キリスト教@質問箱21 ..
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431:神も仏も名無しさん
10/05/05 22:31:32 MaCfPGpU
マタイの福音書(24.19-22)に記されている、ことが何を意味しているか、内的意味に
よって照らされなければ、だれひとり理解できる人はいません。
これが世界の滅亡のことを言っているものでないことは、同章も多くの個所から
だれでも分かります。
「そのときには、世界の初めから今までなく、今後は決してないほどの大きな苦難が
来るからである」とは、善と真理の面での教会の倒錯と荒廃が最高度になることで、
冒涜を指します。なぜなら、聖なるものを冒涜することは、永遠の死をもたらすからです。
それは悪であっても、それ以上の状態より、遥かに重大な死です。

冒涜される善と真理が内的なものであればあるほど、それだけ重大な死になります。
その内的なものというのは、キリスト教会で啓示され、知られたもので、これが冒涜
されます。「そのとき、世の初めから現在まで、かってなく、これからもないほど大きな
艱難が起こる」とは、そのことです。
この教義の中にいる人は、すべて救われなくなるからです。

「神がその期間を縮めてくだされなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ば
れた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう」とは、善と真理の(いのち)
にある人が救われるようになるまで、教会出身の人々、準内部の善と真理に依存する
人々が、準外部のほうに遠ざけられるという意味です。
「日々が縮められた状態を意味し、「救われる人はない」とは、そうでなければだれも
救われないという意味です。
「選ばれた人々」とは、善と真理にの(いのち)のうちにある人々を指します。

注:「準内部人間」とは、動物的・地上的な人間から、霊的・天上的人間になりまでの
中間にあって、始めて理性的目覚めを経験する状態、人間にあり始める状態です。
「外部人間」とは、内部人間が人間の天的・霊的本体であるのに対し、外部人間は、
肉体的、感覚的制約をもつ世俗的人間を指します。




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