何故、魏は大国でありながら呉と蜀に苦戦したのか2 at CHINAHERO
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350:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/12 19:24:50.80 byL8hej+0.net
>>344いや全然引きこもってないよ
姜維がトップになってから兵出しまくりだし
姜維がトップになる前からもちょくちょく兵出してる

351:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/12 20:20:50.30 5u0C+MFo0.net
姜維が涼州まで進出してるのは本当に凄えわ
東晋の時期は武都陰平に仇池国があったから東晋の北伐軍はあのルート使えなかったんだよな

352:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/12 20:31:34.54 I1chN9Z/0.net
>>345
姜維がトップになるまで何年あると思ってんねん

353:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/12 20:43:22.74 byL8hej+0.net
>>347
まず234年に諸葛亮が死んで後を継いだ蒋エンが国力回復のために出兵する事を控えるが
238年には小規模だがもう出兵を再開している
蜀漢が引きこもっていたと言える期間はたった4年間しかない

354:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/12 23:05:46.70 WkZjgYlI0.net
>>348
ショウエンが北伐できなかったおかげで蜀が長生きしたという皮肉
北伐は州の半分クラスを落とさなければリターンがないにも関わらず敗戦が国家存亡に関わる重症になるハイリスクっぷり
曹爽が許に逃げて魏が二分された場合に司馬か曹についたり、王凌の反乱が露見せず郭淮が乗っかった時に呼応して
上庸→襄陽進出とかやったりしなきゃ結局ダメだった

355:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/13 07:01:45.92 nsdZFJIM0.net
>>349
最低でも涼州荒らして漢中回避して益州侵入する準備を邪魔しなきゃいけない
後に姜維が漢中を放棄したのはそれをやられちゃったから

356:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/13 07:25:07.43 fkEGlHto0.net
>>349
呉が最大の好機に指揮官がカスだったのが悪かったな

357:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/14 12:17:57.67 tqhyWmdy0.net
>>350
魏は逆パターンでキョウイに煮え湯を呑まされてからじゃなきゃそれを思い浮かんでなかった節があるんだよなぁ
祁山が最前線でそれ以南以西は捨て置けって姿勢だった
そんな僻地に大軍勢を遠征させられるだけの地盤を作ったトウガイさんがド変態
あんなの司馬政権じゃなきゃ出来なかっただろうな

358:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/17 07:49:07.76 dMeJt1bP0.net
その節とはお前の妄想ではないかな

359:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/17 08:30:07.39 gBXdu1ks0.net
>>353
曹真の遠征と興勢役がどちらも力任せの漢中攻めでなかった件について反論どうぞ

360:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/17 09:15:59.70 gBXdu1ks0.net
力任せの漢中攻めでしかなかった、に訂正
涼州から攻めようとするならまず邪魔な羗を駆逐してる

361:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/18 17:28:02.52 +qPNXnZc0.net
興勢役は漢中がたまたま兵が少なくなっていたのか
その機会を察知した魏が利用して出兵したのか気になるな

362:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/19 08:52:26.23 gA6VpnV/0.net
興勢役は空き巣狙いにしか見えないほど戦術が糞
狭い山道に一ヶ所集中で軍を派遣なんてあまりに馬鹿すぎて話にならないし
その状況で補給すら滞るって馬鹿やらかしてる
石や木で退路絶たれてたら間違いなく殲滅されてるわ

363:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/19 12:37:48.17 H1/Z4avl0.net
なんで司馬懿は失敗すると思ったんだ?
自分の生きてるうちは蜀を攻めきれないと確信していた理由が謎

364:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/19 13:04:13.67 nLNCjBmc0.net
曹爽が大した軍歴なくて蜀は費偉以下結構まとまってたからじゃない

365:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/19 16:02:56.18 nLX8hePL0.net
>>359
たいしたどころか曹爽も夏侯玄もそれまでの軍歴がほぼ皆無の素人
実質的な指揮官のカクワイは司馬懿の下にいた経歴あるし、わざと敗北させるよう助言するなと裏で指示しててもおかしくはない
んで負けさせはするけど痛手負って逆襲される前にさっさと撤退させたと
王凌連座でもカクワイの家族は例外的に許されたり、晋の時代には一族が外戚になってる辺り抜け目ないわ

366:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/19 20:44:11.33 Vxv03Y470.net
カクワイはじめ司馬懿は対蜀線での武将に慕われてたなドラマ三国志では

367:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/19 21:31:36.12 2hJJxd0E0.net
ていうか対呉戦線を含め前線の将軍たちはみんな司馬懿の息がかかった人間だと思う
反乱を起こした毌丘倹でさえアンチ司馬師ではあっても反司馬氏ではなかったからな

368:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/20 00:42:09.16 PXm7AxXb0.net
興勢の敗戦のせいで魏は?族・羌族の支持を失い
結果的に蜀は?族・羌族を味方につけて姜維の北伐で魏は苦戦する事となるわけで
損害が大きい事を考えるととても郭淮がワザと負けるような事するとは思えないな

369:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/20 06:59:20.95 8H0Qxy4y0.net
キョウはガシャサイとかが全く統率のない暴動起こしただけなのがなぁ
こいつらに後年の姚弋仲みたいな統率力と気骨のある奴がいなかったのが偲ばれる

370:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/21 09:16:08.99 YA38qsbf0.net
正史は配慮してた形跡があり晋書は持ち上げてる
司馬懿の悪い話は結構省かれてるんじゃない?

371:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/21 11:05:50.84 EQYblYGb0.net
司馬懿の悪評というと牛金殺しと襄平で京観を築いたことくらいだろうか
前者は眉唾もののゴシップだし、後者も蜀や呉に対する見せしめ的な意味合いが強かったのだろう(劉禅や孫皓が大した抵抗もせずに降伏したのは公孫淵の二の舞になることを恐れたからというのがあったと思う)

372:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/21 11:13:43.60 acRlmz/+0.net
孟達討伐とか誇張されてそうだな

373:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/21 13:00:40.36 vMnJBMSh0.net
邪馬台国の位置がおかしいのは功績の誇張のためという説もあったね

374:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/21 14:44:16.00 MN617MF10.net
>>367
地理的な要因からすると孟達は誇張どころではないと思う
なんせ情報漏らしたのがもっと蜀よりの魏興太守の申儀っていうのが不可解
申儀も内応させないと蜀は荊州への侵攻or孟達救援ルート確保できないのに孟達だけやるか?と
諸葛亮の離間策に司馬懿が引っ掛かったの


375:誤魔化してる感が満載 >>368 曹真がクシャーナ朝を冊封させたのに対抗するため誇大に成果を出させたのは有力 しかも正規王朝の証である一文字表記(倭)でやるほどの気合いの入りっぷり 本来は軍人であり比較対象が曹真や張コウであったのは忘れられがちだが



376:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/21 22:18:39.12 FHVlU7f50.net
司馬懿の一番の失敗は
九品官人法を改悪した事じゃねえかなと思う
まあ司馬家が晋王朝を作る事に繋がるからある意味成功だけど

377:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/21 23:12:57.41 OAlmxLO90.net
改悪しないと名士から支持されないもの
簒奪の対価は重い

378:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/22 04:21:21.59 LH3mbT7z0.net
正始政変も老齢の司馬懿がクーデター起こす利点が無いって状況を見るに、自利や愛国心ではなく息子たちに権力を引き継がせる、士大夫の支持を得るために起こした可能性が高いからな
簒奪まで考えた息子連中と違って州大中正なんて置いても一族に仇なさないと考えたんだろう
曹叡が宗族に力を与えようと腐心し、それに運よく乗っかれた曹爽に多くの人間が群がった結果
宗族連中は権力の継承が上手くいくのと対照的に、士大夫は一代限りで弱肉強食の世界に放り込まれるという魏のシステムへの不満が爆発したのは皮肉だ
司馬師は元々曹爽にも取り入っていて事情に詳しかったところから、やはりこいつが持ちかけて司馬懿が協力してやったという感じか

379:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/22 07:29:14.79 DDWFeigv0.net
曹丕曹叡でその次は名士と阿った結果が八王の乱から永嘉の乱の原因だから面白いよな
どんな未来を思い描いていたのだろう

380:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/22 09:35:33.09 GmdWeR7B0.net
>>372
息子たちに権力を引き継がせるってほぼ自利では。いや自分自身て意味じゃないのは分かるけども

381:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/22 18:45:15.71 ToIj4AKk0.net
自利だよな

382:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 09:07:37.92 8M2vnzB+0.net
統一できた時代と違ってたいした人物がいなかっただけやろ

383:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 12:50:06.85 JXDusUff0.net
>>363
司馬昭が従軍したことには誰も触れんなw
軍師連盟ですら描写していたのにw

384:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 14:48:41.68 spXHyCWl0.net
>>377
司馬師存命中の司馬昭はただの置物だぞ
結果的に天下人一歩手前になっただけで、殆んど実績のない血のスペアのようなポジション
わざと負けるような殊勝さも奮闘する気概もない
夏侯玄を殺すための李豊でっち上げ事件で夏侯玄の命乞いをするくらい脳みそお花畑
司馬師が死んでからハジけやがった

385:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 16:46:39.33 SOCfcsXi0.net
たまたま嫡男が生まれないまま司馬師が死んだから後継になっただけで、司馬昭は自分が家を継ぐことになるとは考えてなかったんだろうな
同じことは孫権にも言えるけど
映画ゴッドファーザーの主人公、マイケルコルレオーネにイメージが重なる

386:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 17:27:10.81 c6cN/JjA0.net
>>379
孫権も孫策の気風があるという孫翊を殺した疑惑あるしな
司馬昭が実験握ってから満寵の子孫を失脚、処刑してたりする過剰な保身とのシンパシーを感じる

387:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 17:33:06.36 SkrKsYvK0.net
>>380
司馬昭というか司馬炎がちゃんと司馬師を皇帝として諡してる
それ


388:セけで孫策を王にしかしない孫権とはかなり違うよ



389:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 18:31:51.74 JXDusUff0.net
>>378
毌丘倹の反乱時に中領軍、宮中の押さえ任されているのに置物とか無知すぎるわw

390:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 18:34:40.53 JXDusUff0.net
>>380
粛清云々なら孫輔語ればいい。造反者許さんだけの話だろ。

391:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 21:30:46.60 MTBiKjt70.net
>>382
前任者の推移見たら中護なんて置物だってわかるぞ
だから司馬師は反乱を起こした
中護の地位が暴騰したのカジュウのせい
皇帝を守る名目上の高位職から皇帝を殺せる職へランクアップした

392:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 21:40:04.29 rU4Hc4x30.net
>>381
昭さんの場合「今の天下は子元大兄(司馬師)の天下。オレにはなんの手柄もない。だから大兄に司馬家をお返ししたいのだ」ってアピールしておかないと士大夫層に「不人情だ」だの「不孝者だ」だの謗られる危険性があったから……

393:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/23 22:26:35.65 WwwgOxkM0.net
司馬炎は司馬師の養子の司馬攸を殺したようなもんだし?

394:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 07:08:00.13 dQtbugfW0.net
曹操がチビだったせい

395:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 07:10:49.01 5ze5Nc6R0.net
>>368
> 邪馬台国の位置がおかしい

当時は実際よりも日本列島は南西(呉寄り)と思われていた形跡が。だから呉も倭に出兵した。
「倭は海南島に雰囲気近いようだ」という記述もそれだろう。

396:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 08:25:01.42 ytfW3gsY0.net
司馬懿が仕官を嫌がった逸話は創作だろうな
杖を投げて喜んだ魏略のもな

397:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 10:21:48.47 bXHIV2ve0.net
そもそもしばちゅうさんの兄ちゃん(司馬朗)は曹操の側近なのに断る理由ないもんな。
創作だと働いたら負けかなと思ってる的なキャラ付けされるけどむしろ仕事人間タイプやし

398:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 11:59:33.79 C1f5mfLA0.net
>>390
仕事人間だからこそソウヒの代に功績らしい功績の記述がなくても出世してるからな
ソウエイの時代になると東奔西走八面六臂の活躍だしほんと朝廷に従順

399:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 13:29:44.22 AoAyjgCe0.net
司馬懿自身はやっぱ魏に忠義を誓ってて
息子達が簒奪を図ったって感じがするよな
ただ司馬懿ほどの男なら息子達が簒奪に進む事を読んでそうな気もするが

400:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 14:06:37.74 KXn361fU0.net
>>390
陸遜の弟の陸瑁だって孫権が帝位に上がるまで何度も仕官を断り続けたらしいしな
そこは人それぞれなんじゃねーの?
家の事情があったり、いい条件がくるまで自分を安売りしないとか、なんとなくだとか
司馬懿が仕官を嫌がったエピソードは全部嘘だったとしたら、仮病使ってたことが女中にバレて張春華が口封じで殺した話とか話に尾ひれはひれがつきすぎているように思う

401:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 14:23:07.03 Fp7fBkji0.net
司馬氏にも後漢の功臣外戚だった南陽ケ氏や扶風竇氏のような未来ってのがあったかもしれないと思うんだけど
簒奪ルート以外も考察してみては

402:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 17:46:01.26 Dgy4tRgo0.net
海南島はベトナムフィリピンよりじゃないか
倭と思ってたものは沖縄だったりしないか?

403:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 20:20:42.58 GXO7xqQS0.net
>>395
たしかに「邪馬台国 沖縄説」というのもあることはある。

404:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 20:23:55.20 GXO7xqQS0.net
「倭の地は気候温暖で、冬も夏も生野菜を食べる。みな裸足である」
「魚や蛤を獲るのに水に潜る」
「産物は海南島っぽい感じ」
と倭人伝にあるわけで、これだけを見ると沖縄っぽい。
ただし本土でないとも言えない。

405:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 22:18:48.45 aVPBdCXC0.net
>>394
その芽を司馬師が摘んでた
夏侯徽は曹真の妹の子でもあるから準皇族になり得たのに毒殺
実情は不明だがその後に曹家との縁談がなかったことからすると関係はそこで冷え込んだのは分かる
その結果ただの武功臣下にしかなれなかった
おそらく司馬懿はそういうポジションの中でも最期まで無事だった秦の王センや越のハンレイを目指してた(遼東攻めの詩でその意識が顕著)んだが
野心ある息子がやらかして族誅されるのが目に見えてたからこそクーデターに乗らざるを得なかったと見える
司馬懿が動かずに死んだとすると、司馬師はどこかでクーデターを起こしていただろう
でも名士の支持が得られずに梁冀のように討伐され、別の誰かが台頭したりを幾度かして疲弊した結果、南北朝時代として百年くらい戦乱が続きそう
クーデター回数が少なかった場合はそのまま魏の国力を引き継いだ国が統一しそうだが

406:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/24 23:29:35.05 G9GX235d0.net
>>393
司馬懿が仕官を嫌がった頃の張春華は12歳くらいだが

407:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/25 02:11:16.38 ObOFSQvw0.net
>>398
夏侯徽234年死亡、享年22、司馬師との間に5女あり
夏侯徽の後釜は呉質の娘
曹叡の娘婿(232年冥婚)の跡継ぎの前妻は司馬師の娘で後妻は司馬昭の娘
冷え込んだか?

408:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/25 05:18:37.15 QMFhJrn80.net
ぶっちゃけ義兄の夏侯玄を司馬師が殺したから後づけで「どうせ最初の嫁も司馬師が殺したんやろ?悪いやっちゃで」とか晋書編纂者が妄想したんやろ

409:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/25 08:33:14.22 xCNDyCWP0.net
>>400
冷え冷えやん
一番最後のなんか実態は郭大后を押さえるための手段でしかない
曹操が献帝にやったことを覚えてたらそれを関係強化とは言わないのは明らかだろうに
>>399
そも春華のエピってドッコカラの登場や鮮卑化の進行で
ひのえうまみたいな女が増えた唐の時代のテンプレ烈女像なのよ
そのまんまなら羊キユみたいに当たり障りない評価のみ書く程度しかないのに
実質創業皇帝の司馬懿の皇后だから…って無理に盛ってる

410:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/25 12:42:20.31 xCNDyCWP0.net
孫晧以外が君主だと滅ぼせないぞとまで言わしめた呉の鬼耐久っぷりよ
やっぱりこの存在があったからこそ戦乱が長引いた

411:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/25 19:48:03.64 sDjf8iXf0.net
司馬のおかげで簒奪からの長期政権って例が出来たからこそ五胡十六国〜隋唐に繋がると思う
それまでの簒奪は王莽のせいで上手くいかないって印象が根付いてたからこそ漢は長命になったわけだし
魏がなければ禅譲、晋がなければ簒奪がバンバンされることは無かっただろう

412:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/26 08:46:12.08 tgXPYas+0.net
>>403
ネズミの糞や学問ニートの時代なんてその気になればやれただろうに勝手に過大評価してただけだな

413:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/26 12:07:45.65 5N0fQJhx0.net
>>405
諸葛誕の時にいいだけ苦労したから呉攻めは躊躇ったのかね
あれは文キンが魏の役に立ったと唯一言えた泥試合だし

414:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/27 15:00:54.64 zAiLhZU00.net
諸葛誕は司馬家と姻族=勝ち組だったはずなのに何故裏切ったんだろうか

415:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/27 21:10:12.36 ZTm5fA4m0.net
司馬家の代替わりに都督揚州諸軍事が反乱を起こすのは恒例行事だからね、しょうがないね
賈充が焚きつけたせいで灰色を無理やり黒にしてしまった面もあるけど

416:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/27 22:29:54.24 riLjzYYw0.net
>>384
中領軍だぞw
文字も読めないかニワカオタクよw
司馬師の遠征中のクーデタ防止のために皇帝押さえる役目が軽いとか頭曹爽かよw

417:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/27 23:33:09.55 z5YodGlj0.net
あれ合流して合肥に立てこもってれば良かったんじゃねえの呉も合肥領有出来たろ

418:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/27 23:36:28.69 z5YodGlj0.net
合肥じゃねえや寿春だったw

419:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/28 09:50:15.38 XBzzHQh00.net
>>409
変わったばっかの幼帝のお守りなんて軽いわな
お前頭曹豹だろ
司馬師が警戒されなかったのも元が何晏の取り巻き筆頭だからだぞ
つまり曹爽一派に降ってたようなもん
それをひっくり返して専横体制を作る賭けに出たのが誉める点よ

420:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/28 23:00:39.76 KjRpTRTC0.net
>>411
ああいう時こその蜀であり公孫淵である
それが出来ない時に限って千載一遇のチャンスがやってきたのがほんと皮肉だわ
逆に言えば他の驚異がないからこそ賈充の野郎が諸葛誕をハメたと解釈するべきだろうか

421:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/28 23:08:54.18 GUmHGYT30.net
諸葛誕が賈充の発言に激怒したってエピソードは「魏末伝」のエピソードで「魏末伝」自体は何晏が実妹を妻にしたとか怪しげなエピソードが多いのであんまり信用できんぞ

422:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/28 23:19:50.50 KjRpTRTC0.net
>>414
何晏自体が正始政変の時に結構年いってるのに
いつの話だ?って美貌エピソード多いのも不思議に思う

423:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 03:56:12.47 iLyxA2X70.net
美貌っつーか変な化粧してたって話に見える

424:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 05:45:12.75 J2cH5STK0.net
形貌絶美は若い頃じゃろ

425:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 07:52:14.36 t9kDwHnNO.net
何進もイケメンだったのかな?

426:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 09:11:50.40 rfYw/DpS0.net
>>418
妹は皇后になるくらい美人だから遺伝子的に秀いたものはありそう
十常侍の顛末見るに部下にも好かれていたようだし、三国志媒体でよく描かれる醜い性格や容貌はしてないと思う

427:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 09:25:48.71 mY7+gMcy0.net
奇しくも(旧暦だけど)8月29日は何進の命日だ

428:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 09:41:32.89 wwZ8Los20.net
25日じゃなかった?ってWikipedia見たら29日になってんな
うろ覚えだからどっちが正しいかわからん

429:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 18:42:18.86 b8oHaJnh0.net
>>412
斉王廃立したことも無視して宮中軽くみるとかさすが頭曹爽だなw
光栄のデータしか見ていない無知なオタクは司馬師が死んだ後曹髦が動き出したのを鍾会が阻止したのも知らんとはw

430:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 18:44:16.67 b8oHaJnh0.net
>>412
正始の音だっただけで何晏の取り巻きとか無知にもほどがあるわw鍾会も何晏の取り巻きか?
光栄データブックしか見ていないオタクが恥を晒すなw

431:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 18:47:18.27 b8oHaJnh0.net
>>419
異母妹だから遺伝的な類似性はかなり低いがな。

432:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 18:52:28.52 b8oHaJnh0.net
>>412
曹髦が動いたことも知らない無知な光栄坊やに一つ教えてやろう。坊やが置物だと言った中領軍に司馬師も就任しているぞw
司馬師が司馬昭をなぜ宮中に置いたかの意味もわからないオタクが司馬師賞賛しても失笑モノw

433:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 19:06:20.67 mKLcTW0W0.net
>>424
何進=赤木剛憲
何皇后=赤木晴子

434:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 21:21:31.18 wwZ8Los20.net
>>425
司馬師は中護軍のほうじゃね?征西将軍に昇進した夏侯玄の後任だったはず
この時期の中領軍は曹爽の弟の曹義だったはず

435:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 21:45:27.32 gChR262H0.net
>>427
結果論でしか語れないアホは無視して構わんぞ
正始の音が鍾会とか言う時点で時系列全く分かってないし当時の文学がどういうのも知ってない
ただただ逸話遊びをしてるだけ
曹叡の浮華論の擬人化

436:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/29 23:41:48.16 7bv1jZ+E0.net
ID:riLjzYYw0がID:b8oHaJnh0と同一だとすると中護軍や中堅軍の存在すら知らないってオチが見えるんだが、まさかそこまで無知な馬鹿が書いてるとは思えん…
コーエーテクモをわざわざ光栄と書く癖といい草の多用、行間の特徴が歴ゲ板の西原哲也にそっくりなのは偶然の一致だと信じたい

437:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 08:45:14.70 AZVlwMvS0.net
>>427
景初〜正始年間の中領は曹義であってる
だから政変で大将軍と中領軍を上奏して罷免させて高柔らにその軍を率いさせたという文がある
後の時代の曹髦を押さえたカジュウの兵数と変わらないとすると、洛中で取り上げた禁兵の数は2000程度と試算できる
それに大尉ショウサイに率いさせた軍と司馬師の私兵を含めたら10000はいくだろう
クーデター期間内に洛中を抑えるには十分過ぎる勢力だ

438:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 11:56:29.10 Ouu501q10.net
赤壁できっちり勝ってれば

439:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 12:30:10.05 QMUy/e/q0.net
赤壁は別に勝つ必要は無いだろ
江陵の維持が問題だ

440:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 14:20:35.72 Ouu501q10.net
あそこで勝ってれば劉備も孫権も詰んでたろ

441:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 15:10:25.44 QMUy/e/q0.net
江陵さえ落ちなければ最悪赤壁で負けても劉備と孫権は詰んでる

442:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 15:16:33.45 Ouu501q10.net
負けてれば孫権は石頭城まで攻められ劉備は江夏でジエンド
それ以前に赤壁時江陵はすでに曹操の領域

443:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 15:52:44.09 QMUy/e/q0.net
日本語出来ない人なのかな?

444:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 15:58:05.65 Ouu501q10.net
自己紹介かな

445:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/30 18:56:10.48 alb/2DDe0.net
江陵って後漢末そこまでの都城だったのか?

446:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 11:26:02.31 oLX4jogJ0.net
赤壁は曹操が自分の代で戦乱終わらせようと急いだ結果からな…
劉ソウをしっかり重用してるとこを見せて江北を安定させれば、劉ショウも降ってただろうし合肥周辺の反乱も起こらなかった
既に50過ぎの高齢にさしかかっていてそれを待てなかったがゆえの行動よ
それだけ自分の息子たちに戦乱を託したくなかったということかもしれんが

447:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 13:31:39.74 8OyPiiIj0.net
>>428
正始の音に鍾会がいないとか無知なアホですなあw
光栄データブックしか読まないオタクはw
司馬師が何晏の手下だとほざいた無知なオタクは曹髦を何もできない幼帝呼ばわりした無知を恥じろよw

448:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 13:32:54.59 8OyPiiIj0.net
>>429
中領軍を故意に無視する光栄データブックしか見ていないオタクは懲りずに無知をごまかすねえw

449:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 13:38:47.52 8OyPiiIj0.net
>>439
疫病発生、張昭ら投降派、の存在考えれば速戦即決の強硬手段に訴えるのも無理はない。
加えて黄蓋の偽投降がいいように官渡の許攸と同じパターンが来たと錯覚するのもおかしくはない。

450:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 15:40:04.52 g+rerV2C0.net
>>429
そういや歴ゲ板の殺人犯コピペの馬糞も「光栄の勝利」とかほざいてたけど、やっぱり同一人物かね?

451:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 16:33:32.86 /HjNFlUI0.net
>>443
光栄坊やは高貴郷公の記事読み直せよw
下らん言い訳は誰も聞いていないぞw

452:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 16:34:50.53 /HjNFlUI0.net
>>443
自分で自分のレスに返す、見苦しいねえw
中領軍を置きものだととか無知を自慢するのを恥じなさいよ、光栄坊やw

453:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 16:40:22.81 E0C3lNk70.net
>>443
おそらく張文吉もあいつの仕業だな
わざわざID変えて粘着した証拠がタイムリーに出たし>>442の支離滅裂っぷりを見るに文章が理解できていない
無双新作出なくてスレが硬直したからと新しい荒らし用のスレ探しはじめて
英雄板でも割と流れが早い三国スレであるここに寄生したんだろうな
早速罵詈雑言しか書けないくらい追い込まれてて笑うが

454:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 18:28:15.95 uSvs9dDi0.net
>>439
呉に投降派ばかり(というか周瑜と魯粛以外の大半)だからあのまま圧力かけてたら折れてた
老害になるまで孫権が実権握ってたのも、軍人皇帝としての需要とカリスマ性が根源
それが黄祖討伐程度しかない=当時の孫権の地盤は脆い
にも関わらず無茶に出征しては敗北して敵のカリスマ性を増大させてしまったのは
狂犬孫策の幻影を孫権に重ねたからだろうか

455:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 19:14:15.40 T+U2OQyG0.net
孫権が晩年に強い関心を持っていた新興宗教またはその教祖の名前を忘れた。
知っている人いたら教えて。
どことなく日本の神道に近い雰囲気の宗教だが。

456:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 19:37:43.28 uSvs9dDi0.net
>>448
道教の介象のことか?あれは呉王になってからで時期が早すぎるか
太平道や五斗米道といい、あの時代の新興宗教(邪教)の大半は道教か土着神関係だからな
于吉もやってることからすると神仙道だから道教の分類になる
道教仏教以外の宗教が中国に伝来するのは南北朝〜隋唐まで時代は降る

457:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 19:48:27.29 T+U2OQyG0.net
介象ではなく、孫権が神様のために宮殿まで建てたが、結局、神様が来てくれなかったという宗教。
ヤシロがあって巫女が仕えているという、どことなく日本神道っぽい宗教。

458:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 20:09:59.65 KV/Whzr/0.net
王表?神道って感じはしないけど

459:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 20:30:39.10 T+U2OQyG0.net
>>451
王表です。ありがとう。

460:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 21:30:11.38 WvVon45R0.net
>>452
紡績って語源どこなんだろう
王表と唯一話せる巫女の名前なんだが、中国原産なら潘皇后のことを皮肉っているエピソードにも感じる
(孫権は罪人として紡績に携わっていた潘皇后を見初


461:めて夫人にし、罪人仲間から神女として尊敬されたが、最期は権臣もしくは宮女に殺された)



462:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 22:20:56.78 uSvs9dDi0.net
王表か完全に抜けてた
>>453
調べてみた
「績」という文字自体が糸紡ぎを語源で、優れた糸は貴重品=優れた成果という意味に繋がったとのこと
責そのものは甲骨文字で古代からあり力づくで成果を得るという原義らしい
日本で織物という意味で紡績を(日本の)南北朝時代の書籍で使っているが、それ以前にあってもおかしくない
二宮の変で孫亮が皇太子となり、潘皇后の一人勝ちとなった状況を鑑みると当てつけの話かもしれん

463:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 23:00:42.45 /HjNFlUI0.net
>>446
発狂光栄坊やははよ、曹髦を何もできない幼帝呼ばわりした恥を認めろw

464:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 23:31:50.17 uSvs9dDi0.net
>>455
馬鹿のくせにスレ荒らすな
>>384は曹髦のことに触れた上で賈充が価値を高めたと書いているのに知らないと罵るのは愚の骨頂
皇太后上申制度が崩れてないところを見るに元服もしていない=高く見積もっても毋丘倹時代はまだ十代前半という小僧の年齢だ
諸葛誕の乱での親征は禅譲を仄めかされ洛陽に置くのを警戒したからとされてるが、裏を返せば中領中護の禁兵は役立たずと言ってるようなものだ
明らかにお前より筋の通った主張だし、このように鑑みるほどに真贋が明らかになるだけだ

