ロスト・スペラー 5
at MITEMITE
20:創る名無しに見る名無し
12/09/20 20:22:44.97 ZZy4UsJ3
真っ暗な寝室で、ラビゾーは灯りの残っているシャワー・ルームへ向かった。
軽く汗を流してから、眠りに就く積もりだった。
しかし、彼は背後から声を掛けられ、足を止める。
「先輩、どこに行くんスか?」
不安気に問う様は、丸で就寝前の暗がりを怖がる子供。
「シャワーを使うだけだ」
ラビゾーは呆れつつ答えた。
暫し沈黙が続いた後、シャワー・ルームに入った彼は、脱衣中に再び声を掛けられる。
「あの、先輩……もしかしたら、俺の前世は女だったかも知れないッス。
女好きになったのは宿縁で、例えば前世で悪い男に騙された所為で、男性不信だったとか……」
転生論者の様な妄言に、ラビゾーは機嫌を悪くした。
類似した性質を持つ人物等の登場を、転生と表現する事はあっても、転生論自体は、
世間一般に認められていない。
夢見勝ちな人間の妄想で、片付けられる。
「……とにかく休め。
お前は疲れているんだ」
ラビゾーは、それ以上何も言わなかった。
21:創る名無しに見る名無し
12/09/20 20:26:30.37 ZZy4UsJ3
彼がシャワーを浴びて寝室に戻ると、コバルタはベッドの上で、安らかな寝息を立てていた。
バスローブの乱れも直さない儘の、有られも無い格好だったが、ラビゾーは見て見ぬ振りをした。
隣の建物しか映さない窓から、幽かに差し込む街灯りが、彼女の美しい肢体を照らす。
先行きに不安を感じながら、ラビゾーは長椅子に寝転がった。
(不安な気持ちは、察するけどな……)
コバルタはラビゾーに好意を寄せている。
それが解らない程、ラビゾーは鈍感では無かった。
突然の女性化で、「彼女」は心細かったのだ。
そこに事情を理解して、手を差し伸べてくれる者が現れた。
「女性として」幼いコバルタは、ラビゾーと一緒に居て得られる安心感から、彼に依存し始めている。
情動二要因説で、これが恋愛感情に発展して行く可能性は、否定出来ない。
いや―寧ろ、その可能性は高いとさえ言える。
或いは、コバルタは既に、ラビゾーを自らの庇護者と認識して、篭絡しようとしているのかも知れない。
丁度、子猫や子犬、或いは幼児が、人懐っこく無防備な姿を晒す様に、意図的な物では無く、
飽くまで無意識に、他者の保護を必要とする存在が持つ、「本能」とでも言うべき物に従って……。
22:創る名無しに見る名無し
12/09/20 22:53:08.30 ejwJKsfi
なるほど、うまいなあ……
23:創る名無しに見る名無し
12/09/21 19:07:53.68 NDT39qvB
ティナー市 繁華街にて
明くる朝、ラビゾーとコバルタは、ティナー市街を歩いて回る事にした。
2人共、昨夜の事は、何も無かった様に振る舞った。
ラビゾーは取り敢えず、自分が知っている通りを一巡しようと、コバルタに提案する。
それを受けて、彼女は「これってデートじゃないッスか?」と、浮付いた調子で茶化したが、
頭の固いラビゾーは、冗談だと思いながらも、取り合わなかった。
ラプラス・ティー(※)の影響だろうか……コバルタと一夜を共に過ごした事で、
彼は一層堅物になっていた。
※:ラプラス・ティー(Lupulus tea)
所謂「ホップ・ティー」の事で、強い鎮静作用を持つ。
ラプラスの葉には苦味があり、催眠効果で不眠を解消する他、興奮や欲求を抑える目的で、
鎮静剤にも用いられる。
24:創る名無しに見る名無し
12/09/21 19:13:44.31 NDT39qvB
ラビゾーとコバルタが中央通りを並んで歩いていると、男女を問わず、大半の人は振り返った。
その眼差しの先にあるのは、必ずコバルタだった。
隣のラビゾーは、お負けに過ぎない。
誰も彼も、コバルタに目を奪われ、次いで、ラビゾーに怪訝な視線を送る。
ここでもコバルタは、ラビゾーの手を取りたがった。
「これが嫌なんスよ。
男の時は、人に振り向かれるのは、寧ろ誇らしい気持ちだったんスけど、今は……。
何か、取って食われそうで……怖いッス」
確かに、注目されるのは、コバルタが美少女だからに違い無い。
だが、「取って食われる」と感じるのは、道行く男と言う男を、嘗ての自分と重ねているからである。
そうは言っても、本人も自覚しない事が、ラビゾーに解る訳も無い。
彼はコバルタを上から下まで、まじまじと見詰め、真剣に考える。
「な、何スか……?」
照れた様な、戸惑った様な調子で、コバルタが尋ねると、ラビゾーは真顔で答えた。
「その格好が悪いんじゃないのか?
