。

 「オ?
  何の積もりッスか、先輩」

彼は威嚇する様に、ラビゾーを見下す。
身長はコバルトゥスの方が、ラビゾーより数節高い。
何に於いても、ラビゾーに劣る所は無いと、男としての自信に満ち溢れている。

 「お前、見っ度も無いとは思わないのか?」

ラビゾーはコバルトゥスの瞳を真っ直ぐ見詰めて、問い質した。
コバルトゥスは余裕の笑みを消さない。

 「全然。
  良い女に出会ったら、口説くのは礼儀でしょう?
  大体、先輩の彼女って訳じゃないでしょうが」

彼はラビゾーの背後のバーティフューラーに、視線を送りつつ、反論する。
ラビゾーは静かに怒りを表した。

 「そう言う問題じゃない。
  僕の前では遠慮してくれ」

 「先輩は何時から、俺を制御出来る程、偉くなったんですか?
  『我が前では礼節を尽くせ』って?
  どっかの王様気分ですかね?」

コバルトゥスの口調は、普段ラビゾーに対する物とは違っている。
ここに至っては仕方が無いと、ラビゾーはコバルトゥスに決断を迫った。

 「全てを御破算にしてでも、彼女を取ると言うんだな?」

306:創る名無しに見る名無し
15/07/27 00:15:57.84 TFXnZoNV.net
この男w

307:創る名無しに見る名無し
15/07/27 19:46:06.48 +ACnbsqY.net
拳を固く握るラビゾーに、コバルトゥスは戯(おど)けて言う。

 「御破算って……大袈裟ッスね。
  そんなに敬意を払って欲しいんスか?
  何を怒ってるのか、俺には全然解んないんスけど。
  止めといた方が良いッスよ?
  先輩の能力(ちから)では、俺を止められないって、解るっしょ」

 「やってみないと、分からないだろう」

純粋な腕力では、ラビゾーに分があるとは言え、魔法を使われては勝負にならない。
それでもラビゾーは引けなかった。
ここでコバルトゥスの増長を止めるのが、本人の為になるとも信じていた。
コバルトゥスはラビゾーを無視する様に、更に踏み込んでバーティフューラーに近寄る。
ラビゾーは両手を張って、進み出るコバルトゥスを押し留めた。
コバルトゥスがラビゾーの手を払おうとすると、逆にラビゾーはコバルトゥスの腕を掴んで止める。

 「本気ッスか、先輩」

 「冗談に聞こえたのか」

ラビゾーが言い返すと、コバルトゥスは透かさず素早い回し蹴りを繰り出した。
それをラビゾーは膝で止める。
丁度、彼の膝とコバルトゥスの膝が打つかり、ゴンッと鈍い音がした。
次の手を先に打ったのはラビゾー。
彼は雷火の如き迅さで体を捻り、バランスを崩したコバルトゥスを強引に投げて、組み伏せる。

 「ぐへっ!」

背中から落ちて、海水に濡れた砂塗れになるコバルトゥス。
驚く程簡単に制せたので、ラビゾーは脱力して、彼を解放した。

308:創る名無しに見る名無し
15/07/27 19:51:29.11 +ACnbsqY.net
これがコバルトゥスの実力ではないと、ラビゾーは思っていた。

 「……試したのか?」

 「い、いや、一寸油断しました。
  仕切り直し」

だが、慌てて言い繕うコバルトゥスを、彼は相手にしない。
如何な形であれ、決着は付いたと踏んでいた。

 「嫌だよ」

 「そう言わないで、先輩」

所が、コバルトゥスは諦めが悪い。
背を向けたラビゾーの片腕を掴んで取り縋ると、お返しとばかりに彼を豪快に投げ飛ばした。
純粋な体術ではない。
風と土の精霊魔法を利用した技、風輪(ふうりん)である。
俯せに砂浜に叩き付けられるラビゾー。
したり顔で笑うコバルトゥス。

 「油断しましたね?
  これで相子って事で」

 「……野郎!」

ラビゾーは口に付いた砂を吐くと、直ぐに起き上がって、コバルトゥスに掴み掛かる。
しかし、コバルトゥスは風に揺れる柳枝の様に、軽やかな身の熟しで避けた。
そして容赦無く、反撃の拳をラビゾーの脇腹に叩き込む。
精霊魔法使いのコバルトゥスは、風土を読む事で、隙の無い攻防を実現しているのだ。

309:創る名無しに見る名無し
15/07/27 19:53:26.05 +ACnbsqY.net
痛打にラビゾーが怯むと、コバルトゥスは再び風輪投げを仕掛ける。
拳を打ち込んだのとは逆の手で、ラビゾーの腕を掴み、風と土の魔法で軽々と宙に持ち上げた。
後は、背中から叩き落すだけ。
ラビゾーに天を仰ぐ屈辱を与えようと、コバルトゥスは腕を振り下ろす。
所が、ラビゾーは空中で体を捻って丸め、バランスを崩しながらも足から着地して、
逆にコバルトゥスを巴投げした。
身体操作では、ラビゾーに一日の長があるのだ。
一方、コバルトゥスも精霊魔法で受け身を取り、軽やかに着地する。
互角の勝負に、何時の間にか『野次馬<ギャラリー>』が集まって、声を上げていた。
注目の的となっている事に、ラビゾーは焦って、コバルトゥスに呼び掛ける。

 「コバギ、もう止めよう」

 「何で?
  『これから』が面白い所じゃないッスか」

血気に逸るコバルトゥスを余所に、ラビゾーは周囲を見回し、バーティフューラーの位置を確認した。

 「直ぐに、ビーチの監視員が飛んで来るぞ。
  都市警察、最悪、魔導師会の執行者を呼ばれるかも知れない。
  面倒は御免だ」

ラビゾーの説得に、コバルトゥスは深い溜め息を吐いた。

 「そうッスか……」

コバルトゥスが構えを解いたので、ラビゾーは安堵する。
―次の瞬間、コバルトゥスはバーティフューラーに向かって駆け出すと、彼女を抱えて、
人垣を跳び越えた。

 「あっ、コバギ!
  待てっ!」

ラビゾーは直ぐにコバルトゥスの後を追うも、精霊魔法を駆使した移動速度は、
彼の足で追い付ける物ではない。

310:創る名無しに見る名無し
15/07/27 19:55:06.47 +ACnbsqY.net
コバルトゥスは風に乗り、大跳躍を繰り返して、ラビゾーを引き離すと、リゾート・ビーチの端にある、
高さ4身程の小高い岩場に上がった。
そこでバーティフューラーを下ろすと、彼は小さく深呼吸して息を整え、話し掛ける。