465:名無しさん@お腹いっぱい。
19/08/31 23:42:08.98 uSvs9dDi0.net
>>440
これにも触れておくか
鍾会は若いころから天才とされてるが、正始年間は夏侯玄に交友を断られ王弼に主張を一蹴される程度
そして政変後に一派と見なされず免官しない程度の立ち位置だ
因みに政変後の一斉免官は苛烈であり賈充や盧欽、王沈といった後に名を馳せる臣下も全て対象になった
そして免官になった者は例外なくその旨が正史にあるにも関わらず鍾会にないという意味は書くまでもないだろう
たいして司馬師は夏侯玄に次ぐ君臣と何晏に評され、母の死後も喪に服しはしたが職は辞していない
これは司馬師は李勝らと同じく慣例を度外視できる立場である事を意味している
もはや比較対象として持ち出すことが言語道断

466:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 05:53:16.69 wrlfWPLl0.net
>>456
馬謖のくせにスレ荒らすな
 
に空目したw

467:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 06:32:48.04 QIY9aGk+0.net
>>458
お目汚し失礼した
あまりにも論外なことでスレ荒らすもんだから逃げ道ないくらい書いてやらないといけないとやり過ぎてしまったかもしれない
馬謖はよく馬鹿にはされるが南蛮遠征で一定の成果は出したとされるからまだ救いはあると思う

468:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 07:18:47.04 MOJhv9SGO.net
南蛮討伐って実の所は何をやったかよく判ってないんだよな。
演義では派手な兵器やら策略が出てくるけど、
それを北伐で使えば 蜀の圧勝だと思う。

469:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 07:56:03.29 QIY9aGk+0.net
>>460
実態は山越狩りをした呉と殆ど変らず異民族の拉致と同化が目的だったとされている
とにもかくにも人口が圧倒的に足りず夷陵での損失の穴埋めが急務だった
ただ手法については疑問が残るし、成都が攻められた時も逃亡先として使えないような状況だった以上
演義


470:フように異民族を完全に屈伏させたという訳ではないだろう



471:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 08:10:30.40 SIG3HqOn0.net
三国志展での出土品や華陽国志などの記述からして所謂「南夷」って言われてる連中って大半は漢族か漢族化して胡人っぽい

472:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 09:05:59.93 cFW32U+80.net
>>460
南蛮討伐に従軍した将で確認されているのは、諸葛亮、馬謖、李恢、馬忠、張嶷ぐらい?
諸葛亮はこれが初陣であることを考えると、実際はもう少し連れて行ったのかもしれないけど。

473:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 09:10:27.85 MOJhv9SGO.net
例の七縦七擒も、諸葛亮は猛獲を七度捕らえたが、猛獲も諸葛亮を三度捕らえて結果猛獲は諸葛亮に帰順した、
という伝承が越南にあると聞いた事がある。
諸葛亮も征服者というよりむしろ賛美されているらしい。

474:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 10:53:38.74 D3IhSxh90.net
>>456
無知な光栄坊やは幼帝呼ばわりしたこと無視するなw
真贋wwww
諸葛誕の反乱鎮圧のために旗として持ち出しただけのことを理解できない低能w
曹髦の行動知らなかったことごまかすなよw

475:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 10:58:25.99 D3IhSxh90.net
>>457
夏侯玄とのエピソードは逮捕された時のものだろうがw
交際を断られたとかまた無知をさらすかw
司馬師が何晏の手下呼ばわりしていたのに何を言うかw
意味しているwwwwww
また独自解釈かw光栄坊やはw
賈充たちが曹爽一派だという証拠を出せよw
頭曹爽の光栄坊やは無知をさらして恥をさらすなw

476:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 11:00:02.92 D3IhSxh90.net
>>459
曹爽は失敗ばかりで救いがいないなw
汚物さらすだけの光栄坊やは馬謖の発言を功績と言っちゃうとかまた珍発言ですなw

477:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 11:04:54.22 D3IhSxh90.net
>>461
?周は呉への逃亡同様、挽回不能だから反対しただけで統治ができていないからではないぞ。
霍弋が南中統括していたことも無視かw独自解釈で突っ込み満載の光栄坊やは
本当にスレ汚し気にしろよw

478:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 11:09:26.49 D3IhSxh90.net
>>461
光栄坊やは毎度のごとくスレ汚し発言をsageることもないw
ジジイのくせにレスの仕方もわからんかw

479:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 11:14:36.62 D3IhSxh90.net
頭曹爽の光栄坊やは412の
「変わったばっかの幼帝のお守りなんて軽いわな」