女なのに、男物の服を着ているから―」
そこまで言って、彼は途端に蒼褪める。
「……コバギ、僕は大変な事に気付いてしまったかも知れない。
もしかして、お前が男物の服を着ているのは、僕の趣味だと思われているのか?」
「んー……、まぁ、そう思えなくも無いッスね」
ラビゾーは周囲を見回し、冷や汗を掻いた。
コバルタに注がれる好奇の目は、自分と無関係では無かったのだ。
25:創る名無しに見る名無し
12/09/21 19:25:34.87 NDT39qvB
焦ったラビゾーは、コバルタの手を引いて、人気の少ない通りを目指した。
「ここには居られない。
急ごう」
彼はコバルタが男物の服を着ている事に、何時の間にか慣れてしまっていた。
美少女が、大き目の男物の服を着せられて、街中を歩かされている。
どう考えても、尋常では無い。
通り掛かる人と言う人が、振り返る訳だ。
序でに、彼女が昨日、歩き回って疲れたと言ったのも、靴が合っていない為だと、気付かされた。
「へ?
どうしたんスか?」
「僕にだって、外聞と言う物があるんだよ!」
この行動も傍目には十分怪しいが、これ以上コバルタを伴って、大通りを歩き続ける度胸は、
ラビゾーには無かった。
知り合いに見られていない事だけを祈って、彼は急ぎ足になる。
コバルタは困惑した表情を浮かべながら、小走りで付いて行った。
街中にしては、やや閑散とした雰囲気の商店街に逃れ着いたラビゾーは、荒れる息を抑えて、
コバルタの様子を窺う。
「はぁ、はぁ、先輩、何なんスか……?」
移動した距離は1通も無かったが、コバルタは息を上げて、膝に手を突き、疲労を露にしていた。
やはり体は女なのだと、ラビゾーは改めて認める。
「……あぁ、悪かった」
「いや、謝って欲しい訳じゃないんスよ。
人の目が気になるって言ったのは、俺の方なんスから―」
「いやいや、お前を気遣った訳じゃなくてな―」
2人が奇妙な譲り合いをしていると、側のベンチから声が掛かった。
「おや?
誰かと思ったら、ラヴィゾール!」
そこには鍔付帽を被り、子供用のロング・コートを着た、幼い少年の様な少女が座っていた。
26:創る名無しに見る名無し
12/09/22 18:32:17.78 pJWxECLa
彼女は『言葉の魔法使い<ワーズ・リアライザー>』と言う、旧い魔法使いの1人である。
ラビゾーとは一度会った限りの、縁の浅い者だが、彼女の方は確り憶えていた。
一方、ラビゾーは―、
「えー……っと?」
……どこの誰だったか、すっかり忘れていた。
ラビゾーを「ラヴィゾール」と呼ぶ事は、師マハマハリトの知り合いの魔法使いなのだろう。
どこかで会った様な気がしないでも無い。
しかし、そこまでは判っても、誰だか思い出せなかった。
「私と出会ったと言う事は、君は深刻な悩みを抱えているのだな?
