ロスト・スペラー 10 [転載禁止]©2ch.net at MITEMITE
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80:創る名無しに見る名無し
15/01/06 19:54:20.39 UJGoZt2I
ファルコの説教は続く。

 「買う側にとって、『4万で買った』のと『40万で買った』のとでは、天地の差がある。
  額縁に飾る様な絵を、高々数千で買ったと胸を張れるかい?
  目の肥えたパトロンや収集家が、『良い物を高値で買う』と言う文化によって、
  真の芸術は育てられる。
  詰まり、『良い物を高値で買う』行為は、価値の創造であり、芸術を愛する者の義務なんだ。
  言い値で買う金満家では駄目、何でも買い叩く吝嗇家でも駄目。
  『芸術を愛する者』と言う『地位<ステータス>』が目的の俗物なんか、以ての外。
  真の芸術を育てられる者は、確固たる信念と価値観を持つ、真の好事家だけ」

行き成り大仰な話になって、ラビゾーは閉口するも、ファルコは構わない。

 「その絵は確かに模倣だけど、『手描き』だ。
  解る?
  この意味が」

突然の問いにラビゾーが硬直していると、ファルコは自分で答を言う。

 「魔法じゃなく、手描きで同じ質感を出すには、高い技術が必要なんだよ。
  それこそ贋作専門になる位の!
  単に線を擦(なぞ)るのとは訳が違う。
  その技術に敬意を表して、40万と言う値段を付けようと言うんだ!」

 「いや、でも……」

そんな大金を貰っても困ると、ラビゾーは及び腰になるも、ファルコは構わない。

 「安ければ良いと言うのは、浅ましい貧乏人の考えだよ!
  小父さんも商売人なら、勿体付ける事を覚えたら、どうなんだい?
  一体今まで、どれだけ損をして来たんだか……」

概ね、その通りだとラビゾーは認めたが、一つだけ言わなければならなかった。

81:創る名無しに見る名無し
15/01/06 19:56:46.12 UJGoZt2I
 「本気で、40万も出せる……?」

 「ああ、二言は無い」

あの絵の、どこに惹かれたのだろうかと、物の価値が分からないラビゾーは内心疑問に思う。

 「元絵違いのが、5枚あるんだけど……全部で200万だよ?」

ファルコの表情が一瞬凍り付いた。

 「待ってくれ。
  一先ずは、全部見せて貰おう。
  値段の話は、それからでも」

流石に200万MGは持ち合わせていないのだなと、ラビゾーは微笑ましい気持ちで、
半ば呆れつつも快く絵を見せた。
ファルコは他4枚の絵を、一枚一枚凝視して唸る。
そして、4針と少し経過した後、気落ちした様に項垂れた。

 「……御免。
  手持ちが全然足りない」

 (素直に白状しなくても……)

適当に誤魔化せば良い物を、どうして馬鹿正直に言うのかと、ラビゾーは一層呆れた。

82:創る名無しに見る名無し
15/01/06 19:58:57.00 UJGoZt2I
ラビゾーは芸術に造詣が深い訳ではないので、妥当な値段か否か判断出来ない。
そもそもファルコが何故、40万MGと言う値段で、シトラカラスの絵を買おうとしているのか、
それが解らない。
彼は丸で、「自分こそが価値を創造する真の好事家だ」と言っている様。
確かに、目利きではあるのだろうが、自惚れではないかと、ラビゾーは怪しんでいた。
訝し気な目付きのラビゾーに、ファルコは絵を指しながら言う。

 「『小春日和』が50……60万。
  『伯爵の愛人』が30万……いや、35万にはなる。
  『王の肖像』が25万。
  『精霊達の小夜』が80万。
  『飛来せし物』と合計で240万。
  その位の価値はあるんだ、本当に」

 「へー……」

然して興味無く、ラビゾーは聞き流した。
余りに価値観が違い過ぎて、話にならないのだ。
その値段で買ってくれる伝手がある訳でもない。
旅商の彼にとっては、どんなに高価な物でも、売れなければ意味が無い。

