正史『三国志』 三十 ..
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272:世界@名無史さん
15/11/07 00:06:49.23 0.net
>>258
ちゃうよ
和紙は和紙で日本で独自発展してるから、古代中国発の紙ともまた別物だよ

273:世界@名無史さん
15/11/07 00:15:51.94 0.net
でも、呉の開発が六朝引いては江南の大発展の基礎になったり、
燕王公孫家の割拠が、五胡六朝の諸燕の基礎になったりするんだぜ
三国以前の歴史的文脈をなぞってたり、以後の歴史的文脈を作ってたりするんだから
そこだけ切り取って虚しい、と言うのはちょっともったいないぜよ

274:世界@名無史さん
15/11/07 00:21:52.84 0.net
>>263
そうだよな日本書紀の記述なんて出鱈目もいいとこだ、あんな偽書は焚書すべきだよな

275:世界@名無史さん
15/11/07 01:34:31.59 0.net
三国志に志があればなかなか興味深い事実が分かっただろうに。

276:世界@名無史さん
15/11/07 01:41:23.08 0.net
後漢書の志が続漢書のように
くっつければよかったのにな

277:世界@名無史さん
15/11/08 09:48:11.12 0.net
呉って土地は肥沃だったんだよな それをもっと活かせばよかったのに

278:世界@名無史さん
15/11/08 12:04:27.94 0.net
呉楚七国の乱でも呉は金持ちだったのにな
塩の専売制でアドバンテージを失ったのだろうか

279:世界@名無史さん
15/11/08 12:41:30.18 0.net
生かしてるから何年も抵抗できたんだろ

280:世界@名無史さん
15/11/08 12:41:50.53 0.net
>>268
土地を活かす→人口が足りない!→人間狩りだ!→台湾に派兵→成果より損害の方が大きかった!

281:世界@名無史さん
15/11/08 22:17:25.59 0.net
しかし、孫堅はかなり最前線に出ているし、孫策も太史慈と直接やり合ったんやろ
よく考えたらアホだよなぁ 仮にも一勢力のトップがやることか しかも結構信憑性もあるし

282:世界@名無史さん
15/11/08 22:33:43.18 0.net
>>272
日本でも陣頭指揮取った武将はたまーにいるよね。
まあ、賢明だとは思わないけどさ、絶無ってほどでも無いんじゃ。

283:世界@名無史さん
15/11/08 22:42:51.65 0.net
孫権はともかく、孫策の頃はまだ最前線に立つくらい出ないと部下が着いてこない気もする

284:世界@名無史さん
15/11/08 22:50:58.48 0.net
というか、鼎立が成立して以降はともかく、三国志の群雄で陣頭指揮を取らなかった人を探す方が難しいような

285:世界@名無史さん
15/11/08 23:05:34.64 0.net
そして孫権は外征しても負けが多い

286:世界@名無史さん
15/11/09 02:08:09.74 0.net
やっぱり乱世の群雄には陣頭指揮を執る積極性のようなものが求められているんだろうな
信長も自分が槍を持って突っ込んだかはともかく前線に出てるし、
秀吉も家康も前線に出てる時期がある

287:世界@名無史さん
15/11/09 02:20:07.15 0.net
同時期のローマ帝国って最前線で将軍が戦いながら指示出すとか結構普通だったんだけどな

288:世界@名無史さん
15/11/09 06:52:42.39 0.net
前線といえば曹操は何度も死にかけてるし劉備もそうだね
曹操は徐栄と戦った時、劉備は挙兵直後に死んだふりして助かってたはず

289:世界@名無史さん
15/11/09 06:53:31.18 0.net
それでも生き続けてるのが英雄なのかも

290:世界@名無史さん
15/11/09 18:02:17.58 0.net
街亭の戦いで馬謖を指揮官に起用したのって、ただ単にお気に入りだからと言うだけじゃなくて、魏延と呉懿を警戒していたから、というのもあるのだろうか

魏延→反骨の相がある、調子に乗らせると反乱起こすかも
呉懿→人徳が厚い上に皇帝の外戚。下手をすれば自分と取って変わられるかも知れない。仮に本人にその気がなくても他の奴が御輿に担ぐかも
かといって他の奴では力不足だし、文字の読み書きもできない奴もいるし、兵糧の輸送忘れる奴もいるし
そこで未来のホープとして目をつけていた馬謖に実績を持たせるためにも・・・と考えた可能性もあるよね。そこが自分自身の生涯で唯一にして最大の


291:ミスになったんだけど



292:世界@名無史さん
15/11/09 19:46:44.09 0.net
当時の中国人は反骨の相がある・・・で納得したのかもしれないけど
現代人(日本人?)はそうではないから魏延善玉論なんてのが出てくる
しかし軍事の決裁を決める権限がある自分の案に真っ向から反対して
普段の行動でもきっと知略の人間をバカにしたり、最前線での功が無い人を罵ったりしていたんだろう
そういう人間に対して大役を与えないのは普通のことだし、
その結果軍政部の意思に背くことになるのも普通のことだろうな

293:世界@名無史さん
15/11/09 20:38:25.33 0.net
いや参軍や副将が別の案を提案するのは当然の話だけど

294:世界@名無史さん
15/11/09 21:22:24.15 0.net
魏延と諸葛孔明不仲説は有名だけど
なんだかんだで行動に移したのは諸葛亮死後で、追い詰められた末なんだから
言われてるほど仲は悪くなかった可能性があるな
同じようなことは、李源にも言えるけど

295:世界@名無史さん
15/11/09 21:37:54.49 0.net
つーか諸葛亮生前に丞相前軍師やってんのに不仲な理由がないんだが

296:世界@名無史さん
15/11/10 00:40:25.77 0.net
結果から逆算して残念扱い。二次史料によくある事です

297:世界@名無史さん
15/11/10 01:08:54.81 0.net
曹操って中原取って天子を擁立したけど
中央に居るぶん四方に敵が多すぎるわ、袁紹と戦ったら裏切られまくるわ、動員兵力も余裕で負けるわであんまり戦略的には上手くないよね
信長と比べると信長のほうがうまくやってる

298:世界@名無史さん
15/11/10 02:11:38.85 0.net
大抵は劉備の能力は曹操よりかなり低く見られるが、曹操自身は劉備のことをかなり高く評価してたよな
曹操から見て劉備のどういうところが魅力的に見えたんだろか

299:世界@名無史さん
15/11/10 02:27:38.17 0.net
献帝のお気に入りで左将軍だから粗末な扱いは出来なかった・・・というのは冗談として劉備には何か人を惹きつける魅力があったんだと思う
挙兵時にいきなり援助受けたり、徐州を譲り受けたり、曹操が殺すのを躊躇ったり、何度打ち破られても人が必ず集まって最後には大きくなったり
カリスマ性か?

