ダイの大冒険のキャラがルイズに召喚されました8 at ANICHARA
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250:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I
10/12/05 22:48:29 4jdgZ74x
泣きじゃくる少女を前にしたクロコダインは、どうしたものかと困惑する。
多くの戦いを経てきた彼にとって分身する魔法使いと闘う事は別段苦にもならないのだが、自分の事を心配して泣く少女という存在はどうにも手が余る。
そんな中、天井に開いた大穴からひとつの影が飛び降りてきた。
その影はワルドの姿を捕捉すると、躊躇とか逡巡とか全くない感じで『ブレイド』を突き刺そうとしたので、クロコダインは慌てて制止する。
「待ってくれ、サンドリオン殿! 彼は単に操られていただけだ!」
その声のお陰か、『ブレイド』は硬直したままのワルドの首を皮1枚斬ったところでギリギリ停止した。
あと数秒声かけが遅かったら華麗に首が宙を舞っていたかもしれない。
体は麻痺しているが意識はある為、ワルドは内心冷や汗にまみれまくっているのだが、残念ながら外からそれが判る訳もなかった。
とりあえず刃を納めたサンドリオンはルイズの無事を確認し、仮面の奥で表情を緩ませる。
もっとも、目立った怪我がないのはルイズだけだ。
ウェールズは傷は塞がっているものの左肩には夥しい血痕が残っているし、キュルケも細かい擦過傷や小さな火傷は数知れず、髪も不自然に斬り落とされている。
なによりルイズが抱きついて離れないクロコダインは全身に火傷を負い、上半身の鎧はほとんど砕け散っている有様だ。
傷からの流血は止まりつつあるが、落雷の影響で体からは未だ小さな煙が上がっている。人間ならば生きているのが不思議なくらいの重傷であった。
「こちらは何とかなったが、上の様子は?」
怪我を意にも介さぬ様子のクロコダインの問いに、サンドリオンは敬意と畏怖を感じながらもそれを表には出さずに答える。
「差し当たって追ってきた竜騎士たちは全て墜としておいた。だがフネがこちらに侵攻しつつある。早く離脱するに越した事はないだろう」
さらっと言ってのけたが、実は追っ手の竜騎士は10を軽く越えている。それを短時間で全滅させているのだからサンドリオンの実力は相当なものだと言えた。
「失礼だが、そちらは……?」
デルフリンガーを杖の如く支えにしているウェールズの問いに軽く自己紹介する仮面のメイジを見て、クロコダインはそっと一息ついた。
いつの間にかルイズは泣きやんでくれている。後はギーシュ、タバサ達となんとか合流すればいい。
実を言うと、先刻から尋常ではない倦怠感と疲労が彼の体を襲っている。戦闘中に感じた身の軽さや汲めども尽きぬ様な闘気は、とある大魔王の空中宮殿の如く空の彼方へ消え去った様に思えた。
出来ればこの場で大の字になって寝てしまいたい位なのだが、これ以上ルイズに心配を掛ける訳にはいかないという一心で、クロコダインは努めて平静を装い続けた。


251:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I
10/12/05 22:51:36 4jdgZ74x
実はルイズが泣きやんだのには理由がある。
サンドリオンと名乗ったメイジがその理由な訳だが、ルイズにしてみればもう泣いている場合ではなかった。
背丈や体格、声、竜騎士を墜としたという話、そして顔の下半分を覆う仮面。
(な、ななな、なななんで母様がここここに!?)
昔も今もトリステインを代表する最強のメイジ、烈風カリン。
火竜山脈のドラゴンをまとめて吹き飛ばし、大規模な反乱をたった一人で鎮圧したとされる、ある種伝説じみた活躍で知られる存在だが、実はその正体がヴァリエール公爵夫人である事実はごく少数の人間にしか知られていなかった。
由来は不明だが『眠り男』などというあからさまな偽名を名乗っている以上、正体を開かすつもりはないのだろう。
しかしルイズにしてみれば家庭内ヒエラルキーの頂点にいる人物が突然前触れもなしに現れたのだから、そりゃあ涙も止まろうというものである。

ちなみにその母がアルビオンにいる理由であるが、公爵家の人間として厳しく接してきたものの実際には可愛くて仕方ない、眼に入れても痛くないと断言できる末娘が心配で心配で仕方なかったからだ。
その点では、オスマン学院長らにルイズの護衛を依頼されたのは渡りに船だった。依頼がなければ単独で後を追っていたところである。
内心における娘への溺愛という面においては夫に負けずとも劣らないヴァリエール公夫人であり、実に似た者夫婦であるといえよう。
しかしながら、当然表面上にそんな思いは出した事がない為、ルイズがそんな理由に気付く訳もなかった。

ウェールズと少しの間話していたサンドリオンがこちらを向くのに気付いたルイズは、我知らず背筋を伸ばしていた。
「大使殿、ワルド子爵の扱いは如何なさるおつもりだろうか」
母もルイズに自分の正体がばれていないなどとは思っていいないのだろうが、この場では私事より公の立場(とは言え偽名なのだが)を優先させた様であった。
「い、いい、いつからかは不明ですが、操られていたのは確かな様です。その術も今は解けたので、トリステインまで一緒に帰るつもりでしたが……」
ふむ、とサンドリオンは考え込む素振りを見せる。
ルイズの後ろではフレイムに寄りかかったキュルケが「いっそここで後顧の憂いを断っといた方がいいんじゃない?」などと不穏な事をつぶやいていたが、んな事できるかと思う。
「操られていたにせよ、何らかの情報を知っている可能性は捨てきれないのではないかな。どのみち暫くは動けないのだ、途中で暴れる事もないし連れていってもいいだろう」
主の意を汲み取ったのか、クロコダインも援護を飛ばす。
結局共に脱出するという結論に至ったのだが、念の為にとサンドリオンが外套の後ろから取り出したロープで麻痺状態のまま拘束されるワルドだった。


252:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I
10/12/05 22:54:24 4jdgZ74x
「では、すまないが地下港までご足労願おう」
残っていた秘薬とサンドリオンの『治癒』でとりあえずの応急処置をした一行に、ウェールズはそう言った。
自分が乗る『イーグル』号も、非戦闘員を乗せた『マリー・ガラント』号も地下の秘密港に係留されているのだ。
サンドリオンの話によればレコン・キスタの軍勢はまだ上陸していない。連中の最終通告を信じるなら戦闘開始は正午。まだ時間は残されているが、あの貴族派がそんな約束を守るという保証もなかった。
「……いや、大丈夫だ。このままここにいてくれ」
そう答えたのはサンドリオンである。
早く脱出するべきだと唱えていたのにどういう事かとキュルケが言おうとした時、突然『ライトニング・クラウド』で砕かれた床がぼこりと盛り上がった。
「な、なに!?」
大量の土を押し退けて現れたのは熊ほどの大きさもある巨大なモグラである。モグラは辺りを見渡すと、まっしぐらにルイズに向かっていく。
「わ、ちょ、ちょっと!?」
デジャヴを覚えつつルイズは仰け反った。正確にはこのモグラ、ルイズではなく彼女が持っている『風のルビー』『水のルビー』に反応しているのだが。
「やや、ほんとに辿り着いたのか! 凄いぞヴェルダンデ、流石は僕の使い魔だな!」
そんな台詞を吐きつつ床の穴から顔を出したのはギーシュであった。少年が級友に襲いかかろうとする自分の使い魔を止めている間に、穴からはタバサともう一人のサンドリオンが続けて姿を現す。
「なるほど、地下から最短距離で来たのか」
宝石を好物とするジャイアント・モールの嗅覚を頼りに、港から一直線に掘り進んできたらしい。
「うわ! 何かねクロコダインのその怪我は! ワルド子爵も何か焦げた上に縛られてるし!」
状況がさっぱり飲み込めないギーシュをよそにタバサはキュルケから事の次第を聞き、サンドリオンは『遍在』(空から降りてきた方だ)を解除して情報を共有化した。
「さあ、時間がない。急ぐとしよう」
クロコダインはそう言って、ぐるぐる巻きにされたワルドを抱えあげた。


253:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I
10/12/05 22:57:36 4jdgZ74x
ヴェルダンデの掘った穴はなんとかクロコダインでも通れる程の大きさだった。戦闘時の緊急回避や移動の時に地下を利用するのは、かつての自分を彷彿とさせる。
キュルケとタバサはフレイムに跨り、ルイズはクロコダインの肩に座る。動けぬワルドは反対側の肩に担ぐ事で一行はかなりのスピードで地下へと進んでいった。
「よし、着いたか」
やがて光る苔に覆われた鍾乳洞へ辿り着いたウェールズたちは、岸壁にまだ2隻のフネが止まっているのを確認し安堵の笑みを浮かべる。
「ここでお別れだ、ラ・ヴァリエール嬢。短い間だったが、迷惑をかけて済まなかったね。……本当に、ありがとう」
「ウェールズ様……」
「このまま我々は『イーグル』号で出撃する。敵の目を引きつけている間に君たちは脱出するんだ」
差し出された右手をおずおずと握り返しながら、ルイズは何と声を掛ければいいか悩んだ。
最早引き留める事が出来ないのは、昨日の時点で判っている。彼らは誇りを抱いたまま死出の旅に出る為ここにいるのだ。
「何か、姫様にお伝えする事はございますか……?」
結局思いついたのは、そんなありふれた質問だった。
「そうだな……。ウェールズは勇敢に戦い、そして死んでいったと、伝えて貰えるかな」
返答もどこかありふれた台詞だったが、その時のウェールズの表情を、ルイズは忘れまいと心に誓った。
「そんな顔をしないでくれ、ラ・ヴァリエール嬢。君のような貴族がアンの近くにいてくれるのなら、きっとトリステインは大丈夫だろう」
再び泣き出しそうになったルイズの頭を軽く撫でた後、亡国の王子はクロコダインに向き直る。
「貴方がいなければきっと私は礼拝堂で死んでいただろう。実に見事な戦い振りだった。出来る事なら、もっと早くに逢いたかったな」
ぐ、と右の拳を突き出すウェールズに、クロコダインもまた握り拳を合わせた。
「誰に何を言われようと、男が信じた道を進めるならばそれでいいとオレは思う。だからこそ、最後まで抗ってみてくれ。─こんな時に言う台詞ではないかもしれんが、ウェールズ殿の武運を祈っている」
「ありがとう」
一瞬、ウェールズが名残惜しそうな顔をした様な気がしたが、それを確認する間もなく彼は『イーグル』号へと駆け寄っていった。


254:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I
10/12/05 23:01:57 4jdgZ74x
打ち合わせ通りに『イーグル』号が出航する。アルビオンの下から姿を現したフネはたちまちスピードを上げてレコン・キスタ艦隊へと突き進み、それを迎撃すべく敵艦からは火竜や風竜に乗った騎士たちが緊急出動していた。
『マリー・ガラント』号には女官や王党派メイジたちの家族が乗り込んでいたが、その中の1人が鳥の使い魔を斥候代わりに出している。脱出するタイミングを見計らう必要があるからだ。
『イーグル』号が更にスピードを上げたという報告を聞いた船長は、部下たちに出航を命じた。
この港に来る時はガイドが必要だったが、流石は熟練の船乗りたちと言うべきか『マリー・ガラント』号は問題なく濃い雲の中を進んでいく。
船長には王党派が最期にどんな戦法を取るか、おおよその見当がついていた。その考えに間違いがなければ、なるべく早くにこの空域を離れなければならなかった。
幸いというべきか、往路と同じ様に風のスクエアメイジが風石替わりの推進力になってくれている。
その時とは別人だったが文句などあろうはずがない。仮面を付けていようが呪文を唱えたら分身しようが、この非常時には些細な事だ。
それほど時を置かず、フネは雲を抜けた。『イーグル』号が向かったのとは逆方向、最短距離とはいかないが風向きを考えればラ・ロシェールまで行くのに支障はないだろう。
見た限りレコン・キスタ勢が近くに陣取ってはいなかったが、念の為にと風竜に乗った青髪のメイジとマンティコアに乗った仮面のメイジが直掩に当たっていた。
満身創痍の獣人が「ならば自分も」と言い出していたが、主らしいピーチブロンドの少女を始めとした全員に止められていたのはご愛嬌と言ったところか。
後甲板には避難民たちが『白の国』を泣きながら見つめていた。
故国をこんな形で去る事になろうとは、暫く前までは考えてもみなかったのだから、それも無理はない話である。
浮遊大陸がどんどん小さくなっていくと、突然眩い閃光と共に轟音が響き渡った。
衝撃波が軽くフネを揺るがし、副長の指示で船員たちが帆を確認したり乗客たちを落ち着かせる中、船長は帽子を目深に被りそっと黙祷を捧げる。
あの閃光こそが王党派の最期の輝きであると、船乗りとしての直感がそう告げていた。

空に響き渡るその音は、甲板に居るルイズの耳にも届いていた。
傍らには応急措置を施されたクロコダインが座ったままその目を彼方へと向けている。
「クロコダイン……」
ルイズは王女が学院に来た日の朝に見た夢をふと思い出した。
この頼れる使い魔が、自分の手の届かない危険な場所に独りで向かっていく夢。
不安そうな顔をするルイズに、クロコダインは包帯の巻かれた掌でそっと頭を撫でた。
「大丈夫だ、オレはちゃんとここにいる。疲れているだろう? 今は、少し休んだ方がいい」
確かにここ数日は身も心も休まる事はなかった。
久し振りの幼馴染であるアンリエッタ姫との再会、アルビオンへの非公式訪問、突然同行する事になった婚約者、襲撃に次ぐ襲撃、そして虚無の使い手としての覚醒。
大丈夫だという言葉に安堵を覚えたのか、ルイズはそのままクロコダインにもたれかかる。眼を閉じた彼女から寝息が溢れるのに、それほど時間はかからなかった。
せめて、今この時くらいはいい夢を見て欲しいものだと、クロコダインは人間の神に祈るのだった。

アルビオン、ニューカッスル城。
無人と化した筈の城の中に、指に大振りの指輪を嵌めた1人の女が立っていた。フードを目深に被っている為、その表情は窺い知れない。
「はい……はい、そうです。確かに始祖の秘宝を使い、虚無の呪文を発動させていました。ええ、予測通り、彼女がトリステインの『使い手』に間違いありません」
その手には小さな鏡が握られている。マジックアイテムであるそれには、先程まで礼拝堂での死闘がリアルタイムで映しだされていた。
虚空に向けて何者かと話している様子のその女は、やがて深々と頭を下げる。
「はい、では暫くの間は干渉せずに置くのですね……。わかりました。それでは失礼します、ジョセフさま……」


255:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I
10/12/05 23:05:38 4jdgZ74x
以上で投下終了です
前回感想ありがとうございました

最初のプロットでは、ワルドはここで獣王会心撃により命を落とす予定でした
ところがうっかり「ワルドバリアー」などという単語を書いてしまったばっかりに生き残る事に
まあ彼にとってはここからが大変なのですが

次回は王党派最後の戦いになるか、ルイズの報告を聞いて頭を抱える中年トリオになるか、まだ不明です
それでは

256:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/05 23:07:12 NnmU8OYp
投下乙です
ジョセフの暗躍が始まったようですな
ウェールズは利用されないように死ねたんだろうか

257:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/06 09:26:07 IEtgFiU6
乙です。
王党派の最後の輝きに涙が出そうです。

>由来は不明だが『眠り男』などというあからさまな偽名
原作というか、烈風の騎士姫ではサンドリオンという偽名は
「灰かぶり」という意味だったはずだが。
それとも作者の意図的な何かがあるのか。

258:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I
10/12/06 11:00:47 hEHV6TY4
>>257
すみません、間違えました orz
ウィキ訂正します…

259:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/06 23:44:18 0/lC+1R3
アルビオン編もいよいよ終わりかあ。
ルイズがここで虚無に開眼したならタルブではどうなるか今から楽しみだ。

260:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/07 04:52:40 Y6Pqo0gc
ディスペルで貴族派の洗脳された者達の洗脳を解くかとも思ったけどそれは無かったか。
ルイズやクロコダインがどうなるかも気になりますが大人達が後始末にどう動くかも楽しみです。

261:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:03:50 u663jJh9
獣王の人乙です。

今から12話を投下します。

262:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:06:37 u663jJh9
#1

学院から遠く離れた森でゴーレムを土に還すと、フーケは顔を隠していたフードを払って大きく息をついた。
オールド・オスマンの留守をついた今日の計画だったが、
まさかその真っ只中に『ガンダ―ルヴ』が現れるとは予想だにしなかった。
フーケ自慢のゴーレムの巨腕を刎ね飛ばしたあの斬撃には、今思い返しても冷や汗が流れる。
あれは風メイジのエアカッタ―のような感じに見えたが、もしやあの剣もまたマジックアイテムの一種なのだろうか。

「まったく、わけがわからないね……」

ともあれ非常の事態があったにせよ、無事に盗みが成功したことにフーケは満足していた。
苦戦すると思っていたあの壁があっさり崩れたことは僥倖だったとさえ言えるかもしれない。
強力な魔法をいくつも重ねられたあの宝物庫は小手先の技も通じず、
ゴーレムによる物理的な破壊という強硬手段でもいけるかどうかという、盗賊泣かせの代物だったのだ。
視界のきくゴーレムの上にいたフーケにはよく見えていたが、あの強固な壁を崩した魔法は―。

「もしかしたらあの娘は本当にアレかもしれないね……」

フーケはそう一人ごちて肩をすくめると、懐からそっと戦利品を取り出した。
―『悟りの書』。
噂ではそれは選ばれし者にしか解読できない、幻の書と呼ばれていた。
嘘か真か、異界の書であるとか、不逞の輩が読むと呪われるとかいう話しもある。
ディテクトマジックなどかけずとも、そこに何か不思議な魔力がこもっていることは疑いようもなかった。


263:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:08:50 u663jJh9
「どれ、私もちょっと試してみるかね」

あいにくフーケは呪いなどを恐れるタマではない。
なにはともあれ計画が成功した高揚感のままに適当に本を開いたが―。

「な、なんだいコレは……!?」

ある意味予想通りと言うべきか、フーケの見た先にはわけの分からぬものが広がっていた。
困惑したフーケは思わず偽物を掴まされたと思ったが、たしかにこの本には不思議な力を感じる。
しかし念のためにディテクトマジックをかけてみると、そこには何の反応もなかった。
魔力があると思ったのは自分の錯覚だったのか。
それともメイジの魔法とは別系統の、まったく異なる力であるのか。
混乱したフーケにはにわかには分からなかった。
それにしても、いくらなんでもこの内容はなんなのだ?
噂の通り、選ばれし者にしか真の内容は現れないのか、
それとは関係なしに、正しく読むのに決まった手順でもあるのか―。

真偽の分からぬものは扱いに困るし、万一これが偽物だったなら、それはフーケの盗賊としての涸券に関わった。
どうにかしてこの本の正体を知らねばなるまい。
フーケは苛立たしげに髪をいじくると、新しく計画を練り始めた。

#2

『悟りの書』盗難の翌朝、闇も払われぬうちにルイズ達は学院長室に呼び出された。
二日連続の早起きに目をしょぼしょぼさせるルイズの横には、キュルケとタバサ、そしてヒュンケルがいる。
真の第一発見者であるギ―シュだけは昨日の怪我が治らず、この場には来ていなかった。
今頃はまだ、ベッドの上でうんうん唸っていることだろう。
学院長室には急報を聞いて帰ってきたオスマンはじめ、多くの教師がひしめいていた。
国内でも有数の堅さを誇る宝物庫に賊が入ったことに誰もが驚き恐れ、ぴりぴりした空気を発散している。

「ミセス・シュヴルース! あなたがちゃんと見張っていなかったから!」
「ゴーレムが宝物庫を破っている最中、自室で眠りこけていたとはなんたる失態!!」

教師達は責任の所在を自分以外の誰かに求めて、当日の警護をサボっていたシュヴルース一人にそれを押し付けていた。
実際には彼ら自身、真面目に当直の任を果たしたことなど数えるほどしかないのだが、完全に棚に上げている。
ルイズからしてみれば、学院の中にいて巨大なゴーレムを目撃していたはずなのに何もしなかったという点では
彼らもシュヴルースも無責任さにおいては何の違いも感じなかった。


264:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:10:41 u663jJh9
「それにしても学院長の不在を狙うなど、フーケは学院の内情に詳しいのですかな……?」

ヒステリックな周囲とは無縁にそれまで黙っていたコルベールが、思いついたようにポツリと言った。
オスマンが学院を空けることなどそんなにあるでもないし、その日に限って盗賊が入ったのは偶然だとは考えにくい。
コルペールのその言葉に教師達はハッと顔を見合わせ、すぐに互いに視線をそらせた。
それからまた疑惑の矛先を、半泣きのシュヴルース一人に定める。

「ミセス・シュヴルース。眠っていたというのは方便で、実は貴女が手引きしたんじゃないですか?」
「フーケは宝物庫からすぐに目当ての物を見つけたようです。
 誰かがあらかじめ宝物庫の内情を教えていたに違いない!」

半泣きのミセス・シュヴルースは自分の不手際を責められるばかりか、
あらぬ疑いまでかけられたことにショックを受けて、魚のように口をパクパクさせていた。
多少自業自得の感はあるにせよ、普段温厚なシュヴルースのそんな姿は気の毒過ぎて見ていられない。
思わずルイズは彼女の弁護をしようと口を開きかけたが、そこで別の声が、さらに言い募ろうとする教師達を遮った。

「いいかげんにせんか!!!」

学院長室に、威厳のある声が響き渡った。
声の源はこの部屋の主、オールド・オスマン。
初めて聞く学院長の怒声に、ルイズの肩がびくっと跳ねた。
オスマンは静まりかえった部屋を見渡すと、腰かけていた椅子から立ち上がった。