 「じゃあ、全部で40万で良いよ」

そうラビゾーが言うと、ファルコは一瞬睨み付けた物の、直ぐに視線を落として脱力し、
溜め息を吐いた。

 「……僕の話、聞いてたかい?
  その発言は、僕の鑑識眼を疑っているだけじゃなくて、小父さんの知り合いの絵をも、
  貶めてる事になる訳だけど」

83:創る名無しに見る名無し
15/01/06 20:00:54.35 UJGoZt2I
彼の言う事は尤もだと思いつつ、ラビゾーは首を横に振る。

 「それ程の価値を、彼は感じていないんだ。
  絵を売るのは画材を買う為で、僕は駄賃を貰っているに過ぎない。
  一流を目指しているのに、贋作家って評価なんか貰っても……」

 「『一流の贋作家』は立派な評価だよ。
  会わせてくれない?
  その彼に」

ファルコはシトラカラスの絵に、輝きを見出していたが、ラビゾーは頷かない。

 「……お互いの為に、それは止めた方が良いと思う。
  『一流の贋作家』と言う評価は、彼を大きく傷付ける」

 「何事も極めれば、評価の対象になる。
  『独自性<オリジナリティ>』だけが、芸術じゃない」

 「だから、彼は贋作家じゃないって―」

 「そこは問題じゃない」

そう言い切るファルコに、ラビゾーは同じ言葉を返した。

 「ああ、『そこは問題じゃない』。
  彼は芸術家として人々に認められたい訳じゃない。
  唯、『満足する絵を描きたい』と思っているだけなんだ。
  この絵は、『そう』じゃない。
  彼にとっては、それが全てなんだよ」

ファルコは漸く沈黙した。
運命は残酷である。
才能は望み通りに得られる物ではない……。

84:創る名無しに見る名無し
15/01/07 20:18:49.60 MzyWQhyI
結局、ファルコは5枚の絵を計40万MGで買い取った。
悄気た様子の彼を見て、ラビゾーは可哀想に思ったが、シトラカラスは外道魔法使い。
その存在を表沙汰にする訳には行かなかった。
暫く間を置いて、ファルコは諦め切れない様子で、ラビゾーに話し掛けた。

 「小父さんも芸術が解れば、これ程の才能を埋もれさせておく事は出来ないよ」

夜も更けて、気の緩みから、感傷的になっていたラビゾーは、静かに答える。

 「僕は……道端に咲いている花の美しさが解れば、それで良い」

 「あぁ、そう……。
  小父さんみたいな人、嫌いじゃないけど好きでもないよ」

ファルコはラビゾーに好感と反感を同時に抱いていた。
確固たる信念と価値観を持つ者は、誰でも尊敬に値する。
その反面で、2人は住む世界が違い過ぎる。
話が合う訳も無い。
だが、こうした出会いも旅の醍醐味だ。
深い溜め息を漏らして、ファルコはラビゾーに言う。

 「……小父さんの知り合いは、良い友達を持ったね」

皮肉なのか、本心からの褒め言葉なのか、判断が付かなかったラビゾーは、何も応えなかった。

85:創る名無しに見る名無し
15/01/07 20:24:59.41 MzyWQhyI
魔法暦502年6月、怪盗ロワド復活の翌々月の事、ティナー中央美術館に再び予告状が届く。

「来る今月末 名画展覧会にて 貴館の威信を頂きに参上する―ロワド・アングールヴァン」

ティナー中央美術館は警備を強化し、予定通り6月21から名画展覧会を開いた。
それから展覧会が終了する6月30日まで、何事も無く過ぎて行ったのだが……。
問題が発覚したのは、展覧会が終了した後だった。
1点の作品が偽物と掏り替えられていたのである。
題は「精霊達の小夜」、復興期三画仙の一「ルシャンバル・ルーホル」によって描かれた物。
旧暦に描かれた「精霊達の夜」と言う絵をオマージュしている。
精霊達の夜では不気味な容姿の3体の精霊が、向き合って輪を作り、怪し気に踊っているが、
ルシャンバルは精霊のデザインを少し変え、小物を増やして賑やかなパーティーを描いた。
偽物が余りに精巧だったので、誰も気付けなかったが、発覚した理由は至って単純。
額縁に隠れた秘密の落書きが、再現出来ていなかったのだ。
贋作の作者は額縁に入れられた物しか、知らなかったと思われる。
或いは、贋作と言う事を明確にする為に、敢えて似せなかったのか……。