300:世界@名無史さん
15/11/10 02:41:51.76 0.net
自分に無いものを持ってる奴って魅かれるじゃん

301:世界@名無史さん
15/11/10 13:21:47.52 0.net
>>289
なにもしなくてもやたら人に好かれるとか劉邦みたいだな

302:世界@名無史さん
15/11/10 15:54:06.32 0.net
まぁ演義の劉備はもろに劉邦を意識して書かれてるし。主に無能っぽいところが
阿斗を投げ捨てるシーンは、劉邦が馬車から子供を突き落とす話のオマージュっていうのはよく言われる話だよね

303:世界@名無史さん
15/11/10 19:48:51.25 0.net
でも曹操と項羽じゃタイプが違うっていうかスペックがry

304:世界@名無史さん
15/11/10 20:17:33.35 0.net
劉邦は独力で乱世切り開いてるし秦落としてるしかなり有能だろ
そうじゃないイメージはついてるけど

305:世界@名無史さん
15/11/10 20:30:33.74 0.net
劉備も無能には書かれてないと思うけどなぁ
曹操陸遜には及ばないんだけど

306:世界@名無史さん
15/11/10 23:25:26.16 0.net
劉備は無能、諸葛亮は政治家で戦争下手
この辺りは横山の次の三国志に触れた連中が患う中二病のようなものだな

307:世界@名無史さん
15/11/10 23:56:37.73 0.net
劉備は兎も角、諸葛亮が政治家で戦下手だなんて正史囓らないと出てこない意見だけどな。
演義だと紛れもなく完璧超人だし。

308:世界@名無史さん
15/11/11 05:12:20.14 0.net
だから次のステップなんだろ、そこから先に進めずに終わってしまうのも多いが

309:世界@名無史さん
15/11/11 07:54:31.83 0.net
話が噛み合ってないな

310:世界@名無史さん
15/11/11 07:57:47.99 0.net
元は>>292の演義での劉備は無能に見えるって話だ

311:世界@名無史さん
15/11/11 08:41:53.83 0.net
>>297
ネット界隈で普及してる嘘なんだから


312:、わざわざ正史を読まなくても無双厨でも知ってる話だ 断片の一部だけから導き出された結論を鵜呑みにするのがまあなんていうのか若い ネットで真実みたいな



313:世界@名無史さん
15/11/11 17:41:01.69 0.net
というか件の陳寿の諸葛亮評の一節のみが独り歩きし過ぎてしまった印象かな
自分で検証せずにあそこだけを額面通りに受け止めてたり

314:世界@名無史さん
15/11/12 18:06:48.80 0.net
顧雍の孫の顧栄が羽扇使ってたけど、もしかして後世のイメージで諸葛亮が持ってる羽扇は顧栄をパクったんじゃ・・・んなわけないか

315:世界@名無史さん
15/11/12 18:15:09.22 0.net
いや待てよ・・・最初は周瑜が後世の軍師スタイルの格好してることになってたんだったか・・・まあ、どっちでもいいや

316:世界@名無史さん
15/11/13 06:46:36.04 0.net
諸葛亮って蜀では人一番大局を睨んで行動していたイメージがあるんだけどどうだろう?国家同士での戦略を考える一環で抜群の政治能力を発揮していたというか
ついでに法正は蜀科作成の一員にいるから政治的能力もあったんだろうけど主に軍略家で、軍略もこなせるけど主に内政面で活躍する諸葛亮とは得意分野が違うというか
諸葛亮は正にオールラウンダーだって思うけどやはりこの二人が必要不可欠で、劉備にとって法正の死って関羽・張飛のそれより大きかったんじゃないかと思えてきた

317:世界@名無史さん
15/11/13 07:50:13.83 0.net
「思えてきた」で理論の裏づけもなく自分の思い込みを吐露する人は
違うって言っても聞かないし同意以外の意見受け付けないのに
どうだろうとか他人に意見求める真似されても白々しいとしか

318:世界@名無史さん
15/11/13 08:52:43.53 0.net
まあ学問的な厳密さだけじゃなく
小説的な想像の魅力も許してあげな

319:世界@名無史さん
15/11/13 14:24:00.16 0.net
>>306
うわ・・・心理学()か何かの話?
こちらはつい最近ようやくちくま文庫の三国志を手に入れて勉強中の身だから、よりこの時代に精通してる人に教えを請いたいというスタンスなんだけど
何しろこれまで法正がそれ程頭の切れる人物だということも知らなかったし、それどころか蜀陣営にすら大して興味なかったからね

320:世界@名無史さん
15/11/13 21:29:04.70 0.net
>>308
蜀の話するなら、何を置いてもまず劉備が一番出来る人だよ
細かい実務はさておきね

321:世界@名無史さん
15/11/13 21:35:26.88 0.net
郡の役人だった徐晃はどういう経緯で賊上がりの楊奉の配下になったのだろうか
賈詡みたいに董卓の配下だった時期があった、とかなら分かるけどそういうわけでもなさそうだし

322:世界@名無史さん
15/11/13 21:49:13.97 0.net
出身地が楊奉の勢力圏だから普通にコネあったんでしょ

323:世界@名無史さん
15/11/14 16:10:51.19 0.net
張曼成とか上官子脩って字なんかね?他に曼成とか子脩という字を名乗ってる人がいれば可能性高そうだが

324:世界@名無史さん
15/11/14 16:46:48.90 0.net
曹昂の字が子脩だな

325:世界@名無史さん
15/11/14 16:47:42.60 0.net
李典の字は曼成

326:世界@名無史さん
15/11/15 01:10:38.60 0.net
>>297
別に正史でも戦下手と評されたわけではないけどな。

327:世界@名無史さん
15/11/15 01:47:05.28 0.net
一番の敗北は、曹操から裏切ったあとに速攻で追討されたことだろうけど
それ以外は割と上手くやってるな

328:世界@名無史さん
15/11/15 11:08:27.22 0.net
馬平は羌族の女を娶って馬騰が誕生したけど、そんなにホイホイ異民族と子供作っちゃっていいのか

329:世界@名無史さん
15/11/15 12:08:56.25 0.net
貧しくて漢族の女性を娶れなかったから仕方なく…って感じじゃなかったっけ
礼記等を読むに儒教の婚儀(昏)は儀


330:式的で金も掛かりそうだし無職じゃキツイと思う それに扶風(馬氏の本籍地)・隴西(馬騰の出身地)・天水(馬援の元職場)の羌族は馬援によって移住させられたわけだから 地元民かつ馬援の子孫を名乗る馬平にはあまり抵抗はなかったんじゃないかな



331:世界@名無史さん
15/11/15 12:10:52.86 0.net
ごめん3行目の天水は馬援じゃなくて馬平の元職場

332:世界@名無史さん
15/11/15 13:20:16.00 0.net
光武帝「俺をお探し?」

333:世界@名無史さん
15/11/15 13:44:14.89 0.net
異民族でもかわいけりゃよい

334:世界@名無史さん
15/11/15 14:21:14.81 0.net
春秋の頃から異民族から嫁もらってたろ
つか、同姓同士の結婚はタブーじゃ選択肢少なすぎるよなぁ

335:世界@名無史さん
15/11/16 13:52:01.86 0.net
六朝の定義って「呉」「東晋」じゃなくて普通に「魏晋宋斉梁陳」でよくね?
北方洛陽にいた96年間を無視するなよ、あと呉が何残したっていうんだ
夏殷周三代、秦漢六朝三代、隋唐宋三代、元明清三代

336:世界@名無史さん
15/11/17 20:35:55.80 0.net
劉璋は陳寿から「英雄としての才に乏しい」と評されるような人物だけど、王累や張任みたいな忠臣がいたのは何故だろうか・・・

337:世界@名無史さん
15/11/17 21:42:38.61 0.net
才能乏しくても魅力はあったんだろ
あと陳寿は劉備持ち上げてるから貶められてる可能性はあるよ

338:世界@名無史さん
15/11/17 22:37:05.56 0.net
劉焉の劉禅みたいな感じだな

339:世界@名無史さん
15/11/17 23:26:48.08 0.net
平和な時代なら良い領主ってタイプだったんじゃないか?

