ロスト・スペラー 4
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50:創る名無しに見る名無し
12/04/25 19:25:33.89 RiaB/MM0
ミードスの家は一見した所、豪華でも貧相でもない、極普通の石造りの民家だったが、
その内装は異様としか言えなかった。
ミードスの家の中は、壁や床だけでなく、椅子や机と言った調度品まで、あらゆる物が金に輝いていた。
金の眩しさにラビゾーが戸惑っていると、やや恥ずかしそうにミードスは小声で言う。
「気にしないでくれ」
しかし、これを気にしないのは無理だろう。
金が本物だろうと、偽物だろうと、全面金一色と言うのは、余りに悪趣味過ぎる。
(鍍金かな?)
未だ物珍し気にしているラビゾーに、ミードスは最早何も言わなかった。
ラビゾーを客間に通したミードスは、手拭いを金の椅子の背凭れに掛け、帽子を金の机の上に置いて、
そこで大人しく待っている様、彼に指示した。
客間から出て行くミードスの背を見送り、ラビゾーは改めて室内を見回す。
客間も目が痛くなる程の金一色である。
何を思って、こんな内装にしたのか、何か魔法的な意味があるのか……。
ミードスが戻って来るまでの間、ラビゾーは独り答えの出ない事を考えていた。
51:創る名無しに見る名無し
12/04/26 20:00:43.38 Dp2l/cQ9
客間に戻って来たミードスは、小さな巾着を幾つも抱えていた。
それを金の机の上に、どさりと置いて、彼はラビゾーと対面する。
「これを換金してくれ。
一割は手数料として取って良い」
「何ですか、これ?」
ラビゾーは当然の質問をしたが、逆にミードスに驚かれる。
「聞いてないのか?」
ラビゾーが頷くと、ミードスは難しい顔をした。
「サッジオめ……。
まあ良い。
ラビゾー君、これは金だ」
「金?」
鸚鵡返すラビゾーに、ミードスは巾着を1つ寄越す。
その手には軍手が嵌められた儘だと言う事に、ラビゾーは今気付いた。
「100万MG位にはなるだろう」
「全部で?」
「これ1つで」
「えっ」
「ここに11袋ある。
全部MGに換金して来てくれ」
そう言いながら、ミードスは1つの巾着の口を開けて傾けた。
さらさらと粉状の物が零れ出し、金の机の上に広がる。
52:創る名無しに見る名無し
12/04/26 20:02:17.82 Dp2l/cQ9
それは砂金であった。
それも普通の砂金ではなく、やや黒味掛かった、ブラックゴールドの砂金である。
数粒が机の端から床に零れ落ちたが、ミードスに惜しむ様子は無かった。
ラビゾーは俄かには信じられず、失礼だと思いながらも彼に尋ねる。
「本物?」
「ああ。
嘘だと思うなら、鑑定して貰えば良い」
「でも、こんなに……どこで換金すれば?」
「MGに換えてくれる所なら、どこでも構わない」
どこでも良いと言われるのが、ラビゾーにとっては一番困る。
今の彼には、そんな伝手は無い。
それに金は希少品。
出所の不明な物を大量に換金すれば、何らかの犯罪への関与を疑われる。
その辺りを判っているからこそ、ミードスはラビゾーに頼んでいるのだろうが……。
「この金は、どこで?」
ラビゾーは金の入手経路を確認せずには居られなかった。
ミードスは堂々と答える。
「私が作った物だ」
「そ、それは不味いですよ……」
魔法で貴金属を生成する、所謂「錬金魔法」は、直接人を害する物ではないが、
経済を混乱させる元として、特別条件付きでA級禁断共通魔法に分類されている。
これを売ると言う事は、魔導師会への挑戦と同義だ。
53:創る名無しに見る名無し
12/04/26 20:03:24.52 Dp2l/cQ9
怖気付いて尻込みするラビゾーに、ミードスは溜め息を吐いて、失望を表した。
「何を今更……全て承知の上で、ここに来たと思っていたが……?
ノストラサッジオは何と言っていた?」
「いや、確かに使いを頼まれてくれとは言われましたけど、それが違法な物だとは……」
「違法……、違法か……。
違法な物でなければ良いのか?」
「え、ええ……」
意味深気なミードスの問い掛けに、ラビゾーは不安を感じながらも頷く。
ミードスは徐に両手に嵌めていた軍手を外し、素手を見せた。
ミードスの両手は、白金の輝きを放っていた。
その白金の手には、黒金で怪しい文様が描かれている。
「そ、その手は……?」
「私は『金<オーラム>』だ」
「……ど、どう言う意味ですか?」
「話せば長くなる―私は旧暦の生まれだ。
こうなってしまう前は、私は極普通の人間だった。
いや、今でも心は人間の積もりだ」
そう言って、ミードスは己の過去を語り始めた。
54:創る名無しに見る名無し
12/04/27 19:54:47.64 LENN577p
ミードスは旧暦の貧しい家の生まれだった。
満足な教育が受けられず、成人しても定職に就かず、街をふら付く毎日。
適当に貧乏仲間と連んで掏りをし、罪を見逃して貰う為に、汚職官憲に賄賂を渡して……。
そうやって、その日その日を凌いでいた。
劣等感を感じていた彼は、金さえあれば、金さえあればと、楽して稼ぐ事ばかり考えていた。
ぐだぐだ三十路を手前に控えて、ミードスは漸く、使いっ走りの掏りの毎日に、疑問を覚えた。
何も成せずに死ぬのが無性に怖くなり始め、焦り出したのだ。
何かを成すには大金が必要であるとの、貧しさ故の思い込みから、金を求める心は、
日に日に大きくなる一方だった。
せこい掏りで小金を稼ぐのではなく、大事件でも起こして一発当てなければ、自分は何の価値も無い、
貧乏人の儘で人生を終えるのだと、半ば強迫的な観念に囚われて怯えていた。
55:創る名無しに見る名無し
12/04/27 20:11:39.03 LENN577p
ある日ミードスは、1人の老人から財布を掏った。
彼が魔法使いとは知らずに……。
あっさり掏りを見抜かれたミードスは、何故財布を盗んだのかと、その魔法使いに問い詰められ、
人間らしく生きる為には、どうしても金が必要だと答えた。
魔法使いはミードスに言った。
「金さえあれば、人間らしく生きられると言うなら、お前に『金<オーラム>』の力を授けよう。
あらゆる物を『金製<ゴールド>』に変える力だ」
そして―ミードスは魔法使いから、黄金の手を授けられた。
触れた物を金製に変えるばかりか、自らの身をも蝕む、破滅の手を……。