86:創る名無しに見る名無し
15/01/07 20:29:54.14 MzyWQhyI
一体何時の間に掏り替えられたのか?
真贋を見抜けなかったティナー中央美術館と、その関係者の信用は地に堕ちた。
怪盗ロワドは予告状の通り、美術館の威信を奪ったのだ。
関係者は自分達の地位を守る為、贋作の価値を認めざるを得なかった。
所が、似た様な贋作が多数、「模造品」として売られていた事が判明する。
名も無き驚異の贋作家に、芸術界は『本物の偽物<フォー・レール>』と言う仮名を付け、
その正体を探ろうとした。
しかし、絵に高値が付くと判ってから転売が相次いで、情報が錯綜し、偽物の偽物も現れ始めて、
真実は覆い隠されてしまう。
結局、誰もフォー・レールの正体に辿り着けない儘、月日は過ぎて行った。
数年は大騒ぎになった物の、人の心は移ろい易く、次第に熱は冷めて話題にならなくなる。
それでも贋作騒動が芸術界に残した影響は大きく、あらゆる作品の、あらゆる技術に対して、
どれだけ本物に似せられるかと言う、「贋作」の出来を評価する、『真似事<ミミック>』と言う分野が、
開拓される事になった。
それと同時に、「簡単には似せられない」芸術の価値が、一層高まった。

87:創る名無しに見る名無し
15/01/08 18:24:44.24 /iig5Qn3
新たなる命


異空デーモテールの小世界エティーにて


その日、小世界エティーの海で、新たな命が生まれた。
エティーに暮らす多くの命が、それを感じていた。
エティーの海から陸に這い上がった、未だ名も無き命は、人の形をしてはいるが、人ではない。
男の様であり、女の様でもある、性が分化する前の少年少女の様な、これがエティーの命だ。
エティーの管理主サティ・クゥワーヴァは仲間達と共に、「それ」を出迎えた。

 「ようこそ、私達のエティーへ」

「それ」は皆が待ち望んでいた命の誕生だった。
新たなる命は、サティに続く2人目の伯爵相当なのだ。

88:創る名無しに見る名無し
15/01/08 18:31:00.66 /iig5Qn3
「それ」はエティーの皆に見送られながら、サティ達に日の見塔へと連れて行かれる。
エティーの管理主として、この日からサティは、「それ」を教育する事になった。
日記係のデラゼナバラドーテスは言う。

 「この方は将来、サティさんの片腕となって、エティーを支える事になるでしょう」

 「……それで、私が教育すべきだと」

神妙な面持ちで確認するサティに、エティーの古老ウェイル・ドレイグー・ジャイルが頷く。

 「その通りだ。
  君の姿を見て、『これ』は育つ」

 「でも、私に出来るでしょうか……」

少し自信無さそうに、サティは零した。
未婚の彼女には子育ての経験が無いし、抜きん出た才能を持っていたので、他人と感覚が合わず、
人に物を教えるのも余り得意ではない。
ウェイルはサティを励ます。

 「大丈夫、何も君一人に背負わせようとは思っていない。
  私達も協力するよ」

デラゼナバラドーテスも同意した。

 「私も微力ながら、お手伝いします。
  先ずは、この子の名前を決めて上げましょう」

 「そうね……」

サティは両腕を組んで、悩み始める。

89:創る名無しに見る名無し
15/01/08 18:34:26.62 /iig5Qn3
「それ」は白痴の様に仇気無く、唯々サティを見詰めている。
エティーの海から生まれた物は、皆々海の青の魔法色素を持ち、それが体色に反映されている。

 「マティア……と言うのは、どうでしょう?」

 「良いんじゃないかな」

サティが意見を求めると、ウェイルは頷いてくれたが、デラゼナバラドーテスは無表情で無言だった。

 「ゼナは、どう思う?」

何か変なのだろうかと、サティが尋ねると、デラゼナバラドーテスは遠慮勝ちに言う。

 「良いとは思いますが、但、短いのでは……と」

エティーの物は基本的に名前が長い。
これは被りを避ける為だ。
エティーは違うが、他の世界では名前被りの為に、存在意義を賭けて決闘になる所もあると言う。
ファイセアルスの一部の地域でも、名前被りを避けて、長大な名付けをする。