包み隠さず、言ってみ給い。
私は君の力になれる」
偉そうな口振りの少女を見て、コバルタは声を潜め、ラビゾーに問い掛ける。
「先輩、あれ、誰ッスか?」
「……知っている様な気がするけれど、思い出せない」
少女はラビゾーが自分の事を、完全に忘れているとは思いもしないで、滔々と話し続ける。
「そこの彼女は、精霊魔法使いだな。
多くが共通魔法使いに紛れて行った中、未だ純粋な使い手が残っていたとは……。
何者かに追われているのか?」
精霊魔法は共通魔法の基となった魔法であり、余程、精霊魔法と共通魔法の両方について、
熟知していない限り、精霊魔法使いと共通魔法使いは、見分けが付かない。
コバルタを一目で精霊魔法使いと見抜く辺り、この少女が徒者では無い事は明らかだった。
27:創る名無しに見る名無し
12/09/22 18:37:40.02 pJWxECLa
この儘では、真面に会話出来る気がしなかったラビゾーは、勇気を出して尋ねる。
「大変、申し訳無いんですが……。
どこで……お会いしましたっけ?」
「ん?
どこって……?」
少女の反応が鈍かったので、ラビゾーは益々申し訳無い気持ちになる。
やや間を置いて、少女は愕然とした表情で呟いた。
「君は、まさか……」
「済みません、憶えてないんです」
「記憶喪失―!」
「……いや、普通に憶えてないんですよ。
名前を聞いた憶えもありませんし……、どこで会ったんでしたっけ?」
「あっ、そう言う事?
ショックだなぁ……そんなに印象薄かったかい?」
少女は顎に手を遣り、思い出した様に言う。
「―そう言えば、名乗っていなかったかな?」
「ええ、知りません」
ラビゾーが真顔で頷くと、少女は苦笑した。
「私の事は今後、ワーズ・ワースとでも呼んでくれ。
……だが、初対面では無かったぞ。
私は確かに、街を彷徨っていた君の願いを、叶えてやった。
―今、君が着ているコートの事だよ。
それを忘れるとは……中々薄情な奴だな」
そう言われて、初めてラビゾーは、コートを買い替えた時の事に、思いが至った。
手頃なコートが見付からなくて、市内の店を回っていた最中、彼はワーズに出会ったのだ。
28:創る名無しに見る名無し
12/09/22 18:44:16.93 pJWxECLa
ワーズとの遣り取りを思い出したラビゾーは、高い声を上げる。
「ああっ、思い出しました!
あの時の、何だか胡散―ン、いや、不思議な感じの人!
……でも、叶えてやったって言われても、このコートは自分で探して買った物ですし……。
何か『して貰った』って感覚は全然無いんですけど……」
続けて彼が反論すると、少女は唇を尖らせた。
「それは君の願い方が悪い!
もっと大きな願いを、実現させてやる事も出来たのに」
「いや、でも、前に貴女が言った通りだと、叶えるのは結局、僕じゃないですか……」
ワーズとラビゾーが盛り上がっている横で、コバルタは詰まらなそうにしていた。
それに気付いたワーズは、ラビゾーに話を促す。
「ん、それは扨置き、一体どう言う事情なんだね?」
「ああ、それはですね―」
ラビゾーとコバルタは、現状に至るまでの経緯をワーズに語った。
29:創る名無しに見る名無し
12/09/23 19:00:59.44 2p7rBrcF
一通りの事情を聞いたワーズは、コバルタを凝視する。
「へー、これが元男……?
