ヤマタノオロチ at MIN
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961:天之御名無主
07/10/22 20:18:42
奈良県天理市の八剣神社(やつるぎ)
スサノオに敗れたヤマタノオロチが神剣に変わって地に降り、それを水神として祀った神社。
御身体は七支剣
…と、現地の人に聞いた覚えがある。


962:天之御名無主
07/10/27 20:43:04
ヤマタノオロチと九頭竜信仰の関連性ってあるのだろうか。

963:天之御名無主
07/10/28 13:50:32
単語自体は仏教由来だな。

964:天之御名無主
07/10/28 16:28:47
さっき斐伊川を渡ってきた。
今日の斐伊川は、砂と水の割合が適度ですごくキレイでしたよ。
あの川が真っ赤に染まってしかも氾濫したら、そりゃあ八つ頭の蛇が暴れている例えにもなるなーと思いました

965:天之御名無主
07/10/28 18:52:48
氾濫はそうだけど
真赤に染まったのは、産鉄したからでしょ

966:天之御名無主
08/07/10 22:02:14
ヤマタノオロチは頭が八つなのだから股は七つなのではないか?
この疑問にとりつかれて以来数十年悩んでいる

967:天之御名無主
08/07/10 22:34:00
日本語では、先が2つに分かれているのを二股、3つだと三つ股と言う。

968:天之御名無主
08/07/11 01:22:54
どこかで誰かが書いてたけど、横並びでなく円型に頭が並んでるなら股も8つにならないだろうか?

969:天之御名無主
08/07/11 20:49:01
絵に描くとわかるが、その場合は股の数が飛躍的に増えるのではないか?

970:天之御名無主
08/07/24 09:12:57
>>966
同じことで悩んでた(汗
でも、ヤマタは八俣ではなく、山田とも書くそうだから、もともと八つか七つかはそれほど問題ではないのかも。
山田を襲う川の氾濫という意味に別の漢字を当てた、と今では納得している。
八は多いことを意味している記号として使われていると考えればいいのでは?

971:天之御名無主
08/07/24 09:58:50
>>970
俺と同じ考えだ。
元々、たくさんの頭がある蛇だから「八」を使ったんだと思ふ。

972:天之御名無主
08/07/24 10:23:30
>>971
だな。八十神も数が多いという意味で八十人という数字を表しているわけではないし。

973:天之御名無主
08/07/24 11:18:14
>>970
だ・か・ら。
実数はともかく、頭が八本あるのを「八股」と言うのは、
電源が二か所取れるのを「二股ソケット」、先が三本に分かれている槍を「三つ又の槍」と言うように、
常識中の常識なんだって。
まあ「八」という表記に関しては同意だが、すくなくとも「八つか七つか」などの問題は生じようがない。

974:966
08/07/26 14:22:25
みんなのお蔭でようやく悩みから開放された
同じ悩みを持った人がいることも知った
ありがとう
思えば植木算を習ってケーススタディに励んだのがそもそもの始まりだった
これから無暗に植木算を使わないよう努める

975:天之御名無主
08/08/20 22:22:31
八岐大蛇、それは「越王権を中心とした日本海沿岸国家連合」ではないか。
高天原から追放された須佐之男命が、クシナダ姫を食べに高志から来る八岐大蛇を倒す。
それは、筑紫王権(天照大神)と対立していた日向王権(須佐之男命)が、自国以西の日本海沿岸の国を支配下に治めていた越王権(八岐大蛇)と、
出雲王権(クシナダ姫)をの宗主権を巡って争う、という事ではないだろうか。
恐らく、元々出雲の宗主だった越王権に対して、日向王権がそれを奪おうとして戦うと言う、
太平洋戦争のような出来事だったのではないか。
そして「高志から来る八岐大蛇」とは、越王権が日本海沿岸の国を支配している様子を伝えたものでは。

976:天之御名無主
08/08/21 11:13:36
古代社会に於いて、蛇というのは世界的に有力な神だった。八岐大蛇もまた例外ではない。
大蛇退治とは、その信仰の否定に他ならない。

977:天之御名無主
08/08/22 11:05:01
九頭竜はヤマタ

978:天之御名無主
08/08/22 11:17:23
>>975
なんでカッコ内の言葉に言い換えて書いたのかの理由がない。

979:天之御名無主
08/08/29 19:07:59
ドラえもんに毒されてる人って結構多いんだね

980:天之御名無主
08/09/02 07:01:36
(第一話)
むか〜し、、むか〜し、今から1700年前頃(AD300年ごろ)にじゃ、朝鮮半島から大量の難民が対馬海流にのってじゃな、
出雲、松江、安来、米子、鳥取に流れ着いたそうじゃ。その流れ着いた中に、大親分スッサーがいたんじゃ。
力を蓄え、斐伊川支流の赤目川を決戦の場として、地元住民オロチョン族(邑智族)を大量に殺し、追い出したそうな。恐ろしや恐ろしや・・・
なぜ殺し合いになったかというとじゃな、お互い食料を分け合うほどの備蓄がなかったんじゃ。人間は食べ物だけで殺し合いができるんじゃな。

戦いの勝利後に、スッサーが叫んだのが『えい、えい(獲得)、おう!』だったらしくてのう、
オロチョン族は山の多い地域、現在の石見地域『おお』のつく地域に(邑智、邑(大)田)移動させられたそうなんじゃ。
斐伊川から約数十km先までの多儀地方までをじゃな、戦争の緩衝地帯としたんじゃが、これが現在の石見と出雲の境界になったそうなんじゃ。

そしてたたかいの後に、負けた側の各酋長達を立ち合せたんじゃが、その扱いは醜くくてのう・・・かわいそうなもんじゃったよ。
銅剣、銅鐸すべての村々からかき集めて埋めさせたんじゃが、ついでに人柱にして埋めさせたそうなんじゃ。醜いもんよの・・・・
まだまだ松江、安来、米子、鳥取にも、怨念が残って、当時の村々の数だけ銅剣が眠っているという噂もあるぐらいなのじゃ。
スッサーはその後、敵が攻めてこないように、いくつかの防護線をはるんじゃが、酋長達をお墓周りに住まわせて人質としただけじゃなく、
クッシーを嫁にしたんじゃな。大名の人質と一緒じゃ。


981:天之御名無主
08/09/02 07:03:22
(続きの第二話)
この戦いをきっかけに、山陰では4隅突出型墳丘墓が作られなくなったんじゃが、悲劇はまだまだあってのう・・・
お墓にはたくさんの装飾品が眠ってて、それをお墓の上でスッサー族が裸で奪い合うようになったらしいのじゃ。
これが相撲の起源になったとも言われてるんじゃが、4隅突出型墳丘墓(柱)と相撲の土俵(柱)が似ているのもその影響なんじゃ。
これ以上言うとじゃな・・・・あれじゃが・・・実はのう、ノーミーの宿禰ちゅーのが、また出雲出身で登場しちょるわけなんじゃ。
さらにじゃ、よく土俵の下には宝物が眠っていると言われるのも・・・・・・・だからそういうことなんじゃろうて。
オロチョン族にとっては不幸な歴史の始まりだったんじゃろうが・・・大陸では戦争に勝てば官軍で、墓泥棒なんてあたり前の事じゃったからのう・・・
この時代を境に出雲〜奈良では渡来系円墳が占めるようになったんじゃが、中に装飾品があってじゃな・・・それがどこの・・・
ということになるとややこしい話になるということで・・・・

(第一話、第二話ともすべてフィクションです)


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