初め、それを知らなかったミードスは、調子に乗って誰彼構わず黄金の手を披露し、
あらゆる物を『金製<ゴールド>』に変える魔法使いとして、有名になった。
今まで自分を蔑んでいた者や、同じ掏り仲間までも、急に自分に阿る様になった為、
ミードスは浅ましい欲望の目に嫌気が差し、人間不信に陥って、距離を置く様になった。
それから間も無く、金市場の独占を企む地下組織に、身を狙われる様になる。
遂に組織に拘束されたミードスは、軟禁状態で金貨を生み出し続ける毎日に堪えられなくなり、
脱走しようとした。
所が、その途中で見張りに発見され、矢で心臓を射抜かれてしまう。
しかし、ミードスは死ななかった。
血の一滴も彼の体から失われはしなかった。
『金<オーラム>』は腐蝕しない。
不朽にして不変、失われる事の無い輝きは、永遠の象徴。
『金<オーラム>』の力を授かったミードスは、不死身になっていたのだ。
ミードスは背に矢を浴びながらも、組織から逃げ果せた。
56:創る名無しに見る名無し
12/04/27 20:12:46.00 LENN577p
だが、この時点では未だ、ミードスは魔法使いの言葉の意味を、真に理解していなかった。
寧ろ、不死身になった事に、感謝していた有様だった。
その後、誰も自分を知らない土地に移り住んだミードスだったが、更なる困難が彼を襲う。
月日が経つに連れて、ミードスから生物らしさが失われて行くのだ。
身体がゴールドになった事で、痛覚ばかりでなく、味覚も鈍くなり、何を口にしても、
美味いとも不味いとも感じなくなった。
それに伴って、情動の浮き沈みも少なくなり、生の喜びが見出せなくなった。
毎日が退屈になって、この儘では良くないと言う焦燥感だけが残り、何時しか彼の心は、
貧しい暮らしをしていた時代に、すっかり戻ってしまっていた。
そうなって初めてミードスは、あの時に魔法使いが怒っていた事を、悟ったのである。
魔法使いは善意でも憐れみでもなく、戒めの為にミードスに黄金の手を与えた。
金が無くて人間らしい生活を送れないと言ったから、金を呉れてやる代わりに人間らしさを奪ったのだ。
これを知ったミードスは、逃亡生活を続けながら、魔法使いを探した。
この忌々しい呪いを解いて貰う為に。
57:創る名無しに見る名無し
12/04/28 20:13:09.30 Evu9zd23
幾つもの国を跨ぐ、何年もの旅の末、ミードスは遂に、自分をゴールドに変えた魔法使いを探し当てた。
呪いを解けと脅しに掛かる彼に、魔法使いは冷徹に出来ないと告げた。
「人は死ねば土に還るが、土塊からは人は造れぬ。
命を生むのは、命以外に無い」
一番の問題は、自らの非を認めないミードスの態度にあったのだが、彼に自省する余裕は無かった。
しつこく戻せ戻せと縋るミードスに、魔法使いは言う。
「お前は金さえあれば人間らしく生きられると言った。
お前の望み通りに、私は金を与えた。
その金で人間らしく成すべき事を為せば良かろう。
金さえあればと言ったのだ、出来ぬ筈が無い」
成すべき事を為せ。
ミードスが答えに窮している間に、魔法使いは姿を消した。
ミードスは初めて、これと言った明確な人生の目的が、自分には無い事に気付いた。
人間らしく、人間らしくと、尤もそうな事を吹きながら、その実、彼は他人より贅沢に暮らす為に、
金を求めていたのだ。
成すべき事等、初めから無かった。
58:創る名無しに見る名無し
12/04/28 20:13:53.69 Evu9zd23
ミードスは自分が何を成すべきなのか、旅を続けながら考えた。
過去の自分は何を以って、人間らしさと言っていたのか……。
金を得て、普通に暮らす分には困らなくなったが、満足感は無い。
大金を振り撒いて贅沢する気も、全く起きない(既に散々やった後である)。
人間らしさとは何か、その答えが出ない内に、魔法大戦が始まり、旧い世界は終わった。
ミードスは新しい世界で、外道魔法使いとして暮らす事になった。
何百年と経った今では、昔程は悩まなくなったが、それでも時々、人間らしさについて考えると言う。
59:創る名無しに見る名無し
12/04/28 20:14:26.42 Evu9zd23
長いミードスの話を聞いて、ラビゾーは思った。
(……やっぱり違法じゃないか?)
ミードスが金から造られた人間なら、その金は違法か違法でないか、判断は難しくなるが、
生物質を金に変えられたのなら、それは魔法による金の生成である。
ミードスの話に思う所は多いが、違法は違法。
誤魔化されてはならないと、ラビゾーは気を引き締めた。
「ミードスさん……お話を聞いた限りでは、どうも自然金ではなさそうなのですが……?
体質の特殊さは解りましたけど、呪いとか魔法による金の生成は、専門家が調べれば、
痕跡が見付かってしまう物なんです。
自然金は流通が認められますけど、そうでない金は魔導師会に許可された物でないと……」
「成る程。
危険で引き受けられないと言うのだな?」
「はい」
ミードスは思案する。
「今までサッジオが紹介して来た連中は、上手くやってくれていたのだが……」
その呟きから、ラビゾーは嫌な予感を働かせた。
ノストラサッジオは地下組織マグマの世話になっている。
不法な金の取引で得た利益は、その活動資金になっていたのではないだろうか?
何故今頃ノストラサッジオは、自分にミードスの金の現金化を頼んだのか、それが気に掛かった。
マグマと縁を切りたがっているのか、それとも何か別の理由があるのか……。
60:創る名無しに見る名無し
12/04/29 19:35:16.75 6Gi6HLA5
どんな訳があるにせよ、ここで幾ら考察した所で、予測の域を出はしない。
ラビゾーは違法でさえなければ、ミードスの頼みを聞いても良いと思っている。
ノストラサッジオの期待を裏切りたくない気持ちもある。
彼の心境は複雑だった。
ラビゾーはミードスに尋ねた。
「……どうしてMGが必要なんです?」
それが邪な目的でない事を、確かめる為だ。
尤も、邪な目的があったとして、正直に話す者は居ないだろうが……。
「どうしてって、MGが無いと不便だろう?
幾らゴールドでも、飲まず食わずでは居られないし、多くの面倒事も避けられる。
人並みに生きたいと思えば必要になる物だ」
体が金になっても腹は空くのかと、ラビゾーは変に感心した。
だとすれば、消化器官や排泄は、どうなっているのか……?