美女が欲しいと言ったら、自分が女になったと。
成る程、面白いねぇ」
彼女が不謹慎な事を言う物だから、ラビゾーはコバルタの様子を窺いつつ、顰めっ面をした。
「何も面白い事なんて無いでしょう」
師マハマハリトとの付き合いで、人を食った様な態度には慣れているラビゾーだが、
それでも許容出来ない所はある。
そんな彼を見て、ワーズは苦笑した。
「そう怒らないでくれ給え。
その怪しい魔法使いとやらに、私は親近感を覚えるよ。
懐かしいね……嘗ては私も、似た様な事をやっていた物だ」
ラビゾーとコバルタは、互いに顔を見合わせる。
「それなら、元に戻してくれたり……?」
「期待を裏切って悪いが、それは出来ない。
私は他人の魔法に干渉する事には、不慣れだから」
余り悪く思っている風には見えない、淡々とした調子で、ワーズは言い切った。
30:創る名無しに見る名無し
12/09/23 19:10:32.90 2p7rBrcF
ラビゾーが肩を落として、阻喪を露にすると、ワーズは人差し指を立てて、帽子の鍔を押し上げ、
得意気にフォローする。
「だが、幾つか言える事がある。
その魔法使いは、間違い無く、旧い魔法使いだ。
『魔法使い<ウィザード>』か、『魔女<ウィッチ>』か、『魔神<ジン>』か判らないが、
己の『役割<ロール>』に従って動いている」
「ウィザードとウィッチとジンって、何が違うんです?」
ラビゾーが尋ねると、ワーズは小唄を歌い始めた。
「善き願いには善き報いを、悪しき願いには悪しき報いを以って、役割は回る。
魔法使い、あれは賢者、行くは魔王か、道化か、番人か、役割は回る。
魔女、あれは慈母、行くは女帝か、情婦か、鬼女か、役割は回る。
魔神、あれは善意、行くは独善か、皮肉か、悪意か、役割は回る」
分かる様な、分からない様な、迂遠な言い回しに、ラビゾーは理解を諦めた。
『役割<ロール>』の違いは、今は問題では無い。
彼は単刀直入に問う。
「えー……それで、元に戻すには、どうしたら良いんでしょう?
何か知っている事は、ありませんか?」
「そう結論を急がずに、落ち着き給い」
「はい。
実のある話を、お願いしますよ」
ワーズに窘められ、ラビゾーは直ぐに引き下がったが、釘を刺すのは忘れない。
31:創る名無しに見る名無し
12/09/23 19:11:59.89 2p7rBrcF
ワーズはコバルタに目を向け、意地の悪い表情をした。
「善き願いには善き報いを、悪しき願いには悪しき報いを……。
君の願いは、随分と邪な物だった様だな?」
コバルタが俯くと、ラビゾーは庇う様に口を挟む。
「過ぎた事は、良いでしょう。
今は、元に戻―」
「ラヴィゾール、私は彼女に聞いているんだ」
ワーズは苛立ちを露に、ラビゾーを睨み付けた。
気圧された彼は、黙って2人を見守る。
「良からぬ思惑で、願い事をしたんじゃないのか?」
再びワーズが尋ねると、コバルタは消え入りそうな声で答えた。
「……はい」
「それで、後悔や反省の気持ちは?」
更に詰られ、コバルタは口篭る。
「す、少しは……」
「成る程、『少し』か……」
コバルタの答えにも、ワーズの反応にも、ラビゾーは困惑する。
女にさせられて、コバルタが『少し』しか反省していないのは、一体どう言う事なのか?
ワーズもワーズで、どうして反応が薄いのか?
彼は2人の真意を測り兼ねていた。
32:創る名無しに見る名無し
12/09/24 18:46:48.37 1f0VY5Bl
ワーズは暫し考え込む仕草をした後、ラビゾーの方を向いて、首を左右に振った。
「処置無しだね」
「えっ、何故!?」
「どうやら彼女には、元に戻ろうと言う気が無い様だ。
強い意志さえあれば、私の魔法で何とか出来たかも知れないが……」
「それでは困ります」
「彼女は困らない様だよ」
そうワーズに返されたラビゾーは、コバルタに目を遣る。
彼女はラビゾーに対して、申し訳無さそうな、怯えた様な表情で、俯いていた。
「誰であろうと、望まぬ物を与える事は出来ない」
膠も無くワーズが告げると、ラビゾーは激昂した。
「今の姿こそ、誰も望んでいなかった物でしょう!?
