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228:いかなる行事も行っていない。 ●1951年:9月2日に、毛沢東がソ連のスターリンに向けて祝電を送った。内容は「抗日戦争勝利6周年に際し、中国人民解放軍と 中国人民を代表して、あなた(スターリン)とソ連武装部隊およびソ連人民に熱烈な祝賀と感謝を表する」。  これ以外のことは、何もしていない。国内行事はゼロ! ●1952年:9月2日に、毛沢東がソ連のスターリンに向けて祝電を送った。内容は「抗日戦争勝利7周年に際し、私と中国人民解放軍 および中国人民の、あなたとソ連武装部隊およびソ連人民に熱烈な祝賀と衷心からの感謝を送ります」。国内行事はゼロ! ●1953年:9月2日に、周恩来がソ連のマレンコフ(第二代閣僚会議議長)とモロトフ(外相)宛てに祝電を送った。スターリンが この年の3月に他界したから、祝電の送り主は毛沢東ではなく周恩来に格下げした。  電文の内容は51年および52年と同じだが、そのほかに朝鮮戦争休戦協定を祝する内容と、「朝鮮戦争における成果は、正常な 関係樹立を望む日本人民の要求実現を助け、日本が再び帝国主義侵略の道を歩まないようにすることに寄与する」という文面を含んでいる。 日本の一部の者が中国との交流を望んだことを指している。ちなみに同日、毛沢東は習近平の父親・習仲勲らと別件で談話している。 国内行事はゼロ! ●1954年:9月2日に、周恩来がソ連のマレンコフ、モロトフ宛てに祝電。特徴はアメリカ帝国侵略集団が日本に軍国主義を 復活させようとしていることを痛烈に非難。日米安保条約に関して抗議し、協力団結を呼び掛けている。台湾解放にも触れている。 国内行事はゼロ! ●1955年〜59年:抗日戦勝に関しては一切触れていない。もちろん国内行事はゼロ!  このように1950年代、中ソ対立が生まれる1955年までは、ただ単にソ連に祝電(謝意)を送っているだけである。つまり、「抗日戦争は ソ連のお蔭で勝利した」という位置づけをしていることが分かる。 w




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