 「長い方が良い?
  マティアバハラズールとか?」

デラゼナバラドーテスを参考に、サティは適当に語を並べた。

 「良い感じですね」

やっとデラゼナバラドーテスは満足気に頷く。

90:創る名無しに見る名無し
15/01/09 18:18:38.22 9+Mzys5V
サティは向き直り、新たな命に名を与えた。

 「今から貴方はマティアバハラズール。
  ……解る?」

所が、マティアバハラズールは呆けた顔をしている。
どう言う事かと、サティがウェイルに振り向くと、彼は苦笑した。

 「マティア君は生まれたばかりで、赤子も同然だ。
  だが、心配は要らない。
  人間の赤子と違い、直ぐに何でも覚える」

その遣り取りを先程から興味深く見ていた、外界からの客人バニェス伯爵は、感心して言う。

 「随分と構ってやるのだな。
  エティーの如き小世界では、この程度でも大仰に迎えねばならぬのか……。
  私は生まれてから、誰かに教育された覚えは無いぞ」

悪意は無い。
大世界マクナクの大伯爵と言う立場からの、率直な意見だ。
ウェイルはバニェスに棘を含んだ言葉を返す。

 「小世界には小世界なりの苦労があるのだ。
  戦ばかりはしておれぬ」

 「戦の事しか考えておらぬかの様な物言いは止めて貰おう。
  我等が主マクナク公様は、能力に応じて知能をお与えになる」

 「その知能で戦ばかりしてたのでは、世話無い」

バニェスとウェイルは仲が良いのか悪いのか、大体この様な調子だ。

91:創る名無しに見る名無し
15/01/09 18:21:20.41 9+Mzys5V
一方で、バニェスと同じく客人のバーティ侯爵はサティに微笑み掛けた。

 「子育てなら、この私にも経験がある。
  何でも相談するが良いよ」

バーティは外界の侯爵ながらファイセアルス育ちで、人として生きた経験を持つ。
しかし、ファイセアルスでのバーティは魅了の能力を持つ、妖艶な魔女だった。
それを知っているサティは警戒する。

 「頼むから、変な事は教えてくれるな。
  余計な事はせず、見守るだけにしろ」

 「信用無いなー。
  人生経験は私の方が豊富なのだから、助言に従って損は無いぞ?」

 「要らぬ!」

丸で孫を取り合う嫁と姑の争いだ。
頑ななサティをバーティは鼻で笑った。

 「大体、男と付き合った事も無い小娘が、母親気取り等、片腹痛いわ」

 「そ、それは関係無いだろう!」

 「本当に関係無いと?」

 「……た、多少は関係するかも知れないが、私とて両親の愛を受けた身!
  真っ当に育て上げて見せる!」

そこまで言い切って、礑とサティは気付く。

 「待てよ?
  異性と付き合った事があるとか無いとか、そんな事が判るのか?」

 「いいえ、何と無く初心娘いから……」

要らぬ恥を掻いたとサティは俯くも、その意味が解るのは、この場ではウェイル位の物。
彼はバニェスとの言い合いで、話を聞いていなかった様なので、少し安心するのだった。

92:創る名無しに見る名無し
15/01/09 18:31:52.30 9+Mzys5V
マティアバハラズールはエティーの物達に愛され、すくすくと育った。
外見こそ変わらないが、表情は段々豊かになり、知性的な行動を取り始める。
エティーの時間で3日も経てば、独りで歩き回る様になった。

 「待ちなさい、マティア!!
  悪戯で砂時計を引っ繰り返すなと、あれ程言ったでしょう!
  時間が狂うと皆が迷惑するの!」

怒り露に声を荒げるサティに追われ、マティアバハラズールは楽しそうに、
日の見塔の窓から空へと逃げる。

 「だ、大丈夫です、サティさん。
  多少時間が狂っても、気にする物は少ないですから……。
  それに、太陽の位置で時計を元に戻せます。
  大砂時計の件は持ち場を離れた私の失態です。
  どうか、マティアには御容赦を」

 「いいえ、貴方は悪くない。
  懲罰を受けるべきはマティア。
  如何に伯爵相当、エティーに不可欠な物とは言え、特別扱いは許されない」

困った事に、マティアバハラズールは悪戯好きになってしまった。
見張りの目を盗んで大砂時計を狂わせたり、格下の物を揶揄って遊んだりと、
他の物に迷惑ばかり掛けて笑っている。

 「好い加減にしなさい、マティア!
  何度も何度もっ!
  聞き分けの無い子は仕置く!
  H5K5MM5!!」

空を飛んで逃げるマティアバハラズールに、サティは魔法の雷を落とした。
雷に打たれたマティアバハラズールは、煙を噴きながら、エティーの大地に真っ逆様。
幸いにも、マティアバハラズールの能力は、サティより少し劣る程度。
魔法の技量には天地の差があるので、返り討ちになる虞は無い。
もし自身よりも強ければ、どの様に躾けた物か……。
それを想像すると、己を教育した父は偉大であったと、今更ながらにサティは思い知る。