横道に逸れ掛かる思考を戻し、ラビゾーは続けて尋ねる。
「今までは、どうやって換金していたか、分かりませんか?」
「さあね」
然して考えた風も無く、あっさり答えるミードスに、ラビゾーは脱力した。
「いやいや、もっと真面目に考えてくださいよ。
MGが手に入らなくて困るのは、僕じゃなくてミードスさんですよ」
「良いさ、サッジオに新しい奴を寄越す様に言うから」
「そ、そうですか……。
では、僕は失礼します……」
結局、ラビゾーは何もせずに、ミードスの住家を後にしたのだった。
61:創る名無しに見る名無し
12/04/29 19:37:19.01 6Gi6HLA5
―ティナー市に戻り、ノストラサッジオの元に帰ったラビゾーは、そこで事の顛末を説明した。
ノストラサッジオは不快と失望を露にし、彼に告げた。
「お前は何と愚かな奴なんだ……。
黙って言われる儘にしていれば良かった物を」
「いや、でも、危ない仕事は御免ですよ」
「口賢しいぞ。
選べた立場か!」
言い訳を許されず、ラビゾーは項垂れる。
ノストラサッジオは大きな溜め息を吐いて、気を落ち着けた。
「アラ・マハラータが苦労する筈だな。
全くの愚鈍でないのが、尚悪い……。
―否、的確な助言が出来なかった私の所為でもあるか……。
鈍ったな。
こんな様では予知魔法使いを名乗れん」
ノストラサッジオは独り言を繰り返し、悩まし気に額を押さえる。
散々な言われ様に、ラビゾーは返す言葉も無く黙っていた。
62:創る名無しに見る名無し
12/04/29 20:09:00.25 6Gi6HLA5
暫し後、ノストラサッジオは徐に顔を上げ、ラビゾーに問う。
「ラヴィゾール、ディアス平原を知っているか?」
「……ええ、聞いた事はあります。
金の産地だった―」
ラビゾーの答えを全て聞き終えない内に、ノストラサッジオは自ら語り始める。
「面白い事を教えてやろう。
魔法大戦後、天変地異に巻き込まれたミードスは、今のディアス平原で目覚めたそうだ」
直ぐには、ノストラサッジオの意図が解らなかったラビゾーは、間抜けに訊き返した。
「はい?」
「ディアス平原は金の産地、……そうだな?」
はっとして、ラビゾーは息を呑む。
「まさか―」
「……だから愚かだと言ったのだ。
余計な知恵ばかり働かせおって」
「そ、それが本当なら、ディアス平原で採れた金は―全部?」
「ああ、魔導師会にも見分けは付くまいよ。
今まで通りな」
ノストラサッジオは不敵に笑う。
「解ったら行け」
ラビゾーはミードスの元へ蜻蛉返りした。
63:創る名無しに見る名無し
12/04/30 19:26:55.82 5552Pji0
しかし、堅物のラビゾーは、本当に心の底から納得してはいなかった。
本物と見分けが付かなければ、良いと言う物ではない。
金の流通量が大幅に変化すれば、経済的な混乱が引き起こされる。
ノストラサッジオとて外道魔法使い。
それを企んでいない保証は無い。
だが、その場で直ぐ、こうした問題に気付ける程、この日のラビゾーは感が冴えていなかった。
下衆の後知恵と言う奴である。
それに、仮に気付けていたとしても、ノストラサッジオに邪心の有無を直接問える程の度胸は、
彼には無かっただろう。
途中で引き返して尋ねても、愚図扱いされるのが落ち。
ラビゾーは取り敢えずカジェル町に向かい、懸念はミードスに伝える事にした。
64:創る名無しに見る名無し
12/04/30 19:29:02.33 5552Pji0
カジェル町のミードスを再び訪ねたラビゾーは、彼にノストラサッジオとの遣り取りを話して聞かせ、
自分が砂金を換金しに行く旨を伝えた。
そして、その代わりに―最後の確認として、ミードスに共通魔法社会を混乱させる意図が無いか、
念を押す様に尋ねた。
ラビゾーの心配そうな顔を見て、ミードスは苦笑する。
「換金して貰いたいのは全部で1000万MG程度だ。
大陸の金市場は何百兆と言う規模……加えて、毎年何兆もの純金が、新しく流入している。
高々数千万増えた位で、経済が混乱すると思うのか?
フフン、物知らずだな」
心配無用だとミードスは余裕を見せたが、それでもラビゾーの表情は晴れない。
ミードスは内心で彼を、面倒な奴だと思った。
しかし、今の所は現金に困っていないとは言え、ラビゾーの代わりの者が、何時訪れるか判らないので、
今換金して貰えるなら、して貰いたいのが、ミードスの本音。
一々ノストラサッジオに依頼しに行くのも、億劫だった。
「第一、そんなに頻繁に換金を頼んではいない。
前回換金して貰ったのは、10年位前だった。
大金が必要になる生活をしている訳ではないからな。
その程度で十分なんだ」
ラビゾーは、変わらず無言である。
長く目を閉じ、顔を顰めて、思惟している様を面に出してはいるが……。
「……昨日の今日出会ったばかりで言うのも何だが、信用してくれ」
「分かりました」
「信用してくれ」―その一言を受けて、ラビゾーは漸く頷いた。
その通り、「漸く」ではあるが、もっと渋られるかと予想していたミードスは、拍子抜けする。
ラビゾーが欲していたのは、これから良くない(と自分が思っている)事をする為に、
本の少しの罪悪感を打ち消す、明確な依願の言葉。
独自の価値観に基づく行動は、他人には理解し難い物であった。
65:創る名無しに見る名無し
12/04/30 19:29:30.31 5552Pji0
こうして砂金を受け取ったラビゾーだったが、どこで換金すれば良いか、彼には分からなかった。
金の取引に応じてくれる所は少ない。
大手の取引所に行けば、やはり出所を疑われる。
ラビゾーは散々迷った末、再び助言を受けに、ノストラサッジオの元へ向かった。
ノストラサッジオは、本物の愚図を見る目でラビゾーを睨んだが、下手をされるよりは良いと考え直し、
敢えて説教はせず、非公式取引所に行けば良いと教えた。
その通りにラビゾーはティナー市内の非公式取引所で、砂金をMGに替えようと試みたが、
一度に換金しようにも、1000万MGもの大金を持ち歩いている者は、そうそう居ない。
その為、彼は各地の非公式取引所を巡って、数十万〜数百万MGずつ換金しなければならなかった。
旅商ラビゾーの誕生である。
66:創る名無しに見る名無し
12/04/30 19:31:22.12 5552Pji0
さて、結構な手間を取られながらも、無事に全ての金の現金化を済ませたラビゾーは、
約束通り、それをミードスに渡しに行ったが、異様に驚かれる事になった。
ラビゾーがミードスに渡した金額は、約2500万MG。
依頼した額の倍以上である。
ラビゾーが商売上手だった訳ではない。
偶々良い目利きに出会い、鑑定して貰った結果、上質な物と言う事で、高く売れたのだ。
いや、ミードスが最初に1000万MGと言ったのは、低目の見積もりである。
予定より高く売れても、彼は何ら驚かない。
では、何に驚いたのかと言うと、2500万MGもの大金を得たのに、ラビゾーが何一つ誤魔化さず、
御丁寧に領収書まで添えて、正直に報告して来た事に驚いたのだ。
正直ミードスは、1000万を越えた分は、黙って懐に仕舞われても、見過ごす気でいた。
……それだけでは済まず、ラビゾーは内1割の報酬でも多過ぎると言って、幾らか預かって欲しいと、
逆にミードスに依頼する有様。
ミードスはラビゾーに尋ねずには居られなかった。
「金が惜しくないのか?」
「僕は未だ未だ旅を続けないといけませんから。
余り大金を持ってると逆に不安で……。
ここまで来るのも結構怖かったんですよ」
ミードスは、世の中には変わった者が居る物だと、改めて思った。
67:創る名無しに見る名無し
12/05/01 21:13:10.30 Ze4e2UpZ
悪事を働くと言う事は、そう難しい事ではない。
過つは人の常なり。
その意志の有無に関わらず、私達は何時でも罪を犯す可能性に脅かされている。
何気無く放り投げた小石が、道行く人に当たろう物なら、即ち罪。
罪とは人生の通り道に仕掛けられた罠。
罪は浅慮から最も多く生まれ、軽率な者は見えている落とし穴に嵌まる。
心して生きよ。
だが、罪を犯さずに済んでいる者は、心根が清いのではなく、幸運なのでしかない。
心優しく、情に厚い程、人は過ちを犯さずには居られなくなる。
何故なら、我が罪逃れから、罪を許す事も、また罪なのだから。
罪を許せと言うは、罪を負えと言うに同じ。
過ちは、消せぬが故に、過ち。
68:創る名無しに見る名無し
12/05/01 21:14:41.77 Ze4e2UpZ
「……―と言う訳で、彼は無事に罪を犯したよ」
「結構、大いに結構」
「果たして、どうなのかな?