当のコバルトゥスでさえ!!」
「その『彼』は、今は居ない。
ラヴィゾール、君は解っているのか?
彼女を男に戻すと言う事は、『彼女』を消す事に他ならない。
よくよく考えてみ給い……。
コバルトゥスと言う男は、彼女と引き換えにしてまで、助ける価値のある人物なのか?」
ワーズは物事の本質に触れる、嫌な質問をする。
33:創る名無しに見る名無し
12/09/24 18:49:29.84 1f0VY5Bl
ラビゾーは一層表情を険しくして、ワーズを睨んだ。
「貴女はコバルトゥスの何を知っているんです?
好い加減な事は言わないで下さい」
「ハハッ、そこまで君が、彼に固執する理由を教えて貰えるかな?
彼は君の親友だったか?
それとも恩人か何か?
将又、君が助けようと思わずには居られない程の、善人なのか?」
「善人でなければ、助けては行けないって、そんな馬鹿な事はありません」
ワーズは人を小馬鹿にした様な、嘲りの笑みを浮かべる。
「逸らかさず、私の質問に答え給い。
コバルトゥスと言う男は、それ程までに価値のある人物なのか?」
到頭ラビゾーは、抑えていた怒りを爆発させた。
「そんなに価値が大事ですか!?
大体、誰もに必要とされる、客観的な価値なんて、ある訳が無いでしょう!!」
「落ち着き給い、落ち着き給い。
誰も、客観的な価値なんて、難しい事は訊いていないよ。
君にとって価値があるのかと、そう言っている」
ラビゾーは答に窮した。
本当は彼も、認めていたのだ。
コバルトゥスを元に戻した所で、女好きの放蕩者が帰って来るだけで、誰の為にもならない事を……。
34:創る名無しに見る名無し
12/09/24 18:56:05.80 1f0VY5Bl
ワーズは沈黙したラビゾーを見て、呆れた風に溜め息を吐く。
「詰まり、私が言いたいのはね、君の行動は所謂、要らぬ節介と言う奴じゃないかって事だよ。
『コバルトゥス』を必要としている者は、誰も居ないじゃないか?」
「それは判らないでしょう……?
どこかで、彼の帰りを待っている人が、居るかも知れない」
「そうじゃないんだよ、ラヴィゾール。
彼女がコバルトゥスに戻りたいと思わないのは、誰も彼を必要としてくれないからさ」
ラビゾーは再びコバルタに目を遣った。
コバルタは俯いた儘で、唯々申し訳無さそうに、萎縮していた。
「今の答えで、コバルトゥスを必要とする『誰か』が、君でない事だけは、はっきりした。
私は君の、そう言う所が良くないと思うよ……全くの偽善で、自己満足ですら無い。
それは望まれない者を生み出し、悲しみを拡げるだけだ」
ワーズはラビゾーの心を挫きに来ていた。
しかし、ラビゾーは強い意志の篭った瞳で、ワーズを見据える。
「それは違います。
コバルトゥスを必要としているのは、他でも無い、コバルトゥス自身です。
誰が彼を否定しても、僕は彼を取り戻しますよ。
誰もが彼を否定するなら、それこそが、僕が彼を助ける理由になります」
そう彼が言い切ると、ワーズは目を見開いて、驚いた顔をした。
「ラヴィゾール、君は何と傲慢な!