93:創る名無しに見る名無し
15/01/10 17:14:33.15 dKqzhQhU
豊富なエティーの魔力を使い、強目の雷を落としたので、サティは手当てをせねばなるまいと、
マティアバハラズールが落ちた地点を探した。
落下地点に偶々居合わせたウェイルは、降下して来るサティに忠告した。

 「そう簡単に死なないとは言え、少しは加減してやれないか?
  今は悪戯盛りなんだ。
  何、直ぐに落ち着くよ。
  エティーの物は老成が早い」

 「しかし、悪い事は悪いと、確り教えなくては」

 「力で抑え付けて育てれば、力を頼る物に育つ。
  それは良くない」

 「いえ、マティアは既に能力で劣る物を軽視する傾向が―」

 「幼子は大人の振る舞いを見て、それを真似る物だよ」

 「私がエティーの物達を見下していると仰るのですか?
  そんな事は……無いとは思いますが……」

サティは自省する。
管理主と言う立場上、あれこれと指示を出す姿が、権威者の様に映っているのかも知れない。
或いは、他の物がサティに畏まる姿を見て、能力の優劣で判断する癖が付いたのかも知れない。
サティは半死半生のマティアバハラズールに近付くと、共通魔法で傷を癒やしてやった。
意識を取り戻したマティアバハラズールは、サティを恐れる様に、ウェイルの後ろに隠れてしまう。

 「貴方は自分より弱い物に、庇って貰おうと言うの?
  恥を知りなさい」

ウェイルはサティに配慮しつつ、マティアバハラズールを説得する。

 「前に出なさい。
  何も怖い事は無い。
  正しい振る舞いをしていれば、彼女は優しいよ」

そう言われても、未だ愚図るマティアバハラズールに、益々苛立ちを募らせるサティ。
ウェイルは彼女を宥める。

 「ここは年寄りに任せてくれ」

サティは心配ではあったが、彼に良い案があるのならばと引き下がった。

94:創る名無しに見る名無し
15/01/10 17:37:20.07 dKqzhQhU
胸に靄々した物を溜め込んで、日の見塔へと戻るサティに、バーティが声を掛ける。

 「フフフ、厳しい躾け方をするのだな。
  中々立派な教育ママじゃないか?
  雷鳴を轟かせマティアを追う姿は、今やエティーの名物だ」

サティは深い溜め息を吐いて、バーティに助言を求める。

 「……出来れば、こんな事はしたくない。
  でも……、言葉は理解している筈なのに、マティアは言い返しもせず、態と反発している様だ。
  性根の曲がった畜生を躾けている気分になる。
  こう言う時に母親は、どうすれば良い?」

弱った様子の彼女を見て、バーティは意外そうな顔をした後、同情した。

 「大分、参っている様だな。
  貴女にとって、マティアは謂わば養子。
  しかも、精神構造が人間とは異なり、常識や共感が通じ難い。
  腹を痛めて産んだ子の様に、心の底から信じて愛する事は、難しいだろう」