 「抵抗しなかったね」

困り顔のバーティフューラーに構わず、コバルトゥスは続けた。

 「先ずは、お名前を伺おうかな、『お嬢さん<ミスィ>』」

 「アナタに教える必要は無いわ」

冷たく突き放されると、コバルトゥスは口笛を吹く。

 「良いね。
  強気な態度も、君位の美人ならセクシーだ。
  先輩とは、どんな関係?」

 「……それより、勝負は未だ付いてないでしょう?」

バーティフューラーが指摘すると、コバルトゥスは笑った。

 「これだけ離れたら、先輩は暫く追い付けないよ」

 「どうかしら?」

彼女の意味深な呟きに、コバルトゥスは悪寒を感じて振り返り、目を見張る。

 「うわっ!?」

そこには肩で息をするラビゾーが居た。

311:創る名無しに見る名無し
15/07/27 19:59:41.09 +ACnbsqY.net
コバルトゥスは驚愕と同時に、ラビゾーを称賛する。

 「先輩、凄いッスね。
  どうやって、ここに?」

 「普通に走って、登って来た」

 「この険しい崖を?」

 「……何だ?
  ワープしたとでも言いたいのか?」

苛付いて棘のある口調で返す、息の荒いラビゾーを、コバルトゥスは宥めた。

 「いや、驚いてるんスよ、俺。
  先輩の事、侮ってました」

 「魔法で速く走る位、僕でも出来る」

 「悪かったですって。
  でも、ここでは先輩、不利っしょ?
  この岩場、転けたら只じゃ済まないッスよ」

コバルトゥスは冷静に、足場の危うさをラビゾーに伝える。
風波で削られた岩は、凸凹している上に、ザラザラと粗い鑢の様。
今のラビゾーは薄い半ズボンのみで、上半身裸に裸足。
とても岩場で動き回れる格好ではない。
それはコバルトゥスも変わらないのだが、彼には精霊魔法がある。

 「それでも、やるって言うんスか?
  そんなに殺気立って……。
  どうして先輩は、そこまでして俺の邪魔をしたいんです?」

 「僕にだって、『自尊心<プライド>』はある」

 「だから、それは悪かったって言ってるじゃないッスか……。
  許して下さいよ」

312:創る名無しに見る名無し
15/07/28 19:29:39.89 NdIvO7pd.net
コバルトゥスは自分に有利な状況を理解して、敢えて下手に出ている。
本気で敵対したくはないと言う、彼なりの意思表示だ。
加えて、こうする事で相手に屈した訳ではなく、配慮したのだと印象付ける狙い。
ラビゾーは不満な物の、バーティフューラーの事を思えば、これ以上詰まらない諍いを、
長引かせる訳には行かず、妥協案を提示する。

 「解った、僕も大人気(おとなげ)無かった。
  取り敢えず、今回は出直せ。
  こんな状況では、海を楽しむ所の話じゃないだろう」

ラビゾーが退散を要求すると、コバルトゥスは反発した。

 「は?
  先輩、冷静になって、よーく考えて下さい。
  先輩は俺に指図出来る立場ですか?」

コバルトゥスは笑って言うが、その目は笑っていない。

 「それが本音か」

ラビゾーは失望して、目付きを険しくする。
岩場では思う様に動けず、不利になるのは間違い無い。
だからと言って、コバルトゥスに屈する積もりは無かった。

 (監視員は、こちらに気付いている。
  最終的には、都市警察の手を借りる事になるかも知れない。
  面倒は避けたい……けど、奴を増長させるよりは良い)

ラビゾーが構えると、コバルトゥスは視線を逸らし、両手を軽く広げて肩を竦める。

313:創る名無しに見る名無し
15/07/28 19:34:54.88 NdIvO7pd.net
何でも無い仕草の様だが、精霊魔法の詠唱に入ったと、ラビゾーは見切っていた。
魔法資質が低い彼には、魔力の流れが視えない。
故に、読みに賭けるしか無いのだ。

 「H36I4、L2F4M1!」

魔力の流れを断つ詠唱に、コバルトゥスは目を丸くして、意外そうな顔をする。
ラビゾーは不敵に笑う。

 「未だ僕を侮っている様だな」

コバルトゥスは真顔になった。

 「いや、尊敬しますよ、先輩。
  それでも……俺には勝てない」

俄かに風が騒ぎ始めて、雲が速く流れ、潮が高くなる。
不穏な重苦しい空気が、一帯を支配する……。

 「さっきから、何やってんの?」

―所が、バーティフューラーの一言で、空気が和らいだ。

 「男2人で、アタシを置いて盛り上がらないでよ」

不満そうに零す彼女に、ラビゾーはコバルトゥスから目を切らず謝る。

 「済みません、こいつが聞き分けなくて……」

 「酷っ!
  先輩、俺の所為にするんスか!?」

 「誰の所為かって言ったら、お前の所為だろう」

 「それは先輩が邪魔するから!」

314:創る名無しに見る名無し
15/07/28 19:38:40.02 NdIvO7pd.net
責任を押し付け合う2人に、バーティフューラーは深い溜め息を吐いた。
彼女は無造作にコバルトゥスに歩み寄って、サングラスを外し、彼の瞳を覗き込む。

 「アタシはアナタを知っている。
  勿論、アナタもアタシを知ってるの。
  ……そうでしょう、可愛い精霊魔法使いさん?」

コバルトゥスは丸で赤子の様に、全身の力が萎えて行くのを自覚した。
両脚が震えて、立っているのすら困難になる。

 「な、何をした?」

 「あら、アタシの事、忘れちゃった?」

バーティフューラーは含み笑う。
妖しく輝く彼女の瞳に、魂が吸い込まれそうな感覚。
コバルトゥスは脳を掻き回される様な眩暈に襲われ、恐怖に駆られるも、身動きが取れない。
強力な精神支配の魔法である。
ラビゾーは見兼ねて、バーティフューラーを止めた。

 「その辺で容赦してやって下さい。
  そう悪い男ではないんです」

 「庇うの?
  『こんな奴』を?
  2度と起てない様にしてやろうと思うんだけど」

 「金と女が絡まなければ、良い―とまでは言いませんけど、普通の奴なんです」

バーティフューラーは呆れた様に息を吐き、脱力して、サングラスを掛け直す。

 「そこまで言うなら、アンタに免じて許して上げる」

そう言った彼女はコバルトゥスを睨んで続けた。

 「アナタ、ラヴィゾールに感謝しさない」

……コバルトゥスは既に放心状態で、聞いているかも定かでない。

315:創る名無しに見る名無し
15/07/28 19:43:06.67 NdIvO7pd.net
図太いコバルトゥスの事だから、その内、自力で立ち直るだろうと、ラビゾーは彼を放置して、
バーティフューラーに駆け寄った。

