【神戸連続児童殺傷】半グレ集団「関東連合」の元幹部、柴田大輔(工藤明男)氏 「酒鬼薔薇聖斗は事件と向き合っていない」 [05/28] at NEWSPLUS
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17/05/28 09:18:17.72
★【ぬぐえぬ影 連続児童殺傷20年(上)】「命がけで来てんだよな」元少年A、直撃の文春記者に態度豹変 闇に消えたのは「モンスター」なのか
2017年5月28日 7時32分 産経新聞

人目を避け、息をひそめるように暮らしていたのだろうか。

その男性の姿を日中に見かけることは、同じ団地の住人でさえほとんどなかった。

身長約160センチ。色白で、少しこけた頬。その男性こそが、20年前に
「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」を名乗り、日本中を震撼(しんかん)させた
神戸連続児童殺傷事件の加害男性(34)だった。

東京都足立区。埼玉県との都県境に近い団地の一室で、加害男性は
平成27年冬から昨年1月までの数カ月間生活していた。

「夜になると、サドルに穴が開いたぼろぼろの自転車で出かけていた」。同じ棟に住む男性は、
加害男性らしき人物の印象を語る。「『何か不気味な人だ』と話す住人もいた。2〜3カ月で、
すっと忍者みたいに消えていった」

姿をくらますきっかけとなる出来事が、昨年1月にあった。週刊文春の記者から直撃取材を受けたのだ。

それから数日のうちに、加害男性は入居時と同様、ひっそりと退去していった。だが2月になって
「元少年A、33歳」という見出しの近影写真とともに記事が掲載されると、ピンと来た住民も少なからずいた。

「もう団地にはいない。住人が怖がるので話題にするのを避けている」。
自治会長は言葉少なに語った。

愛媛、徳島、神奈川、静岡、そして東京…。9年10月に収容された関東医療少年院
(東京都府中市)での矯正教育を経て、16年3月に仮退院した加害男性。
その後、どこに居住しているかをめぐっては、多くの噂が飛び交った。

懐疑の目を向けられては転居を繰り返したのか、27年6月に犠牲者遺族に無断で、
「元少年A」という匿名で出版した手記「絶歌(ぜっか)」には、日雇いや少年院で
身につけた溶接工の仕事で食いつなぎ、ネットカフェや簡易宿泊所を転々とする日々がつづられている。

両親ですら会って話を聞きたいという希望がかなわない中、直撃取材に成功した週刊文春の
記者は半年以上をかけ、20年前とは別の名前で暮らす住居を特定したという。

記者によると、加害男性に名前を確認したところ、「何のことか分からない」と答えていたが、
途中から様子が一変した。

「名刺も手紙もいらねえよ」「命がけで来てんだよな」

脅しとも取れる言葉を発し、異変を感じて逃げる記者を約10分間、執拗(しつよう)に
走って追いかけてきた。記者は「(加害男性は)ポケットの中で何かを握る素振りを見せながら
叫んでいた。更生できているのか疑問に感じた」と振り返る。

取材申し込みや好奇心、あるいは糾弾…。さまざまな動機で送られたメールの中で、
交流を求めて返信を受けた一人が作家の柴田大輔さん(38)だ。

柴田さんは東京・六本木のバット襲撃事件で悪名をはせた半グレ集団「関東連合」の元幹部。
襲撃事件には関わっていないが、アウトローの世界で生きてきた人物からの接触に、
なぜか加害男性は反応した。メールには出版後の暮らしぶりなどが記されていた。

《ビジネスホテルを転々としている》《(マスコミが居場所を捜しており)落ち着かせてくれる気配がない》
《今の世の中にはレールから外れてしまうとどこにも戻れる隙間がない》

自らが起こした事件への反省には触れず、不幸を嘆くような言葉ばかり。
しかも、《(レールから外れた人たちで)表現者集団を作りたい》という壮大な夢≠ワでつづっていた。

「事件と向き合っていない」と思わざるを得なかったという柴田さん。
手記を出した出版社など周囲の大人の「無責任さ」も指摘した上で、こう危惧する。

「追い詰められたら何をしでかすか分からない。もしかするとモンスターを野放しにしてしまったのかもしれない」

(抜粋、全文はリンク先へ)

URLリンク(www.sankei.com)


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