340:世界@名無史さん
15/11/18 01:07:50.38 0.net
策謀家だけど、自分で兵率いてドンパチやるタイプじゃないしな

341:世界@名無史さん
15/11/18 01:30:05.11 0.net
>>328
孫権に命じられた益州牧として荊州に置かれたりしてるから
いざって時は攻め込むのに同行はしていそう

342:世界@名無史さん
15/11/18 09:48:07.86 0.net
>>325
演義も駄目〜、正史も駄目〜、じゃあお前らは何で満足するんだ?
蒼天航路笑、漫画笑、から入った自称正統派の三国志オタクさん

343:世界@名無史さん
15/11/18 09:54:01.59 0.net
演義って読んだことないんだけど、曹操ってそんなに悪し様に描かれてるの?
董卓討伐の檄文を布告させたのを曹操にしたり、それなりに格好良く描かれてるんじゃないの?
ガンダムにおけるシャアみたいな存在じゃないの?
横山と正史しか読んでない自分はそう思うんだけど

344:世界@名無史さん
15/11/18 14:03:09.96 0.net
劉璋に関しては劉焉の息子ってので辛いのかも

345:世界@名無史さん
15/11/18 20:10:42.46 0.net
>>330
駄目って、おいおい
史料なんて常に批判するもんだろ
陳寿の場合、筆を曲げることはあんまないが
書かない自由と春秋の筆法を最大限に行使するからな

346:世界@名無史さん
15/11/18 23:26:43.25 0.net
ちくま訳の三国志解説文で
司馬昭が専権してる時代に龍の瑞兆が盛んに記されてるのは陳寿の皮肉だ的な解釈がされてたけど
それが正しいなら陳寿が捏造したことにならね?
中国において瑞兆なんて政府がきっちりと記録しているものだろ

347:世界@名無史さん
15/11/18 23:38:13.98 0.net
皮肉じゃなくて普通に司馬氏への王朝交代を予言したものとして書いただけだと思うがな

348:世界@名無史さん
15/11/19 08:23:15.36 0.net
誰か331に答えて、あと梅の話も演義が作ったんだよね?

349:世界@名無史さん
15/11/19 12:28:37.26 0.net
読んだ事無いなら読みましょう
以上

350:世界@名無史さん
15/11/19 20:01:05.71 0.net
華雄とかええ名前やな


351: 紀霊はなんかきれいそう 顔良はイケメンそう いずれも演義で猛将ということにされるのも納得の名前だ まあ、正史の華雄は孫堅の部隊に敗北して戦死、紀霊は呂布の仲裁で撤退しただけ、顔良はあっさり関羽に討たれるとかなり残念な武将だが・・・



352:世界@名無史さん
15/11/19 20:06:41.23 0.net
本当は葉雄っていう説もある
葉姓なら葉公龍を好むで有名な沈子高の子孫なんかね

353:世界@名無史さん
15/11/20 15:48:42.87 0.net
顔良・文醜コンビはもはや狙ってるのかってレベルだな

354:世界@名無史さん
15/11/22 12:38:38.31 0.net
曹操暗殺計画に加担した王子服、韓遂が担ぎ上げた王国、郭馬と共に反乱起こした王族とか最初「なんやこいつ!人名なのか!?」ってなったわ

355:世界@名無史さん
15/11/22 19:41:39.46 0.net
時代が違うが皇太子っていう姓名の人間もいたからな

356:世界@名無史さん
15/11/25 11:41:48.24 0.net
>>337
そうやって逃げるってことはやっぱり図星なんだ(笑)

357:世界@名無史さん
15/11/25 19:04:27.55 0.net
何が図星なんだ?

358:世界@名無史さん
15/11/29 16:02:39.69 0.net
姓名が図星とか

359:世界@名無史さん
15/11/30 11:15:50.28 0.net
区星と間違えたのかも

360:世界@名無史さん
15/12/01 00:30:35.54 0.net
つまんね

361:世界@名無史さん
15/12/01 16:29:05.57 0.net
すんません、三国志でガチゲイだった人はいますか?そんなことは書かれていませんか?

362:世界@名無史さん
15/12/01 23:03:19.09 0.net
>>348
正史でガチゲイは思い当たらないな
藝文類聚、太平御覽、情史類略だと
曹操と孔桂、曹叡と曹肇がガチ扱いされてる

363:世界@名無史さん
15/12/02 01:42:04.35 0.net
鍾会は独身だったのか否か

364:世界@名無史さん
15/12/02 22:47:34.14 0.net
孫郎と周郎はネタにされてたハズ

365:世界@名無史さん
15/12/03 14:09:29.90 0.net
断金と断袖を間違えてね?

366:世界@名無史さん
15/12/03 15:51:25.67 0.net
正史ベースで面白い三国志ゲーないかな、無双じゃなくて

367:世界@名無史さん
15/12/03 18:27:26.06 0.net
て、天舞スピリッツ…

368:世界@名無史さん
15/12/03 20:05:51.09 0.net
正史ベースかどうかはどうやって判断するの?

369:世界@名無史さん
15/12/03 20:07:00.26 0.net
言い換えるなら光栄の三国志は正史ベースじゃない?
違うならどの点が?

370:世界@名無史さん
15/12/03 20:15:56.35 0.net
劉備が蜀から遼東までスカウトに行ってすぐ帰ってきてたなぁ

371:世界@名無史さん
15/12/03 20:57:40.18 0.net
つまり演義とか正史以外のものでは蜀遼東間がひと月だって記載があると?

372:世界@名無史さん
15/12/03 23:03:36.04 0.net
TGLが昔正史ベースのやつ出してたような

373:世界@名無史さん
15/12/05 09:39:30.87 0.net
>>338で思い出したが、そういや顔良って結構有名な顔姓の人と同族説あったよね 誰だっけ・・・

374:世界@名無史さん
15/12/05 11:04:51.50 0.net
漢有大司農顏異,濟南人。顏駟,江都人。後漢顏良,為袁紹將,臨沂人

375:世界@名無史さん
15/12/06 14:37:22.60 0.net
扶風馬氏って系譜残ってないの?
馬平から前が遡れないのはモヤモヤする。

376:世界@名無史さん
15/12/06 16:15:46.61 0.net
>>356
一騎打ちとか?

