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218:文責・名無しさん
20/05/28 05:52:49 T2g+bUfA0.net
産経抄 5月28日

 JR東日本やJR西日本が民間会社であることに誰も違和感を覚えない。もっとも、旧国鉄が分割・民営化に至るまでの道のりはすさまじいものだった。

 ▼それを教えてくれたのが、JR東日本元社長の松田昌士(まさたけ)さんが平成20年に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」である。
改革の先頭に立っていた松田さんと家族に、反対勢力はいやがらせを仕掛けてきた。自宅近くで街宣車が「松田は大悪人」と大音量で繰り返す。浮気をしている、などとデマも流された。

 ▼陰湿ないじめはお孫さんにまで及んだ。妻の郁子さんは心労から、原因不明の病に長く苦しんだ。郁子さんの葬儀の日、喪主の松田さんはあいさつを終えた後、われ知らず叫んでいた。「郁子を追い込んだ連中を私は一生、許さないっ」

 ▼父親は札幌駅長などを務めた国鉄マンだった。本人は北海道大学大学院で法律を学び、学者をめざしていた。母親に国鉄の入社試験だけでも、と勧められた。面接では、当時国鉄が抱えていた損害賠償訴訟をめぐって試験官の法務課長と激論をかわした。

 ▼思いがけない合格の知らせが届くと、父親に2代目の鉄道屋(ぽっぽや)になる決心を伝えた。その日2人は、夜明けまで酒を酌み交わした。
国鉄の分割・民営化の実現後、松田さんは故郷に帰るつもりだった。当初から最も経営が苦しいと予想されていたJR北海道について、ずっと気にかけていた。

 ▼84年の生涯を終えた松田さんは、井手正敬(まさたか)さん(JR西日本元会長)、葛西敬之(よしゆき)さん(JR東海名誉会長)とともに「国鉄改革3人組」と呼ばれた。
新人記者時代、3人に続けてインタビューする機会があった。松田さんについては「峻厳(しゅんげん)」の印象が強い。あの迫力こそが、改革の原動力だったのだろう。


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