【コロナ】 作家・沢木耕太郎 「それほど大騒ぎするほどのことなのかな?死ぬことがあったとしても病気に『縁』があっただけだと思う」 [影のたけし軍団★] at NEWSPLUS
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1:影のたけし軍団 ★
20/08/02 10:19:48 sTYo0q0N9.net
初めての一人旅は高校1年生の春休み、国鉄の切符を手に周遊した東北地方だったという作家・沢木耕太郎。
それから半世紀以上、さまざまな国々を旅して回ってきた彼は、新型コロナウイルスで世界への門扉が閉ざされる今、何を思うのか。

沢木が語る「コロナ禍」


変わらない日常を過ごしながら、世界中に広がるコロナ禍のニュースを眺めていたという沢木。
20代の頃から世界を股にかけたハードな旅を経験してきた彼に、新型コロナウイルスはどう映ったのだろうか。

「語弊があるかもしれませんが、ごくごくシンプルに、大したことではないんじゃないかなと思う。
僕たちのように高齢だったり、もともとハンディを抱えている人が肺炎になったら重症化するのは、実は当たり前のことですよね。
仮に僕が、この新型ウイルスにかかってしまい、重症化して死ぬことがあったとしても、それは病気に『縁』があっただけだと思うわけです。

もちろん、罹患を避ける努力や、人に何か迷惑をかけないように心がけるのは大切なことだと思うけれども、生活のすべてを変えようという気には全然ならない。
それでも、もしかかってしまったとしたら、ちょっと予定よりは早いかもしれないけど、70代までは生きることができたし、
人生を十分楽しませてもらったんだから、何の文句もありません。

だから、何か世界はすべて変わって生き方を変えなければ、というような話になると……
そういう人がいたって構わないけど……、僕はタイプが違う、それだけのことかなと思います」

熱心な『深夜特急』ファンなら、お気づきだろう。この流行り病についての考え方は、すでに『深夜特急』で表明されている。
当時、天然痘が流行していたインドから、パキスタン国境の街へとバスで移動するシーン。

インドを歩いているうちに、ある種の諦観のようなものができていた。

たとえば、その天然痘にしたところで、いくらインド全土で何十万、何百万の人が罹っているといっても、残りの五億人は罹っていないのだ。
そうであるなら、インドをただ歩いているにすぎない私が感染したとすれば、それはその病気によほど「縁」があったと思うより仕方がない。
ブッダガヤで何日か過ごすうちに、私はそんなふうに考えるようになった。(略)

そのうちに、私にも単なる諦めとは違う妙な度胸がついてきた。天然痘ばかりでなく、コレラやペストといった流行り病がいくら猖獗(しょうけつ)を窮め、
たとえ何十万人が死んだとしても、それ以上の数の人間が生まれてくる。

そうやって、何千年もの間インドの人々は暮らしてきたのだ。この土地に足を踏み入れた以上、私にしたところで、その何十万人のうちのひとりにならないとも限らない。
だがしかし、その時はその病気に「縁」があったと思うべきなのだ。(『深夜特急4 シルクロード』より)

ニューノーマル。新しい生活様式。ポストコロナ社会。もはや世界は、これまで通りではない。……毎日そんな論調が世に溢れるが、沢木には少しのブレもない。

「若いうちにやっておいたほうがいいことに、『旅』と『スポーツ』があると思っています。
それはどちらも、『思いがけないことが起きる』から。例えばサッカーならば、90分間の中で、瞬間瞬間にどう対応するかということを常に問われるわけです。

そうすると、それに対応する能力が身についてくる。旅もそう。思いがけないようなことが起こるんだけど、
『思いがけないことが起きる』ことを予想することは可能なわけです。大事なことは、それにどう対応するか、ですよね」

人生もまた、思いがけないことが起きるもの。今回のコロナ禍も、同じことだと沢木は言う。

「こういう想像し得ないことが起こるのは当たり前で、自分がそこにどう対応するかを決めていくだけだと思う。
世界や人生が変わっちゃうとか、それほど大騒ぎするほどのことなのかな? 僕の場合は、高齢というリスク要因を抱えていることになるし、
場合によっては死ぬこともあるだろうけど、その時はその時。『それで何か問題がありますか?』と自分に問えば、何もないと答えるだけです」
URLリンク(news.yahoo.co.jp)


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