377:世界@名無史さん
15/12/06 16:57:52.97 0.net
馬融や馬日磾の系図ははっきりしてるけど馬騰の方は分からない

378:世界@名無史さん
15/12/06 17:26:26.85 0.net
正史やその他史書だと一騎打ちの回数は非常に少ないだけにロマンあるよな

379:世界@名無史さん
15/12/09 22:00:53.09 0.net
孫堅と孫権は読み方が同じで紛らわしいという声をよく聞くけど袁紹と袁尚だとそんな声を聞いたことないな、何故だ

380:世界@名無史さん
15/12/09 22:37:13.35 0.net
袁尚がマイナーだから
少し考えれば分かりそうなもんだけどな

381:世界@名無史さん
15/12/09 22:44:48.37 0.net
読みどころか、赤の他人なのに字まで全く同じな劉岱とかいう人もいたな

382:世界@名無史さん
15/12/09 23:21:41.11 0.net
李豊も3人くらいいたよな

383:世界@名無史さん
15/12/10 05:50:55.56 0.net
馬忠


384:



385:世界@名無史さん
15/12/11 13:53:11.58 0.net
張角「張梁、頼んだぞ」
張遼「はい」
張良「はい」
張角「誰やお前ら」

386:世界@名無史さん
15/12/11 23:26:21.08 0.net
張角かっこいいよな
蒼天死んだとか
Gボーイズ立つべしとか
あいつ悪だぜ

387:世界@名無史さん
15/12/11 23:46:13.10 0.net
黄色いもの身に着けてブクロに集合な

388:世界@名無史さん
15/12/12 00:37:53.93 0.net
おおっ ケイ道栄を捕えたか

389:世界@名無史さん
15/12/12 01:30:16.54 0.net
斬れっ

390:世界@名無史さん
15/12/12 11:43:38.12 0.net
ジャーンジャーンジャーン

391:世界@名無史さん
15/12/12 17:23:53.14 0.net
近代にも舩坂弘みたいなとんでもない人間がいたから大昔の人物のトンデモエピソードも案外本当にあったんじゃないかと思えてきた

392:世界@名無史さん
15/12/15 02:48:45.67 0.net
蜀の北伐に従軍した前将軍・都亭侯の袁綝は陳郡袁氏とも汝南袁氏とも関係ないよね多分 この時代にどちらでもない袁氏は結構珍しい、かな?

393:世界@名無史さん
15/12/15 07:16:59.70 0.net
陳も汝南も豫州なんだから州牧の劉備に従ってきていたとしても不思議はない

394:世界@名無史さん
15/12/15 22:58:10.72 0.net
アサド・反政府軍・ISの三国志はどう?

395:世界@名無史さん
15/12/15 23:01:48.16 0.net
つまり誰も生き残れない上に後に大混乱に陥ると
WWIIIかね

396:世界@名無史さん
15/12/22 10:02:19.91 0.net
もし田豫や陳羣がずっと劉備に従っていたらどうなっていただろうか

397:世界@名無史さん
15/12/24 01:01:37.13 0.net
天下取ってたやろ
カリスマなめちゃいけねえよ

398:世界@名無史さん
15/12/30 22:05:06.46 0.net
蘇飛は甘寧に命助けられた後はどうしたんだろ 呉に仕えたとかは特に書かれてないけど、流れ的には呉の将になりそうなもんだけど
でも関羽と共に楽進と戦った蘇非と同一人物説あるしよう分からん

399:世界@名無史さん
16/01/01 02:51:21.34 0.net
劉備元年です以上

400:世界@名無史さん
16/01/01 05:18:46.38 0.net
今年で曹操が魏王になってちょうど1800年ですね

401:世界@名無史さん
16/01/05 00:28:38.87 0.net
袁術でも語ろうぜ

402:世界@名無史さん
16/01/05 11:19:19.46 0.net
袁術に軍師たるべき人間はいたのか

403:世界@名無史さん
16/01/06 11:58:54.39 0.net
半ば捨て駒にされた李豊・楽就・梁綱のトリオはかわいそうだと思う

404:世界@名無史さん
16/01/10 22:40:46.05 0.net
>>356
光栄三国時は朱然の没年は演義準拠じゃないか?
初代は吉川三国志のオリキャラが出てる
それ以降は演義ベースで、正史のみ登場の武将が増えたり減ったりしてる

405:世界@名無史さん
16/01/10 22:47:56.77 0.net
323 :世界@名無史さん:2015/11/16(月) 13:52:01.86 0
六朝の定義って「呉」「東晋」じゃなくて普通に「魏晋宋斉梁陳」でよくね?
北方洛陽にいた96年間を無視するなよ、あと呉が何残したっていうんだ

建業の都城化、現在の南京
山越の取り込み(晋の時代に山越の記述なし)
これだけでも凄いことじゃね?

406:世界@名無史さん
16/01/10 23:01:44.89 0.net
文化継承の観点から論ずるか、江南開発という業績から判断するかの違いじゃね
実際、六朝文化と六朝時代のそれぞれの単語が指す具体的な王朝は微妙にずれてるし

407:世界@名無史さん
16/01/11 18:48:06.06 0.net
戦略的に見て蜀から見ると上庸はかなり重要な拠点じゃないですか?
あそこを取られたら中原に出る道を失うだけでは

408:世界@名無史さん
16/01/11 20:58:09.92 0.net
>>378
許靖に同行して放浪していた袁沛って人物がいる
たぶん汝南袁氏だと思うけど、その縁者じゃなかろうか

409:世界@名無史さん
16/01/11 23:48:04.74 0.net
>>394
「袁沛」ってたぶん沛相袁忠のことだぞ

410:世界@名無史さん
16/01/12 05:42:18.30 0.net
Wikipediaの朱褒のページ見てて気付いたが「馬忠は正式に牂牁太守に任命された。」って書いてあるが、朱褒が正式に太守になったはずじゃ?


411:あれ?



412:世界@名無史さん
16/01/18 22:02:50.46 0.net
蜀の人達もまさか劉淵とかいう於夫羅の孫の異民族に後継者名乗られるとは思わんかっただろうな

413:世界@名無史さん
16/01/18 22:08:30.81 0.net
楊震「ワシも自称子孫が天下統一するとは思わなかった」
李信「俺の自称子孫が東アジア最強になるとは思わなかった」

414:世界@名無史さん
16/01/19 18:57:25.17 0.net
完顔阿骨打「最近、愛新覚羅弩爾哈奇って名前の辮髪つけたオッサンがワイの後継者を名乗って暴れてるんやけど」

415:世界@名無史さん
16/01/27 13:32:38.83 0.net
しかし・・・春秋戦国時代とかもそうだが三国志は教科書じゃほんとわずかしか触れられないな 出るとしたら陳羣、良くても張角くらいか
出てくる武将も他の中国史の時代と比べたら能力的に地味といえば地味だし・・・でも五胡十六国は覚えないといけないのはなんか理不尽だ
他の時代に比べて三国時代が優れたとこというか、後世に残したような影響はあんのかねぇ 羅貫中が物語にしたから流行った感あるし・・・

416:世界@名無史さん
16/01/29 16:35:39.82 0.net
共通一次最後の現役受験生だった団塊Jrの俺の教科書だと、曹操劉備孫権と、張角、周瑜に陳羣が載ってたな
陳羣は陳群で載ってたw
今の教科書も大差ないのか。

417:世界@名無史さん
16/02/03 05:07:47.45 0.net
因みに陳羣は何して載ってたの?
周瑜張角は想像つくけど

418:世界@名無史さん
16/02/03 05:37:02.36 0.net
>>402
九品官人法でしょ
世界史的には周瑜なんかよりもよっぽど重要じゃね?