その行動が齎す結果について、君は何も考えないのか?」
「コバルトゥスは、歴とした大人の男です。
彼には彼の人生を、彼自身の手で決める権利がある」
「……女のコバルタには、その権利が無いとでも言いた気だな」
「もし、コバルタとコバルトゥスが全く逆の立場だったなら、僕は彼女を取り戻す選択をしたでしょう」
その答えを聞き、にやりとワーズは笑う。
彼女はラビゾーを試したのだ。
35:創る名無しに見る名無し
12/09/25 18:58:40.12 EBtA/lXJ
ワーズが求めた物は、覚悟である。
どんな結末になっても、後悔しないと言える、強い決意だ。
「君の心は、よく解った。
ラヴィゾール、『私の役割<ウィッチ・ロール>』を果たそう。
だが、これだけは覚えておくが良い。
善き願いには善き報いで、悪しき願いには悪しき報いで応えるのが、魔なる物だ。
君の判断が、善悪を超えた所にある時、その報いは何に返るか分からないぞ」
「それが『魔法』なら、僕は制して見せますよ」
ラビゾーの返事には、力強さや自信と同時に、それとは裏腹の、虚勢と不安が感じられる。
ワーズは嬉しそうに目を細めた。
「若いな……羨ましいぞ、ラヴィゾール。
そんな君に1つ、忠告がある」
「何でしょう?」
「君は彼女を侮り過ぎている。
彼女は君が思っている程、分からず屋では無いよ。
彼女と一緒に居られる時間を、大切にし給え。
私は彼女が哀れでならない」
それは忠告と言うより、ワーズ自身の願いの様だった。
しかし、ラビゾーは敢えて、何も答えなかった。
36:創る名無しに見る名無し
12/09/25 19:01:48.40 EBtA/lXJ
ラビゾーはコバルタに情けを掛けると、別れが辛くなると思って、素っ気無く振る舞っている。
特に、コバルタに未練を残させる様な事があってはならないと、強く警戒している。
一方、コバルタはラビゾーと共に居たいが為に、男の姿に戻ろうとしている。
彼女はラビゾーに見捨てられない様に、彼の意見に従っているに過ぎない。
ワーズが気に掛けているのは、コバルタとラビゾーの関係だ。
コバルタ自身も、コバルトゥスに戻ると言う事は、己の存在を抹消する行為だと気付いている。
そうなる事が自然だと理解していても、自我の喪失に対する、微かな恐怖を感じずには居られない。
そして―、そんな彼女の心が解らない程、ラビゾーは鈍感では無い。
ラビゾーには、コバルタを殺すと言う自覚がある。
コバルタをコバルトゥスに戻す際に生じる諸々の『業』を、独りで背負い込もうとする彼が、
ワーズには歯痒く感じられた。
どうして彼は、世に蔓延る憂き事を、捨て置けないのか……。
そうした性質が、ラビゾー自身の幸福を阻んでいるのだ。
ワーズは余り諄くならない様に、忠告を1つに止めたが、本当は未だ未だ言い足りなかった。
37:創る名無しに見る名無し
12/09/25 19:03:31.59 EBtA/lXJ
何と無く気不味い空気になり、3人共、居た堪れない気持ちになる。
コバルタは磁石に引かれる様に、自然にラビゾーの側に寄った。
ワーズは言に表し難い複雑な気分になったが、役割に従い、「彼女の」魔法を使う。
「……そう心配せずとも、物事はあるべき所に納まる様になっている。
山は崩れて平らになる物、水は低きに流れる物。
永続的に魔法の効果を保つのは、実質不可能―」
それは作為を壊す呪言である。
何日、何週、何月、何年、何十年……どの位、先の事になるかは知れないが、
「何時かは元に戻れる」事を保証する、気の長い魔法。
しかし、それを妨害する者が現れた。
「おっ、ラヴィゾール?
ラヴィゾールだなぁ!