そうだろうなとサティも思う。
マティアバハラズールが何を考えているのか、自分を信頼してくれるのか、彼女は不安だった。

 「貴女の態度は、母親と言うより姉だ。
  能力は同程度。
  マティアにとっても、貴女は姉の様な物だろう。
  世話焼きで口煩い」

 「私にはマティアを教育する事は出来ないと……、教え諭す資格は無いと?」

サティは自信無さそうに零すも、バーティは否定した。

 「そうは言ってない。
  マティアはエティーの皆で育てると、ウェイルが言った筈。
  姉なら姉の接し方があるだろう」

 「姉の……」

 「無理に母親を気取るよりは、気楽だろう」

バーティの指摘に、サティは目の覚める思いだった。

 「有り難う」

彼女が謝意を示すと、バーティは苦笑する。

 「……俄かに素直になられると、気味が悪いな。
  礼には及ばぬ」

エティーは今日も平和である。

95:創る名無しに見る名無し
15/01/11 17:53:30.75 61/II+WD
立身出世物語


第四魔法都市ティナー中央区 ティナー中央市民会館にて


身分の低い者が身分の高い者と結ばれる。
そんな話は古今を問わず数あるが、基本的に女性は高貴な存在に見初められ、
男性は立身出世を志す。
この日、ティナー中央市民会館で行われていたマリオネット演劇の題は、「リアディーン」。
旧暦の王国の物語で、リアディーンとは何でも願いを叶える悪魔の名前だ。
粗筋は以下の通り。
遙か昔、ダシンと言う国にラアルと言う貧しい青年が居た。
彼は自国の王女ファーマに一目惚れし、立身出世を志して戦争に志願するも、軍は大敗を喫し、
大した戦果も上げられずに、命辛々逃げ帰る。
敗残兵として国に戻った彼は腰抜けと笑われ、夢叶わず酒浸りで自棄になっていた所、
悪魔リアディーンが何でも願いを叶えましょうと囁き掛ける。
ラアルは酔っ払った頭で半信半疑ながら、先ずは大金持ちにしてくれと願った。
リアディーンは直ぐに大量の金や宝石を用意し、その金でラアルはダシン国王に取り入った。
ラアルは毎日国王への献上品を用意して、ファーマ姫への目通りを許して貰い、
彼女にも貢ぐ事で次第に好い感じになる。
しかし、国王はラアルとファーマ姫との付き合いを認めない。
金だけでは駄目だと言う事で、ラアルはリアディーンに名誉が欲しいと願う。
その結果、大規模な戦争が始まって、ラアルは再び武勲を立てる機会を得た。
リアディーンの助力があれば、どんな戦況でも楽勝だと考えていたラアルだったが、
実は人間同士を争わせる事がリアディーンの真の目的で、より多くの戦死者を出す為に、
リアディーンは戦闘中にラアルを見放してしまう。
ラアルは己の愚かしさを呪い、死力を尽くして戦った。
彼は何とか生き残って、戦争もダシン国の勝利に終わったが、両軍の被害は甚大だった。

96:創る名無しに見る名無し
15/01/11 18:01:09.79 61/II+WD
ラアルは英雄として迎えられ、勇敢な戦士と称えられるが、彼の心は罪悪感で一杯で、
国王に褒賞を与えられても、戦争で家族を失った遺族に全て寄付してしまう。
ラアルは人格者と噂され、国王もファーマ姫との結婚を認めるが、乗り気になれず、
酒浸りの日々に戻ってしまった。
そこで彼は悪魔リアディーンと再会する。
何でも願いを叶えると言うリアディーンに、ラアルは時間を巻き戻して欲しいと頼み込んだ。
願いを叶えると言った手前、リアディーンはラアルの頼みを聞き入れざるを得ず、
渋々時間を巻き戻す。
当然ラアルも、金も名誉も無い貧乏な青年に戻った。
心を入れ替えたラアルは、今度は真面目に城に仕えて、死に物狂いで腕を磨き、
雑兵から遂には騎士になる。
そしてファーマ姫と出会い、再び恋に落ちる。
だが、隣国との戦争が始まると言う噂が立ち、過去の繰り返しになると感じたラアルは、
無礼を承知で国王に思い止まる様に進言する。
ラアルがファーマ姫に好意を持っている事に付け込んで、国王は戦争で武勲を立てれば、
結婚を認めても良いと揺さ振るが、ラアルは肯かない。
国王はラアルを臆病者と罵り、勇気の証明に騎士長との果たし合いを命じて、
それに勝ったならば、戦争を取り止めても良いと言う。

97:創る名無しに見る名無し
15/01/11 18:04:54.64 61/II+WD
果たし合いは、闘技場での一騎打ち。
その前日、リアディーンがラアルの前に現れ、自分は騎士長と契約したと告げる。
更に、悪魔の自分が付いている限り、万に一つもラアルの勝ち目は無く、死にたくなければ逃げろと。
しかし、ラアルは肯かず、リアディーンを追い返すと、翌日悪魔祓いの銀の短剣を隠し持って、
果たし合いに参上した。
国王から平民まで、国中の者が見守る一戦。
リアディーンは騎士長の従者に扮していたが、ラアルは直ぐに気付き、騎士長に斬られながらも、
従者に接近して銀の短剣を投げ付け、一撃で仕留める。
リアディーンが死んで動揺する騎士長を倒して、遂にラアルは誰憚る事の無い、真の栄誉を手にし、
改めてファーマ姫に結婚を申し込んだのだった。
ダシン国王もラアルの強い意志を認めざるを得ず、2人は目出度く結ばれて、ハッピーエンドとなる。
後半の流れは強引ではあるが、よくある立身出世物語とは違い、一度楽をして得た地位を手放し、
再び自力で登り詰める所に、「リアディーン」の魅力があると言われる。
邪な物の力を借りてはならないと言う、旧暦の信仰も関係しているのだろう。
だが―……。