「まったく、自分を棚に上げて人を批判することばかりうまくなりおって……嘆かわしいわい」
「し、しかしオールド・オスマン、ミセス・シュヴルースは女性です!」

嘆くオスマンに教師の一人、ギド―が食い下がった。
奇妙といえば奇妙なその反論にルイズは目を点にし、キュルケは眉を吊り上げる。
男尊女卑。
ギド―の発言をその最たるものと見たのだろう。

「あら、ミスタ・ギド―。あなたはフーケが女性だと御存知ですの?
 私の聞くところでは件の盗賊は性別不明とのことでしたが?
 それともなにか、トリステインでは『女を見たら泥棒だと思え』なんて格言でもあるのかしら?」


265:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:13:01 u663jJh9
たたみかけるように詰問するキュルケに、ギド―は「い、いや私は……」と口ごもった。
しかしそこでまたオスマンが床に杖をつき、一同の注目を集める。

「もうよい。問題はこの一大事をどう解決するかじゃ。
 『悟りの書』紛失のことは遠からず外に漏れるじゃろう。学院の威信にかけて我らの手で取り戻さねばならん」

そう言ってオスマンは教師達の顔を見たが、教師達は誰も自分が行こうとは名乗り出なかった。
これまで平静な様子を崩さなかったコルペールでさえ、歯痒そうな顔で押し黙っている。
しかしオスマンは最初からコルペールは当てにしていないのか、彼の方は見向きもしなかった。

「なんじゃ、誰もおらんのか? 土くれのフーケを討伐して名を上げようという勇者は?」

じれったくなったオスマンが、それでは自分が行こうと言うと教師達は制止したが、
ならば誰が行くという段になると元の木阿弥に戻った。
気まずい空気が部屋に充満しかけた時、思わぬ方向から一本の杖がすっと上がった。

「わたしが行きます、オールド・オスマン!」

杖を上げたのはルイズだった。
彼女は昨日作った擦り傷を顔に張り付けたまま、敢然とオスマンのことを見つめた。
正直言って、あの巨大なゴーレムと相対するのはルイズとて怖い。
とても怖いが、怖気づく教師達の姿がルイズの中の貴族の誇りを逆に奮い起した。
フーケの記憶に残る学院の、そして自分の姿が弱っちょろいままではいられない。
それにもしもフーケを捕らえることができたなら、もう誰にも馬鹿にされないで済むはずだ。
ルイズは爛々と瞳を輝かせてオスマンに訴え、そんなルイズに触発されてキュルケが、そしてタバサが続いて杖を上げた。

「ヴァリエールだけに手柄をやるなんて許せませんわ」
「……二人だけじゃ心配」

級友の言葉にルイズの頬が知らず知らずのうちに火照った。
ヒュンケルの顔を見ると、かの使い魔もしっかりルイズの目を見て頷いてくれる。
杖を掲げる生徒達を教師陣は制止したが、オスマンが一睨みすると彼らは黙った。
そもそも自分が行こうとは言えない彼らには、ルイズ達を止める資格などないのだ。
オスマンは改めて三人の学生と一人の使い魔に『悟りの書』奪還を命じ、四人は謹んでその任務を受けた。


266:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:13:58 u663jJh9
「―しかし、肝心のフーケはどこにいるんでしょうな?」

いざ出陣といった態の雰囲気を見ながらコルペールが言うと、ちょうどその時部屋の扉が開かれた。
皆の注目が集まる中をオスマンの秘書、ミス・ロングビルがつかつかと歩く。
その姿を見て初めてルイズは、さっきまでロングビルがここにいなかったことに気がついた。
ロングビルはオスマンの前まで来ると、どこに行っていたのだという声に応えて、おごそかにこう言った。

「オールド・オスマン。フーケの隠れ家を発見しました」と―。

#3

学院長室から出てすぐ、ルイズ達は昨日と同じように馬車に揺られていた。
ただし馬車の御者は昨日とは違い、ミス・ロングビルが担当している。
あの後、フーケの潜伏場所の調査情報をオスマンに報告したロングビルは、
『悟りの書』奪還に向かうルイズ達に同行すると申し出て即座に受諾された。
教師達からすれば生徒だけを危険な目にあわせるという体面の悪さも誤魔化せるし、
ルイズ達にしても明敏そうなロングビルの加入は渡りに舟といった感じで歓迎するべきものだった。
聞くところによればロングビルはメイジではあるものの正式な意味での貴族ではないらしく、
道案内も兼ねてと言うと、率先して馬車の御者を買って出た。
一行は今、木々の間を抜けて森の奥深くへ向かっている。

「それにしてもよう、相棒。お前さん、今朝俺を置いていこうとしなかったか?」

急な襲撃がないか目を光らせているヒュンケルの背中、ベルトで括られているデルフが言った。
ちなみに魔剣の方は今回は抜き身のままで、腰に下げられている。
昨日といい、今朝といい、お前はなんのつもりで俺を買ったのだと尋ねるデルフにヒュンケルは少し考えた。
二刀流の覚えなどないヒュンケルにとって、戦闘には鎧の魔剣一本で充分。
そもそもデルフを買ったのは、『使い手』の情報を聞き出すためだったのだから―


267:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:15:07 u663jJh9
「話しをするため、だろうか?」

ヒュンケルが率直にそう言うと、デルフは重いものを飲み込んだように押し黙った。
何故か、それまでくだらない言い合いをしていたルイズとキュルケもぴたりと話し
をやめてこっちを見ている。

「……俺が言うのもなんだが相棒。話し相手に剣を買うくらいなら人間の友達を作った方がいいぞ?」
「そうよねえ、ルイズと話すくらいなら剣と話した方がマシよねえ……」
「そ、そんなわけないでしょツェルプスト―! ヒュンケルもヒュンケルよ!
寂しいんならご主人様のわたしとお喋りしなさいわたしと!」

三者三様の言葉を聞いてヒュンケルは妙な誤解に気付いたが、訂正する気も起きずに溜め息をついた。
勝手に言ってろと言いたげな顔をするヒュンケルにロングビルが笑いかける。
そして話題を変えるように彼に向かって尋ねた。

「そういえばヒュンケルさん。馬車に乗る前に学院長と話されていましたが、何の用でしたの?」

ロングビルの言うとおり、ヒュンケルは出発の直前、オスマンに一人だけ呼び出されていた。
オスマンに耳打ちされたことを思い出し、少し間を置くヒュンケル。
ルイズ達も興味しんしんといった様子でヒュンケルを見つめたが、彼の答えは無難なものだった。


268:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:16:30 u663jJh9
「ルイズ達が無茶をしないよう頼まれた。そんなところです」

なあんだと興味をなくすルイズとキュルケに、ヒュンケルは微笑んだ。
しかし、最初の質問者であるロングビルの方は納得がいかないのか、意外なしぶとさで食い下がる。

「それだけですか? 他にはどうです?」
「他には……そうだな。『悟りの書』を取り戻しても、ルイズ達には中を見せてはいけないと、そう言っていたよ」

ヒュンケルの言葉に、本を読みふけっていたタバサがぴくりと眉を動かした。
読書家の彼女はひそかに『悟りの書』にも興味があったらしい。
残念だったわねえとからかってくるキュルケに、タバサはこくりと頷いた。

「それにしても、あたし達は読んじゃいけないってどういうことかしら?
 せっかく取り返してやろうっていうのにつまんないじゃないの」
「それだけ大変なことが書かれてるってことじゃないの? 噂が本当なら選ばれし者にしか読めないって話しだけど」
「読むと呪いを受けるという噂もある……」

ミス・ロングビルは三人の議論を無言で聞いていた。
眼鏡の奥の瞳が、考え深げに揺れている。
少し急ぎますよとヒュンケル達に告げると、ロングビルは強く手綱をひいて馬の脚を速めた。


269:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:22:52 u663jJh9
以上で今回の投下は終わりです。
感想ありがとうございました。

270:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/07 21:29:27 /DmH1JPo
乙です
おお、悟りの書はアバン先生の本ではないのかな…?
となるとなんだろう、ダイ世界の呪文書とか?

271:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/07 21:51:14 LgguilBn
乙です
何ヶ所かコルペールとなっていたんですが、コルベールではないでしょうか…?


272:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 21:59:29 u663jJh9
>>271
人名を書き間違えるとはまた致命的なミスを……。
wikiの方で訂正しておきます。失礼しました。

273:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/07 22:13:34 u663jJh9
わお、確認してみたらギト―もギド―になっていた。
どうも濁点とか細かなとこを勘違いをしたまま覚えていたようです。
お許しください。

274:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/08 10:06:26 B7nZkcH8
ギドーだとボスの名前みたいだな

275:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/08 16:22:10 12d1KJ8D
>274
○ドーですね、わかります。

276:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/08 16:32:28 8pv6i7XX
ゲド―でも外道をいじくった感じでよさげ。
ともあれ投下乙です。
悟りの書の正体に期待。


277:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/08 21:14:03 sMazWe4q
逆に濁点なくしてキトーにしてみると、下品な名前になってしまう

278:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/09 12:04:36 kU0Ray/1
全国のキトウ(鬼頭・木藤・木頭・その他)さんに失礼だ

279:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/09 16:27:46 PXUJKmDT
亀「おっと、俺の事忘れt(自主規制

280:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/11 18:10:46 3vyLepl0
支援

281:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/12 16:18:48 j62j1485
今更だけどヒュンケルはオスマンの声を聞いて何か思うところは無いのだろうか?

282:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/12 17:13:12 vpKplo9w
声優ネタは人を選ぶからなぁ

283:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:38:29 YAZ0oiFd
今から13話を投下します。

ダイ大のアニメは随分見ていないから、
オスマンの声がハドラーと同じとか全然気付かなかったぜ。

284:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:40:35 YAZ0oiFd
#1

森の中を走って一時間も経った頃、ロングビルは馬車から降りるようルイズ達に告げた。
彼女が言うには、この近くにフーケの隠れ家があるらしい。
馬車で近づくのは色々と目立つし、ここからは歩いていこうとロングビルは提案した。

「なにやってんのヒュンケル? 早く行くわよ!」

馬車の前で靴紐を結ぶように屈んでいたヒュンケルをルイズが急かした。
ヒュンケルはすぐに立ちあがると、ルイズ達と並んで歩く。
フーケの隠れ家は、馬車を置いた場所から十数分のところ、木々が少し開けた場所にあった。
それは打ち捨てられたような小さなボロ小屋で、人の気配がまったく感じられない。

「フーケは留守なのかしら? それとももう逃げちゃったとか?」

そう言って無用心に廃屋に近づこうとするルイズを、ヒュンケルが制止した。
昨日のことといい、どうにもこの娘は勇み足でいけない。
ヒュンケルが見た感じ、ルイズはどこか急き立てられているような印象を受けた。

「落ちつけルイズ。偵察には俺と……タバサで行こう。お前はここで待っているんだ」

しかしルイズは、ヒュンケルの言葉に不満そうに頬を膨らませた。

「嫌よ! 使い魔が行くっていうのになんで主人のわたしが留守番なのよ?」
「……主人を守るのが使い魔の役目。そう言っていたのはルイズではなかったか?
 危険がないか見に行くだけだ。少し待っていてくれ」

渋々頷くルイズの頭を、ヒュンケルがなだめるようにぽんぽんと叩いた。
そうしてから、また子供扱いしてとぶうたれるルイズをスル―し、キュルケとロングビルの意見を確かめる。
キュルケは肩をすくめると、ここでルイズの子守りをしていると言い、
ロングビルは用心のために周囲を見回ってみると言って森の方へ歩いて行った。
それぞれの役割を確認し終えると、ヒュンケルはタバサに頷きかけた。

「念のため、『静寂』をかける」

タバサはそう言うと杖を振るい、二人の足音を消した。
恨めしげなルイズをその場に残し、ヒュンケルとタバサは慎重かつ素早く廃屋に接近したが、
相変わらずそこからは物音ひとつせず、人の気配もしなかった。

285:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:42:00 YAZ0oiFd
「思いきって中に入ってみるか」

ヒュンケルはタバサに小声で言うと扉に手をかけ、ゆっくりとそれを開けた。
二人は音もなくするりと室内に入ったが、やはり人の姿はない。
廃屋は一部屋のみの構造で家具も少なく、隠れられそうな場所はありそうもなかった。
埃の積もった様子を見るに、ここでフーケが生活しているとはとても思えない。
もしや、ロングビルの掴んだ情報は誤ったものだったのだろうか。
ヒュンケルが嫌な予感を感じた時、タバサが「これ」と囁いた。
タバサはテーブルの上に無造作に置かれていた本を手に取って、何かを確かめるようにじっと見つめた。

「まさか、それが『悟りの書』か?」

ヒュンケルの言葉にタバサは「たぶん」と頷くと、自然な動作で本を開こうとした。
どうやら彼女はまだ『悟りの書』を読むことに未練があるらしい。
ヒュンケルが溜め息をついてその手を掴むと、
タバサは相変わらずの無表情で「冗談」と一言言って、『悟りの書』をヒュンケルに差し出した。
どうにも変った娘だと苦笑してヒュンケルがその本を手に取った時―そのことは起こった。

「ヒュンケル! タバサ! 小屋から離れて!!」

外からまずルイズの叫び声が聞こえ、次いで頭上の屋根が砕ける音が耳をつんざいた。
間一髪、窓から外へ飛び出した二人の背後で、廃屋は杖を失くした老人のように呆気なく崩れ落ちた。
ヒュンケルはタバサを助け起こすと、廃屋を叩き潰した張本人をぎらりと睨んだ。
襲撃者の正体は言うまでもない。
ヒュンケル達の目線の遥か上、フーケの巨大なゴーレムが、ヒュンケル達を見下ろしていた。

「小屋に人がいた形跡はなかったが―もしや情報自体が罠だったか?」

つぶやくヒュンケルの横で、タバサが真っ先に魔法を唱えた。
少女の、背丈ほどもある杖から強力な竜巻が巻き起こる。
生身の人間なら造作なく吹っ飛ばせる魔法だが、巨大なゴーレムはびくともしないでその場に留まり続けた。
タバサに続いてキュルケが炎の魔法を、ルイズが例の爆発魔法を使うが、ゴーレムの巨体からすれば効果は微々たるものだ。


286:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:43:56 YAZ0oiFd
「こんなのかないっこないわよ!」

呻くキュルケの横でタバサが「退却」とつぶやき、口笛を吹いて風竜シルフィードを呼び出した。
即座に空から現れた使い魔に乗って、タバサはキュルケやヒュンケル達に手招きする。
肝心の『悟りの書』は取り返せたのだから、タバサの判断は賢明なものだと言えるだろう。
ヒュンケルとキュルケは彼女に従おうとしたが、しかし何故かルイズだけは頑としてそこを動こうとしなかった。
ルイズは何度も何度もゴーレムの表面に爆発を起こし、巨大な質量を砕こうと躍起になっている。
早く乗れと急かすキュルケの声に、ルイズは「嫌よ!」と、振り返りもせずに拒絶した。