 「下らない事で時間を取らせてしまって、済みません。
  取り敢えず、降りてビーチに戻りましょう」

当の彼女は殆ど気にしていない様子。

 「フフッ、面白い物を見せて貰ったわ。
  +20点」

 「バーティフューラーさんの為と言う訳では……。
  あいつの横暴振りが気に入らなかっただけです」

どこか嬉しそうに、バーティフューラーは目を細めて、言い訳するラビゾーを見詰める。

 「―ラヴィゾール、足場が悪くて歩き難いわ」

 「あぁ、済みません、気が利かなくて」

ラビゾーが手を差し出すと、バーティフューラーは態と蹣跚(よろ)めいて体を預けた。

 「きゃっ」

 「確りして下さい」

流石に故意だと気付いたラビゾーは、彼女を受け止めつつ、眉を顰めて注意を促す。
肌が密着しているにも拘らず、冷静なラビゾーが、バーティフューラーは詰まらない。

 「アタシ、人を魅了する以外の魔法は使えないのよ?
  こんな所、裸足で歩けない」

我が儘だなとラビゾーは思ったが、旧い魔法使いが他の魔法を使わないのは事実である。
無理に粗い岩場を歩いて、足を怪我でもしたら、海水浴が台無し。

316:創る名無しに見る名無し
15/07/28 19:45:15.27 NdIvO7pd.net
ラビゾーは小さく息を吐くと、同意も得ず強引に、バーティフューラーを抱え上げた。
バーティフューラーは驚いた顔をするが、為されるが儘で抵抗しない。

 「軽いですね」

 「そ、そう?」

彼女は摺り落ちたサングラスを急いで直し、内心の動揺を覚られない様にした。
ラビゾーはバーティフューラーを抱えた儘、崖の方へ向かう。
下は砂浜とは言え、4身は恐怖を感じる高さだ。

 「えっ、えっ?
  ラヴィゾール、何するの?」

紳士的に抱えて運んで貰えると思っていたバーティフューラーは狼狽する。

 「お、怒った?
  御免ね?」

 「いやいや、怒ってません。
  飛び降りて、近道するだけです。
  足場が悪いんで、抱えた儘で歩くと、転びそうですから……」

 「飛び降りて大丈夫なの?」

 「この位なら、少し魔法を使えば。
  暴れないで下さい」

そう言うと、ラビゾーは岩場から身を躍らせた。
不安と緊張からバーティフューラーは、ラビゾーの首に腕を回して、獅噛み付く。
ラビゾーは全く動じず、上手く足から地面に着地。
タイミングを合わせて両膝を曲げ、衝撃を和らげた―所までは良かったが、勢いを殺し切れずに、
砂浜に尻と背中を打って、仰向けに倒れた。

317:創る名無しに見る名無し
15/07/28 19:51:00.97 NdIvO7pd.net
バーティフューラーはラビゾーの腹に腰掛ける形で、無事だった。
ラビゾーを尻に敷いた儘で、彼女は一際大きな溜め息を吐く。

 「はぁーー……。
  今一つ格好付かないのよね、アンタって」

 「面目ありません」

 「でも、少し楽しかった。
  +5点」

ラビゾーが謝罪しても、バーティフューラーは動こうとしない。
この状況に性的な物を感じない訳ではなかったが、ラビゾーは苦笑いして依願した。

 「……あの、退いて貰えませんか?」

 「退かせば良いじゃない」

 「本当に良いんですか?」

バーティフューラーが挑発する様な笑みで見下ろした儘、何も答えなかったので、彼は行動に移る。
腹を引っ込めると同時に、達磨落としの様に、素早く胴を横にスライド。

 「ひゃっ!?」

バーティフューラーは尻餅を搗いて、可愛い声を上げた。
彼女は起き上がったラビゾーを、座り込んだ儘で睨むと、片腕を差し出す。
引っ張って起こせと言う、暗黙の命令だ。
ラビゾーに起こして貰ったバーティフューラーは、彼の胸板を手の甲で軽く叩いた。

 「もうっ、馬鹿!」

締まりの無い笑みを浮かべつつ、ラビゾーは内心で思う。

 (これって恋人……。
  いや、仲の良い男友達と女友達なら、こんな感じかも知れない。
  性的な事が絡まなければ、セーフ、セーフ)

取り敢えず、一線だけは何があっても死守すると、彼は心に決めた。

318:創る名無しに見る名無し
15/07/29 20:02:17.55 U1VA7uIx.net
ラビゾーとバーティフューラーが、人の多い浜辺に戻ると、監視員が駆け寄って来る。
筋骨隆々の日焼けした逞しい監視員は、2人の前に立ち開(はだ)かって質問した。

 「君達、さっきの騒動は何だったんだ?」

ラビゾーは愛想笑いで答えた。

 「いや、その……、お恥ずかしい話ですが、所謂『痴情の縺れ』と言う奴です。
  少々行き違いがありまして、落ち着いて話せる所に行こうと言う事で……」

監視員は「仕様の無い人達だ」と呆れ、大きな溜め息を吐く。
そして、小高い岩場の上で立ち尽くしているコバルトゥスを指した。

 「彼は?
  置いて行って良いの?」

 「あー……、今は触れないでやって下さい。
  ショックを受けているだけなので……。
  放っとけば、立ち直ると思います」

ラビゾーの説明に、監視員は「振られたのだな」と納得して頷く。

 「話は解った。
  ビーチでは男女のトラブルも多い。
  困ったら私達を頼りなさい」

監視員がバーティフューラーに魅了されないのは、彼女が能力を抑えているからなのか、
それとも単にコバルトゥスが欲求に正直なだけだったのか、ラビゾーは内心で謎に思いながらも、
彼に礼を言う。

 「はい、有り難う御座います」

これにて漸く、2人は海で遊べる様になった。

319:創る名無しに見る名無し
15/07/29 20:04:09.81 U1VA7uIx.net
ラビゾーはレンタルした大きな浮き輪を片手に、バーティフューラーの手を取って、
彼女を海の中へ誘う。
腰の辺りまで浸かると、ラビゾーは一旦足を止めた。

 「水温は丁度良い位だと思うんですけど、どうですか?」

 「思ったより、温かいわね」

 「カターナ地方は冬には南から暖かい海流が、夏には北から少し冷たい海流が来ます。
  だから、年間を通して、余り海水温に変化が無いんですよ。
  ―もう少し、沖に行っても大丈夫ですか?」