419:世界@名無史さん
16/02/03 14:27:46.59 0.net
当代の歴史を作った人物と後から見て後世に影響を与えた人物って違うからなあ

420:世界@名無史さん
16/02/03 20:30:21.55 0.net
三国鼎立を作った一人の周瑜も重要だろ
九品官人法は全然重要ではない

421:世界@名無史さん
16/02/03 20:53:08.39 0.net
>>405のレスを見て、ここが世界史板かどうか本気で確認した
その後の中国史の展開を考えれば、九品官人法の方が影響大きいじゃん

422:世界@名無史さん
16/02/03 21:19:54.45 0.net
401だけど、陳羣はご指摘の通り、九品官人法ででてた。
尤も、当時は九品中世法だったけどね。
周瑜は赤壁で三国鼎立のきっかけを作った人物として。
曹操劉備孫権も、それぞれの国の基礎をつくった人物として、まとめて1行程度。
ページ半分もないぐらいだったよ、三国志だけで。

423:世界@名無史さん
16/02/03 23:13:52.47 0.net
三国鼎立状態が後の中華の歴史に与えた影響ってなによ
三国志・演義の精神性とか武士道のようなものが与えた影響は大きいけどさ

424:世界@名無史さん
16/02/04 01:07:09.07 0.net
センター試験過去問の漢文の問題だと華歆と王朗が載ってたって誰かが言ってたな 何で載ってたんだろ

425:世界@名無史さん
16/02/04 07:10:07.76 0.net
世説新語かな

426:世界@名無史さん
16/02/04 10:31:34.24 0.net
江南の栄え

427:世界@名無史さん
16/02/04 10:35:52.82 0.net
禅譲システムが定式化したね

428:世界@名無史さん
16/02/04 12:19:24.00 0.net
孔融の子どもの頃の
「神童と呼ばれた子でも成長すればつまらない人間になる」
「ではあなたは子どもの頃よほど優れていたのですね」
って返した逸話がセンター試験かセンターの予測問題で使われたのは知ってるなあ
むしろそれが三国時代の孔融の逸話だったって知ったのがずっと後だった

429:世界@名無史さん
16/02/05 19:33:09.53 0.net
>>408
>>411が一番簡単な答えだろうなぁ・・・
個人的には権力を支える生産基盤(主に食料)の軸が、
北(黄河流域)から南(長江流域)に移るきっかけを作った、
と、思う。コレ(食料生産軸)は今に至るも変わってない。
ww.jaicaf.or.jp/n


430:ews/lecture_6_2007-3.pdf 晋代になって南方大量入植が本格化したのだけれども、 曹操はそう志向してたのではないかとも思っている。 失敗したけどね。



431:世界@名無史さん
16/02/05 22:36:10.82 0.net
>>414
曹操はギョウに国の中軸を置き、洛陽を整備してるし
一貫して北方への備えを整備してるし南方よりは北方の鮮卑とか見てると思うけどな
袁氏の故地だからってことで国の中軸に据えるって考え方もあるけどそれも南方見てるということにはならんし

432:世界@名無史さん
16/02/05 22:54:42.06 0.net
>>414
曹操が長江流域への入植を志向って言いたいのか?
どっからそんな妄想が出てきたか教えてくれ

433:世界@名無史さん
16/02/05 22:59:45.50 0.net
ちゅーか、江南開発なんて前漢末期にすでに始まってるやん
時代の潮流的に三国分立なくても遅かれ早かれ開発されるだろ
六朝の発展で、多分に加速しただろうけどさ

434:世界@名無史さん
16/02/05 23:44:54.86 0.net
>>417
前漢末からの開発地域は荊南に集中してるから
歴史上の江南の発展とは大分違ったもんになったろうけどな

435:世界@名無史さん
16/02/06 03:51:11.28 0.net
>>415-416
そうか…そんなにおかしいのか…
学研の歴史群像シリーズ三国志上巻、多分持ってるという前提で言うと(携帯・デジカメ持ってないのでごめん)
67ページに屯田(軍屯・民屯)の配置図があるんだ。
幽州に一、冀州に五、それ以外は司隷・予州・揚州が大半。
戦争に備えて軍屯を置くなら幽州・并州・雍州にもっとあって良い
将来的により南方に重点を置くという戦略だと俺は思う。
(こっからは妄想)そして、三つの要因に依る、
中原並びに中原北方(華北)での大規模人口を支えることが不可能になった可能性がある。
一、地球寒冷化に伴う、当時の漢人の主食である畜肉。
  その肥育の困難化(多分、収穫倍率の高い米を鳥・豚・馬の肥育に使っていたと予想)
二、青銅→鉄では滅ばなかった中原は焼物(陶磁器)の加速的拡大で森林資源を失い、
 それに伴う土壌の保水能力の枯渇に依る水害多発(洪水・旱魃に依る塩分表出・津波大潮)、
 同時に水害に依る土壌流出並びに土壌塩化で本来豊穣であった黄河流域は焼畑(移動)農業化
 2chソースでスマナイ shokasen.blog122.fc2.com%2Fblog-entry-175.html (中のレスを書いたのは俺じゃないよ)
三、行政に依る肌理細やかな管理が必要にも関わらず、後漢帝室は茶碗の中の争いに忙しく之を放置
 帝国臣民は限界を超え黄巾の乱におよぶ
 URLリンク(www.dotup.org) (145-184年までの人口試算)
 以上の内容はある程度、曹操は把握していたと予想(ある人物に依って)。
 だからこそ、中原並びに中原北方軸を諦め中原軸を南方へ移動することは規定の事。
だったと妄想で良いやもうww

436:世界@名無史さん
16/02/06 03:57:15.10 0.net
×shokasen.blog122.fc2.com%2Fblog-entry-175.html
○shokasen.blog122.fc2.com/blog-entry-175.html
度々スレ汚しすいません…

437:世界@名無史さん
16/02/06 06:09:06.53 0.net
胡車児って変わった名前だけど異民族なんかね 特に


438:そういう記述は無いけど



439:世界@名無史さん
16/02/06 08:22:59.00 0.net
>>419
曹操の屯田は基本流民対策なんだから戦争に備えてって前提がまず有効じゃない

440:世界@名無史さん
16/02/06 15:26:17.62 0.net
>>419
屯田は「民衆が逃散した土地に人を送り込んで復興させる」政策だから
司隷、豫州は黄巾の乱で荒廃が酷い土地だし
揚州は曹操が農政しくじって呉との国境地帯にいた農民に盛大に呉に逃げられてるって記事がある
屯田の数はその地域を重視して攻め込む準備をしているかかどうかではなく
その地域の荒廃度をある程度表す指標として見た方がいいと思われ
あと引用元の青銅器ガーってのはちょっとね
シナは青銅器の質がいいからかなり後代まで青銅器は作られてるけど
戦国時代には鉄の鋳造が開始されてるから青銅器が戦国時代以降減るのは当たり前なんだわ
さらに漢代には燃料を浪費に近い量ぶちこむ事で高炉を発明してしまったがために
木材の消費はむしろ秦より漢からヤバくなる

441:世界@名無史さん
16/02/06 17:06:42.04 0.net
>>421
胡姓自体は異民族と関係ないし
「車児」ってのは山賊とかが名乗ってるようなDQNネームの類な気がする

442:世界@名無史さん
16/02/06 17:30:15.36 0.net
三国期って人間より土地の方が余ってたんかなあ

443:世界@名無史さん
16/02/06 17:35:43.88 0.net
賊とかが自分で付けてるDQNネームって改めて見ると直球だったりすごいネーミングセンスだよな
黒山・黄龍・白波・左校・縁城・羅市・平漢・大計・司隷・掾哉・雷公
浮雲・飛燕・白雀・楊鳳・于毒・五鹿・白繞・畦固・苦蝤・劉石
郭大賢・于羝根・青牛角・張白騎・李大目・左髭丈八
劉石だけなんかやけに普通な名前だけどこれもDQNネームか?

