【巨人】山口俊、現役引退を決断 35歳オファーなく・・・息子から「パパみたいなかっこいい野球選手になる」 [Ailuropoda melanoleuca★] at MNEWSPLUS
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1:Ailuropoda melanoleuca ★
23/03/29 02:11:26.59 ZrWsGJec9.net
3/29(水) 1:55配信

 昨季限りで巨人から自由契約となった山口俊投手(35)が現役引退を決断したことが28日、スポーツ報知の取材で分かった。「チームがない、ということは僕の実力はそんなもの」とユニホームを脱ぐ決断を口にした右腕は独立リーグからの誘いを断り、米球界にも挑戦した17年間の現役生活に別れを告げた。

 涙はない。すっきりとした表情で、山口は言った。 「悔いなんて、ありません。一点もないです」

 NPB開幕を目前に17年間のプロ野球人生にピリオドを打つことを決断。その理由を「取られない、チームがない、ということは、周りが見る僕の実力はそんなもんなんだな、と。自分的には、そうなったんだから仕方ない、ってこと。結局評価するのは自分じゃないんで」と説明した。

 昨年10月25日、巨人から新たな契約を結ばない通告を受けた。昨季は左ふくらはぎの肉離れなど故障もあり、1登板止まり。「まだ投げられる」。他球団から声が掛かることを信じて、1月中も恒例の鳥取での自主トレを続け、キャンプイン前の吉報を待った。だが、待てど暮らせど連絡は来なかった。「投げようと思えば投げられるけど、肩は自分の思った状態まで上がらなかったのが正直なところ」。1月末、鳥取から帰京する際には気持ちが切れていた。

 3月に入り、九州独立リーグの地元球団・大分から誘いを受けた。「来られる時に来てくれればいい」という特別なオファーだったが、「やるなら全試合帯同したい。でもそこまでできるかと言われたら、できない」と断りを入れた。

 18年7月27日の中日戦(東京D)でノーヒットノーランを達成。19年には15勝で最多勝に輝き巨人のリーグ制覇に貢献した。それでもプロ入り前から米国を夢見ていた男が最も忘れられないのは、米球界に挑戦した「オープン戦初戦」という。19年オフ、ポスティングシステムでブルージェイズに移籍。20年2月24日(日本時間25日)、フロリダの青空の下、ブレーブス戦での先発マウンドは「日本時代のルーキーで初登板の時でも、足がすくむことはなかった。でもあの時はブルブルっとしたんです」と振り返る。

 支えはいつも家族だった。3歳から野球を始め、6歳になった愛息は29日、卒園式に臨む。「僕も卒業ですね」と笑った山口に息子はこう言った。

 「パパ、今までたくさん野球頑張ってくれてありがとう。今度はぼくが、パパみたいなかっこいい野球選手になるからね」

 何よりのねぎらいの言葉を胸に、静かにユニホームを脱ぐ。

 ◆山口 俊(やまぐち・しゅん)1987年7月11日、大分県生まれ。35歳。柳ケ浦から2005年高校生ドラフト1巡目で横浜(現DeNA)入団。先発、抑えで活躍し、16年オフに巨人へFA移籍。18年に無安打無得点を達成。19年に最多勝など3冠。同年オフにポスティングシステムでブルージェイズと2年契約。21年6月に巨人に復帰し、22年オフに戦力外通告を受けた。父は大相撲の元幕内・谷嵐。187センチ、98キロ。右投右打。

報知新聞社
URLリンク(news.yahoo.co.jp)


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