 「あのね、泳ぐのは初めてじゃないって言ったでしょう?」

顔を顰めるバーティフューラーだが、ラビゾーは心配性である。

 「でも、海は初めてなんでしょう?
  取り敢えず、胸の辺りの深さまで、行ってみましょうか」

 「アタシを何だと思ってるの?
  小さな女の子じゃないのよ?」

バーティフューラーは文句を言いながらも、満更でも無さそうな様子。
2人は少しずつ沖へ向かう。
途中、波が口元に掛かたバーティフューラーは、海水を味わって驚いた。

 「プヘッ、塩っぱい!」

 「……大丈夫ですか?」

 「な、何でも無いわ!
  海の水が塩辛い事は知ってたから。
  少し予想外に塩っぱかっただけ」

ラビゾーが怪訝な顔をすると、バーティフューラーは必死に強がる。

320:創る名無しに見る名無し
15/07/29 20:04:51.44 U1VA7uIx.net
ラビゾーは彼女を気遣って、提案した。

 「浅い所で、泳ぎの練習しましょうか?」

 「平気だって!」

 「……疲れたら、無理せず、浮き輪に掴まって下さいね」

 「心配無いって言うのに」

バーティフューラーは意地を張るが、これ以上沖に行くのは危険だと判断したラビゾーは、
近くの岩礁を指して言う。

 「それじゃあ、あの岩場まで泳ぎましょう。
  帽子とサングラスは、浮き輪に乗せて下さい」

 「良いわ、見てなさい」

バーティフューラーは泳ぎには自信があった。
一足先に岩場に着いて、どうと言う事は無いと証明しようと、意気込んで泳ぎ始める。
しかし、数身進んだ所で、彼女は泳ぎを止めて足を着いた。
何事かと、ラビゾーは浮き輪を押しながら、静かに泳ぎ寄る。

 「どうしたんですか?」

 「海水が目に沁みる……」

 「あー、慣れないと大変ですよね。
  浮き輪の序でに、水中眼鏡も調達すれば良かった」

目頭を押さえるバーティフューラーが、泣いている様に見えたので、ラビゾーは優しい言葉を掛ける。

 「……浮き輪に掴まって下さい。
  一緒に緩くり、岩場まで泳ぎましょう」

バーティフューラーは黙って頷き、ラビゾーに従った。
岩場に着くまで、彼女が一言も発さなかったので、ラビゾーは気不味い思いをし続けた。

321:創る名無しに見る名無し
15/07/30 20:09:14.53 i51pKOON.net
岩場の浅瀬に着くと、ラビゾーは浮き輪に付いている紐を、岩の出っ張りに引っ掛ける。
バーティフューラーは麦藁帽とサングラスを着け直すと、その浮き輪に乗って、呆っと遠くを見詰め、
波に揺られた。
彼女は物憂気な顔で、深い溜め息と共に、点(ぽつ)りと漏らす。

 「思ってたのと違うわ……」

その一言に、ラビゾーは冷や汗を掻いた。

 「な、何か不味かったですか?」

 「そうじゃなくて、今回の事、全般的にね。
  今日に限らず」

海に入るまでは、バーティフューラーの機嫌は、そう悪くなかった筈だと、ラビゾーは原因を探って、
懸命に思考を働かせる。
そして、海で泳げなかった事が、悪かったのではと予想した。
初めて海に入る人は、海水が塩っぱく、目に沁みる物だとは知らないだろう。
配慮して然るべきだったと、ラビゾーは後悔し、居た堪れなくなって俯いた。
彼の落ち込み具合に気付いたバーティフューラーは、慌てて取り成す。

 「あ、アンタを責めてる訳じゃないのよ?
  本当、単純に、『思ってたの』と違うなって」

ラビゾーは徐に面を上げ、無言で彼女に視線を送って、どう言う意味かと暗に問う。

 「昨日今日と、アタシ、格好悪いって言うか、調子悪いって言うか……。
  もっとスマートに熟せたと思うのよね、色々と。
  アンタと一緒に居ると、何時も違ぐ接ぐで……」

バーティフューラーが何を言いたいのか、ラビゾーは分からない。
彼女が言いたい事は理解出来るのだが、そんなに悪い事だとは思わないのだ。

322:創る名無しに見る名無し
15/07/30 20:10:32.57 i51pKOON.net
 「全然、格好悪くないですよ」

ラビゾーはバーティフューラーを元気付けようとしたが、彼女は逆に不機嫌になった。

 「嘘よ。
  だって、アンタ、嬉しそうにしてた」

 「嬉しそう?」

 「そう、アタシが無知や無様を晒す度に、得意になっていたでしょう?」

 「そ、それは……」

そんな積もりは全く無かったのだが、ラビゾーは強く否定出来なかった。
何時もバーティフューラーに遣り込められている分、こう言う時位は頼れる所を見せたいと、
張り切っていたのは事実。
硬直するラビゾーに、バーティフューラーは深い溜め息を吐いて、態と嫌味に聞こえる様に言った。

 「別に、良いのよ?
  男は女の前では、見栄を張りたい生き物なんだから。
  普段とは逆で、アタシに説教出来て、さぞかし好い気分だったでしょう。
  アンタが望むなら、従順で馬鹿な可愛い女を演じて上げるわ」

 「そんな事は―!」

ラビゾーが否定しようとすると、彼女は先とは打って変わって、落ち着いた声で嘆く。

 「望んでないのよね……。
  大体アンタ、演技とか嘘が嫌いだし」

そして、ラビゾーに視線を送り、一呼吸置いて続けた。

 「もっとアンタに甲斐性があったらね……。
  素直に甘える事も出来るんだけど」

思い掛けない台詞に、ラビゾーは己の腑甲斐無さを知らされ、悄気返った。

323:創る名無しに見る名無し
15/07/30 20:11:06.90 i51pKOON.net
彼は弱気な声で、拗ねた様に言う。

 「そう言うのは無しって、自分から言ったじゃないですか……」

バーティフューラーは罪悪感で、顔を伏せて返す。

 「……御免。
  海に来て、浮かれてたのかな……」

そして訪れる、長い沈黙。
寄せては返す波の音と、海鳥の鳴き声しか、2人には聞こえない。
バーティフューラーは勇気を出して、ラビゾーに問う。

 「そう言うのって、期待したら駄目なのかな?」

ラビゾーが顔を上げると、彼女は遠くの浜辺で肩を寄せ合う、何組もの恋人達を眺めていた。

 「一夏の思い出……」

寂しそうな様子のバーティフューラーを見て、ラビゾーは深呼吸をした後、心を決める。

 「駄目です!
  最初に、そう決めたんですから!
  それよりバーティフューラーさん、海の中で目を開けられる様に、練習しましょう!」

吃驚して目を丸くする彼女を、勢いで押し切ろうと、ラビゾーは続けた。

 「格好良いとか悪いとか、そんな事は関係無いですし、僕は気にしません!
  旅の恥は掻き捨てです!
  格好悪くったって良いじゃないですか!
  そもそも何で、海の中で目が開けられなかった位で、落ち込むんですか!」

