古代天皇はなぜ100歳を超えるのか  ★ 2 ★ at HISTORY
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1:日本@名無史さん
19/12/21 08:10:26 .net
出雲や北部九州から相次いで硯(すずり)の破片が発見され、
弥生時代にはすでに文字があった可能性が高まってきました。
文字があったのなら王統の伝達は可能なわけで、
7世紀の朝廷はそれまでの王のおおよその実年を把握しており、
後漢書東夷伝のAD107年の倭国王師升(Shuai sheng )がスサノオだと分っていたでしょう。

白村江の敗戦ショックが癒えない時代、
ヤマト民族の始祖たるスサノオまでが生口160人を捧げて朝貢していた。
いや、後漢・安帝の前で土下座したわけです。

ものすごく惨めであり自尊心がズタズタです。

だから、7世紀の朝廷は記紀編纂に際し、古代日本が中華の属国だったというぶざまな歴史を、
時代を古く古くすることでごまかしました。

また記紀編纂者たちはスサノオから5世代後の神武が卑弥呼の時代になることも分ってたでしょう。
だから記紀において神武東征をやたらクローズアップし、まるで男王国であったかのような脚色をして、
卑弥呼(Bei mei hu)、比?后(Bi mie hou)、比売后〈Bi; mai hou〉、つまりヒメ(蹈鞴五十鈴)后の記述を最小限にとどめました。

そして神武天皇即位をBC660年という遠い遠い過去に葬り去りました。
神武以降の天皇もそれに合わせました。

これが古代の天皇が100歳を超える日本の歴史の真相でしょう。

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