実害は無に等しいとは言え、共通魔法社会に対する、明確な反逆行為に加担したんだ。
嗾けた私が言うのも何だが、この様な形で帰る場所を奪うのは、些か気が咎める。
彼には元の生活に戻る選択もあっただろうに……」
「戻ろうと思えば、何時でも戻れる」
「言葉を返す様だが、あの性格からして、それは無理だろう」
「その為の試練だ」
「……期待は出来ない。
彼は苦しみ続けるだろう」
「予知か?」
「予想だ。
気に掛かるなら、貴方自身の手で導くべきだろう」
「それでは行かん」
(これは相当な入れ込み様だな。
らしからぬ……何故そこまで?)
「どうした?」
「……いや、別に。
彼は良い使い走りになれる。
利用させて貰うよ」
「結構、結構」
69:創る名無しに見る名無し
12/05/01 21:15:12.20 Ze4e2UpZ
一度罪を犯せば、二度目三度目には抵抗が薄まる。
そうして人は罪に侵されて行く。
人の罪を許すのは優しさだが、己の罪を許すのは惰性である。
人は知らず知らず深みに嵌まって、終には後戻り出来ない所まで踏み込んでしまう。
心に壁を作りなさい。
深みに嵌まらない内に、そこから引き返せる様に。
70:創る名無しに見る名無し
12/05/02 19:45:01.02 5QYYBOM4
蘇る宗教
ティナー地方西部を縄張りとするシェバハは、一般にマフィアと呼ばれる集団が持つ「掟」を越えた、
独自の「戒律」と「教義」を持つ為に、ティナー地方の他の地下組織とは一線を画す。
魔導師会に忠誠を誓っている(が、言う事は聞かない)為に、一般的な認識は、
「暴走する魔導師崩れ」だが、実態は大きく異なる。
シェバハは八導師を神格化した伝承の支持者で、宗教色が強い。
魔導師会は八導師の神格化を、快く思っていないが、一般に知られている魔法大戦の伝承を、
明確に否定はしない。
八導師は魔法大戦を制し、崩壊した世界を蘇らせた。
事実として認められている、その偉業は、十分に信仰の対象となり得る。
シェバハは伝承を最大限に解釈して、次の様に伝えている。
71:創る名無しに見る名無し
12/05/02 19:46:06.96 5QYYBOM4
今の世界は、八導師を始めとする、共通魔法使いの生き残りによって創られた。
我々全ての人間の存在は、八導師の温情の下にある事を、忘れてはならない。
八導師は寛大な心で、美しい善人ばかりでなく、醜い者、弱い者、悪人の魂すらも、存在を許された。
魔導師会は、八導師の教えを忠実に守り、魔法秩序の番人となっている。
全ての人間は、共通魔法によって生まれた事、そして共通魔法社会の一員である事を自覚して、
八導師と魔導師会に感謝し、よく生きる様に努めなくてはならない。
外道魔法使いは、その恩恵に与りながら、思想を改めないが故に、外道と呼ばれる。
共生の意思無く、社会の脅威であり続ける者達の存在を許してはならない。
72:創る名無しに見る名無し
12/05/02 20:23:38.46 5QYYBOM4
この伝承は組織内で秘密裡に伝えられている物で、シェバハの構成員は絶対に口外しない。
その理由は、魔導師会が八導師の神格化に、肯定的な反応を示さないからである。
シェバハと言う組織は、秘密を共有する事によって、全体を取り纏めている。
その形態は、ある種の秘教に近い。
一種の宗教的秘密結社とも言える。
シェバハの構成員になる者は、所謂「魔導師崩れ」の中でも、犯罪を嫌悪する者が多い。
シェバハの創設者は1人の民間人であり、組織の誕生は復興期にまで遡る。
当時、盗賊として名を馳せていたイシュバール・ジャファは、初代八導師の一、オッズと出会い、
魔法大戦の事を教えられ、己の愚かしさに気付いて改心したと言う。
イシュバールは手下を使って、未だ数が少なかった魔導師の代わりに、周辺の治安維持活動を行った。
それが後に、シェバハになったと伝えられている。
しかし、時期が時期だけに、その正確さは疑われる。
治安が安定しない復興期に、盗賊団は珍しくなかったが、元々マフィアの様な性質を持っており、
拠点付近の治安こそ守る物の、遠くの町を襲撃しに遠征を繰り返していた。
魔導師会(魔法啓発会)は、そうした盗賊団を退治していたが、八導師が出向いた例は少なく、
あっても八導師の座を退いた後で、自ら八導師とは名乗らない。
それに、魔導師会と出会った盗賊団は、例外無く解散させられ、失職した元盗賊団のメンバーが、
治安維持活動に従事する様になる例は多数あったが、治安維持組織の管理者には魔導師が付いて、
根拠が不明な独自の戒律を残す事は、絶対に許されなかった。
以上の理由から、シェバハは開花期になってから、急速に拡大した無法活動を取り締まる為に、
敢えて法を冒す物として誕生したと見るのが、一般的である。
73:創る名無しに見る名無し
12/05/03 20:39:56.34 HUk9onll
占い
唯一大陸で占いと言えば、魔法色素による色占いが有名である。
色占いとは、魔法色素から人柄や悩みを言い当て、生活上の助言を与える物(血液型占いに通じる)。
赤、青、緑、黄、紫、水色と白の7色で、黒は除外される。
占いと言っても、カラーイメージを人に当て嵌めたに過ぎないので、根拠は無に等しい。
こう言った迷信や小呪いの類を、魔導師会は快く思っていないが、殆ど無害なので、見逃されている。
魔導師になる者は、こんな物を信じていてはいけないと言われており、余り熱を上げている様だと、
魔法学校では成績評価に−が付く。
各色の評価は以下の通り。
74:創る名無しに見る名無し
12/05/03 20:42:21.77 HUk9onll
赤
・活発で情熱的。
・集中力が高い。
・人を引っ張る率先型。
・何に於いても積極的。
・対抗意識が強い。
・感情が表に出る。
・理想主義。
・熱くなり易く、後先を考えない。
・信念を持って、主張すべきは主張する。
・努力家で克己心が強い。
青
・余り活発ではない。
・持続力に長ける。
・冷静沈着で状況判断に優れる。
・基本的に慎重。
・人の干渉を嫌う。
・他人のリスクを負う事を嫌う。
・実利実物主義。
・俄と流行が嫌い。
・好き嫌いは激しいが、それを表に出さない。
・赤の反対で、補完の関係にあるが、反りは合わない。
緑
・穏やかで争いを好まない。
・融和を第一に考える。
・押しに弱い。
・人に共感し易い。
・親切で面倒見が良く、気遣いが出来る。
・利他的。
・進んで表に立ちたがらないが、内向的ではない。
・人柄が良く、誰とでも上手に付き合える。
・安全主義で、小さな危険でも避けたがる。
・堅実で着実な方を好む、実直型。
75:創る名無しに見る名無し
12/05/03 20:44:36.61 HUk9onll
黄
・明朗快活。
・気分屋で、熱し易く、冷め易い。
・やや無責任。
