ガンダム芸人・若井おさむ「親父にもぶたれてた!!」 at MNEWSPLUS
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1:アレ浦和 ★
20/04/21 22:03:04 eqnas0bb9.net
ガンダム芸人・若井おさむが語る親との確執「母を手にかけずにすんだのは、人生を失いたくなかったから」

「親父にもぶたれたことないのに!」。アニメ『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイのこの名ゼリフの物まねでブレイクした芸人・若井おさむさん。しかし、自身は家族から壮絶な虐待を受けて育ち、一度もこのセリフに共感したことがないといいます。(構成=平林理恵 撮影=帆刈一哉)

【写真】「自分の人生を、親への憎しみのために失うわけにはいかん」

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◆優秀な兄と比較され、怒鳴られしばかれて

小学生のころから「死にたい」「僕なんか生まれてこなければよかったんや」と思いながら生きてきました。僕は、家族から暴力を受けながら育ったんです。母は兄にばかり愛情を注ぎ、僕は何をしても怒られた。

最初の記憶は幼稚園のときです。おもらしをした僕を怒鳴りつけながら、マッチで僕のお尻に火をつける母。ビンタされ、グーでどつかれ、「ずっと立っとけ」とトイレにとじこめられました。父は仕事ばかりで、家の中で顔を合わせることがあまりなかったんやけど、やはり暴力をふるいましたね。

兄からもやられっぱなしでした。兄は優秀だったんやけど、僕はあまり勉強しなかった。それで、中2のときかな、通知表の成績がオール3くらいだったんです。そしたらそれを見た兄に怒鳴られ、しばかれて。

だいぶあとになってから、「僕は虐待されてたんや」と気づくんですけど、当時はこの状態がおかしいとは思ってなかった。自分が悪いんやから、しばかれても仕方がない。子どもってどこのうちもこういうもんなんや、と考えて。近所に母方のおじいちゃん、おばあちゃんが住んでいたのですが、家でそんな目にあっているということは、一言も喋らなかった。

学校の先生も味方になってはくれませんでしたね。家で棒みたいのでバーンとつつかれてケガをしてしまい、学校でも痛くて泣いていたことがあるんです。そんな僕を見て先生が、「コケたくらいで泣かんときや」と一言。明らかにコケてできた傷ではないのに。

あまりに僕に対して厳しい母を見かねたのか、父が「おさむがかわいそうやないか」と一度だけ味方してくれたことがありました。そしたら母は激怒して、以来両親はめちゃくちゃ不仲になってしまった。

高校は、兄と同じ全寮制の学校へ入学しました。全然行きたくなかったけれど、「ほかの学校に行くなら学費は出さない」と母親に言われて。試験の成績を1番からビリまで貼りだすような学校で、僕は1年間ずっとビリやった。母と兄はぶちキレたけれど、できひんもんはできひん。それで退学し、1年遅れで公立高校へ入りなおしたのです。

寮ではなくなったので高校へは家から通うようになりましたが、それからはもう親とは一切かかわらなくなりましたね。母は弁当も作ってくれなかったので、つきあっていた彼女のお母さんが用意してくれた。家に帰れば自分の部屋にこもりきりで、家族の誰とも口をきかないで過ごすようになりました。

こんな日々を送りながら、「僕は絶対に結婚なんてせんとこう」と心に誓いましたね。夫婦仲が悪く、子どもがこんなにしんどい思いをして生きていかなあかんなんて、かわいそうすぎる。「子どもなんて作らんほうがましや」って。


4/21(火) 12:06配信
婦人公論社
URLリンク(headlines.yahoo.co.jp)

>>2以降に続く


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