444:世界@名無史さん
16/02/06 17:36:23.00 0.net
水滸伝っぽいネーミングセンス

445:世界@名無史さん
16/02/06 20:24:58.57 0.net
梁山泊自体がDQNの集まりやから

446:世界@名無史さん
16/02/06 22:53:12.13 0.net
>>415
ギョウとか洛陽ってのは北方への備えでもないだろう
魏にとっての最大の敵は蜀と呉
洛陽より南じゃ戦線に近すぎるわ

447:世界@名無史さん
16/02/07 04:31:33.67 0.net
>>429
後漢末の動乱開始時点で北方系の侵入で并州のかなりの範囲とかヤバくなってるし
并州とつながってる幽州も代郡辺りは完全にアウト
この辺の土地は曹操の時代でも全然改善されてなくて、ギョウって北の最前線の一歩内側くらいの場所なんだわ

448:世界@名無史さん
16/02/07 09:47:33.67 0.net
むしろ曹操の時代って北方異民族の掌握が上手くいってたように思うが

449:世界@名無史さん
16/02/07 14:11:17.54 0.net
たしかに并州を大規模に放棄してるけど、
軍人を屯田させたことと、流民を屯田させたことをごっちゃにするのはよくないと思う

450:世界@名無史さん
16/02/07 15:51:27.22 0.net
>>419
まぁまぁ面白いと思う。珍説だけど。
ところでこれ何?
>> URLリンク(www.dotup.org) (145-184年までの人口試算)
多分146年本初元年で4756万人てことは、183年光和六年で700万人割ってるってことだよな。
>>423あと引用元の青銅器ガーってのはちょっとね
全部読んだけど言ってることあんまり変わんないじゃ?
419は戦争の為の屯田とは限らんと書いてるように見える俺は異常者?
>>戦争に備えて軍屯を置くなら幽州・并州・雍州にもっとあって良い

451:世界@名無史さん
16/02/08 05:49:30.61 0.net
異民族たちのネーミングセンスもよく分からん 後漢〜三国時代の三文字の人物だけ集めても結構いるな・・・どういう基準で命名してるのやら
丘力居、蘇僕延、無臣


452:氐、普富盧、寇婁敦(烏桓) 歩度根、軻比能、成律帰、扶羅韓、泄帰泥(鮮卑) 於夫羅、呼廚泉(匈奴) 治無載、蛾遮塞(羌)



453:世界@名無史さん
16/02/08 10:19:07.37 0.net
異民族系はそいつらの言語でも名前に漢字を当てているだけじゃないの?
さらにそれを日本読みするからなおおかしくなるという

454:世界@名無史さん
16/02/10 18:28:08.10 0.net
難升米・都市牛利「せやな」

455:世界@名無史さん
16/02/11 02:01:27.34 0.net
>>433
全然意味が違う
青銅器が減る理由が青銅器を
鉄器の生産にシフトしてくから青銅器を「作らなくなってった」という話と
青銅器作る燃料が足りなくなったし鋳型にする砂も無くなってったので「作れなくなった」という話を混同しないで

456:世界@名無史さん
16/02/11 14:19:36.64 0.net
青銅器作れる燃料無いのに、鉄器作る燃料はあったの?

457:世界@名無史さん
16/02/11 16:26:23.95 0.net
戦国時代中期から石炭使用は始まっていたんじゃなかったかな?ウロオボエ
んで、間は開くけど、宋代には飯炊きにも石炭使うようになって今の中華料理に連なる
とかどっかで見たような気がする。

458:世界@名無史さん
16/02/11 23:39:45.68 0.net
>>438
燃料がないってのは間違いだって言ってるだろ
漢代には大量の燃料を使った高炉まで出現してるのに
もう少し文章読め、な?

459:世界@名無史さん
16/02/12 02:47:21.67 0.net
そういや三国時代の武具ってあんま資料無いよね 創作においては宋代や明代の基準になってることが多いが

460:世界@名無史さん
16/02/12 03:59:05.71 0.net
そもそも三国期は武具に限らず書籍も服飾も何もかんも少ない
五胡十六国時代のせいだな

461:世界@名無史さん
16/02/12 06:57:55.31 0.net
資料になるのは後漢書と晋書の志や遺跡・墓からの出土品、
太平御覧・藝文類聚などに散見される当時の文章の断片くらいか
歴史群像の『戦略戦術兵器事典 中国古代編』ってのを持ってるけどどこまで参考になるやら

462:世界@名無史さん
16/02/13 05:27:02.81 0.net
あなたがなすべきを
われはなざざり


463:世界@名無史さん
16/02/13 17:54:52.78 0.net
>>439
さすがにそんな昔からって思うけど?

464:世界@名無史さん
16/02/13 18:09:12.05 0.net
>>419
暇なときに図書館行ってみるけど、↓これでいい?
三国志 上巻(歴史群像シリーズ)(曹操・劉備・孫権天下への大計)

465:世界@名無史さん
16/02/15 05:29:09.24 0.net
しかし張コウが231年に司馬懿の判断ミス(かもしくは謀殺)で矢を受け亡くなってしまったのは非常に残念だ
3年後の第四次北伐の五丈原の戦いまで生きてて、そこで戦死か病死してれば、黄巾の乱からちょうど50年でキリが良かったのに
そしたら「若い頃に黄巾の乱で兵になりちょうど50年、五丈原で張コウ死す!」って説明も簡単だし、かっこいい

466:世界@名無史さん
16/02/15 12:43:33.89 0.net
張コウって最初から司馬で指揮官からキャリアスタートだから兵ってほど下っ端になったことってないけどね

467:世界@名無史さん
16/02/19 18:07:21.89 0.net
暇だったので各勢力の二張を半ば強引かつ適当に決めた(親族同士だったり配下か怪しい奴もいて苦しいけど)
呉の二張 張昭・張紘
蜀の二張 張翼・張嶷
黄巾の二張 張梁・張宝
董卓の二張 張済・張楊
李傕の二張 張苞・張龍
袁術の二張 張勲・張烱
劉虞の二張 張逸・張瓚
劉表の二張 張允・張虎
劉璋の二張 張松・張任

468:世界@名無史さん
16/02/19 18:47:00.62 0.net
張飛・・・

469:世界@名無史さん
16/02/19 19:17:15.00 0.net
>>446 下巻にも同じのが載ってたで87ページに縮小版が ワイはブコフで上下で200円で買ってきた(付録なしなのが残念) >>419荊州徐州に屯田無いのはなんで?