「嫌よ! ここで逃げたら『ゼロ』だから逃げたってまた笑われちゃうじゃない!!そんなのできっこないわ!!」
「そんなこと言ったってあなた……ロクな魔法も使えないじゃないの!」

キュルケの言うことにルイズは言葉に詰まるが、それでも一歩も退こうとはしなかった。

「魔法を使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ……! 敵に背を向けない者を貴族と呼ぶのよ! 邪魔しないで!」

そう言って攻撃を続けるルイズにキュルケは「あのバカ」と唇を噛んだ。
人一倍誇り高いルイズが『ゼロ』と蔑まれ、どれだけ悔しい思いをしてきたかキュルケはよく知っていた。
ルイズは汚名を晴らそうとひたすら努力し、それでも駄目で、また頑張って、どうしようもなくて―。
ルイズの気持ちは分かるが、それでもこんなところで死なれては目覚めが悪い。
強引にでもルイズを逃がすため駆け寄ろうとしたキュルケだったが、ゴーレムがその腕を振るう方が先だった。
肩を震わし、目を見開くルイズに近づく巨椀。
ルイズのちっぽけな体などバラバラにしてしまうであろう凶器。
昨日の再現のようなその攻撃はしかし、昨日と同じ人物によって受け止められた。
ただし今回の結果は昨日と違って、その人物はゴーレムに押し負けずにそのまま踏みとどまっている。

287:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:45:47 YAZ0oiFd
「……無事か、ルイズ?」

ルイズの目の前、ヒュンケルが魔剣でゴーレムの一撃を食い止めていた。
衝撃で数メイル後ずさり、足は地面に埋まってしまっているが、ヒュンケルは渾身の力でゴーレムの腕を押しのけた。
そしてすかさずルイズを抱えると、シルフィードの前まで連れて行く。

「離してヒュンケル!これは命令よ! わたしは戦うの!」

腕の中で暴れるルイズに、ヒュンケルは無言で頷いた。
てっきり反対されるとばかり思っていたルイズは虚をつかれ、振り上げた拳の行き場をなくす。
しかしヒュンケルは嘘をつくでも誤魔化すでもなく、真剣にルイズの望みに応えようとしていた。

「そこまで言うなら俺も共に戦おう。しかしルイズ、戦いにはやり方というものがある。
 お前はゴーレムの攻撃が届かぬところから攻撃しろ。あのデカブツと直接やり合うのは俺の役目だ」

さっきまで失念していたが、周囲の偵察に出たロングビルの姿がまだ見えなかった。
彼女の無事が確認できない以上、一目散に逃げることも憚られる。
それになにより、敵わずとも立ち向かおうというルイズの言葉にヒュンケルは心打たれていた。
自棄になっているような面もあるのだろうが、ルイズの横顔には凛とした気高さが浮かんでいた。
魔法が使えなくとも―いや、魔法が使えないからこそ育まれた、魂の力のようなものがそこには根付いていた。
ヒュンケルはルイズのことをただ守るべき対象としか見ていなかった己の認識を改め、
できることならルイズの望みを叶え、自信を与えてやりたいと、そう思った。

「タバサ、キュルケ。お前達は上空から援護しながらロングビルを探してくれ
 あるいは怪しい人影を見つけたらそいつを捕らえろ。フーケを倒せばゴーレムも消えるだろう?」

言ったヒュンケルに、キュルケがやれやれと首を振った。
一緒に逃げられないとあれば、キュルケのやることも一つしかありえない。

「しかたない、付き合ってやるわよ……デ―ト1回分と引き換えで。もちろん費用はルイズ持ちよ?」

キュルケはそう言うとタバサと目配せし合い、風竜で飛び立った。
ゴーレムはそれを見てのそりと動いたが、タバサとルイズ達のどちらを狙うか迷ったように、少し首をかしげている。
ヒュンケルはタバサ達を見送ると、ルイズの顔を見た。
マァムと同じ色の髪をした少女は、緊張と興奮で頬を紅潮させていた。


288:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:47:08 YAZ0oiFd
「ルイズ、これを持っていてくれ。なくすんじゃないぞ?」

そう言うとヒュンケルは懐から『悟りの書』を取り出してルイズに押し付けた。
―共に戦うのはいいが、絶対にやられるな。
この任務の一番の目的、学院から盗まれた秘宝を託すことで、ヒュンケルはルイズにその意を伝えた。
ルイズはしっかり本を服の中に仕舞い込み、ヒュンケルに向かって頷いてみせる。
ヒュンケルだけを前線で戦わせることに不安も不満も感じるが、
それが一番の布陣だということはルイズも分かっていたし、ルイズはこの偉そうな使い魔の力を信じたかった。

「ご主人様に指図するなんて使い魔失格なんだからね! 後で説教してやるんだから……死ぬんじゃないわよ!」

ルイズはようやくいつもの調子に戻るとそう言った。
直後、ゴーレムの巨大な足が振り下ろされ、ルイズとヒュンケルは前後に分かれる。
ルイズは森の方から後衛を務め、ヒュンケルはゴーレムのそばで前衛を担当する―。
主人と使い魔の、初めてのパーティーバトルが今始まった。


#2

振り下ろされた足をかいくぐり、そのままの勢いで斬りつける。
土くれでできたゴーレムの足はたやすく裂けたが、すぐに地面から土を補給して体を再生しはじめた。
ルイズも今は手数よりも威力を意識し、なるべく大きな失敗―もとい、
爆発を起こそうと努めたが、その傷も瞬く間に再生されてしまっている。
ヒュンケルはいつのまにか鋼鉄製に変わったゴーレムの腕を大きく飛びのいてかわし、息を整えた。
するとその隙を見計らったようにゴーレムは足まで鋼鉄製に変わり、ヒュンケルは思わず舌打ちをする。


289:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:49:47 YAZ0oiFd
戦いは長期戦の様相を呈していた。
ヒュンケルはまだまだ動ける自信があるが、
失敗魔法とはいえ爆発という形で魔法力―この世界では精神力―を放出しているルイズはそろそろ限界のはずだ。
上空にいるタバサ達が術者のフーケを探しているが、森の木々に遮られてそちらの状況も芳しくない。
フーケがゴーレムの維持にどれほど精神力を消費しているのか分からないが、
このまま戦いが長引けば消耗したルイズを抱えて戦うか―あるいは逃げることになる。
ルイズの安全と心境を思えば、それはできようはずもなかった。
かくなれば、再生の暇もないほど早く切り刻むか、一撃必殺で倒すほかない。

「アバン流刀殺法―海波斬!」

ヒュンケルは昨日ゴーレムの腕を斬り飛ばした技を連続して放ったが、
今やみっちりと鋼鉄で固められたゴーレムの腕は、半ばのところでその斬撃を食い止めた。
スピード重視の海波斬では一撃の威力において少々心もとない。
とはいえ、速さの技に対して力の技―大地斬では手数が足りない。
となれば……