・良くも悪くも空気が読めない。
・物怖じしないが、赤とは違い、単に鈍感なだけ。
・好き嫌いが多く、それを表に出す。
・好き嫌いの変遷が激しく、興味の無い物には見向きもしない。
・意見をよく言い、人が思い付かない事をするが、整理集約は下手。
・自分を生かしてくれる人を慕う。
・勢いに乗るのが上手い。
・よく失敗するが、立ち直りは早い。
・新しい物好き。
紫
・自尊心が強い。
・完璧主義。
・見栄を気にする。
・名誉を重んじ、不名誉を嫌う。
・嫉妬深く、独占欲が強い。
・欲望に忠実で、計算高い。
・野心が大きい。
・これと決め込むと一途で、執念深い。
・裏切りは許さない。
・昔の事に拘る。
・一度落ち込むと、立ち直りが遅い。
・人の使い方に長ける。
水
・何事にも淡白で、深入りしたがらない。
・臆病で心配性。
・流動的で、落ち着きが無い。
・軽い付き合いを好む。
・やや消極的。
・観察眼に優れる。
・客観的な物の見方が出来る。
・場の流れに敏感。
・自己主張が苦手。
白
・神秘主義。
・人と違う事を嫌う。
・注目される事を嫌う。
・表向きは保守的な反面、革新的な物に憧れを抱く。
・探究心が強く、真実に拘る。
・諦めが早い。
・高い理想を持ちながら、現実に疲れている。
・虚無主義の気がある。
・警戒心が強い。
76:創る名無しに見る名無し
12/05/03 20:45:32.32 HUk9onll
何にしてもカラーイメージが先行しており、実体験に基づいた物でも、統計を取った物でもない。
よって、当てにはならない……と言うか、当てにしてはならない。
グラマー地方やエグゼラ地方では、こう言った占いや小呪いの類を信じるか信じないかで、
社会的信用が大きく変わる。
影響され易い者は、冷静な判断が出来ない者として、蔑まれる。
一方で、ボルガ地方やカターナ地方では、所謂「験担ぎ」の儀式を、慣習として好んで行う所が多い。
ブリンガー地方や、ティナー地方では、グラマー地方程の嫌忌感は無いが、全体としては、
余り好まれない傾向にある。
77:創る名無しに見る名無し
12/05/05 20:26:40.32 IdQCLcDc
ラブ・ロマンス
第四魔法都市ティナー中央区 ティナー中央市民会館にて
この日、ティナー中央市民会館の大ホールでは、マリオネットによる演劇が行われていた。
午後の部は、ボルガ地方クイ村の民話を元にした、愛の物語。
題は「Discard a virtue」……訳せば「美徳を捨てる」と言う意味になる。
78:創る名無しに見る名無し
12/05/05 20:32:10.29 IdQCLcDc
ラビゾーは約束の為に、バーティフューラーと、この劇を見に来ていた。
平日の昼間なので、ホール内に人は少ない。
明かりが落とされ、ホール内が徐々に暗くなると、舞台に照明が集中する。
ラビゾーの左隣に座っているバーティフューラーは、左脚を上に高く組んで、体を右側に預けた。
「行儀が悪いですよ、バーティフューラーさん」
しかし、それの意味する所が理解出来ないラビゾーは、穏やかに彼女を窘める。
バーティフューラーは憮然として姿勢を正し、演劇を観賞した。
「昔、昔、ボルガ地方のクイ村に―」
ナレーターが静かに語り始めると……、
「アロガと言う、美しい女と―」
「シンシロと言う、醜い男が居りました」
紹介に合わせて、役者(人形)が登場し、軽い辞儀をする。
人形なので、人に似せてはいるが、人その物ではない。
女の人形には確かに妖しい美しさがあるが、人間の魅力とは違う。
男の人形は余り不細工には見えない。
醜いとは飽くまで設定上の話だが、あらましを知っているラビゾーは、「醜い」の意味が誤解されそうだと、
要らぬ心配をした。
それに元の話には、この男女の名前は記されていない。
お話の都合上付けられた、仮名である。
アロガはarrogantより、シンシロはsincereより。
ラビゾーは予習を欠かさない。
79:創る名無しに見る名無し
12/05/05 20:34:15.34 IdQCLcDc
劇中、冒頭から美しい女アロガは、醜い男シンシロを罵る。
「何と醜い顔でしょう。
潰れた鼻は徳の低さの象徴でしょうか?
すると、大きい口は貪欲の証?
それとも口性無い下品さの現れ?
なのに、そんな大きい顔をして、厚顔無恥とは貴方の事」
時代掛かった口調なので、然程きつくは感じられないが……。
どんなに刺々しい言葉を打つけられても、シンシロは怒らない。
人形だから怒れないのではなく、そう言う話なのだ。
金持ちで美しいが、鼻持ちならない女と、見目悪いが、心優しく剛直な男の対立。
アロガは、賤しい男を金と美貌で釣って、犯罪紛いの事をやらせ、弱い立場の者を苦しめて悦しむ。
その悪行を、シンシロは何度も諌め、止めようとする。
しつこい彼に、アロガは益々向きになって、より苛酷で容赦の無い言葉を浴びせる……。
その度に、バーティフューラーは無言で、ラビゾーの顔を見詰めた。
「な、何ですか……?」
ラビゾーが反応すると、バーティフューラーは何事も無かったかの様に、視線を逸らす。
彼女の真意が掴めず、ラビゾーは何とも不安な気持ちになった。
80:創る名無しに見る名無し
12/05/05 20:42:39.17 IdQCLcDc
話は進み、物語は終盤。
正論で訴え続けるシンシロに対して、当て付ける様に、アロガは非道と悪行をエスカレートさせ、
やがて彼女は誰からも相手にされなくなる。
止めに、自らの悪業が原因で、彼女の家は没落した。
過去の報いを受け、誰もアロガを見放した。
アロガは自暴自棄になり、自ら命を絶とうとする。
しかし、シンシロだけは彼女を見放さなかった。
彼は懸命に説得した。
「過ぎた事は終わった事です。
これから真面目に生きましょう」
「無理よ、無理。
貴方は忘れても、他の人達は忘れてくれない。
もう戻れないの」
「そんな事は―」
「どうして私なんかに構うの?
私は貴方に酷い事ばかりしたのに!
同情なら放って置いて!」
マリオネット演劇でも、声を当てているのは人である。
人形の動きと完全にシンクロした、迫真の演技に、観客は息を呑む。
ラビゾーは、隣のバーティフューラーが舞台に集中しているのを、横目で確かめて、小さく安堵した。
81:創る名無しに見る名無し
12/05/05 20:46:11.07 IdQCLcDc
ここで醜い男シンシロは、美しい女アロガに告白する。
「……同情なんかじゃない。
私は君が好きだった。
だからこそ、罪を重ねて欲しくなかった。
皆の心が君から離れて行くのが辛かった」
勇気を振り絞り、敬語を止めて、思いの丈を打ち明ける。
「は?
……好き?
今でも?」
「今でも」
「フン、私の何に惹かれたと言うの?
貴方の様な人が、こんな私の何を好きになるの?
この顔?
この髪、この肌?