471:世界@名無史さん
16/02/25 20:28:38.48 0.net
こうして箇条書きしてみると馬超の行動酷すぎるだろ 人格破綻してんじゃねーのか
・家族を見捨て韓遂を親と思うと言っときながらその韓遂も疑う
・曹操は馬超が降伏すれば許してくれそうだったのにまた反乱を起こして馬騰たちは処刑
・韋康「和議をしたい」馬超「わかった 城門を開けてくれ」韋康「おk」「d(*´∀`)b うそです」
・楊阜・姜叙・趙昂「こんな奴とは戦うしかない」馬超「は?」→逆ギレして彼らの家族を殺害
・息子と龐徳を張魯の下に置き去りにする→息子は殺され、龐徳は曹操に仕える

472:世界@名無史さん
16/02/25 22:07:34.96 0.net
>>452
曹操側からの記録しかないから、どういう力学が馬超や周辺、陣営内部で働いてるのか
全く見えないのが一因だろね
幾つかは状況証拠から推測も出来るけど推測にしかならないんだよなぁ
以降は馬超側の事情でありえそうなものを書いてるけど状況から考えうるってだけで何も根拠になるものはないよ
「韓遂を親と思う」という話だけども元々親の代から延々と抗争繰り広げてる関係だから
同盟の場で取り繕う言葉を言っても内心は全く信用できないという可能性がある
馬超個人、馬氏単体の意志で見ればとっとと降伏して人質を助けたいかもしれないが
諸侯との関係にがっちり組み込まれて神輿になった後では足抜けも出来なければ、
下手に降服しても反乱の首謀者として処刑されて終わりかもしれない
同じ首謀者でも韓遂は曹操とツテがあるから助かるだろうけど降服した馬超を殺すよう進言して
韓遂が馬氏の権益を奪うかもしれないし簡単なもんじゃない
韋康が降伏したのを皆殺ししたのは馬超ではなく援軍に来た張魯の部下だから
ここも馬超陣営と張魯の政治的暗闘の可能性があるし
籠城中の交渉で何か馬超と韋康で関係が縺れてるケースも考えられる
人質が処刑されるのは、まあ戦時だとしょうがないわな
張魯から支援受けた以上、人質は出さなければなんともならないし
子供は儒教的には切り捨てても道義的には問題ないわけだし
馬超の行為って裏切りなんだわな
子供見捨てて裏切ってでも、曹操に勝てる可能性を持った劉備に賭ける、という感じで
戦略的にはあり、現代人の視点では人としてかなり無し
こんな風な見方も出来るわけで

473:世界@名無史さん
16/02/26 08:33:36.51 0.net
まあ伝わっている話を聞くだけだとかなり人格に問題があるが、馬超にも何らかの事情があった、ちょっと悪く書かれただけとは思いたい

474:世界@名無史さん
16/02/26 10:28:35.97 0.net
子供を捨てても道義的に問題ないとか
まさかとは思うが漫画の誇張表現を信じてるわけじゃないよな

475:世界@名無史さん
16/02/26 11:06:18.57 0.net
>>455
俺もそこは引っかかったが、
誤謬を正すでもなく、知識の開示をするでもなく、なんで煽りに入ってるんだ?

476:世界@名無史さん
16/02/26 12:21:22.41 0.net
>>455
道義としては、父が優先で子は次という儒教的な観念から問題はないし
劉邦の子捨てや劉備の妻子を捨てた逃亡とかもあるから


477:そこを責める程大した事にはならないだろ



478:世界@名無史さん
16/02/26 12:41:35.13 0.net
始皇帝の父も人質に出された後で捨てられてたな

479:世界@名無史さん
16/02/26 13:59:08.22 0.net
やむを得ない事情があったとしても親父の馬騰を見捨てて反乱を起こして、間接的に殺したも同然だから
やっぱり儒教的に考えるとかなり批判されてそうだよなぁ なんか異民族気質というか、ちょっと異質だよね
祖父の馬平が羌族の女と子供作って馬騰産んだわけだから、羌族の血を引いてる男ではあるけど

480:世界@名無史さん
16/02/26 14:01:17.99 0.net
というか春秋戦国時代の話とか人質として身内だしてても
気にしないで戦争する話ばっかりじゃないか?

481:世界@名無史さん
16/02/26 14:54:23.68 0.net
別に儒教関係なく人質を出す文化なんてあるだろう
劉邦や劉備のそれは倫理的に見倣うべき事例として挙げられてるわけじゃないだろう
孝を重んじることと、子を見殺しにすることは別次元の話だろう
大抵の世界では女は男より下の立場だったが、だからといって見殺しにしてもいいという価値観が発達していたとでも思っているのか

482:世界@名無史さん
16/02/26 20:06:30.91 0.net
殺父救国ですよ

483:世界@名無史さん
16/02/26 20:15:14.99 0.net
子を捨てることより大義的に為さねばならぬことがあるなら見逃される、程度か?
仮に皇帝と子のどちらかを死なす必要がある場面で
子は親に〜云々、涙を飲んで子を殺して皇帝を救う話があったら美談として語り継がれただろうな

484:世界@名無史さん
16/02/26 22:23:35.80 0.net
実際、史記とかにその手の美談あるしなあ
身内を助けようとして醜態を晒すよりも、身内を処断することで賞賛されたって例だが

485:世界@名無史さん
16/02/27 10:22:09.74 0.net
久しぶりにきました
「三国時代の異民族弱すぎ」ってスレがあったと思うんですが落ちたんでしょうか?

486:世界@名無史さん
16/02/27 10:38:31.08 0.net
劉備の妻子を殺さなかった呂布
孟達の子孫すら絶やさなかった劉備
そういうのがあるから三国志は読むに耐える
そう考えていくと馬超は同時代にあっても血生臭いよ
演義のキャラとギャップがあるから受け入れがたい人もいるだろうけど
正史の馬超は単に血生臭いキャラでしかない

487:世界@名無史さん
16/02/27 22:54:42.28 0.net
すう氏のおまんこ舐めたい

488:世界@名無史さん
16/02/28 07:43:48.84 0.net
馬超に関しては閻温の件もあるな
武田勝頼や楚の荘王と類似する話で

489:世界@名無史さん
16/02/28 11:55:25.59 0.net
ホウ徳の息子は父親の名声を貶めたな
というか魏朝後期ぐらいから全般的に陰湿化していく気もする

490:世界@名無史さん
16/02/28 11:56:04.99 0.net
ホウ徳の息子の話は眉唾

491:世界@名無史さん
16/03/01 10:28:07.75 0.net
マイナーだからか三国時代の屑な人物挙げる時とかもあまり見ないけど笮融は屑の中でもひときわ目立つ まず仏教広めるために色々汚いことやってたようだし
それだけならまだしも、広陵が豊かな地だと見て、賓客として厚くもてなしてくれた太守の趙cを殺害した挙句に略奪を図るとか正気の沙汰じゃない
その後も豫章を地盤に独立しようと企んで味方の朱皓や戦友の薛礼をぶっ殺してまた略奪するとか救いようがない 住民に捕まって殺されたのも自業自得だ

492:世界@名無史さん
16/03/01 12:05:17.30 0.net
呂布が劉備の家族を助けたのは意外な行動かも

493:世界@名無史さん
16/03/01 19:32:13.61 0.net
>>459
父親を実質見捨てるなんて曹操もやったことでそこまでありえなくもない

494:世界@名無史さん
16/03/02 17:20:45.62 0.net
曹騰殺害を、曹操が見捨てたからっていうの?

