「帰るとこ、なくなっちゃった」 at WELFARE
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1:名無しさん@介護・福祉板
18/02/18 18:37:42.00 ypF+KrPt.net
「帰るとこ、なくなっちゃった」 少女がこぼした家族の終わり
少女がこぼした。
「帰るところ、なくなっちゃった」かぶったままのコートをぎゅっと握りしめた。
痛みと強がりの混じった、か細い声だった。
家族の終わりを突然告げられる。何度も繰り返されてきた光景。ベテラン職員大庭英樹(52)が振り返る。
「何回経験してもつらい。たまらんです」。眼鏡を上げ、両目尻を押さえた。
少女は父と2人で暮らしていた。
幼児のころ、ここにやってきた。経済的困窮による養育困難。父が愛梨を預けた理由だった。
 父は1〜2カ月に1度、面会や行事で訪れた。愛梨はそのたび大はしゃぎした。
「お父さん、大好き」。大型連休の後、父はぱったり来なくなった。
何度連絡してもつながらなかった。
「お父さん、どうしてるかな」。
愛梨は毎日尋ねた。小さな心と体は徐々に悲鳴を上げていった。髪を引っ張り、血がにじむまで爪で腕をひっかいた。
 ある日、こども家庭センター(児童相談所)から連絡が入った。
父は住居を移し、新しい家族を作っていた。事実を告げなければならない。
愛梨が落ち着くのを待った。1年以上を要した。
わが子を傷付ける親がいる。受け入れられない親がいる。育てられない親がいる。
「若いころは『なんちゅう親や』と思っていた」と大庭。でも多くの親子を見てきた今は違う。「この親たちも同じように育てられたんやな」。
腹が立たなくなった。ただ、負の連鎖は必ず断ち切る。
 大人たちは見守った。戸惑いや心細さに耳を傾けた。
愛梨の顔からちょっとだけ、とげとげしさが消えた。
「悲しいけど、区切りがついた。ここからが我々の仕事です」。大庭が言う。
子どもたちが失った時間を積み直す。
裏切らない大人がいると伝えたい。ここにいる間に気付いてほしい。
 「あんたは存在価値があるんやで。生きてていいんやで」(敬称略、子どもは仮名)
■子どもたちは何も悪くない 児童養護施設で職員奮闘
 のどかな田園風景が広がる神戸市北区道場町。
木もれ陽の注ぐ道の先、小高い山の上に児童養護施設「尼崎市尼崎学園」がある。
通称「尼学(あまがく)」。
親と暮らせなくなった子どもたちが暮らしている。
神戸にあるのに尼崎学園。その歴史は72年前にさかのぼる。
 かつては関西学院の修養道場だった。第2次世界大戦中、兵庫県尼崎市の児童が集団疎開してきた。終戦後、関学が土地と建物を尼崎市に提供。
1946年2月、尼学の前身が開設された。
戦災孤児や引き揚げ孤児が暮らした。食べるものや寝る場所のない浮浪児も身を寄せた。
高度経済成長期、バブルの崩壊。時代が大きく変わっても、社会の隙間からこぼれ落ちそうになった子たちを受け入れてきた。
 そして現在。ほぼ全員が親のいる子だ。虐待のほか、親の病気や逮捕、経済的困窮で保護された18歳までの約40人が暮らす。
 適切な家庭環境で育たなかったため、基本的な生活ができない子がいる。勉強が苦手な子、他人とのコミュニケーションが難しい子。
小さなトラブルはしょっちゅうだ。それでも職員は口をそろえる。「子どもたちは何も悪くない」
 職員や地域の人がそっと光を当てる。
その中で少しずつ成長していく。
副園長の鈴木まや(50)が強く願う。「人を信じていいんだ、と思える大人に育ってほしい」
子どもたちの生活に「当たり前」を取り戻す。長期の密着取材を通じ見えてきた原点だ。
奮闘する大人たち、ゆっくり育つ子どもたち。尼学で営まれる日常を描く。(記事・岡西篤志、土井秀人、小谷千穂:写真・三津山朋彦)


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