 「ち、違っ、それだけじゃないんだから!
  アタシはアンタに―……くっ……」

バーティフューラーは向きになって反論した物の、途中で止めた。
ラビゾーは気になって仕方が無かったが、強気に押し捲くる。

 「人間、そんな思い通りには行かない物です!
  誰にだって、苦手な事や出来ない事の1つや2つ、あるでしょう!
  僕の場合は10や20じゃ利きませんけどね!
  ああ、恥ずかしい男ですとも!
  こんな僕に大きな顔をされたくなければ、海水が目に沁みる位、克服して下さい!」

バーティフューラーは頷く他に無かった。
開き直った彼は強いのだ。

324:創る名無しに見る名無し
15/07/31 19:43:31.83 8dmJoJwg.net
人気(ひとけ)の無い、砂浜から離れた岩場の浅瀬で、バーティフューラーはラビゾーに指導を受ける。
その結果、彼女は数点もしない内に、海水に慣れた。
自分が指導しなくても良かったのではと、ラビゾーは呆れる。

 「やれば出来るじゃないですか……」

 「誰も出来ないとは言ってないわ」

バーティフューラーは人魚の様に、優雅に、自由に泳ぎながら、澄まし顔で言い返す。
余り海に行かないラビゾーより、数段泳ぎが上手い。

 (才能があるのかな)

彼女の泳ぐ姿を見ながら、ラビゾーは寂しい気持ちになった。
教わる側が、教える側を簡単に上回る事に、置いて行かれる様な感覚を味わっていたのだ。
感傷に浸るラビゾーに、バーティフューラーは海水面から顔を出して、髪を掻き上げつつ、
声を掛けた。

 「ねー、ラヴィゾール!
  向こうの岩場まで、どっちが先に着くか、競争しなーい?」

対岸を指して、明るく無邪気に問う彼女に、ラビゾーは気弱な笑みで答える。

 「良いですよ」

2人は浅瀬に並んで、同時に泳ぎ始めた。

325:創る名無しに見る名無し
15/07/31 19:50:02.95 8dmJoJwg.net
最初こそラビゾーが先行していた物の、徐々にバーティフューラーが速度を上げて、彼を追い越す。
水泳に適した水着ではなく、髪の抵抗があっても、余裕でラビゾーより速いのだ。
これは「ラビゾーが遅い」と言ってしまっても良いだろう。
彼に限らず、大陸内陸部の人間は、大体泳ぎが得意でない。
海岸沿いの土地以外で、頻繁に泳ぐ機会があるのは、湖や大河川の側で暮らす者達だけだ。
ラビゾーが3分の2の距離を泳いだ時には、バーティフューラーは既に岸辺に着いていた。
彼女は遅いラビゾーを待ち兼ねて、折り返し泳ぎ始める。
その途中、バーティフューラーとラビゾーの間に、1匹の海獣が現れた。
海の馬と言われる、アシホに似ているが、角は無い。
幸い1匹だけで、興奮状態でもないが、それはバーティフューラーに擦り寄る様に、泳ぎ始めた。
当の彼女は泳ぎを止めて、戸惑っていた。

 (海潮馬?
  角が無い種類か?)

アシホは海獣の中では小型、その中でも、これは小型だが、人よりは大きい。
突然暴れ出さないとも限らないので、危険だと判断したラビゾーは、アシホを刺激してはならないと、
慎重に近付いた。
バーティフューラーは妙に懐いて来るアシホを可愛く思い、鬣を撫でている。
丸で、完全に手懐けているかの様。
その彼女が徐にアシホに跨ったので、ラビゾーは驚愕する。

 (危ない、危ない!)

バーティフューラーは呑気に、彼に向かって手を振っているが、海獣は人間にとって恐ろしい存在だ。
基本的に獰猛で、余り人に懐かない。
何より体格が違うので、敵意や害意が無くとも、事故や怪我に繋がる。

326:創る名無しに見る名無し
15/07/31 19:56:49.06 8dmJoJwg.net
ラビゾーの懸念は現実の物となった。
彼がバーティフューラーに2身の距離まで近付くと、アシホは人を嫌う様に、行き成り速度を上げて、
泳ぎ去ってしまった。
当然、バーティフューラーを乗せた儘。
潜水せず、水面にを泳いで逃げているのは、背中の彼女を気遣っているのか……。
どちらにせよ、バーティフューラーが連れ去られた事に、変わりは無い。
アシホは忽ち、沖へと出て行く。
沖は潮の流れが速いので、バーティフューラーはアシホから降りられない。
ラビゾーは監視員に救助を要請しに、急いで砂浜に向かった。
監視員も一部始終を見ており、ラビゾーに駆け寄る。

 「済みません、連れが沖に流されてしまいました!」

 「ああ、アシホに乗っていたな。
  大人しく見えても、海獣は危険だと言うのに!
  君は何とも無いか?」

 「はい、僕は大丈夫です。
  それより、早く彼女を!」

監視員は難しい顔をする。

 「下手に刺激すると、暴れたり、益々逃げたりするかも知れない。
  周辺に海獣の群れは無い。
  あれは『逸れ』だろう。
  取り敢えず、君は落ち着いて。
  既に救助を呼んであるから」

 「は、はい……」

彼に諭され、ラビゾーは大人しく引き下がった。

327:創る名無しに見る名無し
15/07/31 20:07:24.40 8dmJoJwg.net
監視員は通常の業務に戻ったが、アシホは更に沖へと移動している。
ラビゾーは堪らず監視台に登って、先の監視員に問い掛けた。

 「アシホは、どこに向かっているんです?」

監視員は望遠鏡を覗きながら答える。

 「……約3通先の岩礁か?
  その更に3通先に、ヒメアシホの群れが見える。
  合流されると厄介だが……。
  進路を妨害すると、群れが反応するかも知れない」

 「えっ、どうするんですか?」

ラビゾーが怪訝な表情で尋ねると、監視員は言い難そうに応じた。

 「ヒメアシホは角が小さく、アシホの中でも大人しい。
  刺激しなければ、今直ぐ危害を加えると言う事は無いだろう……と思う。
  『流された』、『溺れた』なら未だしも、私達では海獣相手には、どう仕様も無い。
  海上警察には通報済みだから、対応を待ちなさい。
  心配なのは解るけど、呉れ呉れも、早まって無謀な事はしない様に」