の間違いを認めろよwその幼帝が奪権しようとしたこと知らなかったのだからなw
ここから馬脚を露したのだからなw

480:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 11:18:22.17 QIY9aGk+0.net
>>462
山越も遺伝子的に痕跡が見当たらないほどの種族だからな
人種としては近くても語圏や文化が違うために異民族扱いされてたって線も十分ある
今ですら北京語と広東語に大分されるほど南北で言語が違うしな
>>464
そこらへんは漢正統論が南朝時代から根付いたおかげ
千年以上も醸成した風土がベトナムにまで順調に伝わってる
当時のベトナム系である士燮一族が呉に族滅されたのに対し、苛烈じゃない諸葛亮は尊敬しやすいのだろう

481:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 13:08:09.04 V/myHkA60.net
>>466
高平陵〜李豊の変まではカコウゲンは粛清を恐れるばかりで何の動きもない
そのあいだにショウカイが入り込む意味や意義は?
それとカアンの言葉は晋書にあるもので独自解釈も糞もない
喪の重要性は陳寿罷免や儒教では有名なことだぞ
>>470
なんにも間違ってない
禁兵は皇帝を守るための部隊であり奪権のためのものでもなく奪権防ぐもんでもない
それを破ったからこそ皇帝の権威は地に落ちた
こいつはほんとに何を言ってるんだ?

482:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 15:21:20.51 D3IhSxh90.net
>>472
礼の話なんてしていないぞ、光栄坊やw
賈充たちが曹爽の一派だという証拠を出せよw
また独自解釈で無知をさらしたなw
夏候玄と鍾会のエピソードを曲解したことを言い訳するなw
>禁兵は皇帝を守るための部隊であり奪権のためのものでもなく奪権防ぐもんでもない
そこに腹心据える意味が分からない光栄坊やは間抜けだなw
皇帝の権威は司馬師による曹芳の廃立で落ちている。
曹髦が司馬昭を討つと言ったとき禁兵は何をしていた?
相談された王業と王沈は即司馬昭に皇帝の決起を通報しているぞ。
粗雑な知識を振りかざす光栄坊やは恥をさらすだけだぞw

483:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 15:22:13.12 D3IhSxh90.net
>>472
無知な光栄坊やは己のレスを読み返して歴史的事実と己の独自解釈を
照合する作業を怠るなよw

484:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 15:37:26.28 l170zfLO0.net
>>473
皇帝権威落ちてたらそもそも腹心据える必要ない
カジュウを推挙したのは曹爽一派のカアンであり政変後免職されてる
何でレス内で主張矛盾してるの?馬鹿なの?死ぬの?

485:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 16:14:19.39 QIY9aGk+0.net
泳がせていたらトンデモ説が完成しそうで逆に面白くなってきた
>>474をはじめとした主張をいいだけ垂れ流しさせたらまとめてみるか

486:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 19:22:43.40 nyyGaK1G0.net
>>461
>成都が攻められた時も逃亡先として使えないような状況だった以上

呉の上層部は滅亡直前に
ベトナムなり台湾なり日本なりに逃げることを考えなかったのだろうか?

487:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 19:36:04.33 D3IhSxh90.net
>>475
傀儡の皇帝に触れさせないためだろw
そんなこともわからん光栄坊やは矛盾の意味を知れw
中領軍は置物と言ったのを忘れたか光栄坊やはw
>>476
曹髦をなにもできない幼帝呼ばわりしたことをしらばっくれる光栄坊やはごまかすこともできんかw
賈充の曹髦殺害が皇帝権威の失墜とか珍説丸出しだなw
禁兵が皇帝の言うこと聞かないから曹髦は身の回りの使用人に武器持たせたという状態は
皇帝の権威の失墜とは思わない光栄坊やは常識を知れよw
頭曹爽の無知な光栄坊やは鍾会と夏候玄のエピソードを曲解したりなど己の珍説をまとめていろよw

488:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 19:37:57.49 D3IhSxh90.net
>>477
呉の四姓などはそんな逃亡には付き合わないだろ。

489:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 19:39:12.25 D3IhSxh90.net
>>477
またsage忘れてるぞ、恥をさらしたい光栄坊やw
ジジイの光栄坊やはは記憶力があいまいで知識ねつ造する癖直せよw

490:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 19:41:38.81 D3IhSxh90.net
霍弋のことには触れないのか無知な光栄坊やよw
南中が統治できでないとかまた珍説披露したなw

491:名無しさん@お腹いっぱい。
19/09/01 19:41:43.89 QIY9aGk+0.net
>>477
孫リンの命乞いの逸話にもあるように交州は流刑地扱いで、晋建国後も小競り合いが幾度もあって不安定な土地として蔑まされていた
そして呉滅亡時には郭馬が蜂起して呉の支配が及ばなくなり逃亡先には選べない状況だった
台湾日本は>>13>>19が分かりやすいが船団で向かって失敗してるから、逃げられたとしても生存者はごく少数だっただろう
孫晧は呉の領地を捨てるつもりはなかったと感じるし、孤島に逃げるより降伏して臣下を救うという方法で面子を保ったと感じる


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