だったら―」
アロガはナイフを取り出して、その柄をシンシロに向けた。
「私の顔に傷を付けて。
罪の証として、二度と消えない位、深い刻印を。
そしたら私、貴方の物になるわ」
当然、シンシロは反対する。
「そんな事をしても、何にもならない。
落ち着いて、冷静になってくれ」
「いいえ、私は冬の星空の様に冷静よ。
貴方にとっては……いいえ、他の誰が見ても下らない事でも、私にとっては大事な事。
貴方が生涯、私を愛せると言う証拠が欲しいの。
今の私には、この顔しか誇れる物が無い。
もし貴方が私の容姿だけを愛しているなら、そんな愛は要らないわ」
アロガの剣幕に気圧されて、シンシロは黙り込んでしまう。
82:創る名無しに見る名無し
12/05/05 21:00:29.64 IdQCLcDc
その反応に、アロガは気が狂れた様に高笑いした。
「アハハハハ、出来ないでしょう!?
出来る訳無いわよね!
貴方にとっては、何の利益も無い事!
美しさを失った私に、価値なんて無いもの!」
シンシロは必死に反論する。
「私に愛する人を傷付けろと言うのか?
君の言う通り、そんな事、出来る訳が無い。
そんなに私が嫌いなら、そう言ってくれ!!」
アロガは急に落ち着いた声で答えた。
「いいえ、誤解よ。
私は、貴方が私の為に、貴方の大切な物を失う覚悟があるか、それを確かめたいの。
貴方が誇り高く、清潔な精神の持ち主だと言う事は、知っているわ。
でも、私の顔に傷を付ければ、皆は貴方の事を何と言うでしょうね……?
貴方が私の侮辱に耐え続けられたのも、貴方に『誇り』があったから。
私は、それが疎ましくて……いいえ、本当は羨ましくて、仕方が無かった。
こんな私の為に、貴方は自分の『誇り』を捨てられる?
今まで貴方が築いて来た、信用や名誉を失う事になってまで、私を欲してくれる?」
アロガの言い回しは、意地が悪い。
どう転んでも、シンシロには良い事が無い。
シンシロは何も言う事が出来ない。
しかし、数極の逡巡後、シンシロはアロガの手を取り、ナイフを奪った。
「私が君を追い詰め、誤らせたのか……」
そして、そう小さく呟いた後、穏やかな声で、アロガに言う。
「解ったよ。
宣言しよう、君は私の誇りを捨てるに値する。
それを行動で示そう……―」
そして舞台の照明が落ちる。
83:創る名無しに見る名無し
12/05/05 21:02:49.10 IdQCLcDc
再び明かりが点いた時には、主役の2人の姿は無く、代わりにクイ村の婦人等が噂話をしている。
「見た?
あの女、顔に大きな×(十字)傷!」
「見た見た!
何でもシンシロに付けられたとか」
「あのシンシロが?
想像出来ない!」
「そうそう、幾ら肚に据え兼ねたと言ってもねぇ……。
あれだけの傷が残るって、相当深く抉らないと。
ま、良い気味だとは思ったけどさ」
「でも本当に、信じられないわ。
弱った所で復讐するなんて」
「シンシロも聖人ではなかったって事でしょうよ」
「……でさ、あの女、シンシロに責任取らせて、結婚するんだって。
只では転ばないって奴?」
「ああ、そう言う事……。
やれやれ、全く馬鹿だね。
そんな見え透いた手に掛かるなんて、あの家は大丈夫なのかしら?」
無責任に面白可笑しく陰口を叩く婦人達。
再び暗転の後、場面が切り替わって、主役の2人が現れる。
台詞の1つも無く、椅子に腰掛けているシンシロと、その側で慎ましく紅茶を淹れるアロガの姿。
アロガの顔には、眉間で交差して、頬にまで掛かる、派手な×印の傷。
そして緞帳が下り、劇は終わる。
84:創る名無しに見る名無し
12/05/06 18:31:49.80 LnoXqXlx
終劇後、バーティフューラーは真面目な顔をして、何事か考え込んでいた。
ラビゾーは、この演劇を彼女が気に入ったか、それだけが気になっていた。
彼は解説を求められた時に備えて、脳内で演劇の批評を考える。
人物の心情を語るのは良いが、少々饒舌に過ぎないか?
独自解釈が多分に盛り込まれている分、原話と齟齬が生じていないか?
元はボルガ地方の復興期の話なのに、小道具を現代の風習に合わせているのは如何な物か?
―ラビゾーの異性との交際経験の浅さが知れる思考である。
そんな所に注目するのは、どう考えても一般的ではない。
楽しく会話を盛り上げる事は出来ないだろう。
批評で無駄な知識を披露するより、大人しく素直な感想を言い合う方が良い。
85:創る名無しに見る名無し
12/05/06 18:34:54.11 LnoXqXlx
ホールから出ると、バーティフューラーは思い詰めた表情で、ラビゾーに尋ねた。
「……ねェ、ラヴィゾール。
アンタはアタシの顔に傷を付けられる?」
明らかに劇の影響を受けた発言に、ラビゾーは驚いたと同時に、少し嬉しくなった。
それは何か心に響く物があった証拠。
前回の様に、詰まらない、下らないと一蹴されるよりは、誘った甲斐がある。
もし今回も不評だったら、彼はマリオネット演劇に、良くない記憶を持ち続ける事になっていただろう。
「そんな、無理ですよ」
ラビゾーが素直に答えると、バーティフューラーは不機嫌になる……と思いきや、彼の予想に反して、
彼女は俯いていた。
「……アタシを愛してはくれないのね」
拗ねた様に、冗談とも本気とも付かない台詞を口にする。
「少なくとも今は、誰かと付き合うなんて考えられませんよ。
何もバーティフューラーさんに限った事じゃありません」
ラビゾーは申し訳無さそうにフォローした。
「じゃあ、何時になったら?」
「……僕の魔法が見付かったら、その時は―」
「それって何年、何十年後?
悠長な事言ってると、アタシどっか行っちゃうよ?
居なくなってから気付いたって、遅いんだからね」
ラビゾーは何も答えない。
そんな脅しが通用しない事は、バーティフューラーが誰より知っている。
「何とか言ったら?」
「……寂しく、なりますね」
ラビゾーの呟きには、悲しい響きがあった。
それはバーティフューラーにとって、全く予想外の反応だった。
86:創る名無しに見る名無し
12/05/06 18:36:41.99 LnoXqXlx
無神経なラビゾーの事だから、「勝手にして下さい」とか「僕は別に良いですよ」とか、
色気の無い答えが返って来ると、彼女は思っていた。
或いは、答に窮して苦笑したりと、煮え切らない態度を取られるか……。
それが遠い目をして「寂しい」と言われると、反応に困ってしまう。
だが、ラビゾーはバーティフューラーの言葉を素直に受け取り、彼女が自分の前から姿を消して、
二度と現れなくなった時を想像して、そう答えたに過ぎない。
彼にはバーティフューラーの本心が判らない。
自分を誘う態度が、果たして冗談でないと言えるのか?