495:世界@名無史さん
16/03/02 17:33:38.69 0.net
曹嵩

496:世界@名無史さん
16/03/02 19:09:58.03 0.net
父親を見捨ててはないね

497:世界@名無史さん
16/03/03 03:20:26.15 0.net
むしろ父親が曹操


498:見捨てて早々に亡命生活開始してんだよなぁ



499:世界@名無史さん
16/03/03 04:09:57.50 0.net
そういやあの頃徐州って亡命先になるくらい平和だったのか?

500:世界@名無史さん
16/03/03 10:48:25.57 0.net
魏書「陶謙が曹嵩を捕らえるつもりで兵を派遣したせいだぞ」
呉書「単に陶謙に派遣された配下の張闓が暴走しただけだぞ」
ここらへん立場の違いが如実に表れてるよなぁ で、結局どっちやねん、と

501:世界@名無史さん
16/03/03 12:04:42.61 0.net
曹操がなんで親父のカタキで虐殺したのかいまだに繋がらん

502:世界@名無史さん
16/03/03 12:28:33.95 0.net
親はきっかけでしょ、確か討伐目的に、陶謙の臣下の曹某は悪党であるから討伐するとかいう話無かった?
多分、同じ曹姓だから曹豹と同族だと思うんだけれど

503:世界@名無史さん
16/03/03 19:54:14.01 0.net
曹操は曹嵩殺される前から陶謙のところと戦ってない?

504:世界@名無史さん
16/03/03 23:50:54.12 0.net
>>478
その直前の黄巾の乱の頃は激戦地は豫州周辺だから
それ以外は基本的に「豫州よりはマシ」ということになるな

505:世界@名無史さん
16/03/03 23:52:12.96 0.net
あとその後の董卓との戦争でも豫州は牛輔率いる董卓軍によって滅茶苦茶になってるから
結局「豫州よりはマシ」ってのは変わらんな

506:世界@名無史さん
16/03/04 00:19:55.38 0.net
豫州の世紀末感
曹操が董卓から逃れた時に、一族郎党が処刑されてるくさいし
曹嵩と曹操の親子関係は冷えきってたのかもしれんね

507:世界@名無史さん
16/03/04 00:30:07.57 0.net
なに言ってんだ
最初の黄巾の乱は数年前だ
直前のは青徐黄巾の乱があるだろ

508:世界@名無史さん
16/03/04 00:58:54.51 0.net
>>486
それでも豫州よりはマシ

509:世界@名無史さん
16/03/04 01:04:45.71 0.net
青徐黄巾は太守や刺史まで死んでる
豫州が世紀末とか寝言でしょ

510:世界@名無史さん
16/03/04 20:06:05.95 0.net
豫州はなんだかんだで官渡くらいまで黄巾残党残ってたよね

511:世界@名無史さん
16/03/05 23:31:37.72 0.net
黄巾の残党って三国県立した頃もいたの?

512:世界@名無史さん
16/03/05 23:48:09.05 0.net
曹操死後すぐに青州兵が魏から離脱してるな

513:世界@名無史さん
16/03/06 00:13:57.55 0.net
>>491
その後の青洲兵は記録なしだよね
どこいったんだろ

514:世界@名無史さん
16/03/06 12:16:07.18 0.net
>>492
兵籍に入って差別待遇受けてたのってそのなれのはてじゃね

515:世界@名無史さん
16/03/06 16:38:49.87 0.net
まあ精兵扱いされてもどの戦いに従軍して
どんだけの成果出したかイマイチわからんしね。
精兵って持ち上げてただ飼殺した感じもする。

516:世界@名無史さん
16/03/06 16:55:21.18 0.net
というか青州兵を持ち上げてるのはむしろここの連中だろ

517:世界@名無史さん
16/03/06 17:00:17.05 0.net
記録に残ってるから持ち上げてるんじゃね
魏武の強これより始まるとか

518:世界@名無史さん
16/03/06 17:32:34.62 0.net
その一言でねw

519:世界@名無史さん
16/03/07 01:41:11.24 0.net
でもその文を書いたのは清時代の人

520:世界@名無史さん
16/03/07 02:42:53.17 0.net
>>495
精兵かどうかなんて本当はどうでもいいことなのよね、青州兵の本質って
後漢末期の人足らずな状況で中核軍がほぼ存在しない上に
どこの豪族のツバも付いてない曹操が好きに使えるに三十万の人的資源と
数万の常備兵を与えたからそれだけで青州兵は優れてるし、これが曹操飛躍の原動力となるわけで
精兵って意味だと虎豹騎が存在してるしな

521:世界@名無史さん
16/03/07 12:01:47.22 0.net
地方の豪族が兵士を率いて仕えるタイプだと
その兵士を豪族から引き離すこともできないし、具体的にあーしろこーしろとも言えんしな
自分の兵士を配下の将にひきいらせるならもっと自由が利くし特殊訓練もできる

522:世界@名無史さん
16/03/07 22:42:44.75 0.net
呂布や張繡との攻防や官渡の苦戦、赤壁や漢中での敗戦を見るにつけ

523:世界@名無史さん
16/03/07 2


524:3:26:43.30 0.net



525:世界@名無史さん
16/03/08 22:08:17.83 0.net
あんだけの敗戦しても、勢力が瓦解しないのは
自前で動かせる軍隊が居たからなんだろうな

526:世界@名無史さん
16/03/08 23:50:25.22 0.net
青州軍は大きな損耗はなかったしな

527:世界@名無史さん
16/03/09 00:46:33.29 0.net
袁紹も袁術も大敗したけど別に勢力瓦解してない

528:世界@名無史さん
16/03/09 08:39:05.00 0.net
袁紹の大敗っていうのは結構怪しいもんだがな

529:世界@名無史さん
16/03/09 12:03:31.92 0.net
袁譚の最期が情けなさすぎる 曹操と一時的な同盟やってまで袁尚と争ってそれかよ・・・みたいな

530:世界@名無史さん
16/03/10 14:18:34.83 0.net
現代で言う暴走族とかDQNみたいな類の生活を20年以上も続けてた甘寧ってちょっと痛くね?おっさんにもなってなにやってだ

531:世界@名無史さん
16/03/10 17:13:53.81 0.net
司馬イもずっと引きこもりやん

532:世界@名無史さん
16/03/10 17:32:45.08 0.net
司馬懿って上計掾に推挙された時出仕したのかどうか分からないんだけど
どっちなん?

533:世界@名無史さん
16/03/10 19:02:13.36 0.net
盗賊は職業として成立してるからな

534:世界@名無史さん
16/03/10 20:05:15.72 0.net
>>510
痛風で働けないということになってる以上は上計掾も辞任せざるを得ない
=出仕していないor出仕してすぐ司空府に招聘されたので辞めて引きこもり
って感じ?時系列がよく分からんね
まともに上計掾やってた記述があるのは姜維くらいか

535:世界@名無史さん
16/03/10 22:12:49.44 0.net
仕えるべき主が見当たらないって理由で仮病使って家で勉強してるのが、
この方は徳が高いお方だとか持て囃された時代でもあるが
そのまま仕えるべき主を見つけないで無職で死んだらどういう扱いを受けたんだろう


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