「おい相棒! いいかげん俺を抜けよ!」

ヒュンケルが必殺の剣を構えようとした時、すっかり忘れていた声がその動きを呼び止めた。
背中から、デルフリンガーがすねた声でヒュンケルに訴えかける。

「俺っちだって剣だぜ!? そっちばっかり使ってないで俺も使ってくれよ。頼むからさあ……」

戦いの緊迫した雰囲気からはかけ離れたその様子に、ヒュンケルは思わず笑みをこぼした。
とはいえ、自分には二刀流の心得はないし、一刀で戦うなら使い慣れた魔剣の方がいい。
ヒュンケルは率直にそう言いかけたが、デルフが憤慨したようにそれを遮った。


290:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:52:16 YAZ0oiFd
「心得も何もねえって! 相棒は『使い手』だろう? 剣を握りゃ勝手に体が動くんだよ!」
「使い手とは―『ガンダールヴ』の―ことか?」

ゴーレムの攻撃をかわしながら聞くと、デルフはあったりめえだろと一笑に付した。
むしろ、素でその力を出せてる方がおかしいぜと呆れ半分の調子で続ける。
ヒュンケルは頭上のタバサをちらりと見上げると、ようやくデルフの柄に手をかけた。
何故か懐かしい感触を覚え、ルーンを刻まれた左手を見やった。
もしもタバサやデルフの言うように自分が本当に『ガンダールヴ』ならば―
そしてもしあの決闘の時感じた感覚が本物ならば―
剣を二刀使うくらい、俺には容易いはずだと自分に言い聞かせた。
目の前のゴーレムを倒し、ルイズに誇らしい記憶をつくってやる。
それだけを胸に置き、懸念も何も体から追い出した。
闘志が体の奥から、ふつふつと溢れだしてくる。

「相棒! 俺を抜け! ガンダ―ルヴは心の震えで強くなる! 闘志をみなぎらせ、剣に伝えろ!!」

声に応え、ヒュンケルはついにデルフリンガ―を抜き放った。
ゴーレムは今、タバサとキュルケが風竜の速さを活かして翻弄している。
ヒュンケルは両の手に二刀の魔剣を携えて目を閉じ、リラックスするように肩の力を抜いた。
瞼の裏に、無駄な力や動作を省いた必殺の軌跡を心に描く。
そしてゆらりと剣を持った両手を上げると、あらかじめそれが決まっていたような自然さで上段に構えた。

「アバン流刀殺法―二刀!」

ここまで意識を集中させてこの技を使うのは何年振りか。
ヒュンケルは初めてこの技を成功させた時のことをふと思い出した。
今振るうはアバン流の初歩にして、大地をも割る力の剣―

「大地斬!!!」

カッと目を見開き、ヒュンケルは二対の魔剣を振り下ろした。
二柱の斬撃は強烈な衝撃波を生み出し、ゴーレムの鋼鉄の四肢をVの字に斬り裂いた。
刹那の瞬間、手足を失ったゴーレムの胴体が宙に浮く。
―好機。


291:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:55:02 YAZ0oiFd
「タバサ! ゴーレムを浮かせろ! キュルケはヤツの頭を攻撃するんだ!!」

ヒュンケルの言葉に応え、タバサが即座に詠唱を完成させた。
あらかじめ力を蓄えていたのだろう、今までの比ではない威力の竜巻が、四肢を失い軽くなったゴーレムを持ち上げる。
ゴーレムの再生のために地面から巻きあがっていた土くれも、風の力で吹き飛ばされた。
次いでキュルケのとっておきの火炎の魔法が、ゴーレムの頭を超高熱で焼きつくす。
今やゴーレムは、ただの大きな土の塊でしかなかった。
ヒュンケルは鎧の魔剣を地面に突き刺すと、左手のデルフリンガ―に語りかけて言った。

「デルフ、お前が俺の相棒を名乗るなら、この魔剣に劣らぬところをみせてみろ。
 俺の最強の一撃を、こいつと遜色ない威力で出してみせるのだ」

ヒュンケルの言葉を、デルフは威勢よく笑い飛ばした。
ガンダ―ルヴの左手、デルフリンガ―にしてみれば、そんな挑発は望むところである。
ヒュンケルの腕から流れる闘気に身を任せ、デルフは己の内にそれを蓄えた。

「任せろ相棒! あの魔剣に新参者となめられねえよう、俺もいいとこ見せちゃるゼ!」

叫ぶデルフの刀身が、錆びの浮き出たそれから、魔剣にも劣らぬ白銀の輝きに満ちたものへと変わった。
しかしヒュンケルはその変化を何故か当然のようにして受け入れ、浮き上がって再生力を失ったゴーレムを見つめた。
タバサの竜巻の力は徐々に弱まってきている。
ここはもう、一撃で決めるほかあるまい。

「ルイズ! 俺の技に合わせろ!」

ヒュンケルは片手を前に突き出し、デルフを握った方の腕を弓のように引いて力を溜めこんだ。
背後からはルイズがヒュンケルの声に応え、早口で魔法を詠唱する声が聞こえてくる。
師を襲い、弟弟子を傷つけた必殺剣を今、別の何かのために使う。
奇妙な感慨が、ヒュンケルの胸に去来した。
背後のルイズが、詠唱を完了させて杖を振り上げる。
「やれ!!」とデルフが叫び、ヒュンケルは裂帛の勢いで剣を突き出した。


292:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/12 23:56:21 YAZ0oiFd
「ブラッディースクライドォ!!!」

回転力を加えたその突きは螺旋の渦を描き、ゴーレムの胴体部分に大きな風穴を開けた。
そして次の瞬間、でかでかと広がった空洞から大きな爆音が響き渡った。
ルイズの失敗魔法と言う名の強力な爆発が、内部からゴーレムを爆散させたのだ。
タバサが生み出した竜巻が消えた時、地面にこぼれ落ちたのはもはやただの塵芥に過ぎなかった。
ヒュンケルは一応身構えたが、ゴーレムの残骸はそのまま動くことなく、ただの土くれのままそこにある。
おそらくフーケの精神力も既に限界なのだろう。

「終わったな」

からから笑うデルフに向かって、ヒュンケルはそう言った。
あとはフーケ本人を探して捕まえるか、『悟りの書』を持ってそのまま帰ればいい。
ルイズもあのゴーレムを倒したことで自信はついたろうし、ヒュンケル個人としてはフーケの捕縄には特に興味もなかった。
タバサやキュルケも風竜から降りてきて、安堵の笑顔でヒュンケルの手を握った。

―しかし、そんな油断がいけなかったのだろう。

突然、ルイズの悲鳴が背後で響いた。
声の源を辿ればそこにはルイズともう一人―
最後の同伴者、ミス・ロングビルがナイフを構えて立っていた。


293:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/13 00:05:30 m3/EKDnP
以上で投下終了です。
ルイズ達も活躍させたくて魔法を強めに書いたつもりだったんだけど、
全体的にどうにも地味な感じになってしまった。

次回の投下はたぶん週の半ばになると思います。
15話でキリよくフーケ編を終わらせる予定です。

294:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/13 00:13:11 yOkBaADl
 ゼロの剣士の作者さん、乙でした。

 待ってましたのブラッディー・スクライド! デルフと鎧の魔剣の二刀流も
見れたし、今回は個人的に大盤振る舞いですね。

295:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/13 00:36:25 IVbpaDt8
乙ですー

まあフーケに苦戦するわけがないので仕方ないというか
ベースがボンクラ高校生な原作主人公ですら大して苦戦もしていないですからねえ…
初期のダイですら自分の体よりでかい岩をバターのように斬り、
それだけの斬撃でさえ司令の指一本で止められてしまうという世界の召喚モノでは…