何時も違う男と一緒に居て、適当に遊んでいる風で、その中でラビゾーだけが特別だとは、
彼の視点からでは言い切れない。
バーティフューラーは好むと好まざるとに拘らず、人を誘惑する性質を持っている。
それを最大限に利用するのは、悪い事ではないのだが……。
ラビゾーが彼女を、誘惑の魔法使いだと事を知っているのも、警戒される理由の一だ。
しかし、仮にバーティフューラーが本気だったとしても、自分の魔法を探して旅をしている今、
色恋に現を抜かしている場合ではないと言うのも、嘘ではない。
彼は面倒な男だった。
87:創る名無しに見る名無し
12/05/06 18:45:41.14 LnoXqXlx
「寂しくなりますね」と言ったラビゾーを、バーティフューラーは今少し待つ事にした。
ラビゾーは鈍感で、彼女の好意に気付きつつある物の、確信を持つには至っていない。
それは擬かしいが、心地好くもある。
真意を測り兼ねて、戸惑い、悩む彼を見るのが、愛しく楽しいのだ。
態と曖昧にして、本気と思われない方が、気軽に付き合えて、都合が良いのもある。
本気で愛していると言ってしまえば、肯にしろ否にしろ、もう今まで通りとは行かない。
あれでラビゾーは責任感が強い。
余り答えを急かし過ぎると、不本意であっても、自ら身を引く可能性が高い。
関係は全然進展しないが、現状に甘えていたいのは、バーティフューラーも同じだった。
―魔法使いの一生は長い。
或いは……何も変わらない儘、付かず離れずで居るのも悪くは無いと、彼女は考えていた。
88:創る名無しに見る名無し
12/05/07 19:17:23.55 YFiB698l
魔法暦498年 第一魔法都市グラマーにて
サティ・クゥワーヴァ10歳
幼い頃から、尋常ならざる魔法の才能を発揮していた、クゥワーヴァ家の次女サティ。
彼女にも、人並みに魔法大戦の英雄達に、憧れていた時期がある。
『灼熱の<レッドスコーチャー>』セキエピ、『織天<ヘブンウィーバー>』ウィルルカ、『轟雷<サンダーラウド>』ロードン、
『地を穿つ<アースレッカー>』マゴッド、『鎮まぬ<アナベイテッド>』ミタルミズ、『滅びの<ルーイナー>』イセン、
『気貴き<サラム>』バルハーテ、『朱い<バーミリオン>』ダーニャ、『昏い<ブラインド>』ヨナワ、
そして『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』―……古の大戦と、英雄の物語。
中でも、取り分け心惹かれたのは、『天<ヘブン>』のウィルルカと、『雷<サンダー>』のロードン。
サティが空に関係する物を好んだのには、理由がある。
幼い時分から、己の魔法資質が他者より優れている事を自覚していた彼女には、予感があった。
自分の才能は、この都市、果ては大陸にさえも収まらないだろうと言う、途轍も無い想像である。
幼いサティは、何時か自分も英雄の様になれると、本気で信じていた。
そして懸命に空の魔法を練習したので、その後、それが得意な魔法になった。
とにかく熱心だったので、小規模な範囲で雨を降らせたり、雲を動かしたりして、
魔導師会の執行者に補導された事もある。
常に宙に浮いていたり、大気を操るのが上手かったり、攻撃には何かと雷を使ったりするのは、
当時の名残の様な物である。
89:創る名無しに見る名無し
12/05/07 19:21:01.38 YFiB698l
魔法暦502年、サティ・クゥワーヴァ15歳から
人並みに、15歳で魔法学校中級課程に進んだサティは、2年で魔法学校上級課程まで卒業し、
17歳と言う若年で魔導師になる。
サティが公に「十年に一度の才子」と称され始めたのは、上級課程に進級してから、3ヵ月後。
四半期に一度行われる、最初の定期試験を、完璧にクリアして、年内の魔法学校卒業が、
略確実と見做された後の事である。
彼女は「十年に一度の才子」と言われる様になる前には、別の渾名を持っていた。
その名も『織雲<クラウドウィーバー>』、織雲のサティ。
織天より数段落ちる表現だが、それに準えた高位の称号。
「十年に一度」と言う、使い古された表現より、大戦六傑の一、ウィルルカを意識した渾名を、
サティは気に入っていた。
勿論、自ら名乗る事はしなかったが……。
90:創る名無しに見る名無し
12/05/07 19:33:47.05 YFiB698l
才能のある子なら、普通は一般的な15歳より、もっと早く魔法学校中級課程に進級する。
15歳で魔法学校中級課程に通うのは、十分に公学校で教育を受けさせてからにしたいと、
保護者が望んだか、或いは、一般の人並みである事を、当人が望んだ場合だ。
魔法学校の各課程を修了する年齢は、若ければ若い程、優秀さの証明に繋がる。
過去、「十年に一度の才子」と呼ばれた者の中には、魔法学校の全課程を1桁の年齢で、
クリアした者も居る。
「十年に一度の才子」の称号が与えられる基準は、魔導師になると決まった時、成人前である事……
具体的には、18歳以下。
公学校上がりなら、中級1年、上級2年と言う短期間に、成し遂げねばならない。
それと、常人を遥かに上回る、優れた魔法資質を持っている事。
尤も、「十年に一度」の称号は、魔法学校の一部の者が、勝手に認定して付ける物。
何ら公的な物ではないので、単に「優秀な才能を持った子供」以上の意味合いは無い。
91:創る名無しに見る名無し
12/05/08 19:30:31.78 uk2FIDw2
魔導師の資格試験は、基本的に誰でも受けられるが、魔法学校の卒業試験に比べると、
合格難度は多少高くなる。
魔法学校に通って、真面目に講義を受けていれば、その年の試験官となる教師に、
試験の採点基準や、合格する為の技術的な骨を聞く機会がある。
小さな事だが、これが意外と大きい。
しかし、余程の金持ちでなければ、そう何年も魔法学校には通えないし、かと言って、
学費と生活費の為に仕事を始めると、魔法の勉強に時間を割けなくなる。
魔導師になる積もりなら、若い内にと言うのが世間の常識だ。
新しく魔導師になる者の平均年齢は、26〜27の間。
人数的にも、その前後の年齢で魔導師になる者が、最も多い。
殆どの魔法学校上級課程の生徒は、三十路を越えると、魔導師になるのを諦める。
そこで己の才能に見切りを付けるのだ。
学費の問題で、中には二十歳そこそこで早々に上級課程を中退する者も居る。
また、不慮の事故等で、四半期の試験に遅れると、その年は合格が貰えない。
余りにも仕方の無い事情があるなら、1週内ならば再試験を受けられるが、逆に言うと、
1週を越えてしまうと、如何なる事情があっても、再試験は受けられない。
こんな事を繰り返していると、何年掛かっても魔導師にはなれない。
冗談の様だが、実際に、魔法の実力とは殆ど無関係に、何年も卒業出来なかった例がある。
よって、才能のある者でも、魔法学校に通うのは、出来るだけ若い内からが良いとされる。
92:創る名無しに見る名無し
12/05/08 19:34:38.39 uk2FIDw2
では、何故サティは公学校卒業まで待たねばならなかったのか?