98:創る名無しに見る名無し
15/01/12 18:21:49.69 l9UvJ8QF
演劇が終わり、観客が次々と席を立つ。
その中で、着席した儘の一組の男女があった。
男の方は神妙な顔をしており、女の方は呆れた顔をしている。

 「随分、真面目に観てたわね」

 「……好きな話なんです。
  演劇ではないんですが、子供の頃、本で読んだ事があります。
  確か、『ラアルの物語』と言うタイトルで」

 「アタシは今一だったかな。
  ラアルって人、自分の事ばっかりで、少しも王女様の事、考えてないし。
  王女様も王女様で、金持ちが好きなのか、強い人が好きなのか、よく分からないし。
  王女が地位と名誉の象徴的な扱いになるのは目を瞑るとしても、人格も主体性も無くて、
  取り敢えずラアルに惚れるみたいな感じ、酷くない?」

不満気な女に、男は苦笑いして言う。

 「その辺りは、劇にならない部分だったんでしょう」

 「恋愛物なら、そこ重要よ?」

 「これはラアルの立身出世物語ですから……。
  お話的にも、ラアルは地位と名誉のある人を好きになって、それに自分が釣り合う様に、
  努力しないと行けない訳です。
  何事も釣り合いは大事でしょう?」

 「そうだけど……。
  好き合って、漸く結婚出来る様になったのに、それでも待たされた王女様の気持ちは?」

 「だから、ラアルは申し訳無さそうにしてたじゃないですか……」

男は困り顔でラアルを擁護する。

99:創る名無しに見る名無し
15/01/12 18:23:16.80 l9UvJ8QF
そんな彼を見て、女は尋ねた。

 「本当に、これ、好きな話なの?」

 「……そうだったんですけど、今は―耳が痛いと言うか、胸が苦しいと言うか……、
  複雑な気持ちですね……。
  自分と比べて、どうも……」

この演劇を見ようと誘ったのは、女の方だった。
その意図は知れないが、男はラアルに自分を重ねて、女に申し訳無く思っていた。
女は女で、悄気返る男を見て、気不味い思いをする。

 「あのね、違うのよ?
  お説教とか、そう言うのじゃなくて……。
  話の内容も全然知らなくて、平凡な青年と王女様の恋物語って触れ込みだったから―」

 「そ、そうなんですか?」

 「そうそう、本当、予想外だったわー。
  恋愛じゃなくて、男の話ばっかりで期待外れって言うか?」

何とか雰囲気を変えようとする女に合わせて、男も話に乗った。

 「あ、ハハハ、そりゃ確かに……。
  男の詰まらない拘りは、現実で十分間に合ってますよね。
  ハハハ……はぁ……」

自虐で勝手に傷付いて気落ちする男に、女は何と声を掛けて良いか悩むのだった。

100:創る名無しに見る名無し
15/01/12 18:24:08.53 l9UvJ8QF
女の言う通り、「リアディーン」の主題は色恋ではない。
貧しい青年ラアルが、ファーマ姫に惚れるのは、彼の人生が動く切っ掛けでしか無い。
本題はファーマ姫と結ばれる事より、ラアルが自分の意志と自分の力で、歩み始めて行く所にある。
王女との結婚は、当初の目的であり、最終的に達成されて終わるが、飽くまで添え物だ。
極端に言えば、ファーマ姫の存在を除いても、他に地位を求める動機さえ用意出来れば、
「リアディーン」は趣旨を変えずに成り立つ。
端的に「王女と結婚する為にラアルと言う青年が頑張る」と紹介すると誤解されるが、
内容を知っていれば、罷り間違っても、これを恋愛物と評しはしない。
「リアディーン」は「英雄ラアルの物語」と改題されて、児童書の棚にも並んでいる。
話の筋が単純で、内容も教育や訓示に向いている為だ。
「リアディーン」では通じないが、「ラアルの物語」、「英雄ラアル」と言えば分かる者も多い。


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