女連れとは、随分景気が良さそうじゃないか?」
「あっ、レノックさん。
お久し振りです」
明るく気削な―見方を変えれば、馴れ馴れしい態度の少年に、ラビゾーは快く応じる。
少年の名はレノック・ダッバーディー。
『演奏魔法使い<マジック・インストゥルメント・プレイヤー>』の一、『魔笛の奏者<ファイファー>』である。
38:創る名無しに見る名無し
12/09/26 18:32:37.97 oi7qM4Gu
レノックはワーズを見留めると、ラビゾーに尋ねた。
「『これ』は?」
「彼女はワーズ・ワースさんです。
済みませんが、少し待っていて下さい、レノックさん。
今、大事な話の最中ですから」
レノックにはラビゾーの言葉が、子供に言い聞かせる物の様に聞こえた。
故に、反抗心を隠そうともせず、不快を露にして、ワーズを睨む。
「見慣れない顔だな。
私は魔笛の奏者、レノック・"アヴリティース"・ダッバーディー。
名前を伺おう、『お嬢さん』」
既に名前は知らされたのに、レノックは普段は名乗らない、称号名を口にしてまで、
改めてワーズの名を尋ねた。
ワーズはレノックを見定めるかの様に、慎重に答える。
「私はワーズ・ワース・"グロッサデュナミ"。
言葉の魔法使い。
宜しく、『坊や』」
互いに牽制し合う、ワーズとレノック。
コバルタは新たな魔法使いの出現に戸惑い、ラビゾーの背に隠れる。
(これじゃ話が進まないよ……)
ラビゾーは大きな溜め息を吐いた。
39:創る名無しに見る名無し
12/09/26 18:48:18.08 oi7qM4Gu
レノックは図々しくも、ワーズを無視して、ラビゾーから事情を聞き出そうとする。
「所で、一体何の話をしていたんだい?」
問われて答えない訳にも行かず、ラビゾーは簡単に説明した。
「そこの彼女の事ですが、本当は男なのです。
どこかの魔法使いに、女の姿に変えられた物で……何とか男に戻そうと」
「フムフム……今時分、随分と酔狂な輩が居る物だねぇ」
酔狂とは、例の魔法使いの事か、それとも自分の事か……。
ラビゾーは疑問に思ったが、深く考えるのは止めた。
「それで、何か方法は無いかと、ワーズさんに聞いていたんです」
「成る程……」
レノックは意味深な眼差しで、ワーズを一瞥する。
「―良い方法は見付かったのかな?」
「今、教えて貰う所だったんですよ」
そうラビゾーが答えると、レノックは急に引き下がった。
「それは悪かった」
彼は大袈裟に1歩下がって、ワーズに発言を促す。
「どうぞ、僕の事は構わず、続けてくれ」
ワーズは露骨に嫌な顔をした。
40:創る名無しに見る名無し
12/09/26 18:53:52.91 oi7qM4Gu
彼女はレノックを気にしながら、改めて呪言を掛ける。
「物事はあるべき所に納まる様になっている。
本来、男だった物を、女の儘で留め置く事は出来ない。
その確かな意志さえあれば、男に戻るのは訳無いよ」
「は、はぁ……、そうなんですか?」
今一つ理解が及ばない様子のラビゾーに、レノックは苦笑を漏らした。
「やれやれ……彼が求めているのは、そう言う事じゃなくてさぁ、『具体的な手段』なんだよ。
『魔女<ウィッチ>』の君には解らないかな?」
レノックに挑発されたワーズは、鋭い目付きで睨み返す。
「黙っていてくれないか?
これは繊細な問題なんだ」
当のレノックは肩を竦めて頭を振り、明らかな呆れを表した。
「僕は君みたいに、無駄に年食ってるだけの魔法使いじゃないんだ。
埃を被った様な流儀に拘って、貸せる知恵を惜しんだりはしないよ。
それとも、君には貸せる知恵が無いのかい?」
火花を散らすワーズとレノック。
ラビゾーは何とか場の空気を変えるべく、自ら話を進める。
「あの―、レノックさんは『具体的な手段』を御存知なんですか?」
「ああ、勿論」
レノックは得意満面で深く頷き、今度は見下した様にワーズを一瞥した。
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