万一の事があれば、責任問題に発展するので、監視員は迂闊に動けない。
海獣への対処は、彼等の管轄外なのだ。

328:創る名無しに見る名無し
15/08/01 19:28:45.95 HgzcDjQl.net
ラビゾーが無力感に打ち拉がれていると、俄かに監視員の目付きが険しくなる。

 「どうしました?」

心配して声を掛けたラビゾーだったが、監視員は彼を無視して、拡声魔法を使った。

 「海で遊泳中の皆さん、一旦砂浜に戻って下さい。
  中型海獣の大海獺(だいかいだつ)の小群が、付近で確認されました。
  海から上がって、砂浜に戻って下さい」

警戒を呼び掛ける監視員に、ラビゾーは尋ねる。

 「ダイカイダツとは?」

 「アマソ(※)だ。
  海の獺(うおそ)。
  海鼬(かいゆ)の仲間で、偶に浜辺に現れる。
  リゾート・ビーチは、奴等にとっても居心地が好いんだろう。
  人間(餌)も沢山泳いでいるしな。
  ……おい、そこのボールで遊んでる男女、早く戻れ!!」

監視員は未だ海で遊んでいる者達を発見すると、猛烈な勢いで怒鳴り付けた。
海鼬と言われても、ラビゾーは海獣に詳しくないので、余り分からない。
とにかく、「危険な海獣が接近中」と言う事だけは理解した。
同時に、その海獣は砂浜に向かっているのではなく、アシホを狙っているのかも知れないと考える。
ダイカイダツがアシホを襲えば、バーティフューラーが危ない。
しかし、それを監視員に伝えても、今直ぐ救助には行けないだろう。
出来る物なら、疾っくに行っている。
共通魔法は詠唱と描文を基本とするので、一部の優れた魔導師や、特殊な訓練を受けた者を除き、
水中では地上程の万能振りを発揮出来ない。
況してや、ここの監視員の仕事は、ビーチを守る事で、海獣退治ではない。
代わりに、海上警察が動いていると言うが、果たして間に合うだろうか?
ラビゾーは魔力石を取りに、急いで更衣室へ向かった。


※:ラッコをより流線型に、巨大に、獰猛にした物。

329:創る名無しに見る名無し
15/08/01 19:32:23.73 HgzcDjQl.net
魔力石を持った彼は、コバルトゥスが居た岩場へ走る。
コバルトゥスは未だ正気に返らず、座り込んで呆然と海を眺めていた。

 「コバギ!!」

ラビゾーは彼に呼び掛けたが、反応は無い。
肩を何度も揺すっても駄目だったので、気付けの共通魔法を唱える。

 「―M1D7!」

コバルトゥスは吃驚して、間抜けな顔で瞬きを繰り返した。

 「どわっ!?
  ……先輩?
  どうしたんスか?」

 「お前に頼みたい事がある」

神妙な面持ちのラビゾーに、徒事ではないと察したコバルトゥスは、気を引き締めて、
目付きを変えた。

 「何です?」

 「僕の連れが海獣に連れ去られた。
  彼女を救出して欲しい。
  ……コバギ、頼めるか?」

コバルトゥスは現状を完全には把握していなかったが、「人が海獣に連れ去られた」とだけ理解して、
力強く頷く。

 「緊急事態みたいッスね。
  良いッスよ。
  怪物退治は冒険の華っしょ」

 「……海でも大丈夫なのか?」

 「俺は精霊魔法使いッス。
  全ての自然は俺の味方ッスよ」

 「有り難う」

ラビゾーは改まって礼を言ったが、コバルトゥスは意に介さず尋ねた。

 「取り敢えず、詳しい状況を教えて貰えますか?」

330:創る名無しに見る名無し
15/08/01 19:37:10.57 HgzcDjQl.net
海獺が海潮馬の群れを狙っているとすれば、悠長にしている時間は無い。
ラビゾーはバーティフューラーを連れ去ったアシホが向かう先を指して、要点だけを簡潔に説明する。

 「遠見の魔法は使えるか?
  向こうに岩礁が見えるだろう。
  そこへ向かっている、馬みたいな動物が判るか?」

コバルトゥスは共通魔法の遠見の魔法は使えないが、精霊の声と、優れた魔法資質で、
離れた場所の出来事も、読み取れる。
彼はラビゾーの指した方角を睨んで、精神を集中させた。

 「判ります。
  馬に乗ってるのは、先輩と一緒に居た女の人ッスね。
  でも、そんな差し迫った状況には見えませんけど……」

 「周りをよく見ろ。
  大きな動物が、近付いている筈だ」

ラビゾーに言われて、コバルトゥスは初めて、海獺の群れに気付いた。

 「あぁ……うわっ、でっかい鼬みたいなのが泳いでる……?
  1、2、3……4匹も!
  馬を狙ってる!
  こりゃ急がないと不味いッスよ!」

駆け出そうとするコバルトゥスに魔力石を渡そうと、ラビゾーは彼を呼び止めるべく、手を伸ばす。
だが、その前にコバルトゥスは立ち止まって、振り返った。

 「先輩も協力して下さい!
  俺一人の手には負えません!」

 「あ、ああ、解った!」

ラビゾーは自分に何が出来るとは思っていなかったが、コバルトゥスが協力を仰ぐと言う事は、
何か役割があるのだろうと、魔力石を握り締めて付いて行く。

331:創る名無しに見る名無し
15/08/01 19:57:10.54 HgzcDjQl.net
 「先輩、俺の手を取って!」

コバルトゥスが片手を差し出すと、ラビゾーは少し逡巡した後に取る。

 「飛びますよォ!!」

彼はラビゾーの手を引いて助走を付け、高い岩場から海へ向かって飛び立った。
2人は海上4身の風に乗って、アシホを追う。

 「……なあ、コバギ、僕は必要か?」

自分は邪魔ではないかと、ラビゾーは懸念するも、コバルトゥスは構わない。

 「先輩は重しッス。
  中々良い速度が出てますよ」

飛行速度は、角速2街弱と言った所。
魔法で守られているのか、風の抵抗は然程感じない。
道中、コバルトゥスは思い付いた様に、ラビゾーに問い掛ける。

 「あっ、先輩、一つ良いッスか?」

 「何だ?」

 「無事に助け出せたら、あの人と俺の、2人だけの時間を下さい」

こんな時に何を言うのかと、ラビゾーは眉を顰めた

 「何だ、行き成り?」

 「別に良いっしょ?」

 「……他の事では駄目なのか?」

 「まあ……そうッスね」

ここでコバルトゥスの頼みを断る事は、ラビゾーには出来なかった。
自分独りではバーティフューラーを救えないと、彼は解っているのだ。
全てを計算して、コバルトゥスはラビゾーが彼女を諦めざるを得ない様に、仕向けている。
ラビゾーは顔を伏せ、視線を合わせないで返した。