クゥワーヴァ家は裕福な部類に入るし、サティの実力なら、もっと早く魔法学校に入学していれば、
1桁の年齢で卒業出来たかも知れない。
サティは名声に価値を感じていなかった訳ではない。
人並みに功名心があり、承認欲求があった。
しかし、それを止めたのは、他ならぬ父イクターであった。
イクターは並ならぬ魔法資質を持った実の娘を、未だ立ち歩きを覚えたばかりの頃から恐れていた。
物の数え方も知らぬ子供に、理屈で物事を解らせるのは、難しい。
親は我が子の為には、いざとなれば、力尽くで制止せねばならない時もある。
だが、サティを力で抑圧すれば、それ以上の力を以って反逆される事が、目に見えていた。
それ程に、サティの魔法資質は、化け物染みていたのである。
彼女を制御するには、子供特有の強い共感に訴えねばならなかった。
即ち、善くない行いをした時に、悲しい、苦しい、辛いと言った、不快感を抱いていると認識させて、
抑止力の代わりにするのである。
逆に、子供が辛い時には、同情を以って共に悲しむ。
そして、善い行いには、喜びを以って迎える。
喜びと悲しみを分かち合う事で、価値観を共有する。
この方法で、サティは父イクター、母ジャマルの心に触れて、純粋に育った。
93:創る名無しに見る名無し
12/05/08 19:36:37.04 uk2FIDw2
それは思わぬ結果を齎した。
サティは善悪の判断を、共感に委ねる様になったのである。
人には人それぞれの都合があり、立場が違えば、善悪は逆転する。
無闇な共感では、その矛盾を解決出来ない。
それ以上に、善悪の判断が、相手の気分の良し悪しで決まってしまうのは、もっと恐ろしい。
イクターとジャマルが道徳の教育に力を入れ始めたのは、サティが5歳の誕生日を迎えた時。
彼女が公学校に上がる前に、何としても強力な自我と道徳心の形成を急がねばならなかった。
イクターとジャマルの苦労は知れない。
グラマー地方では、女子には慎みが求められる。
それは男子の力が強いから(―実際には、他地方程は男女の体格差は無いのだが……、
憖差が無い分、区別を強調したがるのだろう)。
では、男子の力を上回る女子が生まれたら?
普通は身体が成長するに従って、逆転する筈の力関係が、覆し様の無い圧倒的な魔法資質に、
阻まれてしまったら?
社会的な規則は、時に合理的な解に反する。
その時に、自我に目覚めたサティは、一体どんな反応をするのか……。
公学校を卒業するまで、イクターとジャマルがサティを魔法学校に行かせなかったのは、
公学校教育で社会に触れ、十分に馴染ませなければ、有り余る力の使い方を誤り兼ねないと、
考えた為である。
はっきり言ってしまうと、これまでの家庭での教育方針が正しかったのか、自信が無かったのだ。
94:創る名無しに見る名無し
12/05/09 19:07:40.26 BabSqsj6
イクターの心配は、半分当たって、半分外れた。
先ず、公学校の男子は、サティを相手にしなかった。
男から女に喧嘩を吹っ掛けるのは、恥だと言う風習の為である。
だが、止まらなかったのはサティの方だ。
両親の教育から、素晴らしい道徳心を身に付けたサティは、多少の理不尽には目を瞑っても、
度を超えた時には、男女ばかりか、大人子供の区別も無く反抗した。
自我の弱かった幼少期の、反動と言わんばかりに。
誰も彼も、人並み外れた彼女の魔法資質に怯え、この恐ろしい女子を避けた。
―魔法資質の低い者は、魔法資質の高い者に、威圧感を受ける。
丁度、体格の小さい者が、体格の大きい者と向き合った時と、同じ様な感覚。
酷い時には、強い敵意を向けられただけで、失神してしまう。
それは自分にとって、どれだけ相手が危険な存在かを判断する、本能的な物である。
余り魔法資質が低いと、逆に威圧されないが、殆どの者は大なり小なり影響を受ける。
公学校のクラスで、サティを恐れない者は居なかった。
当然、中には魔法資質が高くない者も、ある程度含まれていたにも拘らず……。
魔法資質が低い者にも、力量差を理解させる程の魔法資質を備えているならば、
それは最早脅威でしかない。
95:創る名無しに見る名無し
12/05/09 19:08:02.65 BabSqsj6
抜き身の刀の様な状態だったサティが落ち着くには、後に師となるプラネッタ・フィーアとの出会いを、
待たなければならなかったが、公学校生活が無意味だった訳ではない。
揺ぎ無い(余りに)強固な自己を確立し、それなりに人との接し方を覚えた意味はあった。
彼女を行き成り魔法学校に通わせなかった、イクターの判断は正しかったと言える。
然もなくば、サティは魔法の才能とは関係無い所で、辛い思いをしまなければならなかっただろう。
それは彼女の魔法学校時代の友人の殆どが、公学校時代からの付き合いだった事からも判る。
厳格で純粋、そして裏表が無い、鋭いナイフの様なサティに近付こうと思う者は、中々居なかった。
また、グラマー地方特有の床しさを良しとする風土もあり、色恋とも無縁であった。
理解者を得ると言う意味でも、公学校教育は有意義であった。
サティは敵に回すと恐ろしいが、味方になれば心強い。
困った時に彼女を頼る者は、少なくなかった。
サティも大抵の事には応じ、級友達の信頼を得て行った。
96:創る名無しに見る名無し
12/05/10 19:44:44.69 9JBPd2AU
人間
この世界で人間は、現人類しか確認されていないが、現人類とは異なる人間も定義されている。
『現人類<シーヒャントロポス>』とは異なる人類は、旧暦の伝承上では、『闇人<ニヒタントロポス>』、
『海人<オケアナントロポス>』、『空人<オラナントロポス>』に大別される。
それぞれ略して、ニヒタント、オケアナント、オラナントと言われる事もある。
或いは、ニクタンス、オーシャナンス、アラナンスとも。
闇人は『夜の人<アントロポス・ニヒタス>』であり、人目に付かない所に隠れ住むと、考えられていた。
『夜の人種<ナイト・レイス>』、『夜の人々<ナイトフォーク>』と呼ばれる事もある。
これには諸説あり、日光を浴びると灰になるとも、醜い容姿から陽の下を嫌っているとも、
その正体は地底人であるとも言われていた。
同時に、人目を忍んで悪事を働く者―例えば、夜間強盗や路地裏で恐喝を行う者、
他には夜行性の害獣を指す隠語でもあった。
全体的に良くないイメージである。
海人は『大洋の人<アントロポス・オケアノス>』であり、深い海中、大海原、小さな孤島、岩礁に住むと、
考えられていた。
解り易く言えば、『人魚<マーフォーク>』、『半漁人<オアンネス>』の類である。
空人は文字通り『空の人<アントロポス・オラノス>』であり、高い山の上や、雲の上に住むと、考えられていた。
姿は『有翼人<ウィングドフォーク>』が主だが、翼は腕が変化した物だったり、背中から生えていたり、
鳥の物だったり、蝙蝠の物だったり、虫の物だったりと様々。
中には羽が無くとも空を飛んだり、空を飛ぶ動物に乗っていたりする事もある。
闇人も海人も空人も、人の領域外の存在である。
未知の世界への希望と恐怖の象徴で、故に、将来出現する可能性が指摘されている、
『獣人<シリアントロポス>』を始めとした『新人類<ネアントロポス>』とは、明確に区別される。
闇人、海人、空人の内、海人だけは実在する可能性もあるが、分類は進化の形態によって行われ、
やはり獣人か、然もなくば『魚人<プサリアントロポス>』か、『軟体人<マラキアントロポス>』等と言われる。
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