『ルパン三世』最終回で、宮崎駿がルパンを「ほぼ登場させなかった」深い理由 [鳥獣戯画★] at MOEPLUS
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21/10/15 11:24:41.89 CAP_USER.net
現代ビジネス 10/15
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「いままでのルパンは全部ニセモノ」
 10月15日、金曜ロードショーで『ルパン三世』アニメ化50周年を記念し、過去のテレビシリーズ作品の4話が放送される。
 これらは最新シリーズである『ルパン三世 PART6』を除き、1971年に放送を開始した『ルパン三世(第1シリーズ)』(以下『旧ルパン』)から2018年の『ルパン三世 PART5』まで、過去5つのテレビシリーズ全276話の中からファン投票によって選ばれた4作で、順位とタイトル、該当シリーズと初回放送日は以下の通り。
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第1位『さらば愛しきルパンよ』(『ルパン三世(第2シリーズ)』第155話1980年10月6日)
第2位『ルパンは燃えているか……? ! 』((『旧ルパン』第1話1971年10月24日)
第3位『ルパン三世は永遠に』(『ルパン三世 PART5』第24話2018年9月19日)
第4位『死の翼アルバトロス』((『ルパン三世(第2シリーズ)』第145話1980年7月28日
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 注目すべきは、第2シリーズともいうべき1977年放送開始の『ルパン三世』(以下『新ルパン』)から2作、宮崎駿が照樹務名義で絵コンテ・演出を担当した回がランクイン、それも『さらば愛しきルパンよ』が第1位に選ばれていることだ。
 確かにいまでは名作と名高い2作ではある。しかし、実はこの2作は放送当時『ルパン三世』らしくない、と賛否両論が起こった回だった。特に『さらば愛しきルパンよ』は『新ルパン』の最終回でありながら、同シリーズでのそれまでのルパンを否定する意図で描かれた異色作なのだ。同作について宮崎駿は1982年に行なわれた講演で、こう語っている。
 「もうこれ以上、ルパンとかかわることはないだろうと思い、いままでのルパンは全部ニセモノだったというトッピな話にしたんです」
 『旧ルパン』、映画『ルパン三世 カリオストロの城』、そして上記に挙げた『新ルパン』の2話。「ルパン三世」シリーズでも極めて人気の高い作品を手掛けながら、なぜ宮崎駿はこうした心境に至ったのだろうか。本稿では宮崎駿と『ルパン三世』の複雑な関係について、資料と私見を交えながら考えていきたい。
「やりたい放題やったなァという気分」
ルパン三世のトレードマークでもあるフィアット500[Photo by gettyimages]
 ご存知の方も多いと思うが、宮崎駿が「ルパン三世」シリーズに参加したのは、『旧ルパン』の中盤からだ。まだアニメがテレビ漫画と呼ばれ、幼児・少年少女向けだった時代に、青年大人志向の作品を目指して演出・大隅正秋のもと東京ムービーとAプロダクション(現・シンエイ動画)を主体として制作された。
 いまでこそこの『旧ルパン』の評価は高いが、放送当時は視聴率が振るわず、序盤の数話が放送された時点で路線変更が決まり、大隅正秋が更迭されてしまう。その後釜に抜擢されたのが『長くつ下のピッピ』のテレビアニメ企画が頓挫した高畑勲と宮崎駿だった。
 2人は第7話の「狼は狼を呼ぶ」以降、Aプロダクション演出グループとして参加した。名前を出さなかったのは、先のスタッフへの配慮からだという。すでに放送が始まり、全23話の大半はシナリオもあがっている状況だった。そこから高畑勲と宮崎駿は素材を取捨選択していき、自分たちなりのシリーズの方向性を定め始める。
 その結果、大隅正秋が手掛けた前半のクールで倦怠感を醸しながら時には殺人も辞さないルパン三世像は、後半には好奇心旺盛でチャンスに貪欲な宮崎駿曰く「イタリアの貧乏人」となった。ルパンの乗る車がベンツSSKからフィアット500に変わったのがその変化の象徴だろう。
 宮崎駿は後日「ルパンはまさしく、時代の子だった」と題した文章のなかで、こう語っている。
 「スタート時のルパンは、しらけの世代。(中略)倦怠(アンニュイと呼べといわれた)をまぎらわすために、ときたま泥棒をやってみせる男として基本設定された。(中略)けれどもぼくらはしらけてなんかいなかった。(中略)ぼくらはまぎれもなくハングリーだった。スカッとしたおもしろい仕事をやりたい願望と気力は、いくらでもあったのだ」
 宮崎駿のルパン三世への思い入れ、感情移入の強さがひしひしと伝わってくる文だ。
 しかし、こうしたテコ入れも功を奏さず『旧ルパン』は、視聴率が低迷したまま1972年3月に全23話で終了を迎える。
 同シリーズを通して作画監督とキャラクターデザインを務めた、東映動画時代の宮崎駿の先輩でもある大塚康生も、著書『作画汗まみれ 改訂最新版』のなかで、『旧ルパン』の終了について「難産のすえ短い期間で打ち切られ」とする一方で、現場的にこれ以上の話数の制作は不可能だったであろうとも記している。
(以下リンク先で)
 


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