 「誘うの位、自分でやれよ」

 「解ってます、先輩が邪魔しなけりゃ良いんス」

 「……勝手にしろ」

ラビゾーの言質を取って、コバルトゥスは得意顔になる。

 「良っしゃ、忘れないで下さいよ!」

やがて2人は、バーティフューラーの姿が明確に視認出来る所まで追い付いた。
直ぐ近くに海獺も迫っており、アシホは懸命に海水を掻いて逃げている。

332:創る名無しに見る名無し
15/08/01 20:00:19.24 HgzcDjQl.net
コバルトゥスはラビゾーに提案した。

 「先輩、魔力石を持ってますよね?
  あいつ等の足止めをして下さい」

ラビゾーは両目を剥いて驚愕する。

 「馬鹿を言うな、無理だ!
  海で大海獣相手に、戦える訳無いだろう!
  お前、僕に死ねと言うのか!?」

 「でも、あの人を確実に救助する為には、それしか無いんスけど……。
  俺が足止めしたとして、先輩、無事に彼女を連れて逃げられますか?」

コバルトゥスの言う事は、尤もである。
魔法が下手なラビゾーでは、魔力石に込められた魔力が尽きる前に、逃げるアシホに追い付く事も、
ダイカイダツから逃げる事も難しい。
押し黙ったラビゾーに、コバルトゥスは言う。

 「安心して下さい、出来る限りの支援はします。
  魔力石を貸して下さい」

ラビゾーは言われる儘に、魔力石を差し出した。
それは作戦に同意した証でもある。

 「C5D1L4D6、N4H46H4・C5D1L4D6!
  I1EE1・J3K1B7、E1E1A5・N2H46B37CC1・G32H4MG・J1JE246・CG1F47CC1、
  J1JJ16・A4O1H1D3D1、A4DE7!」

コバルトゥスは思念を込める様に、魔力石に額を当て、長い精霊魔法の呪文を唱えると、
それをラビゾーに返す。

 「これで行ける筈ッス。
  精霊達が先輩を守ります。
  詠唱も描文も要りません」

本当かなと疑い、魔力石を見詰めるラビゾーだが、コバルトゥスは彼に考える時間を与えず、
手を離した。

 「コ、コバギ!?
  お前えええぇっ!!」

 「頑張って下さい、先輩!
  先輩なら大丈夫ッスよー!」

無責任に応援するコバルトゥスを恨みながら、ラビゾーは上空4身から海に落ちる。

333:創る名無しに見る名無し
15/08/02 20:15:11.20 wa1s+K+i.net
海中に突っ込むと予想していたラビゾーだったが、魔力石が輝くと、不可思議な力場が発生して、
彼を静かに海面に降ろした。
丸で水に弾かれている様に、両足が沈まない。

 (これは……水渡りの魔法[※]?)

大きく波打って揺れる海面に、ラビゾーは何とかバランスを保って立つ。
彼は見えない何者かに、体を支えられている感覚があった。

 (精霊の加護なのか?)

ラビゾーが現状を冷静に把握する時間は無い。
ダイカイダツが標的をラビゾーに変えて、襲い掛かって来る。
海獺はラビゾーに数身の距離まで近付くと、急潜行して姿を消した。

 (不味い!
  攻撃のタイミングが掴めない!)

ラビゾーは知覚を研ぎ澄ませるも、風と波が海獣の気配を掻き消す。
海獺は彼を嘲笑う様に、潜水とジャンプを繰り返して、隙を窺っている。
海獺が海中から飛び出す度に、又、その巨体を海面に打ち付ける度に、高波が発生して、
ラビゾーに襲い掛かる。
海水の飛沫も彼の視界を遮る。


※:1スレ目から久々に登場した、水面より僅かに浮いて、水上を歩く魔法。
  水流を無視出来るが、水面が大きく上下する際の影響は避けられない。
  単に水に沈まないだけの簡易版もある。

334:創る名無しに見る名無し
15/08/02 20:24:23.94 wa1s+K+i.net
ラビゾーの焦りに呼応するかの様に、魔力石が碧い輝きを増す。
それは彼に「落ち着け」と語り掛けている様だった。
ラビゾーが魔力石に気を取られた瞬間、大波が来るタイミングに合わせて、彼の真下から、
海獺が大口を開けて出現する。

 (油断した!)

一呑みにはされなかったが、大量の海水と共に押し上げられたラビゾーは、
上空約3身に投げ出された。

 (……来る!)

落下中に海獺が水面から飛び出して来るタイミングを、ラビゾーは直観的に覚る。

 (どうする!?
  迎撃するか、避けるか―)

ここで彼は自分が握り締めている、魔力石に気付いた。
共通魔法を「正しく」使えば、この窮地を切り抜けられるかも知れない。
選択は無数にあるが、複雑な呪文を完成させる時間は無いし、即効性のある物でないと、
発動しても間に合わない。

 (魔法の剣や盾で―?
  いや、海獣相手には心許無い。
  衝撃魔法で弾き返せるか?)

ラビゾーは魔力石を構えて、海面を睨む。
それと殆ど同時に、海中から3匹の海獺が同時に飛び出して、ラビゾーに襲い掛かった。

 (3匹同時っ!?)

想定外の事態に、ラビゾーは一瞬思考が止まる。

335:創る名無しに見る名無し
15/08/02 20:29:10.46 wa1s+K+i.net
これは迎撃するより、避けた方が安全だと、彼は判断した。
だが、今からでは詠唱も描文も間に合わない。

 (畜生、どうにもならない!)

ラビゾーが諦め掛けた時、突風が吹いて、彼を押し流す。

 (助かっ……た……?)

ラビゾーは幸運を喜びながらも、困惑した。
有り得ないのだ。
確かに、突風は突風だったが、人を吹き飛ばせる程の物ではなかった。
風を受けたラビゾーは、体が自然に軽くなり、布切れの様に、浮わりと飛ばされた。

 (……精霊の……守り……?)