296:名無しさん@お腹いっぱい。
10/12/13 04:48:06 kLHOBV0C
乙です。

二刀流はできない、残念。そう思ってた時期が俺にもありました。
・・・そうじゃん!ガンダールヴじゃん!武器何でも使えるじゃん!
ヒュンケルさんのチートっぷりにすっかりその設定忘れてたぜ。



297:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/15 21:21:48 XQxzZmP3
今から14話を投下します。

298:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/15 21:23:57 XQxzZmP3
#1

「お前が土くれのフーケだったのか」

眼鏡を外し、ナイフを握ったロングビルにヒュンケルがそう言った。
人質に取られたルイズは恐怖よりも混乱が先立ち、目を白黒させている。
ロングビルは盾に取ったルイズの肩越しにヒュンケルを注意深く見つめつつ、笑みをこぼした。
これまで見せてきた上品なものではなく、猛禽類のように凶暴で、それでいてどこか妖絶な女の笑みだ。

「そう、私が『土くれのフーケ』よ。さあ、この娘の命が惜しければ全員武器を捨てな。
 ちょっとでも怪しい動きを見せたらこいつの命はないよ? 」

杖を失ったメイジは無力だが、それは剣を失ったガンダ―ルヴも同じだろう。
キュルケとタバサは目を見合わせ、次いで同時にヒュンケルの方を見た。
ヒュンケルは隙を窺うようにフーケを注視していたが、やがて無造作に剣を遠くに投げた。
キュルケ達もそれを見ると観念したのか、自分達も杖を手放す。
満足げに鼻を鳴らすフーケに、抑えつけられたルイズが少し声を震わせながら尋ねた。
ちなみにこっちの方はとっくのとうに、力ずくで杖を奪われている。

「それで、ど、どういうつもりなのよ。あんたがフーケなら、どうしてこんなとこにわたし達を誘いだしたの?」

そう、土くれのフーケがここに潜伏していると情報を出したのはロングビル―当のフーケ本人だった。
一体なんのつもりで追っ手をわざわざおびき出し、どうぞとばかりに『悟りの書』を放置していたのか。
人質として囚われた小娘としては随分まともな問いに、フーケは口笛を吹いて感心してみせた。
フーケの腕の中で、かえって馬鹿にされたような気になったルイズが顔を赤らめた。

「別にあんた達を誘った覚えはないんだけどね、まあいいさ。
 あんた、あの使い魔から『悟りの書』を受け取っただろう? 早く出しな」
「い、嫌よ、出さないわ―ひッ!」


299:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/15 21:26:54 XQxzZmP3
拒んだルイズの頬の上で、フーケがナイフを滑らせた。
傷こそつかなかったが、冷たく鋭い感触を覚えてルイズは悲鳴を上げる。
ルイズは思いきり目をつむったが、そこで不思議に穏やかな声がルイズを呼んだ。
目を開けると、ヒュンケルがルイズに向かって頷きかけた。

「ルイズ、『悟りの書』を出すんだ」

ヒュンケルの言葉にも躊躇ったが、フーケがまたナイフをちらつかし、ルイズは震える手で『悟りの書』を取り出した。
そのまま後ろ手でフーケに本を渡そうとするが、何故か彼女は受け取らない。
本をよこせという意味ではないのか。
ルイズが目に疑問を浮かべると、フーケは忌々しげに答えた。

「さっきの質問、何故あんた達を誘い出したかだったね。あんた達もこの本の噂を知っているだろう?
 正しく読む者は悟りを開く……不届き者が読むと呪われる……選ばれし者にしか読めない……そんな噂を?」
「だからそれがどうしたってのよ?」

苛立たしげにキュルケが聞いたが、その答えはフーケではなく、キュルケのすぐ隣の少女が答えた。
タバサが、眼鏡を直して言った。

「……つまり、フーケには悟りの書が本物かどうか分からなかったということ」

タバサの言葉に、フーケはフンと鼻を鳴らした。
そして口をポカンと開けるルイズとキュルケに言い含めるように教えた。

「そっちのお嬢ちゃんの言う通り。私としたことがウッカリしていたのさ。
 正しい手順で読むか、選ばれし者が読むかしないと本の効果は現れない。
 効果が出ないんじゃ、これが本物かどうかも分からない。
 教師達の様子から偽物ではないと思ったけど、使い方が分かんないんじゃどうもね」

フーケの言葉にルイズ達は呆れたが、それで彼女の狙いは分かった。
おそらくフーケは、本当はオスマンや学院の教師など、『悟りの書』の秘密を知っていそうな人を誘い出したかったのだ。
そしてロングビルの顔をして隙をつき、脅すかどうかして秘密を聞き出したら改めて逃げる。
そんな計画だったに違いない。
ルイズは自分が捜索隊に名乗り出たことでフーケの計画を挫けたのだと思って溜飲を下げたが、
何故かフーケは微塵も焦りを感じさせない顔で言葉を続けた。

300:ゼロの剣士 ◆kXEeWCfTmI
10/12/15 21:29:27 XQxzZmP3
「持ち主が危機に陥った時に発現するタイプのものかと思ったが、どうも当てが外れたようだね。
 だけど、そこの使い魔の戦いぶりを見て確信したよ。ガンダ―ルヴを召喚したあんたにならその本を読む資格があるってね!」
「ガ、ガンダ―ルヴ……?」

目を丸くしてヒュンケルを見るルイズに、フーケは「さあ本を開きな!」とナイフを突きつけた。
フーケは何故か、ルイズが読めば『悟りの書』の謎が解けると思っているらしい。
不安そうな顔をするキュルケ達の前で、ルイズはわけもわからぬまま両手に抱えた本を見つめた。
もしかしたら噂の通り、読んだら呪いを受けるのではないかと思って手が震えた。
ルイズはゆっくりと本を開くと、ついに学院の至宝―『悟りの書』の秘密を目の当たりにした。

「こ、これが『悟りの書』……!?」

一瞬ルイズは、それがなんなのか理解できなかった。
呆けたようにその『絵』をじっと見つめること十秒後、
ルイズは突然顔を真っ赤にし、両手で目をふさいでうずくまろうとした。
ルイズの手から、『悟りの書』がこぼれて地面に落ちる。
キュルケ達は慌ててルイズに走り寄ろうとしたが、興奮したフーケの声に遮られた。

「近づくんじゃないよ! さあ、どうだい? 『悟りの書』の効果は? これはどうやって使うんだい!?」
「つ、使い方って言ったって……」

ルイズは体をブルブル言わせたままそこで言葉を切った。
そして固唾を呑んで見守るキュルケ達とフーケに応えて、耐えかねたように叫んだ。

「これ……これ……ただのエロ本じゃないの!!!!」
「エ、エロ本!?」

ルイズの突飛な発言に驚いたキュルケ達は、咄嗟に地面に落ちた『悟りの書』に視線を落とした。
ルイズが落としたその本は開いたままで―そこにはめくるめく桃色の世界が映し出されていた。
具体的に言えば僧侶の姿をした女性が―いや、よそう。
ともかく、うら若き乙女が目にするにはあまりに刺激が強すぎる代物だ。
エロ本……アダルト……春画……18禁……。
そんな言葉が頭の中を駆け巡り、とりあえずキュルケはタバサの目を手でふさいだ。
タバサは本を目にした瞬間に思考停止したのか、顔を真っ赤にしたままされるがままになっている。


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4233日前に更新/408 KB
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