ラビゾーは自分の体を支える、見えない空気を再び感じた。

 (信じて良いのか……?)

彼は風に身を任せて、海鳥の様に着水し、波に乗りながら、水面を滑る様に移動する。
今だけは、何も彼もが自分の為に動いている様だと、ラビゾーは思った。
追い掛けて来る海獺を、小回りを利かせて躱し、翻弄する。
魔法を唱えていないのに、自分のイメージに、自然の方が合わせてくれる。
丸で夢心地。

 (あいつは何時も、こんな感覚を味わっているのか……)

コバルトゥスの自信に満ちた態度は、ここから来ているのだと、ラビゾーは妙に納得した。

336:創る名無しに見る名無し
15/08/02 20:30:44.31 wa1s+K+i.net
その時、行き成り海獺の様子が変わる。
ラビゾーを追う事を諦め、何かを恐れる様に、逃げ出して行くのだ。
ラビゾーは周囲を確認して、得心が行くと同時に安堵した。
魔力推進ボートに乗った、カターナ海上警察の到着である。
彼が気を抜くと、途端に足が水に沈む。

 (魔法が切れたのか、魔力が切れたのか……)

ラビゾーは水面から顔だけ出して浮きながら、手に持った魔力石を見て、発光魔法を試してみた。
しかし、魔力石は何の反応も示さない。

 (魔力切れの方か?
  ともあれ、助かった……。
  2人は無事に逃げられたかな……)

コバルトゥスの事だから、失敗はしないだろうと、ラビゾーは安心して脱力した。
緊張から解放され、疲労で海に沈み掛ける彼を、海上警察が飛び込んで救助に向かう。

 「今、助けるぞー!!」

意識が朦朧とする中、海上警察が大声で呼び掛ける。

 「おーい、確りしろー!!
  気を失うなー!!」

ボートに引き上げられたラビゾーは、海上警察に声を掛け続けられ、迷惑そうに顔を歪めた。

 (煩い……。
  疲れているんだ、静かに休ませてくれ……)

海上警察のボートはラビゾーを乗せて、近くの波止場まで移動する。

337:創る名無しに見る名無し
15/08/02 20:41:33.60 wa1s+K+i.net
陸に上がったラビゾーは、海上警察とビーチの監視員に、それぞれ説教を受けた。
だが、彼には余り応えていなかった。
元より怒られるのは覚悟していたし、疲労で頭が回らないので、深刻に受け止める気力も無かった。
反応の鈍いラビゾーを気遣って、両者共お叱りは短目で済む。
解放されたラビゾーは、弱々しい足取りで浜辺に移動すると、ユユの木陰で大の字になって、
どこまでも青く晴れ渡る空を、呆っと眺めた。
コバルトゥスは今頃、何時もの調子でバーティフューラーを口説いているだろう。

 (仕方無いんだよ……。
  僕は無力だった)

隣を歩くなら、自分よりコバルトゥスの様な男の方が、格好も付くだろうと、ラビゾーは想像する。
コバルトゥスは所謂、「女受けする美青年」だ。
一人の女性を誠実に愛する事は望めないが、遊びの様な短い付き合いをするだけなら、
都合の好い男ではある。
美男美女で似合いではないか……。
ラビゾーは深い溜め息を吐いて、両目を閉じた。
―数点も経たない内に、眠りに落ちようとする彼を呼ぶ声がする。

 「ラヴィゾール!」

声の主はバーティフューラー。
ラビゾーは慌てて両目を開け、重い上半身を起こして、彼女を迎えた。

 「……ラビゾー、お怪我はありませんか?」

 「アタシは何とも無い。
  それより、アンタは?」

バーティフューラーの顔は蒼褪めている。
彼女を心配させてはならないと、ラビゾーは笑顔を作った。

 「僕は……、この通り。
  怪我は無いですけど、少し疲れました……」

彼は気付いていないが、顔面は蒼白であり、とても健康には見えない。
バーティフューラーは涙ぐんで、ラビゾーの頭を撫で、抱え込む。

 「あぁ、ラヴィゾール……!」

水着越しに柔らかい胸が顔に当たるのを、ラビゾーは感じたが、何より疲労が勝った。
彼は抵抗する気も無く、意識を手放す。

 (何だか妙に心地が好い……。
  幸せな状況かも知れない……)

 「ラヴィゾール……?」

ラビゾーの寝顔は、迚(とて)も安らかだった。

338:創る名無しに見る名無し
15/08/03 20:57:59.65 MP6WhTll.net
ラビゾーが目覚めたのは、リゾート・ビーチの休憩所。
彼は屋根付きのウッド・デックで、仰向けに寝かされていた。
陽は西に傾き始めており、時刻は南西の時と言った所。

 (行かん、行かん!
  バーティフューラーさんを放って、寝過ごした!)

ラビゾーは飛び起きて、辺りを見回すも、バーティフューラーの姿は無い。
彼はコバルトゥスとの約束を思い出して、座り込む。

 (あいつ、上手くやったのかな……)

コバルトゥスがバーティフューラーを助けた後、只で彼女を解放する訳が無い。
助けた事を恩に着せて、強引に付き合わせる位やるだろうと、ラビゾーは考えていた。
眠りに落ちる前に、彼はバーティフューラーと話した様な気がするが、記憶が曖昧で、
それも夢だったかも知れない。

 「はぁーーーー……」

胸が靄々して、深い溜め息を吐くと、同時に腹が鳴った。
彼は朝から、海水以外何も口にしていなかった。

339:創る名無しに見る名無し
15/08/03 21:00:11.91 MP6WhTll.net
ラビゾーは再び辺りを見回して、腹を満たせる場所を探した。
同時に、財布を更衣室に置いた事を思い出して、取りに行くのが面倒だなと億劫になる。
無気力なのは、未だ回復し切らない疲労の所為でもあったが、加えて、彼自身も知らない所で、
心に傷を負っていた所為でもあった。
それはコバルトゥスの精霊魔法で、ダイカイダツと戦っていた時……。
ラビゾーはコバルトゥスの魔法の素晴らしさと、それを使えない自分を比較していた。
独りでバーティフューラーを助けに行けなかった事もあって、彼の男としての自信は、
完全に粉砕されていたのだ。

 (腹が減ったなぁ……。
  体が動かない……。
  動きたくない……)

そんな事ばかり考えて、ラビゾーは1角以上も呆っと海と空を眺めていた。
溜め息ばかりが漏れる。
軽度の鬱病の症状である。
更に、空腹が活力と思考力を奪う、悪循環。


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